あれから更に数十年の年月が過ぎた……人間にしては長い時間だが、俺たち死神にとっては一瞬のような感覚である。
この数十年の内に、護廷十三隊の再編と変革は進み、漸く先代達に追いつくレベルまできたと思う。
未だに例の事件も解決する目処も様相も見えないが……それなりに有意義な時間を取れたと思う。
そして、その平穏は一通の報告書によって終わりを迎える。
「空座町にて、現世駐在隊士が複数名消息不明の事件が発生…詳細は──」
護廷十三隊総本部ーー各隊長を集めた緊急会議の場には、普段にはない緊張感が漂っていた。
「確認されているだけで三名。全員が同地域で消息を絶っております。」
報告を受け、室内は静まり返る。現世で隊士が命を落とすこと自体は珍しくない。が、短期間に、それも同じ地域で連続して姿を消すなど異常だった。
俺は机に肘を付き、静かに思考を巡らせる。
俺は報告書から視線を上げ、隊長達の表情を静かに見渡した。
誰もが同じことを考えている。
――ただの虚ではない。
十三番隊隊長・浮竹十四郎が静かに口を開く。
「現世の担当区域は十番隊……志波隊長の管轄だ。…志波隊長はどう思うーーってあれ?」
その一言に、数名の隊長が頷いた。
志波一心。現十番隊隊長であり豪放磊落で細かなことは気にしない男だが、その実力は折り紙付きだ。戦闘能力だけなら護廷十三隊でも指折りであり、現世任務も幾度となく成功へ導いてきた。
もし相手が通常の虚ならば、一心一人で十分すぎる。
だからこそ、この報告は妙だった。
「志波隊長は既に現世へ向かっております。」
伝令神機を抱えた隊士が続ける。
「現地の霊圧反応を確認次第、討伐に移るとのことです。」
京楽春水が編笠を少し持ち上げ、溜息混じりに呟いた。
「一心ちゃんなら問題ないと思いたいけどねぇ……。」
その言葉に異を唱える者はいない。
「……妙ですね。」
藍染惣右介が眼鏡を押し上げる。
「隊士が三名も消息を絶っているにもかかわらず、現地には大規模な霊圧の残滓がほとんど残されていない。」
その指摘は鋭い。
「まるで……痕跡そのものが消されているようです。」
室内の空気が一段と重くなる。俺も同じ違和感を抱いていた。
隊士が三人。それも連続して消息を絶ち、誰一人として救援要請すら送れなかった。普通ではあり得ない。
いや──過去にも似たような事件があった。俺の脳裏に忘れることの出来ない、数十年前の惨劇が過る。
(……嫌な予感がする。)
その時だった。
会議室の扉が勢いよく開かれる。
「失礼します!!」
飛び込んできた地獄蝶の伝令を受けた隊士は、息を切らしながら膝をついた。
「緊急報告!!」
その声だけで、全員が察した。
「申し上げます!!」
隊士は震える声で叫ぶ。
「十分ほど前を最後に──
ーー十番隊隊長・志波一心隊長との連絡が完全に途絶しました!!」
「「「っ!?」」」
「なに?それは本当か」
「ま、間違いありません!霊圧探知機から志波隊長の霊圧が完全に消滅致しました!」
隊長格の霊圧が消える。
それが何を意味するか、この場にいる全員が理解していた。
やがて、京楽が帽子の鍔を押し上げる。
「……冗談じゃないねぇ。」
砕蜂の眉間には深い皺が刻まれ、更木剣八は獰猛に笑みを浮かべる。
「へぇ……隊長が消えたってか。」
その眼は歓喜に染まっていた。
「面白ぇじゃねぇか。」
白哉は静かに目を閉じる。
「相手は隊長格を無力化できる戦力ということか。」
そして、俺はゆっくりと立ち上がった。椅子が静かに音を立てる。
全員の視線が俺へ集まる。
「総隊長…この今件は俺が預かる」
「…ならん」
一番隊隊長である真叶の答えを拒絶する総隊長の山本元柳斎重國
「…なぜ」
