折れた剣 作:Furfur
――――そして戦闘は終了した。
戦果。
ピザトースト。
コンソメスープ。
ホタテのグラタン。
アスパラガスのサラダ。
野菜ジュース。
あまり得意でないのだけれど、フェイトが食べなれたもののほうが良いだろうと思って洋食にした。
フェイトの分はかなり少なめ。
以前からフェイトは食が細いとリニスが愚痴をこぼしていたが、台所の生ゴミから察するに最近はさらにその傾向に拍車がかかっているようだ。
なので、無理にたくさん食べさせようとしても胃が受け付けないだろうという判断である。
お子様向けということで、見た目の良さを追求し、手をつけやすいスープには胃腸の働きを促進するハーブやスパイスを仕込んでいる。
特にさきほどの買い物の収穫と言えるのはアスパラガスだな。
野菜全般に言えることだが、有機栽培のアスパラガスは甘くてやわらかい。
ちなみに有機栽培も安全性では農薬を使って育てた野菜とあまり変わらないらしい。
虫除けのために野菜そのものが体内で毒を生成するためだ。
とはいえ、有機栽培のほうが味と栄養価では断然上だろう。農家の山下さん(海鳴市郊外在住)は良い仕事をしてくれた。
その味わいを生かすために(中略)またグラタンには(以下略)。
……アルフには軽くレアに焼いた骨付き肉を用意した。
狼の味覚が残っているなら生に近いほうが好みに合うだろう。
生肉というのは硬いが、旨み成分は焼いた肉より多いのだ。
肉汁がこぼれないように処理しておき、レアながら熱を全体にしっかり通して、冷めないよう皿に半透明のフタをしておく。
俺はフェイトと同じ料理で、純粋に量を多くした。
「へぇ~、意外にやるんじゃないかい」
「しばらく料理なんてしてなかったから、かなり腕はさび付いてるけどな………って、こら」
「いたっ」
テーブルに並べていた骨付き肉の皿にアルフが腕を伸ばしたので、その手の甲にしっぺを食らわす。
アルフが不満そうにこちらを睨む。
「食事ってのはみんながそろってからするもんだ。
まだフェイトが卓についてないだろ」
「あ、そうか……ゴメン」
「フェイトはまだ寝てるのか?」
「さっき覗いたら、バルディッシュのメンテナンスをしてたよ。
バルディッシュは頑丈だから、一応のチェックなんだけどね」
「じゃあ、もうすぐ並べ終わるから呼んで来てくれ」
「あいよ」
アルフは昔と違いデフォルトで機嫌が悪いようだが、フェイトのこととなると弱いようだ。
というか、今までは別々に食事を取っていたのだろうか?
「ご飯? 私は――――今から、探索に出てくるから」
部屋から出てきたバリアジャケット姿のフェイトは、開口一番、そんなことを言い出した。
「フェイト、まずご飯食べちゃおうよ」
アルフの言葉に、フェイトは首を振る。
「ううん、母さんは急いでるんだ。早く、集めないといけない」
あくまで頑ななフェイト。
青白い顔に、強い意志を秘めた赤い鋼のような瞳が鈍く輝いているその様は、異様としか言いようもなく……
ぞっとするほどに美しくも、どこか不気味だった。……子供のする表情じゃない。
プレシアに何か言われたんだろうか? だが、この強さは不合理でしかない。
「悪いけど今日はまず、食事の後で俺にいろいろ細かいことを教えて欲しいんだけどな。
そういう方針についても、まず話し合って決めておくべきだろう?
それとも今、食欲がないなら、話し合ってから食事にしたほうがいいか?」
「その、私は後でいいですからシロウとアルフは食べちゃってて――――」
「フェイトが食べないのに、俺がぬくぬくと夕食を食べてるわけにいくもんか。
それに、食事ってのはみんなでとるもんだ」
「それにフェイトはさ、後になってもちゃんと食べてくれないから」
「あ、アルフッ……」
「とりあえず今日だけは――――でいい。とりあえずな。
今後の方針は食後か、食べながら決めよう……だめか?」
「食べようよ、フェイト。ひさしぶりにみんなでさ」
「――――う、うん」
「話はまとまったか。じゃあ、夕食にしよう」
それぞれ席につき――――アルフも人型でテーブルだ――――
「「「いただきます」」」
そうして、フェイトとアルフにとって一年ぶりの、食卓を囲んでの食事がはじまった。
俺の場合は――――あれ、何年ぶりだ?
