折れた剣 作:Furfur
Side クロノ
僕らの母艦、時空管理局次元航行部隊所属、巡航L級8番艦アースラは今、ある次元犯罪事件の後始末のため、ある管理外世界の惑星軌道上に停泊していた。
その事件は、ロストロギア『深淵の防壁』を手に入れたある次元犯罪組織が引き起こした。
『深淵の防壁』は次元転移の阻害を目的として創られたアーティファクトだ。
形状は直径10メートルほどの大きさの心臓を取り付けられた、巨大な柱。
起動させると、『深淵の防壁』の設置された世界の外部からエネルギーを取り込み、半永久的に稼動する。
そして、周辺の広範囲に継続的な次元震を起こし、その世界への次元転移を不可能にしてしまう。
しかも、その世界自体は次元震による影響を受けないものの、周辺世界には莫大な被害をもたらし、予測では数年もすれば消滅してしまう世界も出るという。
主作用も副作用も無視できない、迷惑で危険極まりない代物だ。
こんなものを用いた彼らがしようとしたことは――――世界征服。
次元世界間の密輸によって莫大な富と資源を手に入れた彼らは、力でもって魔法の発達が遅れたある管理外世界を征服し、永久支配することを目論んだのだ。
本来ならばそのような暴挙を赦す時空管理局ではないが、このロストロギア『深淵の防壁』があればたやすいこととなる。
当初管理局では手を打ちかねていたこの事件は、当のロストロギア『深淵の防壁』をある民間協力者が破壊したことによって解決した。
だが、事件によりその世界が受けた傷跡は深かった。いくつもの国が滅び、莫大な人命が失われた。
治安維持のために多くの陸上部隊が投入され、情報収集と共に本局では社会秩序の回復を援助するために、何度も討議が繰り返された。
一方でロストロギア絡みの次元犯罪として見た事件の調査も必要となり、アースラスタッフはそのためにここ一週間、調査任務に従事していた。
自分、クロノ=ハラオウンは文武両道の役職である執務官に就いており、このような事件の処理は慣れたものだったが、流石に規模の大きい事件であったため調査には大分骨を折ることとなった。
今はあらかたの現場調査が終わり、同僚のオペレーターにして腐れ縁のエイミィ=リミエッタと事件について話し合っているところだ。
「天秤の剣士、か。
噂だけは聞いたことがあったが、間違いないのか?」
「ちょっと待って……ここにデータが……っと」
顔画像と共にモニタにデータが現れる。
「天秤の剣士。エミヤ。本名は不明。何処にも所属しないフリーの魔導師……とされる。出身世界は不明。戸籍情報もなし。
魔力はCランク相当、年齢は推定十代前半ながらも、管理局の知る限り今までに5件の大規模次元犯罪に干渉し、解決。
ただし、使う魔法系統が特殊で非殺傷設定を使うことが出来ないとかで、かなりの殺人も行っているね。犯罪行為を行っている疑いもあるとか。
それでも、犠牲は最小限に抑えてて、全てはそのために行っているっていう説が有力。
犠牲を最小限にするためにはどこまでも非情になれることと、その計算高さ。剣型のデバイスを愛用することから一部では『天秤の剣士』という二つ名で知られている」
モニターに映し出された情報を覗き込む。
「この事件に際して彼と思しき人物が関わっていたのは、複数の証言もあるし、ほぼ確定じゃないかなぁ。
クロノ君が検証した、『妙に的確な方法で罠や鍵を無効化』したかと思えば、ときおり『異常に鋭利な刃物で様々な障害を突破』っていう、『深淵の防壁』に接触したときの手口も、彼が以前から使っている方法みたいだし、『深淵の防壁』を破壊したのは彼ってことで決まりで良いんじゃない?」
「なるほどね。
そして防壁が機能を失い管理局側が次元転移可能になると、本人はこの世界と事件の情報をこっちに流して雲隠れ、か」
「うん……理想としていることは、管理局と同じなのかな?
