折れた剣 作:Furfur
Side 士郎
――――そして、夜になった。
都市部から離れた自然豊かな保養地だけあってあたりの闇が濃いが、天上にあるのは満月。月明かりは十分だ。
木々の密やかなざわめきが聞こえる静かな森の中、張りつめた空気が焦燥感を煽る。
もう場所はほぼ絞り込み、あとはジュエルシードの発動を待つだけ。
フェイト、アルフとも合流し、皆、今はただ感覚を研ぎ澄ませたまま待機している。
本来ならフェイトには寝ていて欲しい時間帯だが、発動は夜になりそうだとわかるや日中しばらく仮眠をとってもらうことで妥協した。
ちなみに、もう一人の探索者を偵察に行ったアルフの報告は『大したことない。フェイトの敵じゃない』だった。
あまりにも適当すぎるが、考えてみればフェイトもアルフも他人とろくに関わったことがないのだ。人物観察には不向きなのだろう。
ある意味、二人とも相当な箱入り娘なのだから。
いや、フェイトはともかくアルフは違うか。この娘は小さいころから野山を駆け巡ってばかりいたみたいだから。
もう一人の魔導師のことはそれなりに警戒しておくとして、他に今しておくべきことは――――
「フェイト、手順の確認を頼めるか?」
「うん。まず、発見し次第、士郎が仮封印」
すらすらと淀みなく先ほどまでに話し合った流れを復唱するフェイト。
俺が封印を担当するのは、その後発生するであろう戦闘にフェイトの魔力を温存するためだ。
「そして、あの子が来るようだったら、みんなで迎撃。
封印する前に来たら、私とアルフが出る」
「でもさー、それあたし一人でも大丈夫だって」
つまらなそうにぶーたれるアルフ。
ふんと鼻を鳴らし、斜に構えた反抗的な視線で、だが真っ直ぐに俺を睨んでいる。
フェイトの使い魔として、つまらないことに主の手を煩わせることが気に障るのだろう。
「いや、敵の戦力を見極める必要がある。
それに、警告と脅しもしなきゃな」
「だから、警告ならあたしがしてきたってば。
それでも来るなら迎撃もあたしがやる。それでいいだろ?」
「警告をして来たのにそれでもまた来るようならまだまだ不足ってことだ。
その子は前にもフェイトと戦って負けているんだろう?
今回アルフと戦ってまた負けたとしても、それで諦めるかな。
それともアルフ、手っ取り早くその子を再起不能にするか?」
「え? いや、それはちょっとまずいよ……」
「本当はそれが一番なんだけどな。
でもそういうわけにもいかない。問答無用に犯罪だし、フェイトやアルフはもちろんそうだろうが、俺だって気が進まない。
一度戦って実力差を見せ付けて、それで今後は退いてくれるような子ならそれでいいんだけどな。
そうならなければ、ジュエルシードが目覚めるたびに戦闘になる可能性がある。
その場合、今後戦っていくにしろ、戦わずに先に封印して逃げるにしろ、長い付き合いになるかもしれないんだ。
だから、戦力をちゃんと把握しておきたい。相手のことが分かっていれば手加減だってしやすくなる。
そして警告と脅しのためにも、やるなら確実に、徹底的に戦力差を思い知らせるべきだろう?」
本当は手ごろな敵がいてくれたほうがプレシアへの目眩ましになるし、何かあったときに俺が暗躍する余地が生まれるわけだが、あの夫婦に一応の義理は立てたい。
一度だけ、警告をしよう。
だが、それでも立ち向かってくるなら――――そのときは利用させてもらう。
今回はどっちつかずの選択ばっかりだ。我ながらこれでいいのかと少し焦る。
しかし、一石で二鳥を得、虻蜂の両方を捕らえるくらいの意気込みでなければ全ては救えないだろう。
「ああ、はいはい、わかったよ……」
アルフが不服そうに了承する。
それとほぼ同時に空気が、一瞬にして冷たくなった。
その空気に当てられたように、アルフの再び開きかけた口が閉じられる。