「はぐ……んぐ………はむ………
………いや……んむ……んまいよ………はぐ………これ」
「アルフ、食べながら喋るのはお行儀が悪いよ」
「はぁい……んぐ……はむ………」
アルフは文句なしに俺の料理を気に入ってくれたようで、一心に肉をがっついている。
フェイトも、はじめは食欲がなさそうにスープをすすっているだけだったが、だんだんとよく手と口が動くようになってきた。
ふと目が合う。
「あ……美味しいです。
料理上手いんですね」
「まあ、昔から自炊しているんでね」
とはいえ、いつもは自分の分だけだから早さ安さに栄養重視で、ちゃんとした料理を作ったのはずいぶん久しぶりだ。
「それと、別に丁寧口調でなくていいぞ?」
「えと、でも、年上の人には敬語でって……」
ああ、リニスの教育方針か。
「俺、たしかフェイトと一つしか違わないぞ。
だから、ギリギリ年上の部類には入らないと思う」
「そうなんですかっ?
あ……えっと……そ、そうなの? ……でいいのかな………」
「むぐ………そりゃあたしも意外だねぇ。
フェイトより5つくらい年上かと思ってたんだけど」
意外そうな目で見つめてくる二人。
今の自分の背が妙に高いのは確かだ。
かつての世界で聖杯戦争後にぐんぐん身長が伸びたのは【魔術】の行使による体質変化が原因だったんだろう。
今は最初からその体質でスタートしているので既にそこそこの身長になっている。
こればっかりは手放しで喜べることだ。
「少し背が高いだけだよ。
それとフェイト、そんな感じで喋ってくれるとありがたい」
「あ………う、うん。
……そういえば、シロウ。あの鞘、消えてなくなっちゃったんだけど……」
「ああ、消したんだ。傷ももう治っただろう?」
流石にあのクラスの宝具は複数投影しておけない。
なので、そうそう便利には使いまわせないのである。
込めておいたセイバーの魔力(ただし偽造)も尽きた頃合だったしな。
「うん、もうすっかり……その、ありがとう」
「だから、礼はいらないって。仲間なんだからな」
「………うん」
フェイトはうつむきがちにこちらを見ながら頭を下げた。
やばい、かなり可愛い。
……って何を考えているんだ俺は。
フェイトはプレシアの娘で、アリシアの妹で、つまり俺にとっても妹分みたいなものだ。多分。
そもそも俺は精神的にはもう30年以上生きているんだからな。対象外だ、対象外。
俺にロリコンの気など皆無だ。皆無なのだ。
消えろ雑念、滅せよ煩悩。色即是空、空即是色………
「……即説呪曰、羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶……」
「な、何の呪文………?」
「あんた、何いきなり変なもん唱えだしてるのさ」
気がつけばフェイトもアルフもドン退きしている。
いつの間にか口に出していたようだ。うわ、これは退くわ。
いつのまにか椅子の配置が極端に底辺の短い二等辺三角形を形成している。もちろん頂点は俺。
「ん、ああ……般若心経と言ってな、このあたりの国に伝わる経典なんだ。
特に意味があったわけじゃないんだが、心頭滅却とか精神統一とか、なんというか、そんな意味で……」
安禅必ずしも山水を用いず、心頭滅却すれば火も自ずから涼し。
焼死なさった快川和尚の辞世の句である。……なんか知らんが駄目じゃん。
考えてみたら肉体年齢が同い年くらいの女の子と話したのは久しぶりだとか、いやそんなことはどうでもいい、おちつけ、クールになるんだ、衛宮士郎。
「このあたりの国に伝わる………って、いつの間にそんなこと覚えたの?」
よし、話題転換の好機!
「ずいぶん昔の話になるけど、俺はもともと次元漂流者でさ、そこをプレシアに保護されたんだ。
で、さっき町を偵察してて気がついたんだが、俺、この世界を知っているようでさ。
本屋でも確認したんだけど、覚えている限りでは、記憶にある俺の出身世界とこの世界にはあまり齟齬がないようなんだ。
ひょっとすると、俺はこの世界の出身なのかもしれない」
【魔術】や、俺の世界の『裏』について説明するのが面倒なので、少し嘘をつく。
うん、調子が戻ってきた。やはりこの手の嘘を吐いていると心が和む――――わけはない。
俺はまだそこまで捻くれたり赤くなったりしてはいないはずだ、たぶん。
ああ、フェイト相手に嘘をつくのは心が痛むなぁ。………痛む、よな?
