折れた剣 作:Furfur
Side なのは
さて、日本国内は全国的に連休です。
わたしの両親の経営している喫茶翠屋は年中無休だけれど、連休のときなどはお店を店員さんたちにお任せしてちょっとした家族旅行に出かけたりもするわけで。
今日は、わたしたち高町家と、お友達のアリサちゃんとすずかちゃん。
そして、すずかちゃんたち月村家ご一行様で、一泊二日の温泉旅行に出かけることになりました。
今は、二台の車に分乗して移動中。
わたしが乗っているのは前の車で、後ろの車にはお兄ちゃんである高町恭也さんと、その彼女さんにしてすずかちゃんのお姉さんである月村忍さん。
そして、月村家のメイドさんであるノエルさんとファリンさん姉妹が乗っています。
お兄ちゃんも免許は持っているのですが、忍さんはスピード狂………じゃなくて、とても運転が好きなので忍さんが運転手。
こっそりお兄ちゃんがお父さんに、頼むから父さんの車が先導してくれ、と言っていたり、地図をわざと忘れようとしていたのは、忍さんには内緒ということで……
私が乗っている車の運転手はお父さん。お母さんと、お姉ちゃん。
3列ある座席の最後部には、わたしと、そのお友達、アリサ=バニングスちゃんと月村すずかちゃん。
そして、忘れちゃいけない、ユーノ=スクライア君。
(なのは、旅行中くらいはゆっくりしなきゃ駄目なんだからね)
(わかってるよ。大丈夫)
一見すると、ちょっと形のおかしいただのフェレットなユーノ君ですが、たった今、念話で話しかけてくれたように、実はただのフェレットじゃありません。
ユーノ君は、ジュエルシードというとても危険なものを回収するために別の世界から来た魔法使いさんだったりします。
ユーノ君と魔法の杖レイジングハートから貰った魔法の力で、わたしもそのお手伝いをして何個かジュエルシードを集めたんだけれど……
先週出会った、真っ黒な魔法使いの女の子のことを思い出す。
ジュエルシードを集める、もう一人の魔法使い。
その子と戦いになって、すずかちゃん家の猫に取り憑いていたジュエルシードを取られてしまったこと。
そのとき以来、一つも見つけられていないジュエルシードのこと。
わたしの知らないところでジュエルシードが暴走してたらどうしようとか、
あの子は何でジュエルシードを集めているんだろうとか、
綺麗だけど、なんでかとても寂しそうだったあの子の瞳のこととか、
色々あって考えすぎちゃったから、ゆっくりお休みするようにって、ユーノ君のお勧めもあって、とりあえず、この二日間はなのはも年相応のお子様らしく、めい一杯遊んでしまおうと思ってます。
「それでさ、なのははどう思うの?」
「……えっとゴメン、何の話だったっけ?」
いけないいけない、またお話中に考え事しちゃってた。
マルチタスクは魔法使いの必須技能だって言うし、ちゃんと両立できるようにならないと。
「クラスの男子の話よ!
うちのクラスの男子たちって、頼りない子ばっかりだって」
「私は、優しい良い人も多いし、良いと思うんだけど……」
すずかちゃんがフォローを入れる。
「でーも! なよなよしたのばっかりで、男らしい男っていないじゃない。
これがゆとり教育の賜物ってやつかしら」
なんかアリサちゃんがどんどんテンションアップしていく。
ごうごうメラメラって擬音が聞こえそう。
「アリサちゃん、うち私立だからゆとり教育は関係ないと思うな……」
「ふん、なのはやすずかはいいわよね。
なのはは恭也さんって頼りがいのあるお兄さんがいるし、そのうち恭也さんと忍さんが結婚すればすずかにとってもお兄さんになるんだから」
あ、あれ? 何か話がおかしな方向に……
「ええと、でもほら、世の中意外と男らしい男の人ってなかなかいないんじゃないかな?