「此度の件は最早お主1人で対処できる範囲をゆうに超えておる。それに志波がやられたのやも知れん。いくらお主と言えど単身では危険じゃ」
「…では。いかように」
俺の言葉に皆の視線が山本元柳斎重國へと向かう。
「これより本件を特級案件に指定する。」
その一言で空気が変わる。
「各隊長は直ちに戦闘準備。現世への侵攻ではない。目的は十番隊隊長・志波一心の捜索および未知の敵性存在の排除。敵の正体は未だ不明。故に、決して単独で行動するな。」
「……志波隊長」
その呟きは誰にも届かないほど小さかった。
だが真叶のその予感は、やがて尸魂界全体を巻き込む新たな戦いの始まりとなることを、この時の誰もまだ知らなかった。
会議終了から数刻後――。
各隊は直ちに現世へ派遣された。
十番隊を中心に、二番隊による隠密機動の索敵、十二番隊による霊圧解析、四番隊による救護班の待機。
さらに隊長格も二人一組で各区域を捜索するという、護廷十三隊始まって以来の大規模な捜索作戦が展開された。
しかし。何もない。本当に、何も見つからなかった。
空座町一帯を覆うほどの霊圧探知。建物という建物の調査。地下水路、山林、廃工場、霊子濃度の高い区域まで、隅々に至るまで調べ尽くした。
だが、志波一心の霊圧は愚か、戦闘の痕跡すら見当たらない。
まるで最初から、この世に存在しなかったかのように。
「……あり得ん。」
白哉が静かに呟く。隊長格同士の戦闘なら、町一つが吹き飛んでも不思議ではない。
それほどの霊圧がぶつかれば、現世にも尸魂界にも必ず痕跡が残る。
だが残されたものは、何一つない。
「くそっ!」
一番隊隊長・雀部真叶が拳を壁へ叩き付ける。
「どこ行ったんだ……志波隊長……!」
真叶にとって志波は師匠であり兄貴分のような存在であった。思えば護廷十三隊入隊当初から世話になり剣術や隊立なことに限らず日常生活に於いてもお世話になった人物であった。故に必死で捜索した。
十番隊隊士達も必死だった。隊長を信じ、昼夜を問わず探し続けた。
それでも見つからない。
一週間、二週間、一か月と季節だけが静かに移ろい、捜索範囲は日本全土へと広がっていった。それでも志波一心という存在だけが、この世界から綺麗に消えていた。
◆
護廷十三隊総本部。
重苦しい空気の中、再び隊長会議が開かれていた。 誰一人として口を開かない。報告書に並ぶ文字は、すべて同じだった。
――発見できず。
――霊圧反応なし。
――手掛かりなし。
その沈黙を破ったのは、山本元柳斎重國だった。
「……捜索を打ち切る。」
その一言に、室内が凍り付く。
「総隊長!」
真っ先に声を上げたのは俺だった。
「まだ探せます! 隊長が生きてる可能性だって――」
「雀部隊長」
名前を言い放つ。それだけで、青年は唇を噛み締めた。
山本はゆっくりと目を閉じる。
「護廷十三隊は、一人のためだけに永遠に動く組織ではない。」
苦渋に満ちた声音だった。
「これ以上の戦力を現世へ割くことはできぬ。」
誰も反論できなかった。それが総隊長としての判断。
組織を預かる者としての決断だった。
「本日をもって――」
山本は静かに告げる。
「十番隊隊長・志波一心を任務中行方不明と認定する。」
その言葉は、事実上の死を意味していた。
室内には、重苦しい沈黙だけが残る。
◆
会議が終わり、隊長達が一人、また一人と去っていく。
誰も言葉を交わさない。俺だけが、その場に立ち尽くしていた。
目の前には、最後に回収された一心の報告書。その最後の一文だけが、妙に鮮明に目へ焼き付いていた。
――現地到着。これより調査を開始する。
そこで終わっている。
それ以降、一文字たりとも記されることはなかった。
「……志波隊長」