「へぇー、分かって良かったじゃないか」
「まぁな。でも、とりあえずは関係ないことだけど」
「関係ないって……その……大事なことじゃないのかな……と思うんだけど」
「かもしれないけど、今は他にすることがあるしな。
それに正直な話、あんまり興味もない。
大事なのはこれからだろう?」
これは嘘ではなく本心だ。
「そう……だね。早く、ジュエルシードを探さないと」
「ああ。でも、食事の時間と、食後の休憩はきっちり取るぞ。
この中じゃフェイトだけが使える、消耗の大きい広域探査魔法が探索の鍵なんだろう?」
これはアルフに既に聞いていたことだ。
「でも……」
「焦る気持ちは分かるけどな。
一週間、根を詰めれば必要な数だけそろうってものでもないんだろう?
なら、体調を常に万全にして魔力の回復速度を最大限に保つのが一番理性的だ」
「う、うん……そうなんだけど……」
「いろいろ時間切り詰めてやっていきたいか?
広域探索魔法と魔力回復が基本なんだ、無理をすればそれだけ魔力の回復が遅れる。そうすれば広域探索魔法も遅れる。
無理をして早くなるとすれば、終盤の詰めのときになってからじゃないか?
今から無茶しても、収集が遅れるだけだよ。今は余裕を持ちすぎるくらいが丁度いい。
終盤についても、状況次第では余裕を持ちたいな。
最後にこけたら意味がないだろう?」
「……うん」
「無理をするとしたら俺やアルフの役割だろ。
フェイトは身体を大事にすること……いいな?」
「……はい」
(助かるよ、今まではあたしが言ってもなかなか聞いてくれなかったから)
不承不承頷いたフェイトを見て、アルフが念話で語りかけてくる。
(アルフが今まで言い聞かせてきてくれたからだろ。
俺一人が言ってもアルフのとき以上に聞いちゃくれなかったんじゃないか?)
(そうかな?)
(俺がフェイトに、アルフより信頼されてるとは思えないな。
もっとも――――君が俺をどれだけ信頼してくれるかも同じくらい分からないがね)
我ながら意地悪げなことを言う。
だが今はまずアルフの信頼を得たいのは確かだ。
アルフではフェイトに強くものを言うことが出来ず、俺ではまだフェイトの信用を得られない。
意外に頑固なフェイトを説得するには俺とアルフの協力が不可欠だからな。
(あたしは……あんたが、フェイトのためを思ってくれてる限り、あんたを信用するよ。
でも、あんたがフェイトを裏切ったら……)
(アルフが心配なのは、俺がプレシアのための行動を、フェイトに優先することか?
確かに俺はプレシアに恩義を感じている。
でも、こんな良い子と、そして君を犠牲にしてまでプレシアの目的だけを果たそうとは思っちゃいない)
残念だが、プレシア、フェイト、アルフをあわせて10として考えると、切り捨てるべき1があるとするならそれは確実にプレシアなのだ。
1であるプレシアを救うためにフェイトとアルフという9、輝かしい未来を掴むべき2人を犠牲にするということだけは確実に間違っている。
それが例え、フェイトの母への想いを殺すことになったとしても……だ。
プレシアには悪いが、いっそフェイトがプレシアを嫌ってくれていれば良かったのかもしれないな。
その場合、フェイトには誰かいい養父母を探して、取り残された1――――プレシアの用はリニスがいた頃のように俺が果たす。
もしそうだったら――――止めよう、ifの話は好きじゃない。
(信じるよ………信じさせて……おくれよ?)
(ああ、少なくとも、君やフェイトが俺を信じている限り、俺は君達のために力を振るおう)
そう、確認しておかなければならないことがあった。
一番大切なことだ。
「フェイト、それと、一つだけ聞いておきたいんだけど、いいかな?」
「……うん、何……かな?」
「プレシアのこと、今でも好きか?」
「うん」
と、フェイトは躊躇いもなくうなずく。
「今日みたいに、酷い目に遭わされてるのに?」
「あれは……私のためだから。
母さんはちょっと不器用だからそう見えるかもしれないけど、母さんは本当は優しい人で……私のために―――」
母のために弁解しようとしたフェイトを手で制する。
「うん、知ってるよ。俺も。プレシアは、とても優しい人だった」
だから、壊れてしまったのかもしれない――――いや、まだだ。
決め付けるな衛宮士郎。プレシアはまだ救える。救わなくては、いけないんだ。
「うん……私は、母さんが大好き。
だから私は、いつか優しい母さんに戻ってくるまで、ずっと母さんの傍にいて、母さんの力になる」
強い意志と――――どこか諦めを秘めた瞳で、フェイトはそっと俺の目を見つめてくる。
――――それが、彼女の誓い、か。
「じゃあ、俺もフェイトも、目的は同じだな。
俺も、優しかったプレシアを取り戻す。そのために、俺の持つ全てをかけよう」
人の心の前に、俺の出来ることなんてちっぽけだけれども――――
「え――――?