うちの場合はほら、お父さんもお兄ちゃんもある意味極めて古風な元剣士だったり現役剣士さんだったりするわけで……」
わたしのお家には、元剣士のお父さんを含めて3人の剣術家さんがいたりします。
剣の道を究める剣道家でなくて、剣の術を実戦に振るう剣術家。
なのはも詳しくはしらないんだけれど、前にお兄ちゃんが言っていたところによると、一子相伝の暗殺剣だとか。
でもお兄ちゃん、お兄ちゃんとお姉ちゃんがその流派の剣術家さんという時点で一子相伝とは言えないと思うの。
まあ、お兄ちゃんは日常的に嘘を吐きながら生きてるから……。
「あはは、そりゃあ小学生のうちはいかにも男らしい男の子なんてなかなかいないんじゃないかな。
大きくなっていくうちにだんだん男の子っぽくなったり、女の子っぽくなったりしていくんだから」
ユーノ君や荷物と一緒に2列目のシートに座っていたお姉ちゃんが助け舟を出してくれた。
「うーん、そうですかぁ。
でもうちは中学以降は別学ですから、やっぱり男らしい男って縁がないみたいです……
あ、でも風ヶ丘学園は共学ですよね?
美由希さんは良い人っていないんですか?」
「え? あ、あたし?
いないなぁ………ていうか、いつのまにそんな話に?」
「えー、美由希さん美人なのに、放っておかれてるんですか?
やっぱり世の中で男らしい男って絶滅危惧種なんじゃないのかしら」
「さっきから拘ってるけど、アリサちゃんは男らしい男の子が好みなの?」
唐突に笑顔で手榴弾を投げ込むすずかちゃん。
「え? べ、別に、好みってわけじゃないけど、最近の男って頼りないのばっかりじゃない」
「さ、最近の男……」
アリサちゃんって何歳だっけ~と遠い目をしながら呟いているお姉ちゃんを放置してすずかちゃんが続ける。
「じゃあアリサちゃんは男らしい人が好きってことだね。
私は優しい人かなぁ、なのはちゃんは?」
「ちょっと、すずか!」
くってかかるアリサちゃんを笑顔でいなしながら、すずかちゃんはただにこにこと微笑んだままわたしを見つめている。
「ふぇ? わたし?
そ、そんなのわかんないよぅ」
「まぁまぁ、なんとなくでいいから。ただのおしゃべりだし」
さっきまで抗議していたアリサちゃんまでいつのまにか面白そうにわたしを見ている。
「ていうか、なのはってそういうの凄い鈍感そうよね~。
好きだって思ってるのに自分でそれに気がつかないままいつのまにか10年経ってました~、とかありそうよ」
「そ、それは流石にないと思うんだけど……」
「いーえ、あんたは間違いなくそういうタイプよ。
友人として、なのはの好みのタイプを抑えておく必要、いえ、義務があるわ!」
拳を握り締め、ついに気迫で大気を歪めるアリサちゃん。車内の温度が5度上昇。
助けを求めて周りを見渡して………小さく拍手でアリサちゃんを応援するすずかちゃんを発見。あう。
お、お姉ちゃんは!? ………なんでキラーン☆て擬音までつけて眼鏡光らせてるのっ!?
うーん、ここは適当になにか言ってお茶を濁してしまったほうがいいんだろうけど、何て言えばいいのか頭がぐるぐるまわってさっぱりです。
ユーノ君と目が合う。あ……そっか。
「も、物知りで頭がよくて、しっかりした人、かな?」
ぴくっとユーノ君が動いて、そのまま固まった。………あれ?
(な、なのは、その……さ)
(あ、ゴメン、ユーノ君。適当にごまかそうと思ったんだけど思いつかなかったから、なんとなくユーノ君みたいな人って言っちゃった)
(あ……あはは、まあ、そうだよね……)
ガクッとうなだれるユーノ君。
あれ? なんか悪いこと言っちゃったかな?
「んー、ちょっと意外。
なのはって結構熱血だから、好みもそういうタイプかなぁと思ってたんだけど」
わたしたちの身近にユーノ君みたいなタイプの男の子はいないので、アリサちゃんは少し冷めてくれたみたい。
すずかちゃんはあいかわらずにこにこ笑っているけど………気にしないキニシナイ。
「ね、熱血って、アリサちゃーん……」
うう……アリサちゃんがわたしのことをどう思ってるのか小一時間問い詰めたいの。
「アリサちゃん、違うよ」
や、やっぱりすずかちゃんはわたしの味方だよね!