蟲の声が静まり返り、静寂が、闇が深まる。
「そろそろ、だな」
こくん、とフェイトが無言でうなずく。
この、空気がチリチリと焦げるような緊迫感を彼女も感じているのだろう。
その白い額にはうっすらと冷や汗が浮かんでいる。
次の瞬間―――
―――どくん。
心臓が跳ねた。
一瞬ホワイトアウトした視界を即座に回復させ、膨大な魔力の鼓動が聞こえてきた方向を見やる――――
仄かな光が彼方に見える。距離にして1キロ程度、あそこは………
「川だ! 橋の近く!」
「うん。行くよ、アルフ」
「オーケー!」
飛行魔法を起動。急ぎ、ジュエルシードに迫る。
動いたのは俺が最初だったが、速度に優れる二人にあっという間に追い抜かれてしまう。
飛行に必須となるバリアジャケットを俺はあらかじめ装着していて、フェイトはまだ装着していなかったにも関わらずだ。
彼女らが機動力に優れた魔導師ということもあるのだろうけれど、やはりこの二人の地力は俺なんかとは桁が違う。
今更ながらあっけにとられもたもたしているうちに、もう彼女らは着地を済ませてしまっていた。
そこにあったのは天上から垂れる滝のような、光の柱。
その中に、ジュエルシードの姿が見えた。
――――これが、起動したジュエルシードか。
2人は既に川にかかる橋の欄干に座って様子を伺っていた。
飛行魔法を使ったため、フェイトは既にバリアジャケット姿。
手足を大きく露出した黒いレオタードをベースに、裏地の赤い黒マントと黒いニーソックス。
黒い指抜きグローブとリストバンド。黒いリボンで長い金髪をツインテールにまとめ、腰周りを白い布で覆っている。
基本的におとなしい性格のフェイトには似合いそうのない格好なのだが、意外と様になっている。
「うっはー。凄いねぇ、こりゃあ。
これがロストロギアのパワーってやつ?」
感嘆の声を上げるアルフ。
彼女の言うとおり、凄まじい魔力が目から、肌から感じられる。
正直、侮っていたかもしれない。
「ずいぶん不完全で、不安定な状態だけどね」
と、あくまで冷静なフェイト。ジュエルシードそのものには興味がないのだろう。
「あんたのお母さんは何であんなものを欲しがるんだろうね?」
「いやはや全くだ、本気でやばいしろものだな。
プレシアの目的は俺としても気になるところではあるんだ、が――――」
意味ありげにフェイトを見やる。
「さあ。わからないけど、理由は関係ないよ。
母さんが欲しがってるんだから、手に入れないと」
「うん、そういうわけだな」
彼女らには極力潔白でいてもらう。
泥を被るのは俺独りで良い。
そのためにも、ヤバイことに視線を向けてもらっては困る。
「俺も、プレシアに約束させた報酬のほうが大事だ」
まあ、プレシアが約束を守ってくれるかは怪しいが……
もしプレシアが何かヤバイことをする事もなく無事にこの任務が終わってくれれば、その後はフェイトとプレシアに張り付いて二人の関係を改善のために全力を尽くせる。
最低限でも、フェイトを庇っていくことくらいはできるだろう。
どうか、そうあって欲しいものだ。
「報酬?」
アルフが訝しげ俺を見るが、野暮用だと誤魔化す。
『フェイトのことについていくつか頼みを聞いてもらう』
それがプレシアに約束させた報酬だ。
プレシアに、フェイトの待遇を改善させる、フェイトのことをもっと見るようにさせる……
そんな願いが俺の目的だと知れたら、遠慮深い性格のフェイトことだ、俺の助力を拒むようになるだろう。
強引にフェイトに協力したとしても、俺とフェイトとの関係は対等たりえなくなる。
それでは、彼女を救えない。
……気を取り直して旅館のほうを見やる。
そろそろ来てもおかしくはない頃合だ。
予想通り、闇と木立をすり抜けた先に、こちらに向かって息を切らせてやってくる一人の少女の姿。
「さて、予定通りにこっちに向かってきてるぞ。あと10分てとこだ」