血が滲むほど拳を握る。あの男が、誰にも助けを求められずに終わるとは思えない。
敗れる姿すら想像できない。だからこそこの結末だけは、どうしても受け入れられなかった。
窓の外では、瀞霊廷に静かな雨が降り始めていた。
その雨は、まるで護廷十三隊全体を包む弔いのように、音もなく降り続ける。
こうして一人の隊長は、何も残さず姿を消した。
遺体も痕跡もない。敵の姿すら分からない。
護廷十三隊は、又もや”何も分からないまま仲間を失う”という、最悪の結末を迎えたのだった。
◆
志波一心失踪事件から半年。
瀞霊廷は表面上こそ平穏を取り戻していた。
だが、その平穏はあまりにも脆く、誰もが胸の奥に拭えぬ不安を抱えたままだった。
そして、その変化が最も顕著に現れたのは、一番隊隊長――雀部真叶だった。
あの日以来、真叶は変わった。
いや、変わらざるを得なかった。
虚化事件に志波一心失踪事件…度重なる事件を経て護廷十三隊は、またしても仲間を守れなかった。
それも、隊長格という最高戦力を。
己が掲げた改革も、己が築き上げてきた組織も結局は誰一人守れなかった。
その事実だけが、真叶の心を静かに蝕んでいった。
あの日以降、真叶は護廷十三隊の規律を大幅に改定した。
隊士の基礎鍛錬時間を二倍にし実戦演習は週三回から毎日へ。
席官以上は隊長格との合同訓練を義務化を制定し現世任務は最低二個隊による同行を原則とし、報告間隔も十分毎へ変更。
隊長・副隊長には抜き打ちの緊急招集訓練。休暇などは大幅に削減。
さらに一番隊自らが各隊を巡回し、訓練内容を直接査察する制度まで設けた。
その苛烈さは、歴代でも類を見ない。
当然、不満の声も上がった。
だが誰よりも厳しい訓練を課していたのは、真叶自身だったことでその声も鳴りを潜めていく。
夜明け前から剣を振るい。執務を終えれば鬼道鍛錬、深夜には瞬歩の反復など食事すら執務室で済ませる。
身体を休めるという行為そのものを忘れたかのようだった。
そんなある日一番隊演武場。
「もう一度。」
隊士達は息も絶え絶えだった。
「た、隊長……もう六十本目です……。」
「立て。」
真叶とは思えない感情のない声。
「敵は疲れたから待ってくれるのか。また何も出来ず奪われるのか」
それは自分自身にも言い聞かせるような言葉であった。隊士達は歯を食いしばる。誰も反論できない。その言葉が正しいからだ。
「…すいません」
だが、その姿を見守る京楽春水は、小さく息を吐いた。
「……ありゃりゃ、だいぶ参っちゃってるね彼」
隣に立つ浮竹も静かに頷く。
「真叶君らしくない。自分を追い詰めすぎてる。」
遠くから見ていた白哉も口を開いた。
「責任を、一人で背負おうとしている。」
その視線の先では。真叶が一人、隊士達以上の速度で木刀を振り続けていた。
腕から血が流れていることにも気付かずに。
◆
その日の夜。雀部家の屋敷
広い庭園には虫の音だけが響き、月明かりが縁側を淡く照らしていた。
障子が静かに開く。
「……まだ起きてるの?」
恋人である松本乱菊だった。
乱菊は湯呑みを二つ持ち、静かに縁側へ腰を下ろす。
その隣では真叶が、一人黙って書類へ目を通していた。
「こんな時間まだ仕事を?」
「…ああ。」
短い返事で返す真叶。その答えに乱菊の心は締め付けられるような感覚にあう。
乱菊はその横顔を見る。目の下には濃い隈が出来、頬は痩せ細り以前なら浮かべていた穏やかな笑みもない。
「今日で何日目?」
「何がだ。」
「まともに寝てない日。」
真叶は答えない。沈黙が答えだった。
乱菊は小さく笑う。だが、その笑みは寂しかった。
「……もう、良いでしょ。これ以上は真叶の体が壊れちゃうわ」
乱菊の心配もいざ知らず真叶からの返事はない。