「なのはちゃんは、大切な人を守りたいタイプの熱血漢さんだよ」
「すずかちゃんまで!?
あと、曲りなりにもなのはは女の子なわけでして、熱血『漢』は違うと思うんだけど……」
「あー、確かに! なのはってそういうタイプだよねー」
お姉ちゃんまでなのはにそんな太鼓判を押しますかぁ!?
「うーん、これはきっとお父さんの方の血だねー。
不破は守るために戦う一族だったそうだから……」
フワ? 初めて聞く名前だけど、そういえばお父さんの旧姓って聞いたことがなかったな……
「おーい、そろそろ着くぞー」
と、お父さんが声をかけてきた。
「あら、結構早かったわね」
というアリサちゃんに、
「同じ市内の月守台だしね」
と答えるすずかちゃん。
「恭也たちはちゃんとついて来てるな……
ついたらさっさと部屋に荷物置いて、すぐ温泉に入るかい?」
「あ、はい。―――どうする? あたしはすぐに入ってみたいかな」
「うん、私も賛成」
「うん!」
「月守台温泉の効能はなー……えっと、なんだったっけか、母さん?」
それから何故か急に饒舌になったお父さんの話を聞きながら数分後、わたしたちは旅館に到着しました。
* * * * * * * * * *
「すっごい気持ちよかったよねー」
「「ねー」」
旅館についてすぐ温泉に入浴。
ユーノ君、なんだか一緒に温泉に入るのを嫌がっていたのを強引に連れて入っちゃったのはいいんだけれど、何故かぐったりしてしまいました。
そんなユーノ君を肩に乗せて、アリサちゃん、すずかちゃんと3人でお姉ちゃん達より一足先にお風呂を出て、浴衣姿でおしゃべりをしながら旅館を探索中です。
「ね、この後どうする? 卓球しない?」
とすずかちゃん。
「えー、卓球?」
おっとりした外見に反してこの3人で一番肉体派のすずかちゃんの提案に、つい不満の声をあげちゃいました。
「うーん、あたしさ、ちょっとお土産見たかったんだけどなー」
とアリサちゃん。
「あー、わたし、卓球は……」
すずかちゃんはものすごく運動が得意だけれど、わたしは運動音痴なわけでして。
反射神経と動体視力には自信があるからテレビゲームとかは得意なんだけど、卓球になるとまるっきり体が追いつかないから……
確かに温泉に来たからには卓球は避けられない定番スポーツ。
でもはっきり言って、やる前からすずかちゃん>アリサちゃん>なのは、の優劣が見えているので、ちょっとやる気が起きません。
ハンデとかもらえないかな……すずかちゃん対アリサちゃん&なのはとか……
「うーん、どうしよう」
「どっちから行こうか」
「じゃんけんしたら?」
などと話していると、向こうから女の人が歩いて来るのが見える。
長い赤毛に、鋭い瞳、アクセサリーなのか額に赤い宝石をつけた、浴衣姿の女性。
「ハーイッ! おちびちゃんたち」
その人は、不敵な視線でわたしを見ると、ゆっくりと近づいて来て……
* * * * * * * * * *
Side 士郎
「このあたりか」
俺達は次のジュエルシードを求めて月守台に来ていた。
それぞれ年を経た大木の枝に立ち、あたりを見渡して――――激しく後悔したところだ。
「うん、このあたり一帯。
この地図の、月守台の3分の1と、吹塚の10分の1くらいの範囲。
ここに、あと20から50ベクサ以内に目覚めるジュエルシードがある」
20~50ベクサ………だいたい半日後から1日以内か。
さきほど視界に入ったものを脳裏から削除しつつ、淡々と状況を整理するフェイトの声に意識を傾ける。
「私は魔力を温存しながら、探索魔法を使って範囲を絞り込む。
絞り込めるだけ絞り込んだら起動を待って待機」
「俺は駄目で元々の目視探索だな。
発動が近づけば、確保とフェイトのフォローのために待機」
「あたしは体力と魔力を温存しながら周囲の警戒。
で、発動前後ではフェイトのサポートっと」
前々から決めていたポジションを再確認する。
ちなみに、俺が来た日にやったミーティングより以前は、
かなり行き当たりばったりなやり方で収集を行っていたらしい。
普通なら、二人の年齢を考えれば仕方のないことだ。
だが、フェイトはとても9歳とは思えない聡明さを持っている。
にもかかわらず計画性のない行動を繰り返していたのは、
無意識なところで彼女が自棄になっているのではないかと心配になる。
「ところで」
アルフが不審をあらわにこちらを向いた気配が伝わってくる。
「なんだ?」
「なんでさっきからあたし達と逆方向を向いたまま喋ってるんだい?」
「俺は、目が良いんだ」
「そりゃよーく知ってるよ」
「君達の向いてる方向には、2キロメートル先に温泉宿があるんだ」
「………温泉宿って……地熱で噴出した地下水のお風呂に入れる宿屋のことだよね?