――――あ、うん。
――――――ありがとう、シロウ」
意外そうなフェイト。
ああ、俺はプレシアと口論しているところばかりフェイトに見られていたっけか。
「前も言っただろ、俺は昔、プレシアに世話になったってな。
優しかった頃のプレシアに、本当によくしてもらったし――――負い目もある。
だから俺は、プレシアの味方なんだ、本来は」
フェイトは本当に少しだけ、嬉しそうに、だが同時に寂しそうにも見える笑みを浮かべた。
「へぇー―――、あの鬼婆がねぇ……
フェイトの言うことを疑ってたわけじゃないけどさ、あたしにはホントに疑問だったんだよ。
まさか、あんたまでそんなことを言うとは思わなかった」
さきほどから憮然としていたアルフが割って入ってきた。
確かにそうだろうな。なんていっても、俺の知る限り26年前の大昔の話だ。
このあたり、あまり探られたくない話でもある。
――――プレシアは、フェイトに一時でも優しかったことはあったんだろうか?
「ま、この話はこの辺にしておこう。
アルフをのけ者にしちゃ悪いしな」
「ふんっ」
むくれるアルフ。
どうやらプレシアの話題はアルフにとって面白いものじゃないようだな。
「えと……ごちそうさま。
その、美味しかった……」
話しているうちにいつのまにかみんな食べ終わったようだ。
「あ、あたしもごちそうさまー。
フェイトが残さずご飯を食べたのってひさしぶりだよ」
「おそまつさま。
まあ、フェイトの分はかなり少なめに盛ったからな。
おかわりはいらないか?」
実際のところ、食べ盛りの子供としては少なすぎるくらいだ。
「あ……ううん、もう、おなか一杯」
「そうか……まあ、気に入ってくれたのならありがたい。今後も3食俺が作るからな」
フェイトの分は少しずつ量を増やしていくとしよう。
手早く3人分の食器を集めて、流し台に持っていく。
「あ……シロウ、洗い物なら私達にさせてくれないかな?
作ってもらってばっかりじゃ悪いし」
「殊勝な心がけだけど、俺は探索じゃあんまり役に立てそうにないからな。
家事の類は全部俺がやるよ。フェイトは、体力と魔力の温存が仕事だろ」
「いや、それは流石にあんたに悪いよ」
今度はアルフも異論を唱えてきた。
考えてみると家事をするのも気分転換にはいいかもしれない……か?
すこぶる日常的な行為でもある。
俺としては自分でやりたいんだが。まあ、仕方ないか。
「俺は別に構わないけどな。じゃあ、自分の食器は自分で洗うってことでどうだ?」
「………うん、じゃあ、そうしようか」
フェイトは、少しだけうれしそうに頷いた。
そういえば今日、久しぶりに会って以来、フェイトのまともな笑顔を見ていないな。
あっても、無理をしているような笑顔だったり、寂しげな儚い笑顔だったりした。
ひょっとするとリニスが消えて以来、心からの笑顔をなくしてしまったのかもしれない。
そう、哀しい考えが頭をよぎった。
* * * * * * * * * *
「……これが…………ジュエルシードか」
フェイトが既に手に入れたジュエルシードを見せられた俺は、思わず考え込んでしまった。
莫大な魔力を秘めた、青い宝石。
その性能は極めて単純であるが故に、その性能そのものは容易く見抜くことができた。
ジュエルシードは『願いをかなえる』という性質を持った、莫大な魔力を秘めた宝珠だ。
ただし、その性能は極めて不安定で、人や動物などの漠然とした思念から発動し、怪物を生み出したり、思いもよらぬ事態を引き起こす可能性がある。
本来の願いをかなえるやりかたの方まで不安定なため、例えば病を治すような細やかな願いはかなえられないし、単純な願いを叶えることすら失敗する恐れがある。
願いをかなえるアーティファクトの欠陥品、か。
まるで聖杯みたいだ。妙な縁だな。
しかし、モノを【解析】すればプレシアの意図も判ると思ったが、これじゃ無理か。
魔力を通して【解析】してみればもう少しわかるかもしれないが、モノが不安定なだけにリスクが大きい。
わかるとしてもこれ以上は、具体的にどのくらいの魔力を秘めているかくらいしか判らないだろうからそれはやめておく。
まあ、プレシアが使うなら、エネルギー源として、だろう。
工学系の魔導師としては他に使いようがあるまい。
その不安定さとて、プレシアならなんとかできるはず。
使い方にさえ気をつければただのエネルギー源。ということは、意図せざる犠牲が生まれるとは思えない。