アルフやフェイトも同じように俺と同じ方角を見るが――――困ったように首をひねるばかりだ。
が、二人に構わずに準備を整える。
「君達には、ここで迎撃準備を頼む」
聖骸布の断片を2枚投影し、一枚を右腕にきっちりと、手早く巻きつける。
そしてもう一枚を左手に持つ。
さらに投影した2メートルあまりの紅い槍を聖骸布ごと掴む。これで準備は万全だ。
「シロウ一人で大丈夫? あれだけの魔力だから、下手に触れると怪我するかもしれないよ」
そんな俺の様子を見て、フェイトは顔に気遣わしげな表情を浮かべた。
そして、何か言いたげにもごもごとして俯いたあと、意を決したように顔を上げた。
「それに、最近はシロウのお陰で、その………ご飯もちゃんと食べて、ちゃんと毎晩寝てるから――――
えっと、その――――私、魔力にはね、余裕があるんだよ?」
急にわたわたと手を振って、余裕があるポーズ―――らしい。一見ただの挙動不審だが―――をするフェイト。
気持ちはありがたいが、フェイトの魔力を温存する方針を変更する気はない。
「大丈夫だ。あのくらい、軽い」
「―――そう。えと、じゃあ、気をつけてね」
一瞬だけしゅんとして、すぐに気を取り直したようにひきつった笑顔らしきものを浮かべるフェイト。
実に忙しい。この子、本来は表情豊かなんだよな。
「ああ、君達も。周囲の警戒、緩めるなよ?」
「うん」
「大丈夫だって」
二人の返事と同時に飛行魔法で飛び立つ。
風を切り裂く感触が心地良い。
手にするは、死徒二十七祖が第二十位にして聖堂教会最強を誇る埋葬機関が第五位、【王冠】のメレム=ソロモンのコレクションとしてかつて目にした呪いの魔槍。
何でも第四次聖杯戦争の時、時計搭の代表者によって召喚されたランサーもこの槍の使い手であったとか。
俺の手にあるものは現存する宝具の贋作ということになるが、その力は同じ。
即ち、魔を断つ槍である。
本来封印に使うようなものではないが、ジュエルシードは小さい。そこに、付け入る隙がある。
光の柱、その中央に位置するジュエルシードの前で飛行魔法を停止。
代わりにデバイスに命じ、足場となる円形の魔法陣を紡ぎあげ、そこに降り立つ。
ミッド式魔法によって作り出される魔法陣が放つ魔力光の色は個人差がある。俺の魔力光は赤銅色だ。
ジュエルシードから放たれる魔力の余波がプレッシャーとなってのし掛かってくる。
皮膚が粟立ち、冷や汗すら乾き、骨すらも震える膨大な魔力だ。
バリアジャケットと聖骸布があるから少しはマシなのだろうか?
唾を飲み込もうとするが、喉はからからに干上がり、喉を鳴らしたにとどまった。
大丈夫だ、身体は動く……
回転する赤銅色の魔法陣の上で、魔槍を構えなおす。
槍の柄を長く保持するため、柄の先のほうを右手一つで掴み、弓を絞るように右半身を大きく引く。
姿勢を低く落とし、足場を踏みしめ、足のバネに力を込める。
そして、左手の聖骸布をジュエルシードに向けて放り投げる。
抗魔力の高い聖骸布はジュエルシードの放つ波動に捕らわれずに、放物線を描き――――
――――今だ。
「征け、【
光の柱に槍先を突き入れる。
神速には程遠い。
相性の良い剣型の宝具ならともかく、このクラスの槍型宝具から担い手の戦闘経験まで憑依させるのは消耗が大きすぎる。
自前の、無様な槍術だが――――所詮は動かぬ相手だ。問題はない。
ジュエルシードを突き刺さぬよう、穂先が触れる寸前、全力で槍を静止させる。
発達の未熟な右腕にずしりと重すぎる衝撃が伝わってくるが、歯を食いしばってそれに耐える。
先ほど放り投げた聖骸布がジュエルシードに被さろうとする瞬間、
同時に足場の魔法陣から跳躍し、聖骸布を巻きつけた右手でジュエルシードを掴み取る。
後は、デバイスに命じ浮遊魔法を――――あ、これは間に合わないな。
ざばん