それがあると何か不都合でもあるの?」
「まあ、一応……」
「はっはぁん………助平め」
「なんでさ。助平じゃないから紳士らしく向こうを向いてるんじゃないか」
まさか天窓が開いていて上手い具合に見えてしまうとは……
今は人がいないからいいものの露天まであるし………
困ったことにうかつに振り向けないのである。
「……?」
一人だけ理解できていないフェイトは不思議そうにしているようだ。
「つまり、シロウは女湯が覗き放題」
「違う!」
「えー、だから目をそむけてるんだろー?」
「いや、まあ、そういうわけだが」
「マセガキめ」
「あのなぁ……」
アルフ、お前絶対楽しんでるだろ?
「…………??
………お風呂が見えるといけないの?」
「ぐぁ……その純真な魂がこの荒んだ心に眩しいわ。
というかフェイト、君の場合はよく覚えておいてくれ。
男が女の裸を見るのは人倫上も法律上も犯罪だ」
「あんた何歳だっけ?」
「たぶん10歳だな」
肉体のほうはね。精神のほうはちょっと前から永遠の29歳です。
「そのくらいなら別に気にしなくていいんじゃないのかねー。
それともお年頃って奴?」
「もういいよ、それで」
「えっと、それなら、視覚強化をしなきゃいいんじゃ……」
「視覚強化に慣れすぎて、目の焦点を合わせるのとほとんど同じ感覚で魔術強化しちまうからな。
なかなか制御が難しいんだ」
「なーんか言い訳くさいなぁ……」
全くだ。
しかし自分と同じ年頃の女の子が身近にいると色々と気を使うんだよ。
フェイトに妙な気をカケラでも起こしてはアリシアやプレシアに申し訳がたたんしな。
いやまあ、ロリコンでない俺が変な気を起こすはずもないわけですが?
聖杯戦争後、さんざんイリヤのことで遠坂にロリコンロリコンとからかわれたものだが―――
―――断じて、俺は、ロリコンではない。
「あれ?」
「どうした」
「軽く探索魔法を起動してみたんだけど、こっちの方角に2キロメートル先くらい……その、温泉宿があるってところに、大きな魔力反応があるの。
魔力パターンにも覚えがあって……たぶん、前に戦った子」
「ああ、もう一人の探索者か」
フェイトと同じくらいの女の子――――ね。
「へえー、ちょっと見てきていいかい?」
「アルフ?」
「どんな奴なのか、見てみたいからさ」
「まあ、止める理由は無いな」
俺も見ておきたいが、今はジュエルシードの回収を優先しよう。
ジュエルシードが目覚めれば、その子も気がついてやってくるかもしれないし、
来なければ回収してから接触してみればいい。
取りあえずは、たいしたことがないというフェイトの評価を信じることにしておく。
あと正直、温泉宿を視界に入れたくない。
「あと、温泉にも入ってみたいんだけど、フェイトは一緒に来ないかい?」
「そうだな、フェイトもちょっと行ってきたらどうだ?」
「はは~ん……で、覗くのかい?」
「なんでさ」
一瞬変な想像を……してないしてない、断じてしてないからな。
というか、罠か、今のは。
「ううん、私はここで探索魔法を使ってるから。
アルフは楽しんできて」
「うーん、んで、シロウは?」
アルフも流石に一人で行くのは気が引ける様子だ。
「俺もこのあたりを探索してる。
今度何か機会があれば俺かフェイトが休もう。
俺も多少は気になるからな、どんな奴だったか、後で教えてくれ」
「あいよ……覗いたら噛むよ?」
「……くどいぞ、アルフ」
思わず頭を抱える。
「あははは、じゃあ行ってくるね」
「一応、気をつけてね」
「……あんまり追い詰めすぎたり、問題起こしたりはしてくれるなよ?」
「オーケー」
手をひらひらさせながら去っていくアルフ。
「じゃあ、俺も探索に移る。