「皆心配してるわよ。私は勿論、ギンも他の隊長達もみんな」
それでも真叶は書類から目を離さない。
「俺は大丈夫だ。」
「…大丈夫じゃないじゃない」
乱菊の声色が初めて強くなる。目は潤み少し涙を浮かべている
「全然大丈夫じゃないよ」
乱菊の震えた声に真叶の手が止まる。
「なんで全部一人で背負うの?」
「……。」
「志波隊長がいなくになったのは、真叶のせいじゃない」
「違う。…違うんだ」
静かな声だった。
「俺がもっと早く動いていれば。俺が先に現世へ向かっていれば。俺が……。」
そこで言葉が止まる。乱菊は真叶の横顔を見つめた。その瞳には、自分を責め続ける男の姿しか映っていなかった。
「……俺が弱かった。」
消えるようなその一言が。乱菊の胸を締め付ける。
「虚化事件でも。志波隊長の件でも。結局、何一つ守れなかった。皆んなを守ると言っておきながら。…自分が情け無くて嫌になるよ…ほんと」
真叶の拳が震える。
「俺は……何のために強くなった。」
乱菊はゆっくりと真叶の前へ回る。そしてそっと、その両頬へ手を添えた。
「真叶。」
俯いていた顔が少しだけ上がる。
「皆を守る人が。」
乱菊は真剣な表情で真叶の眼差しを見つめる
「自分のことだけ守れなかったら、意味ないじゃない?」
静かな夜風が吹く。
「…俺のことはどうでもいい」
「っ……」
「俺は仲間を…皆んなを…君を守れるなら…俺自身がどうなろうと構わない」
乱菊の心配を他所に自分を犠牲に皆を守ろうとする真叶の言葉に乱菊の眼からは涙がこぼれ出す。
「でもそれじゃあ!!…」
「……。」
「…真叶が壊れちゃう…私を守るって言ってくれるのは嬉しい…でも私は…私は皆んなが笑ってても真叶が笑えない世界なんて嫌…真叶がいない世界なんて…嫌だよぉ」
最悪の未来を想像してしまった乱菊は真叶に抱きつきながら泣きじゃくる。真叶自身の心配をしながらも乱菊本人も相当参っている。
「……。」
「…」
真叶は何も言えなかった。胸にしがみつき、声を押し殺しながら泣く乱菊の肩は、小刻みに震えている。
こんなにも取り乱した彼女を見るのは、初めてだった。いつも明るく笑い、誰かの涙を拭う側だった乱菊が。今は自分の胸の中で、子どものように泣いている。
「……ごめん。」
ようやく絞り出した言葉は、それだけだった。
乱菊は首を横に振る。
「謝らないでよぉ……。」
涙で途切れ途切れになった声が、静かな庭に響く。
「私が聞きたいのは謝罪じゃない……。お願いだから……。」
乱菊は真叶の胸元を強く握り締めた。
「お願いだから、自分を諦めないで……。」
「……。」
「真叶はいつも誰かのために傷ついて……。誰かを守るためなら、自分なんてどうでもいいって言う。でも、それを聞かされる私はどうしたらいいの……?」
真叶は目を伏せた。その問いに答えられない。答えを持っていない。乱菊はゆっくりと顔を上げる。
涙で濡れた瞳が、真っ直ぐ真叶を映していた。
「志波隊長を失って苦しいのは、真叶だけじゃない。私だって苦しい。隊のみんなだって苦しい。でも……。」
一度言葉を飲み込み、小さく息を吸う。
「私は他の誰よりも真叶を失いたくないのよ!!」
その一言は、刃よりも深く胸へ突き刺さった。
「私は……。」
乱菊は震える声で続ける。
「あなたが隊長だから好きになったんじゃない。強いから好きになったんでもない。…私を救ってくれた…優しい雀部真叶だから好きになったの。」
「……。」
「だから……。お願い。ちゃんと生きて。私の隣で笑っててよ。…それだけでいいから……。」
真叶の喉が震える。
胸の奥に押し込めていたものが、少しずつ軋み始める。志波一心を救えなかった。仲間を守れなかった。皆を守と誓いながら、何も変えられなかった。