こうなることは半ば予想していたのだが――――その予想通り、俺の身体は水しぶきを上げて川底に突き刺さった。
「シロウ、その―――大丈夫?」
その後なんとか飛行魔法を起動して川岸に逃れた俺に、気遣わしげなフェイトの声が橋の上から聞こえてくる。
「ああ、大丈夫だ。バリアジャケットはちゃんと着てるしな」
次元世界の洗練された魔法の代表とも言えるバリアジャケットにはこのように、落下してもその衝撃を和らげる作用があるが、それを身をもって体験してしまった。
いや、便利なものだな。
というか、バリアジャケットを展開できるようになる前に高難度の飛行魔法に挑戦した俺は何だったのだろうか。
明らかに順序を間違えたな、おい。
気を取り直して右手に掴んだモノを確認する。
布越しに熱が伝わってくるが、ひとまずは大丈夫だろう。
後でちゃんとフェイトに封印してもらわないとな。
――――うん、最初からフェイトに封印してもらったほうが早かったかもしれないな。要らない心配をかけてしまったようだし。
俺が真っ当な魔導師の真似事をするのもこのあたりが限界ということか。
魔力がもったいないがあれは俺の最強の切り札の一つである以上、そうそう人目にさらしておくわけにも行かない。
「危なっかしいなぁ、見ててハラハラしたよ。アンタ飛行魔法とか下手すぎ」
「そうか、悪かったな」
「ふん……それとさ、一体何やったんだい? なんていうか、意味不明だったんだけど」
アルフが眉をひそめながら聞いてくる。
「あー……確かにそうだろうな。
まあ、なんとか封印はできたよ。仮封印ってとこだけど。
さて、計画通り行くぞ」
「……あいよ」
不満そうに応えを返すアルフを尻目に、川岸の木立の中に姿を消す。
(フェイト、もう来るぞ。俺はここで隠れて様子を見る。適当なところで出てくるから)
隠れた以上、ここからは声に出さずに念話でフェイトに語りかける。
「うん――――バルディッシュ、起きて」
“Yes, sir”
フェイトの手の甲にあった『それ』、黄色い三角形のプレートが光と共に浮かび上がり、真の姿を現す。
黄色いコアを宿した、黒いポールアクス。
リニスがフェイトに遺した、
閃光の戦斧、バルディッシュ。
フェイトがそれを取るのと彼女らが現れるのはほぼ同時だった。
白い制服のような露出の低いバリアジャケットに、赤い球体を中央にすえた杖型のデバイス。
顔は――――母親似、か。
走ってきたためだろう、疲労に喘ぎながらも両足でしっかりと大地を踏みしめている。
その肩に、明らかに知性を秘めた瞳を持つ、イタチのような動物を載せ――――その動物と共に、フェイトたちを強い視線で凝視している。
その顔を見て、アルフが意地の悪い声を上げた。
「あーらあらあらあら……」
「あぁっ!?」
少女の瞳が驚愕に見開かれる。
そう、彼女は昼にアルフと出会っていたはずだ。
「子供は良い子でって言わなかったっけか?」
「それを――――ジュエルシードをどうする気だ!
それは、危険なものなんだ!」
少女の肩のイタチ――――フェレットか?
それが、アルフの挑発にも怯まずに、少年の声で真剣な声で語りかけてくる。
使い魔――――いや、彼にかかっている魔法の感じから察するに変身魔法で姿を変えた魔導師というセンも捨てがたい。
「さあねぇ、答える理由が見当たらないよ。
それにさあ、あたし、親切に言ったよねぇ?
いい子でないと――――ガブッといくよって」
アルフの瞳孔が見開き、筋肉がパンナップする。
髪の毛が逆立ち、鋭い爪牙が飛び出て――――咆哮と共にアルフの本来の姿、紅い狼が現れる。
「――――やっぱり、あいつ、あの子の使い魔だ」
「使い魔?」
フェレットの言葉に、杖をアルフに向けて突き出した少女が疑問の声を上げる。
――――俺もあまり人のことを言えた義理ではないが、使い魔を知らないのか?