俺からの念話は届く範囲が狭いんで、何かあれば通信機を使うけど、持ってきてるな?」
「うん」
商店街で買ってきた玩具のトランシーバーを、通信用デバイスに改造したものをフェイトとアルフには持たせている。
自分に足りないものがあればよそから持ってくる。これは魔術師としての発想だ。
まあ、管理局の部隊でも似たようなことをやっているわけだが。
「だいたい一時間おきに定時連絡するから、アルフとの念話連絡も頼む。
何か変わったことがあったら小まめに連絡してくれ」
「うん、分かった」
「それと……これだけ範囲絞ってあと探索魔法ってことは、フェイトはあんまり動かないよな?」
「うん? 確かに、私はあんまり動かないかな」
「じゃあ、これの見張りを頼む」
言って、抱えていた袋から中身を出す。
「……バスケットと……お鍋?」
その通り。ちなみに蓋が開かないようにきっちり閉じた上に紐とテープで固定してある。
「今日の昼食と夕食だ。
中身は昼と夜のサンドイッチと、夕食用のシチューな。
火はこっちで用意するから」
「あ……うん」
相変わらず固い顔が、嬉しそうに僅かにほころんだ。
こういうあたり、どんどんセイバーに似て来るな、フェイト。
……さて、俺も行くとしますか。
* * * * * * * * * *
温泉が視界に入らないところを選んで木の上から周囲を見渡していると、近くに二人の男女がやって来た。
木陰に身を隠し、木の葉の合間から目だけを覗かせて確認する。
あれは………翠屋の店長?
女性のほうは奥さんだろうか?
ずいぶん若いが……釣り合いを考えると30になるかならないか、くらいか?
人体の【解析】も全くできないわけではないが、基本的に女性の身体は【解析】しないことにしている。
何分俺は紳士だからな。例えアルフが何と言おうとも。
さて、その二人がここに来ているということは――――ひょっとするともう一人の探索者は、まさか……
そんな俺の思いをよそに、二人は近くにある池の前で歩みを止めた。
「はぁ、いいわね、こういう休日は」
奥さんと思しき女性がしみじみと言う。
「ああ、そうだな」
「お店も少しは、若い子達に任せておけるようになったし」
「子供達も、まあ、実に元気だし」
「それに、あなたも」
「ああ、そうだな」
夫の応えに、笑顔で頷く奥さん。
「結構、時間かかったもんな」
「うん」
「もう桃子や子供達に心配をかけるようなことは無いさ
俺は、これからはずっと、翠屋の店長だからな」
その声は、これ以上ないくらい穏やかで……
それまでの経緯の深さを、感じずにいられなかった。
「うん……ありがとう、あなた」
さらに距離を縮める女性―――桃子さん。
店長はその華奢な肩に手を回して………ってやばい、これじゃ完全に覗きじゃないか。
逆方向に向き直ろうとしたとき、突如として翠屋店長が首を動かしてこちらを向き――――俺と目が合った。
冷や汗が噴出す。
馬鹿なっ―――店長は今まで一度もこちらの方を向いていなかったはずだ。
それに、彼我の距離は100メートル以上。
俺は木の葉の間から目だけを覗かせている状態だ。
見えるはずが無いし――――第一、どうやって俺に気がついたというのだ。
店長はそのままずっと、傍から見て不自然な方角―――つまり俺のほう―――に顔を向けて、真っ直ぐこちらを睨みつけている。
桃子さんも夫の様子がおかしいことに気がついたようだ。
……気がつかれているのは確か、か。
ここで変に警戒されるのも面倒だな。
店長が大きく口を開いてこちらに声をかけようとするのと同時に、ガサガサと素人のように音を立てて木から下り、そのまま無防備に二人に近づいていく。
「君は……」
「こんにちは。