その後悔だけを抱えて、自分を削り続けてきた。それが償いだと思っていた。それが責任だと思っていた。
だが目の前には、自分が傷つくたびに涙を流す人がいる。
「……乱菊。」
その名を呼ぶ声は、ひどく弱々しかった。
乱菊は涙を拭うこともせず、静かに頷く。
「俺は……。」
言葉が詰まる。何度も飲み込み、ようやく続けた。
「俺は皆を守ることしか考えていなかった。一番守りたい筈の君が、こんなにも苦しんでいることに気付けずに。…俺は自分が苦しむ事で…自分が今まで守れなかった者達への償いになると勝手に思い込んでいた」
「……。」
「…傲慢だよな。…今守れる人を傷つけて…こんなにも俺を愛し心配してくれる人を無視して…俺は………乱菊が思うよりも俺はそんな立派な人間じゃない。いつも失う事を恐れ酷く怯えているんだ」
それは今まで乱菊やギン相手にも出さなかった死神・雀部真叶ではなくただは1人の人間・雀部真叶の本音であった
「怖いんだ…怖くてどうしようもないんだ…仲間を…君を失ってしまうことが。…毎日夜眠る前にどうしようもない程に脳裏に浮かんでくる。…俺がこうしている間にも奴らは蠢いていて君を狙ってるんじゃないかって…だからどんなに怖くても苦しくても傷付いたとしても…俺が…俺がやるしか無いんだ…」
乱菊は目を見開いた。真叶が、ここまで胸の内をさらけ出し弱音をはいたことは一度もなかった。いつも彼は誰よりも前に立ち、誰よりも強くあり続けた。
弱さを見せるのは隊士達を不安にさせる。隊長とはそういうものだと、自分自身に言い聞かせて生きてきた。
だからこそ、その言葉は乱菊にとって何よりも苦しかった。
乱菊は一歩近づき、真叶の額に自分の額をそっと重ねる。
「私はね。強い英雄に恋をしたんじゃない。泣きたいのに泣けなくて。苦しいのに平気なふりをして。それでも誰かを守ろうとする、一人の優しい人に恋をしたの。」
その言葉に、真叶の瞳が揺れた。
「…貴方が皆んなを守ってくれてるのは知ってる…でもそれじゃあ誰が貴方を守るの?」
「……俺は」
「私に貴方を守らせてよ。」
その言葉に、真叶はゆっくりと目を見開いた。
まるで、その言葉だけは予想していなかったかのように。
「……守る?」
小さく漏らした声には困惑が滲んでいた。
「君が……俺を?」
乱菊は静かに頷く。
「そう。だって、今までずっとそうだったじゃない。私が泣けば真っ先に駆け付けてくれた。苦しい時は何も言わず隣にいてくれた。私が傷付けば、自分のことみたいに怒ってくれた。」
乱菊は少しだけ笑う。どこか寂しそうな笑みだった。
「なのに、どうして真叶だけは誰にも頼ろうとしないの?」
真叶は答えられなかった。
「俺は……。」
「『大丈夫』って言う。」
乱菊は真叶の言葉を遮る。
「『俺は平気だ』って笑って『俺のことは大丈夫だ』って言う。確かに貴方は強い。それこそ尸魂界で一番強いかもね。」
乱菊は一歩近付き、真叶の胸へそっと手を当てた。
「でもそれを聞くたびに、私は苦しいの。貴方が自分を大切にしないたびに、私は自分が否定されてるような気持ちになる。」
真叶の瞳が揺れる。
「だって。私が大好きな人を。その本人だけが、一番大切にしてくれないんだから。」
静かな夜風が吹き抜ける。
虫の音だけが、二人の沈黙を埋めていた。
「真叶。」
乱菊は真っ直ぐ彼を見つめる。
「私は守られるだけのお姫様じゃない。貴方の背中を見送って、帰りを待つだけの恋人にもなりたくない。一緒に戦って、一緒に悩んで、一緒に生きていきたい。だから…貴方が苦しい時くらい、私の肩にもたれて。少しくらい弱いところを見せてよ。…私には、その資格すらないの?」