管理局からの褒賞や表彰は全て断って、ただ単独で管理局の目の届かない大規模な犯罪被害を防ぐためだけに行動してる」
「ふん、正義の味方ってところか。
しかし、不明という割りに意外にデータがあるもんだな。
『犠牲は最小限に抑え、全てはそのために行っているという説が有力』ってあるけど、他にもそんな説なんてものがあるのか?」
疑問に思ったことを聞いてみると、エイミィはカタカタと手馴れた手つきでキーを操作し、情報を探し出す。
「ええと……あった。彼が干渉した事件の報告書の、彼に関する記述の抜粋。
一番古いのだと、年不相応ながら熟練の戦士。管理局にスカウトすべきってあるけど、次のだと正義気取りをしたただの犯罪者で人殺し。逮捕すべきだっていう意見がのってる。その次のも似たような感じ。
でも4つ目の事件の報告書だと、彼の行為を詳細に検証してて、彼がいなければものすごい数の犠牲者が出ていたはずだって書いてあるね。
うん、一つ、彼の名を一部に知らしめる有名な事件があったみたい。
その中で、彼は一つの村を犠牲にして数十万人の人々を救ってる。
その人の分析だと管理局が干渉しても、彼がやったより犠牲者を少なくできた保証は無いってさ。
えと、その事件が問題になったときにこの報告書を書いた人が上層部に掛け合って、当座は彼のことを黙認するってことになったみたい。
管理局も人手不足で全ての事件に素早く対応できるわけではないから、彼の存在によって犯罪犠牲者が減ることは好ましい―――っていう結論が出てる。
この人自身、エミヤに助けられてるみたいだね。この人を庇ってエミヤは重傷を負ったけど、そのまま戦闘を継続したとか。
むしろたった一人で戦っている彼を援助すべきだ、とも主張してるけど、流石にこの提案は却下されてる。
問題視している人もゼロになったわけじゃないしね」
ときおり、うわっちゃー、などと呆れながらも情報の要点を捕らえてまとめる。
普段はいい加減そうな彼女だが、流石に情報の収集と整理を専門分野としているだけのことはあるのだ。
「ふぅん………ずいぶん熱烈なファンがいるんだな。
しかし………犯罪者だって、法によって裁かれるべきではあるけれど………ベストよりベターを選ぶとすれば、黙認するしかない………か」
人手不足は管理局の抱える根本的な問題だ。思わず苦い顔になる。
「あはは、クロノ君は真面目だねー……やっぱり割り切れない?」
「まぁね。問い詰めてみたいことはいろいろあるけど……でもこれだけじゃ彼という人物はわからないな。
たった一人で戦い続ける大馬鹿者だってことくらいしか、ね。
ちょっと興味はあるな。他にデータは無いのか? どういう戦い方をするかとか」
再びカタカタと異常な速さでキーを叩くエイミィ。
「えっと……個人的なデータはあんまりないなぁ。管理局に誘っても断られたってくらい。
褐色の肌に白い頭髪。よく赤いコートを着てる。
武器は剣型のデバイスだけど、デバイスを複数持ってるかもしれないとか。
明らかに自分の魔力を越えることをやってのけることもあって、何らかのロストロギアを所持しているか、彼自身がロストロギアなんじゃないかって言われることもあるみたい」
「はぁ……とりあえず、関わりあいにはなりたくはタイプだな。
必要とあれば管理局にさえ牙を向くタイプかもしれない。
そうなったとき、手札が読めない歴戦の強者を敵に回すことになる。
共闘するにしても、果たして背中を任せて大丈夫かわかったもんじゃない。
だいたい、その若さと魔力でこれだけのことをやってのけるなんて、異常すぎる」
「まぁねー。悪い人じゃなさそうだけど」
「かもしれないけどね。でも、彼自身が悪人か善人かはこの場合、あんまり関係ないよ。
興味はあるから、あるだけのデータ、後でくれるかな?」
「はいはい、まとめて整理しておくよ。
――――案外、話してみれば気が合ったりするんじゃない? クロノ君だってかなりのワーカーホリックだし」
「一緒にしないで貰いたいな。僕は人に任せることも、味方を信頼することも知っているぞ?」
人を何だと思っているのか、一度きっちり問い詰めたほうが良いかも知れない。
エイミィがさらに何か言い返そうとするが、自動ドアが開き、誰かが入って来たようなので口を閉じて振り返る。
母さ……提督か。
「クロノ、今いいかしら」
リンディ=ハラオウン提督。僕の母親にして、アースラの艦長でもある。
極端な甘党だったり、現場の最高責任者としてはときどき物分りが良過ぎたりと性格はいろいろアレだが、概ね人格・能力共に尊敬できる立派な上司だ。
―――あ、眉が片方引きつった。ちょっと失礼なことを考えたのがばれたかな?