すみません、さっきから木の上に登っていたんですが、降りるに降りれなくなってしまいまして………」
「こんにちは。あらら、ごめんなさいね……
えっと、あなたのお知り合い?」
桃子さんが今まで見られていたことに気がつき、ちょっと照れながらも人懐こそうな笑みを浮かべた。
「ああ、最近の常連さんだよ。
こんにちは。
いやぁ、ごめんなぁ、勝手にやってきて目の前でいちゃいちゃしちゃって。
君も温泉に来ているのかい?」
「ええ、ちょっと遠出をしすぎたんで、だいぶ遠くの宿ですけど」
高町店長の経歴についても気になるところだが、高町店長の民間人っぷりは今のところ完璧だ。
変に突っ込めば、いくらさりげなく聞こうとしたとしてもかえって疑われるだろう。
高町店長が歴戦の戦士であるという憶測は、ただの子供には到底気がつきようのないことなのだ。
……残念だが、聞くに聞けない。だから、ただ適当に話をして誤魔化す以外に選択肢がない。
「ああ、お客さんだったのね。
はじめまして、あたしは翠屋のパティシエをしてる、高町桃子です。
で、こっちはあたしの夫の、高町士郎さん」
と言って、桃子さんは店長の腕を抱きしめる。
……へぇ。
「店長、シロウって名前なんですか。
奇遇ですね、俺も士郎なんです。衛宮士郎。
字は兵士の士です」
「おお、漢字も同じかぁ。
そりゃあホントに奇遇だなぁ」
「おいくつかしら?
中学生くらいかな?」
「いえ、10歳ってとこです」
「あら、なのは……うちの次女より一つ年上かぁ。
背、高いわねー」
にこにこ笑いながらえらくフレンドリーに話しかけてくる。
「まあ、ここ数年妙に伸びてます、背は。
ところで、貴女があのお菓子やケーキを作ってるんですね。
俺も俺の家族も、貴女のお菓子のファンなんです。
明らかに海外の一流名門店級の高い技術を惜しみなく一般家庭や学生向けのお菓子に注ぎ込んでいる、というところは脱帽するしかないと思っていました。
海外………たぶんイタリアかフランスの一流店か、どっちかの国のパティシエの下で働いていらしたんですか?
いや、両方かな……かなり桃子さん独自の研究が入ってるからちょっと確信持てないんですが」
そう言うと、桃子さんは目を丸くして、
「……すっごーい。
そうよ、昔、イタリアとフランスで修行してたの。
その年でよく分かるわねー。
なんかあなたみたいな年の子にべた褒めされるのはちょっと照れるけど、でも桃子さん感激ー。
衛宮君もお菓子作りするの?」
「いや、お菓子作りはここしばらくやってないですね。
あ、そうそう、この前出た新作ケーキなんですが……」
などと、その後しばらくついお菓子作りの話題で盛り上がってしまった。
菓子作り自体はそんな好きでもないが、余裕が出来たらフェイトたちに振舞うのもいいかもしれないと思うと、つい……
「―――あ、ところで、旅館からずいぶん遠くに来ちゃったって言ってたけど、帰り道は大丈夫かしら?」
「いえ、大丈夫です」
「衛宮君は、しっかりしてるもんなー。
お家のご飯も衛宮君がつくってるんだもんな」
「あら、そうなの?」
桃子さんが少し気遣わしげな顔をする。
まあ、10歳の子供が家の料理をつくっているというのは、ちょっと普通じゃないだろう。
「今日はご家族も一緒かい?」
「ええ」
やばい、ドツボに嵌ったかもしれん。
そっけなく『ええ』と応えたせいか、2人の笑顔の裏にさらに気遣わしげな気配が濃くなった。
家族的に恵まれていないと思われたのか? まあある意味事実かもしれないが。
「なあ、俺、サッカーチームの監督やってるんだよ。君、サッカーに興味は無いかな?」
「すみません、サッカーはあまり」
そうか、と高町店長が残念そうに苦笑いする。
「そうだ、ちょっとうちの娘達に会っていかないか?