いや、ジュエルシードはただの踏み台で、それを経て別のロストロギアを起動………という可能性もあるし、考えたくはないがプレシア自身が、ミッドチルダに復讐するとか、妙な妄念に取り付かれている可能性も否定しきれない。
そう考えると今のプレシアに渡していいものなのかどうか、かなり悩みどころだ。
………必要な数を集めながら、プレシアの意図を探り続けるしかない、か。
忘れるな、俺の最大の目的は、プレシアにフェイトを認めさせることだ。そうすればフェイトだけでなく、プレシアも救われるのだから。
今度こそは、全てを救いきってみせる。そうしなければならない。
遠坂との約束だから、というだけじゃない、そうしないと、今度こそ俺は大切な人を全て失ってしまうことになりかねない。
それは、嫌だ。この衝動は、贋作だらけの衛宮士郎にとっても真実の感情だと思うから。
――――今、切り捨てるべきは、プレシア。そして、フェイトの母親への想いだ。
有無を言わさずフェイトを拘束し、プレシアを倒す。
プレシアはSランクオーバーの大魔導師。きっと殺すことになるだろう。
フェイトをも裏切り、かつては母親のように愛情を注いでくれたプレシアを――――
膝に爪を立てて雑念を噛み殺す。
それは、本当の最悪のときだ。まだ、気が早すぎる――――
むろん、いざというときにプレシアを止めるための、最悪の事態が起きたときのための布石も打とう。
――――だがそれは、9を救うために1を切り捨てる行為に他ならない。
先に切り捨てた1を後から救いに行っても、助けられたことは一度だってないのに。
……頭の悪い、矛盾だらけのやり方なのはわかっている。
それでも、ただただ前に突き進むだけしかできないのなら、そうするまでだ。
「……シロウ?どうしたの?」
「………え?」
「ちょっと、人が説明してるんだから、ちゃんと聞いとくれよ」
まずい、考え込みすぎたようだ。
内心焦りながらも、彼女らが何と言っていたのか必死に思い出す。
「いや、聞いているぞ。
ジュエルシードはこのあたり……海鳴市中に多く散らばって落ちている。
ジュエルシードは自然に、段々と覚醒状態になる。
目覚めかけのジュエルシードは、広域探索で大雑把な位置を確認できる。
近くにある目覚めかけのジュエルシードの正確な位置をつかめるかは不明。
その場合の対策として、魔力を周囲に流し込んで無理やり起動するという案もある。
イレギュラーとしてジュエルシードが突発的に起動することもあり、目覚めたジュエルシードは多くの場合暴走する。
暴走した場合は戦闘力を持つ場合がある。
ジュエルシードはシーリングモードで封印。これができるのはフェイト。
広域探索が出来るのはフェイトで、魔力の消費が大きい。
民間人の目を避けたり、巻き添えを避けさせたりするために結界を張ることもできる。
結界を張れるのはフェイトとアルフ。
ただしあまり得意じゃないからどうしても必要でなければ結界は張らない、と。
で、いいんだよな。何か抜けてるか?」
しかし、相変わらず年齢にそぐわない二人のでたらめなスペックに呆れてしまう。
魔力流を周囲の空間に流し込むとか、俺からすればありえないことを平然と言ってのけるとは。
「ああ、うん。あってるよ」
アルフが意外そうに頷く。
いやはや、ジュエルシードを【解析】できていて助かった。
「えっと、シロウは今言った中で何が出来るかな?」
「ああ、どれもできない」
「……え?」
思わず即答してしまった。
フェイトもアルフも顔を引きつらせる。
ニアSランク魔導師とAランクオーバーの使い魔には悪いが、
こちとらCランクに届くかどうかの3流魔導師としてはその手の魔法はろくに使えないのである。
「とりあえずできるのは、暴走したジュエルシードとの戦闘。
それと、仮封印みたいなことならできると思うな。
ジュエルシードの探索には一応考えがある。
時間はかかるけど消耗は微小だ。
そうだな……2、3個くらいなら何とかなるかもしれない」
「……あ、ごめん、そうだったね。シロウはレアスキル主体なんだったっけ。
できることが私たちとはだいぶ違うんだよね。
探索に考えがあるっていうのは、どうするの?」
フェイトがすぐに気を取り直して聞いてくる。
「うーん、できればジュエルシードを一つ見つけるまでは伏せておいていいか?