「そうさ、あたしはこの子に創ってもらった魔法生命。
製作者の魔力で生きる代わり、生命と力の全てをかけて守ってあげるんだ」
最後は初耳だ。おそらくはそれがフェイトとアルフの交わした契約なのだろうか。
少女とフェレットはアルフの変身に目を奪われている――――ならばこちらもそろそろ準備をする頃合だろう。
――――
玉石混淆、13本の名剣を順次連続投影し、周囲に展開する。
まだ彼女らはこちらに気がついていない。
それも当然。【神秘】の具現化に対し《魔導師》は極めて鈍感だ。
「ここはあたし一人で十分!」
なお、一人で十分と言い張り、猛るアルフ。
ひとまずは様子見だ。俺も口うるさくは言うまい。
「うん、無茶しないでね」
「オーケー!」
少女に飛び掛るアルフ。
――――が、その行く手を阻むものがいた。
少女の肩から地面に飛び降りたフェレットが、緑色の魔力光を放ちながら瞬時に魔法を発動する。
ドーム状の防御魔法――――アルフはそれに行く手を阻まれ、その小型結界にへばり付きながら物騒な爪を突き立てる。
「チィッ」
「なのは――――あの子をお願いっ」
「させるとでも――――思ってるの――――!?」
アルフの、咆哮めいた挑発にフェレットは、
「させて見せるさ――――!」
今度は、真っ向から応えた。
フェレットがもう一つ魔法を――――転移魔法か?
まずい、それはちょっと面倒になる。
ならば――――傍観はここまでだ。
(アルフ―――退け)
「――――やめておけ」
念話と口頭で、双方に警告をした。
5本の剣を選んでフェレットの張ったドーム型の防御結界に射出。
フェレットそのものは狙わない――――今回はただの威嚇。
鈍い轟音が5回響く。
3本の剣が弾かれ、2本がフェレットの張った小結界の中の地面に突き刺さった。
同時に、アルフもフェイトの元へと飛び退いている。
「な――――」
フェレットの驚愕と共に、剣の貫通から一拍遅れて防御結界が砕け散る。
「ここに、3人目がいる。2対1よりは3対2のほうがまだ分が良いだろう?」
彼女たちの視線から俺をさえぎっていた大枝、先ほどの射出で根元から断ち斬られたそれが重力に引かれ、落ちる。
「えぇっ!?」
側方から現れた俺に、少女が驚きを見せた。
俺の周囲に浮いている8振りの剣がその驚愕を助長する。
「3本弾いたか。その広さで下位の名剣では通用しない防御魔法――――見かけによらず、かなりの腕じゃないか」
わざと嫌味たらしく余裕を持って口上を述べる。
実際のところ、先ほどのこともあってちょっと自信喪失しそうだ。
目の前の少女からもまだ魔法を使ってさえいないというのにかなりの魔力を感じるし――――この中じゃ俺がダントツでへっぽこじゃないか?
―――まあ、戦いで引けを取る気はない。
「……下位では通用しないだって?
馬鹿を言え――――そっちに落ちている剣の方が、こっちの剣より明らかに込められた魔力は上じゃないか!
こんな魔法――――ありえない、どういうことだっ!?」
右腕で弾かれた剣を指し示しながら怒鳴るフェレット。
この剣は――――かつて協会で実験的に作られた純粋魔力を込めた剣か。
「ユーノ君、何言ってるの?」
「ああ、角度が悪かったのかもな」
不機嫌そうに適当な答えで相手の疑問をさえぎる。このフェレット、予想以上に観察力が鋭い。
そして、少女のほうはこのフェイントにはかからない? もしそうなら、彼女は魔法の経験が浅い、ということだ――――
いや、一瞬のことで混乱している可能性のほうが高いか。
「――――貴方は?」
気を取り直した少女が、俺に何者かを問う。
「その子の味方だよ」
「まだ仲間がいたなんて……」
防御魔法を解除したフェレットがこちらを睨む。
動物のくせに妙に表情が豊かだ。
「どうする? やるか?」
残り8本の剣群の切っ先を少女とフェレットに向ける。
やりようによっては、これだけで十分に彼女らを殺しうる戦力だ。
先ほどの封印のこともあって消耗がかなり馬鹿にならないが、警告としては十分。
いかに素晴らしい素質を持っていたとしても、少女はまだ素人に過ぎない。
「待って!」
少女が必死な面持ちで一歩前に出た。
剣に怯える様子はない。この年の女の子ならフェイトのような境遇でもない限り刃物を怖がりそうなものだが――――やはり、親の影響か?