次女と2人のお友達が一緒でなぁ、君より1つ年下なんだが、可愛い子たちだぞー?」
いかん、適当に挨拶して退散するつもりだったが、意外にこの人たちお喋り好き――――というより御人好しか?
俺もつい我を忘れて話し込んでしまったわけだが……。
なかなか離してくれなさそうな気配だ。
しかも、次女とその2人のお友達の誰かがもう一人のジュエルシード探索者である可能性が高い。
いずれ敵として相対する子にそんな風にして会うのは御免だ。
「いいえ、遠慮します。俺なんかが会いに行っても迷惑なだけですし。
お友達と楽しんでるのに、悪いですよ」
「いや、迷惑ってことはないと思うぞぅ? 君はなかなか稀に見る『男らしい』立派な男の子だしなぁ」
意味ありげに笑う高町店長。
推測するに、この人の索敵範囲は視界外の相当範囲を含む可能性がある。
下手に帰ると言って強引に話を切り上げても、その後であたりをうろついていることに気がつかれると不審がられるかもしれない。
だから、なるべく自然に別れたいのだが……
できれば嘘をつかないですむ範囲で、何でもいいからこの2人を安心させられそうなことは何か……ああ、これでいいかな?
「俺の家族にも凄く可愛い子はいますから。美人の目の保養は十分なんです」
『家族』のことを話さないから心配されているんだ。『家族』自慢でもすれば不安も払拭されるだろう。
ありがたいことに込み入ったところまでは立ち入らないようなので、それで十分のはずだ……たぶん。
「へぇ、妹さんかい?」
「血はつながってませんが、まあ、そんなもの……かな?
可愛いし、何より凄く良い子ですよ。真面目で、一生懸命で……そして、優しくて、強い子です」
「ははぁ、その子のことが好きなのかい?」
ぶっ………ちょっと待て。
なんでさっきからそういう話になる!?
「そうかそうか、それじゃあ浮気するわけには行かないか………うーん、残念」
「浮気って……そんなんじゃないですよ」
思わず顔が赤くなる………やばい、これじゃあからかってくれと言っているようなものじゃないか。
にやにや笑みを浮かべる高町店長。……いや、ここはチャンスか。
「すみません、俺、もう失礼しますね」
少し怒ったふりをして踵を返す。いや、照れた風に見られたかもしれない。
「ああ、引き止めて悪かったね。
じゃあ、また翠屋に来てくれよ? 今度はその子も連れてきてくれるかな?」
「ええ、いつか都合が合えば一緒に行こうとは言ってます」
「あ、いいわね。是非いらして。サービスしちゃうから」
ありがとうございます、と応えて振り切るようにその場を去る。
喋りすぎたな――――雰囲気に飲まれたとでも言うべきか。
冷静になって考えると奥さんのほうはともかく、店長は俺に何か裏の事情があることに気がついて、その上で敢えて突っ込まず普通に接してくれていた節がある。
あの店長が韜晦の術に長けていて表面上は温和な一般人を貫き通しただけなのか、それとも俺の考えすぎで、何も疑わずに天然の振舞いを見せたのか。
あるいは、どこまで気がついていて、どこまでが素だったのか――――その境界となるとさっぱりだ。
だめだな、答えが出そうもない。
よし、警戒はしよう。でも、あまり気にしすぎることもない。
相手は魔導師ではないのだし、今は考えることが多すぎる。
それに、彼らが俺に見せてくれた好意は本物だったと思う。
いずれ敵になるかもしれないが、今は敵でも味方でもない第三者にすぎないのだ。
まあ、そうした事情を差し引いて見ても……良い夫婦だったな。
あんな両親をもつ娘はきっと幸せだろうな、と柄にもなく嫉妬している自分に気がつき、苦笑いする。
――――プレシア、あんたは覚えているのか?
あんたも昔は、あんな風に笑っていたことを。