口で言っても馬鹿げた方法にしか聞こえないから、信じてもらえないと思う」
「そんなことないよ。できれば、教えて欲しい」
フェイトの真っ直ぐな視線が痛い。
が、この馬鹿げた方法で失敗したらいろいろと気まずいものがあるわけで。
「じゃあ、一週間だけ待ってくれるか?
一週間試して駄目なら俺がやってみたい方法では見込みがないから他の方法を考える必要が有る。
その場合は、俺が試みていたことは聞かないで欲しい………流石に恥ずかしいからな」
「……うん、わかった」
寂しげに目を伏せるフェイト。
うぐ、今度は掛け値なしに心が痛い………とっととジュエルシードを見つけて教えられるといいのだが。
「………あ、それと。
もう一つ、言っておいたほうがいいかもしれないことがあるんだけど……」
「ん、何だ?」
「私達のほかにも、ジュエルシードを探索している人がいるんだ。
詳しくは分からないんだけど。
たぶん、私と同じくらいの女の子。
魔力は高いけど、たいしたことはない」
「分かった。
まあ、たいしたことないっていうなら、そんな気にすることでもないだろ。
正直、フェイトやアルフの敵になれる魔導師は大人にだってそうそういない。
俺も戦いには一応自信があるしな」
これまた即興の適当な嘘でごまかす。ちょっと自己嫌悪だ。
俺達以外の探索者。
本来ならあらかじめ居場所を突き止めておいて、その女の子がある程度ジュエルシードを集めたところで襲い、奪う。
または、彼女が管理局に通報する恐れがあれば早急に潰す。
どう転んでも単に放置していて良い存在ではない。
ただでさえお世辞にも運がいいとはいえない俺にとって、不確定事項は天敵なのだ。確実を期すならばとっとと潰したほうが良い。
だが、俺の目的は普通にジュエルシードを全て集めきることではない。
いざというときの場合、対立者の存在は、何かと有利に使える。
例えば、俺がやった裏工作をその子のせいにするとか、プレシアの意図が邪悪なものであった場合に味方に抱き込む、というような。
できればその子のことは俺が一人で調べて対策を練りたいところだ。
「じゃあ、今後だが………
フェイトは広域探索。アルフはイレギュラーに備えてフェイトの傍で待機。
俺は独自に探索して、フェイトの広域探索が終わったら戻ってきて3人でお茶。
その後、フェイトとアルフは風呂に入って寝る。俺は探索を続行。
明日は早く起きて、朝食の後もう一度話し合い、今晩で特に進展がなければ同じように探索する。
………ということでいいか?」
「うん、それで良いと思う」
「ま、そんなもんだろうね。つかアンタ、細かすぎ……
ああ、そうだ、鍵。
2つあるから、持って行っといておくれよ」
そう言ってアルフが俺に鍵を投げ渡し……俺は、右手で受け取ると、そのまま投げ返した。
「おっと、おい、あんた、鍵がないと困るだろ? 開けっ放しってわけ………にも………」
アルフは俺にくってかかろうとしたが、俺の左手にあるものを見て、目を丸くした。
フェイトも同様だ。
俺は、『左手の鍵』をかざしながら、
「俺の特技は複製でね。
こういう単純なものなら簡単にコピーできる。
料理を作るときにも調理器具類を創って見せただろ?