「話し合いで、何とかできるってことない!?」
「私たちは、ロストロギアの欠片を――――ジュエルシードを集めないといけない。
そして、あなたも同じ目的なら、私たちはジュエルシードをかけて戦う敵同士ってことになる」
少女の問いかけに、淡々とした口調でフェイトが答える。
「だから! そういうことを簡単に決め付けないために――――話し合いって必要なんだと思う!」
綺麗な理想論にして、正論だ。
だが、ここで議論をする気にはなれない。
敢えてフェレットのほうに話しかける。
おそらくこちらのほうが魔法については詳しい。つまり事態をよく理解しているということ。
「そこのフェレット――――君達は何者だ?
ジュエルシードは俺たちが集める。怪我をしたくなかったら、手を引きたまえ」
あの赤い弓兵のような嫌みったらしい口調。
数でも実力でも劣る相手、しかも可愛らしい少女とフェレットを相手に脅しにかかるこのシチュエーションに嫌気がさして来る。
だがそれでも、やるべきことはやっておかないといけない。
「――――僕はユーノ=スクライア。
そのジュエルシードを発掘したのは僕なんだ。
僕は、運搬中に事故か事件かに巻き込まれて、この世界に落ちてしまったジュエルシードを回収するためにこの世界にやってきた。
それは、本当に危険なものなんだ! 君達は何でそれを集めている!」
運搬中の事故か事件? 臭いな。臭すぎるぞ、プレシア――――
「へぇぇ、使い魔じゃあなかったんだ、その子」
意外そうなアルフ。
「ユーノ君は、使い魔ってやつじゃないよ。私の、大切な友達!」
「おやおや、君が見つけたのか、これを。
悪いが、手を引くのはそちらだし、何で集めているのかと言えば、俺たちだって知らない。
依頼でな。しかも金よりむしろ縁と恩義だ、何を言われてもこちらが退くことはない」
(シロウ、こんな奴らに話すことなんか――――)
念話を通じてアルフの苛立った様子が伝わってくる。
俺たちの事情を赤の他人に触れて欲しくない気持ちはわかるが……
(致命的なことは言わないよ。情報の確認と説得のためにも、多少はこちらのことを言う必要がある。
それに、教えておけば今後いろいろごちゃごちゃ言われなくて面倒がないことだってあるぞ)
(ちっ……わかった、任すよ)
アルフが投げやりな念話をよこす。本当にこういうのは苦手らしい。
それに、彼女もこの状況に嫌気が差しているのだろう。
まあ、どこまでも真っ直ぐで単純明快ところが彼女の持ち味だからな。
「なら――――その人に――――」
食い下がるフェレット。
「しつこいな、あの人は俺たちよりもジュエルシードについては詳しいはずだ。
それより、そこの少女は現地人だろう? この世界には魔法文化はないはずだが。
まさか――――素質のある人間を見つけたからといって、巻き込んだのか? こんな女の子を?」
「それは――――」
「違う! 確かに初めはそうだったのかもしれない――――けれど、今は私が自分でやりたいと思ってジュエルシードを集めてる!」
強い意思を込めた瞳で少女は俺の言葉を否定した。
その姿に感嘆を覚える一方、何かが無性に癪に触った。
「ふん、だがこれからは俺たちに任せてもらおうか。俺たちが集めればこの街に危険は起きんよ。
それに――――君には心配してくれる両親がいるだろうっ!」
つい言葉に力がこもった。まさか嫉妬しているのか? 俺が?