その最後の一言だけは、震えていた。
真叶は思わず息を呑む。違う。そんなわけ無いじゃないか。そんなことを思ったことは一度もない。
乱菊に資格がないのではない。失うことが怖かった。誰かに寄りかかれば寄りかかるほど、その人を失った時に立ち上がれなくなる。
だから無意識に距離を作っていた。それが相手を守ることだと信じて。
「……違う。」
真叶はゆっくり首を振る。
「資格がないなんて、一度も思ったことはない。ただ……。」
言葉が詰まる。
「君を支えにしてしまったら。君まで失った時、俺はきっと立ち上がれない。…耐えられないんだ」
乱菊は少しだけ目を伏せた。
その言葉に悲しそうな笑みを浮かべる。
「……やっぱり。」
小さく呟くと、もう一度真叶を見つめた。
「私を失うことばかり考えて、自分がいなくなった後の私は、一度も考えてくれなかった。」
その一言に、真叶は息を呑んだ。
乱菊は静かに続ける。
「もし本当に、真叶が私を守って命を落としたら。私は笑って生きていけると思う?前を向けると思う?」
真叶は何も答えられない。
答えなど、分かりきっていたからだ。
「無理よ。」
乱菊は首を横に振る。
「私は貴方がいなくなった世界で幸せになんてなれない。毎日、自分を責め続ける。『私がもっと強ければ』って。『私がもっと早く気付いていれば』って。きっと、貴方が今、自分を責めているのと同じように。」
真叶の瞳が大きく揺れた。
その言葉は、鏡だった。
自分が今まで抱えてきた後悔を、そのまま乱菊へ背負わせようとしていたことに気付いてしまった。
「貴方は誰も失いたくないって言うけれど、そのために自分を犠牲にしようとする。それは結局、残された人に同じ苦しみを押し付けることになるの。優しさじゃないわ真叶、それは独りよがりよ。」
責めるような口調ではなかった。だからこそ、その言葉は真叶の胸へ深く突き刺さった。
長い沈黙が流れ虫の音だけが静かに響いていた。やがて真叶は、自嘲するように小さく笑った。
「……情けないな。皆を守ることばかり考えて。一番近くにいる君の気持ちすら見えていなかった。」
真叶は静かに目を閉じた
乱菊はそっと彼の手を両手で包み込む。
その手は冷たく、幾重もの傷が刻まれていた。
「もう約束なんてしなくていい。『絶対に死なせない』なんて言わなくていい。そんな約束、死神にはできないもの。」
真叶はゆっくりと顔を上げる。
乱菊は涙を拭い、穏やかに笑った。
「だから、一つだけ約束して。私だけには苦しい時は苦しいって言って。怖い時は怖いって言って。一人で答えを出さないで。ちゃんと私にも悩ませてよ…恋人なんだから。」
真叶はしばらく乱菊を見つめていた。
その笑顔は、決して強がりではなかった。
自分と同じ覚悟で隣に立とうとしている人の笑顔だった。
やがて真叶は、小さく息を吐く。
「……敵わないな。」
乱菊は首を傾げる。真叶は困ったように笑った。
それは志波一心を失って以来、初めて浮かべた自然な笑みだった。
真叶の表情を見た乱菊の目から、また一筋涙が零れた。
今度は悲しみではなく、安堵の涙だった。
「好きよ」
そう言って、もう一度真叶を優しく抱き締めた。その腕を、今度は真叶も静かに抱き返した。
この先の展開!!
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原作まで飛ばす!
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オリジナルストーリーで!
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完全お任せで!