「なんでしょう、提督」
背筋を伸ばし、なるべく畏まって礼をする。
「……実地調査はだいたい終わったわよね?」
「はい、これから報告書をまとめるところです」
「悪いんだけど、報告書が出来たらすぐに単独任務について欲しいのよ」
―――何だって?
「ええ? これからクロノ君一人でですか? 急な話ですねぇ」
意外そうな声を上げるエイミィ。
「そうなのよ、急に本部から辞令が下ってね。
危険度の高いロストロギアが、管理外世界に流出……というより、漂着したらしいの」
「それは一体、どういうことでしょうか?」
またロストロギア絡み、時空管理局の管理外世界か。
どんな被害、どんな犠牲が出てもおかしくないだけに、迅速に回収しなければならない。
他の部隊が埋まっているんだろうけど、一人というのは流石にきついな。
「ええとね、事件はもともと『深淵の防壁』がらみの調査で明らかになったの。
破壊された『深淵の防壁』が見つかったときに、その形状から素性がわかったんだけれど、『深淵の防壁』はもともと遺跡発掘を生業にしているスクライア一族が過去に発掘したものがさまざまな経緯を経て盗難にあって、今私たちが事後処理をしている事件に使われたらしいのよ。
その関係でスクライア一族にちょっとした査察が入ってね。
で、その結果、今現在かなり厄介な事件が起こっていることが明らかになったの。
なんでも彼らは先日、遺跡発掘中にみつけたジュエルシードという莫大な力を秘めた魔石を発見。
それは調査隊に預けられて保管されていたのだけど、数週間前、運搬中に事故もしくは何者かの襲撃によって紛失。
その直後にジュエルシードの発見者が責任を感じて出奔。
それ以後スクライア一族はこの事件に関しては傍観していたのだけれど、査察によって発見者が残したメモが見つかってね。
メモにはジュエルシードが漂着した世界の割り出し計算式と、ジュエルシードの危険性についての推測が書いてあったらしいの。
危険性について詳しくは後でそのメモの写しを渡すから、分かりやすく言うわね。
不安定だから現地の住人や野生動物が暴発させる危険もあるし、複数同時に暴走した上でそれら共鳴すれば最悪、その世界が吹き飛ぶかもしれない、ということよ」
うわ……なんてぶっそうな代物だ。いや、ちょっと待てよ……?
「複数発動すれば、ですか? つまり、そのロストロギアは複数存在すると?」
「ええ、全部で21個」
「に、にじゅういちこぉーーっ!?」
エイミィが素っ頓狂な声を上げる。
ええい、耳がしびれるじゃないか……でも気持ちは全く同感だ。
「そういうわけで、早急に回収しなきゃいけないんだけど、もうすぐ今の任務が終わるうちが近場の艦では一番暇ってことになったらしくて。
クロノには悪いけど、先行して任務に取り掛かって欲しいの。
というわけで……クロノ=ハラオウン執務官。
ただちに現状任務の調査報告をまとめ、次の任務の現地へと赴き、本隊に先行してジュエルシードの回収任務にあたることを命じます。
本隊は貴方に遅れることおおよそ1週間から2週間後に到着します。現地およびロストロギア・ジュエルシード、そしてユーノ=スクライアの魔力パターン等の情報、現地の資料は10時間後に転送されてくる予定です。
それまでに報告書の作成と準備を終えるように」
「了解しました」
「エイミィも、クロノを手伝ってあげて。
大変だろうけど、気をつけてね」
「はーいっ」
「はい、母さん」
ウィンドウを閉じて、休止していた情報整理を再開するエイミィ。
僕は集めていた情報をどう整理するか思考を巡らせていた。
当然だが、このときの僕はまさかこの任務が例のアイツとの腐れ縁の始まりになろうとは、思ってもいなかったのである。