我ながら珍しい。フェイトの代わりに怒るのは筋違いだが――――考えてみれば嫉妬する材料は十分にある。
心配してくれる両親がいるにも関わらずこの無謀。
それが――――赦せない。
「―――――――――それでも、私は、間違いたくないから、ここで逃げたら、きっと後悔するから――――」
あくまで真っ向から見返してくる少女。
「それに、私には―――って、ひょっとして貴方達には――――」
ちっ、しまった。喋りすぎた――――
「話し合うだけじゃ、言葉だけじゃきっと何も変わらない――――伝わらない!」
今の言葉が癇に障ったのか、今まで瞑目し沈黙していたフェイトが口を開く。
そう――――だから俺もフェイトも、今、ここにいるのだ――――
「お互いのジュエルシードを1つずつかけて、勝負しよう。一騎打ちで」
バルディッシュを構えるフェイト。
「――――私が勝ったら、あなたの戦う理由、もっと詳しく教えてくれる?」
逡巡の末、同じくデバイスを構える少女に、無言でうなずくフェイト。
そう、デバイスも魔力も良質とはいえ魔法の素人に、今まで切磋琢磨してきたフェイトが負けるはずがない。
ならばこそこんな
8振りの剣の切っ先を全て地面に向ける。
「今回は特別、だな。
実力差を思い知らせてやれ、フェイト」
「ふふん、フェイトに勝てるわけがないじゃないか」
再び人型に戻り、嘲るアルフ。
「なのは! がんばって――――」
「うん――――っ」
「じゃあ、行くよ――――」
初めに動いたのはフェイトだった。
《ブリッツアクション》、高速移動魔法で一息に少女の背後に回り、戦斧の刃を頭に振り下ろす――――が、少女は間一髪で頭を落とし、回避する。
動きはいささか無様だが、反応は良い。
“Flier fin”
フェイトの第二撃をバリアジャケットの靴に光の翼を生やし、飛び上がってかわす少女。
フェイトも飛行魔法を使い、お互いに飛び上がるが――――速度ではフェイトのほうが上だ――――まもなく追い抜く。
“Photon lancer, get set”
《フォトンランサー》2基の雷槍を瞬時に生成し、打ち出すと共に上空から体重を乗せた戦斧で切りかかる。
フェイト持ち前の速度を生かした力押し。
荒削りなようだが、致命的な一撃を次々と放たれれば、相手はその対応で後手後手に回り、いずれ反撃の余裕もなく倒される。
防御に劣りながらも攻撃と素早さに優れるフェイトならば、一対一の戦いは力押しの連撃で十分に勝ち抜けるのだ。
戦闘時のフェイトは普段とはまるで別人だ。この年にして既に殺気めいたものを放ち、視線は敵を射抜くように鋭い。
高速で自在に飛び回り、雷の槍を放ち、長柄の斧を振り回す様は、雷神か死神のそれである。
「――――くっ」
瞬間、少女は下方に加速して落下しながらフォトンランサーを回避。
僅かに距離を稼ぐと、体勢を立て直して上方から襲い掛かるバルディッシュの柄を杖で受け止める。
フェイトはそのまま力で押し切ろうとするが――――拮抗。
敵の防御の硬さに音をあげたフェイトが後方に一旦退く――――と同時に、少女は斜め上方に逃げ、距離をとる。
今度は少女のほうが上のポジションを取った。
――――目も、反射神経も良い。年のわりには戦闘センスも抜群か。
ユーノ=スクライアも良い出会いをしたものだ。
それが、少女にとって本当に良い出会いだったと言えるのかは分からないが、少女の主観にとってはそうなのだろう。さっきの言葉からすれば。
――――問おう、貴方が私のマスターか――――
古い、それでいて未だ鮮烈な記憶を想起する。
例えて言うならユーノがかつての俺で、少女がセイバー………いや、逆でも当てはまるか。
今の少女はまだ素人だが――――甘く見ていると、いずれ足元をすくわれるかもしれない。言峰のように。
あれから2度の格闘戦の後、大きく距離をとった状態で、再びフェイトが上方に位置を構える。
疲労は少女のほうが上。格闘戦でも機動戦でも少女はフェイトに押されっぱなしで防戦一方だ。
“Thunder smasher”
フェイトが左掌から魔法陣を展開し、次いで右腕に持ったバルディッシュでその中央を打ち抜くと、強烈な稲妻の砲撃が打ち出された。
“Divine buster”
少女も同じく砲撃で対抗する。杖を変形させ火器のように構えると、帯状魔法陣を展開。桃色の砲撃魔法が打ち出される。
二人の魔導師が放った、2つの砲撃が拮抗する。
双方ともに、殺傷設定で放てばこの世界のいかなる防壁、いかなる兵器であろうとも打ち抜くであろう圧倒的な威力の砲撃。
それを、10歳にもならないであろう二人の少女が行使しているのだ。
「レイジングハート、お願い!」
“All right”
少女の魔力がさらに膨れ上がり――――なんて出力だ―――!?