【投影】と言って、俺の切り札でもある。
まあ、精密機械や魔法プログラム、特にAIの入ったものの投影は極端に難しいから、インテリジェントデバイスの投影は出来なかったり、欠点も多いけどな」
へぇ~、と、アルフとフェイトが感心したように頷いている。
俺は踵を返すと、
「じゃあ、行ってくる。フェイトたちも気をつけろよ」
「……あ、いってらっしゃい。シロウも、気をつけて」
俺が先に出ることになったのは偶然の成り行きだったが、こういう何気ない日常のやりとりは本当に久しぶりだ。
正直に認めたくないことだが、仄かに胸にくるものがあった。
* * * * * * * * * *
「キャメロット、セットアップ」
無骨な鉄片―――俺のストレージデバイス・キャメロットに命じてバリアジャケットを起動する。
強力な衝撃緩和能力を持つバリアジャケットは戦闘にはもちろん飛行にも必須だ。
速やかに身に着けている服がバリアジャケットに置換されるが、聖骸布のコートだけは置換魔法に抵抗レジストし、そのまま残った。
俺の姿は赤いコートの下に黒い部分鎧、両足にはブーツ、左腕には銀色の簡素な篭手というものになる。
鎧はアーチャーが着ていた鎧のデザインをそのまま流用している。正直これは癪なのだが、他にしっくりあうデザインがなかったのだ。
デバイス製作者にして義賊団『黒い禿鷹』のデバイスマイスターであるワルター老のデザインセンスは半端なく飛びぬけていたし――――もちろん悪い意味で。
せめてもの抵抗とばかりに、左手の篭手――――キャメロットの本体――――はセイバーの篭手を模している。
これらが、俺が次元世界で得た新たな力にして、この世界の魔導師たちの基本武装である。
例外は、右足に引っかかっている無骨な足枷…………これはしばらくは使わないだろう。
ビルの陰を縫うように飛行し、さきほど見つけておいた見晴らしのいいビルの屋上に立つ。
今は飛ぶのにも慣れたが、元来俺には飛行の才がなかった。
なんとか飛べるようになったのは、『黒い禿鷹』地下アジトの天井に血の滴るような鍛錬の結果だ。
最初のころは紐無しバンジーが日課だったくらいだ。
内臓も何度かはみ出たが、今となっては良い思い出……なわけはない。
それでもなお、飛行するにはそれに特化した《ストレージデバイス》を必要とするあたり、衛宮士郎にはとことん《魔法》の才が無いのだろう。
さて、これから俺のする探索方法は至って単純だ。
すなわち……目視。
【魔術】によって視力を【強化】。
俺の元々のずば抜けた視力のよさもあって、この能力は【千里眼】と呼ばれるスキルの域にまで達している。
間に大きな遮蔽物がなく、場所さえ分かっていれば暗闇の中に落ちている5キロ先のコンタクトレンズを探すことも可能だ。
―――いや、流石にやったことはないが、たぶんできるだろう。
この千里眼を生かして、地道にジュエルシードを探す。
かなり気の遠くなる作業だが、森林を避け遮蔽のない見通しのいい部分だけを探せば落ちているジュエルシードをいくつか見つけられるはず。
利点は発動していないジュエルシードでも見つけられることか。
まあ、選択の余地など無く、これが俺の唯一のジュエルシード探索方法なわけだが。
* * * * * * * * * *
2時間後。オフィス街の見やすいところにはジュエルシードが落ちていないことを確認したあたりで、アルフから念話が来た。
フェイトの今日の探索は終わったらしい。
マンションに戻ると、フェイトがソファに突っ伏していた。
「さて、休憩だな。フェイト、お疲れ様。」
「………う………ん………。
………えっとね、2つ、起きかけのを見つけたよ。あと一週間くらいで起動すると思う。1つ目の場所は……この辺」
そう言うとフェイトは、テーブルに置かれた海鳴の地図に指を伸ばし、郊外の広い範囲をぐるっとなぞった。
「明日は、それの場所をもう少し絞りこもうと思う。
……もう一つは、街中のどこかなんだけど、発動するにはだいぶかかるみたいだから、後回し………かな」
「わかった。しかしやっぱり凄いな、フェイトは。
俺はまださっぱりだ。」
「そりゃそうさ、だってあたしのご主人様だからね」
「なるほど、道理で」
誇らしげなアルフと、そう言われては否定するわけにも行かず、照れているのか恐縮しているのかわからないフェイト。
「さて、と。お茶にしようか」
ティーセットを取り出して手早く並べる。
夜も遅いから若干薄めに………と。
紅茶を入れ終わると、冷蔵庫に入れておいた翠屋のケーキを……
ふと周りを見ると、フェイトとアルフが目を丸くしているのに気づいた。
「あんた、手馴れてるねぇ………
いや、料理も上手だったから、意外ってのは違うんだろうけど。
やっぱ趣味なのかい?」
フェイトも無言でコクコクうなずいている。
いや、それは違う。単に必要があって覚えただけだ。
「昔から自炊をやっててな。
値段も安くすむし、体調管理のためにも自分で作って摂取する栄養素を調節したほうがいい。
それにだな………」
滔々と自炊のメリットと、俺が別に料理を趣味にしているわけじゃないことを語って聞かせる。
喋りながら手際が悪くならないように気をつけつつ、形が崩れないようケーキを皿に載せてフォークを添え、紅茶と共にテーブルに出す。
むろん配膳の美しさへの配慮も忘れない。
「やっぱり好きでやってるようにしか見えないよ、あんた」
一向にわかってくれないアルフだ。
お前な、少しはフェイトの素直さを見習……あ、フェイトまでうろんな目で見てる。
「だから違うというのに。
前に一度、本格的に学ぶ機会があったんだけどな。
結局形だけ学んですぐにその国を飛び出したから、たいしたもんじゃない。
ああ、一応砂糖はあるけど、ケーキがあるからあんまり入れないほうがいいな。
苺パイと、バナナパイ、フルーツタルト、好きなのを選んでくれ。俺は余りでいい」
「……アルフはどれがいい?」
「あたしは何でもいいよ。まずフェイトが選びなよ」
「えっと、それじゃあ………これ貰うね」
そしてフェイトが苺タルト、アルフがフルーツタルト、俺がバナナパイに決まった。
「あ、美味しい………」
「ほんとだー、紅茶もうまいじゃないか。
やっぱり上手いよ、あんた」
「紅茶を入れるのは久しぶりだったけどな。
腕が落ちていないようで………む、温度がぬる過ぎたか。あと5℃くらい……」
アルフが呆れたような冷たい視線を向けてくる。
むぅ、何が言いたい。
「まあ、ケーキのほうは良い店が見つかって幸いだった。
安価でここまで旨いケーキは日本中探してもそうそうないだろ。
今度、皆で食べに行かないか?」
駄目元で誘ってみるが、フェイトは寂しげに首を横に振った。
「食事をちゃんととってきちんと生活リズムを守るほうが早く探索終わるっていうのは分かったからそうするけど、でもそこまで遊んでる暇は無いよ。
母さんはずっと待ってるんだから……」
「まあ、たぶんそういうと思った。
じゃあ、この任務が終わってからここを引き払うついでにってところでどうだ?」
「……え?」
フェイトもアルフも意外そうな顔をする。
そこまで先は考えてなかったか。
まずいな、目先のことしか考えられなくなっている。
いや、俺の言えたことじゃないかもしれないが。
「駄目か?」
「えっと………ううん、それなら、いいよ……」
「アルフもいいな?」
「あ、うん。あたしにゃ異論は無いよ」
「よし……」
些細な約束。
でも、この程度の口約束すらどうなるかわからないこの少女らの不遇を、嘆かざるを得なかった。
それから俺は再び探索に出て、フェイトとアルフは風呂に入って睡眠となる。
眠くなくても横になっておくように言っておいたが、いい加減口うるさすぎるかもしれない。
フェイトの素直さには本当に助けられる。普通ならそろそろ俺がうざったくなる頃だろう。
結局この日は日付が変わるまで粘ってもジュエルシードは見つからなかった。
明日も早朝から探索を行うことにして、俺はマンションに引き上げた。
マンションに戻ると、寝室から2つの寝息が聞こえてくる。
俺はシャワーを浴びて投影した服に着替えると、ソファの上に横になった。
空き部屋もあるのだが、ベッドは一つしかなかったのだ。
そういえば、俺がソファで寝るといったときもフェイトは気にしていたようだが、俺は野宿になれているからソファでも上等すぎてなまってしまうのが困るくらいだ、と言い訳をしなければならなかった。
本当に、細かいことに気のつく控えめで優しい良い子だ。
ただ母に愛されようと頑張って………なのに全く報われることがない。
フェイトはただ、プレシアの愛があれば幸せなのに。
プレシアも、フェイトを愛することが出来れば、悲しみを乗り越えて誰よりも幸せな母親になれるだろうに。
ただ、そんなことだけを考えていたい。
俺の危惧が、杞憂であってくれればいい。
プレシアは、良い人だった。
変わり果てても無益な災厄を巻き起こすような人じゃないと、信じたい。
しかし――――嫌な予感は、次第に強まるばかりだった――――