少女の《ディバインバスター》が《サンダースマッシャー》を打ち抜き、フェイトのもとへと殺到する。
膨れ上がる桃色の魔力光に姿を飲み込まれるフェイト。
「なのは――――強い」
思わず見上げたまま息を呑む俺とアルフ。
だが、見えるのは未だ砲撃の尾を射出している少女の姿だけ。
光の奔流にフェイトの姿は消えうせてしまった。
「でも、甘いね」
アルフがユーノを見下ろす。
そう、今のは単に打ち負けたというだけじゃない――――
「ああ、フェイトの勝ちだ」
“Scythe slash”
「なのは―――っ」
『それ』に気がつき、警告をあげるユーノ。
「――――なっ」
高速移動魔法で少女の砲撃から逃れていたフェイトが、上方から少女へと襲い掛かる―――!
「うぅ――――っ」
冷や汗を浮かべ、うめき声を上げる少女。
少女が我に返ったそのとき、既にフェイトはバルディッシュの先端部から伸びた光の鎌を、少女の喉下に突きつけている。
ここに、勝敗は決した。
“Put out”
少女の杖の先端にある赤い宝珠からジュエルシードが一つ、吐き出される。
「レイジングハート、何を!?」
「きっと、主人思いの、良い子なんだ」
少女の杖が排出したジュエルシードを受け止めるフェイト。
そのまま二人とも静かに地上に下りてくる。
2人の能力を予め知っていれば判りきった結末だっただろう。
あの少女は砲撃型魔導師。
本来は前衛の後ろから強烈な長距離射撃をしかけるタイプだ。
この距離と一騎打ちという条件で、機動力と接近戦に優れるフェイトに勝てる道理がない。
「用は済んだ、帰ろう――――」
敗者に用はないとばかりに、フェイトはそのままマントを翻し、歩み去る。
「フッフフ――――さっすがあたしのご主人様♪」
主人の勝利を讃えるアルフはご満悦だ。
「待って!」
フェイトを追おうと一歩踏み出す少女。
連続した轟音が響く。
全ての投影剣を破棄すると同時に、13本の大剣を少女の眼前に垂直に打ち下ろし、突き立て、刃の壁と成したのだ。
「できれば、私たちの前にもう現れないで。
もし次があったら、今度はとめられないかもしれない」
「そして、今度俺達の前に立ちふさがるときは――――3対2になる」
少女は目の前の剣に怯んだようだったが、気丈にもまだ問いかけてくる。
「名前――――あなた達の名前は?」
「フェイト。フェイト=テスタロッサ」
俺は黙って首を振る。おそらく彼女の両親と思われる夫妻に名を明かした以上、彼女に教えるのは面倒だ。
「あの、私は――――」
そのまま飛び去るフェイト。
俺とアルフもそれに倣ってフェイトの後を追う。
「バイバイ♪」
「忘れてしまうことだ、全てな。
この世界の住人が魔法に関わって幸福になれるものではない。
じゃあな、二度と会わないことを願っているよ」
呆然と立ち尽くす少女を、ただ満月が静かに照らしていた。