期末テスト。それは学生たちにとって、夏休み前の絶望的なイベントだ。(当社比)
勉強が好きではない僕も、その例に漏れず、期末テストが嫌いだ。だけど今回はそれだけではない。月宮さんに関する騒動で、居ても立っても居られない。なのにテストが終わるまでは何もできない。このもどかしさの中で、勉強に身が入るはずもない。
とは言え、高岡先生の手前、と言うか学生として、テストはちゃんと受けなければならない。
僕達はその日の放課後、再び集まり作戦を練った。作戦と言っても、とてもシンプルなものだが。
実行日については、金曜日ということもあり、今日の今日は不可能とし、休み明けから始まる期末テストの最終日に定め解散した。
「あ、恋崎くんだー!なに?今帰り?こっちなんだ?奇遇だね?」
ケタケタ笑う彼女と会ったのは、その帰り道だった。山田さん(仮)。とても申し訳ないことに、僕は彼女の名前を正確に把握していない。
「なんだか質問が多くない?と言うか質問だったかな?」
「なにそれ、変なの」
彼女はやはり楽しそうに笑う。
「僕としては、質問でもないのにイントネーションが質問みたいになっている、今の会話の方が変だと思うんだけど」
キョトンとする山田さん。返事がなく、会話が止まった気まずさに耐えかね、僕は言葉を続けた。
「若者言葉って、不合理なものが多いよね」
「んー、どゆこと?」
「ほら、言葉ってコミュニケーションを円滑にするためのツールじゃん?それに対して本来の言葉と違う意味を持たせたりさ。合理的とは言えないよね」
「マジやばい、的なやつ?」
「そうそれ。やばいに意味を持たせすぎて、文脈がないと、もはや意味がわからないじゃん」
「あー、それでさっきの」
そうそう、そう言うこと。質問でもないのに、まるで質問であるかの様なイントネーション。その言葉はただ同意を求めているだけだったり、答えを求めていないものが多い。不合理だ。
「それじゃ、質問は一つにするよ」
「え、マジで?聞きたいことがあったの?僕に?本気で?変わってるね?」
「なんか質問多くない?」
耐えきれなかなった彼女は、ケタケタと笑う。
「恋崎くんって、なんか面白いね」
わかりにくいと言われがちな僕のボケを理解して、あまつさえノリを合わせてくれる。これは割と嫌いじゃない空気感だ。・・・そしてそれは月宮さんとも、いつもそうしていたはずだった。
「それで質問だけどさ。恋崎くん、あたしの名前覚えてないでしょ?」
・・・なるほど。隠すのがうまいから、隠したいことだけ不自然に抜け落ちる。あの言葉に、ようやく実感が伴う。
ともあれ、ここは正念場。とても部の悪い賭けだ。だが、超えてみせよう、この死線を。
「なにを言ってるの山田さん。もちろん覚えてるよ」
「答えるのはいいけど、今の間は覚えてないって言ってる様なものだよ?」
「はい、すみませんでした」
「別にいいけどね」
彼女はケタケタ笑う。
結局今のはどっちなんだ。とても気になるが、覚えてないことがバレた後に、答えを聞く、そんな度胸があるのならば、最初から覚えてるフリなんてしないのだよ。
「そんな私の名前を覚えていなかった恋崎くんは、今日はあたしと親睦を深めるべきだと思います」
やられた。その後ろめたさから、僕はこの誘いを断ることができない。戦いはすでに始まっていたのだ。
だが、僕を舐めてもらっては困る。『これを読めば運気上昇!気分も上々!最強の敗北論!』を読んだ僕にはわかる。確か第4章の『対人関係に敗北!でも大丈夫!今から入れる保険があるんです!』に書いてあった。弱みを握られた場合の誘いの断り方。これなら必ず僕が勝てる!
「ごっめーん。これから息子のお迎えがあるのー」
「なにそれ」
山田さん(仮)は心底楽しそうだった。だが、息子の迎えに行く、それを押さえてまで誘う。そんなことなんて、普通はできるはずがないのだ。悪いけど、この心理戦は僕の勝ちだ。
「恋崎くん、その歳で息子がいるの?」
「あー・・・やっぱり、おばあちゃんの迎えに行く、でもいい?」
「別にいいけど。それなら、あたしも一緒に行ってあげるよ」
「いや、それはその・・・おばあちゃん人見知りだし・・・」
「大丈夫。あたし、おばあちゃんからよく好かれるから。おばあちゃんウケがいいんだよね」
「あー確かに。なんかウケ良さそう。というか誰からもウケが良さそうだよね」
「なにそれ。褒めてるの?ちょっと意外かも。ギャップ萌えってやつ?」
「僕だって人のことくらい褒めるよ」
「んーさっきのは褒めるって言うより、口説くって感じだったから、やっぱりギャップかな?」
「僕は名前を覚えてない人を口説いてたの!?」
とんでもない実績を解除してしまった。
「まぁそうなるね」
「なにそれ、うっかり見逃しちゃってたよ。結果はどうなったの?僕は連絡先を・・・いや、せめて名前くらい聞けてた?」
「いやーあれは失敗だったね。相手の女の子は傷ついてたみたいだし」
「マジか。僕は女の子に名前を教えてもらうことすらできなかったのか」
「ねー。名前くらい教えてくれてもよかったのにね?」
「本当だよね。それで相手の子、なんて名前だったの?」
「んー?山田って名前だったよ」
山田さん(仮)はケタケタ笑う。
それが正解だったのかどうかわからないまま、僕達は他愛のない会話を続けた。気がつけば、談笑をしながら駅に向かって一緒に歩いていた。
結局のところ、彼女からの親睦を深めると言う誘いは、断るなんて選択肢がなかったのだ。コミュニケーション能力の格差を見せつけられた。もしかして、僕は読む本を間違えているのかな?
「恋崎くんさ、色々悩んでるみたいだけど、自分を責めちゃダメだよ」
駅前の広場に着いた時、山田さん(仮)はポツリと呟いた。別に、僕は僕のことを責めてなんて・・・。そう、これは罪滅ぼしみたいな、そんなことじゃないんだ。
「何を言ってるかわからないけれど、僕は基本的に他責思考だよ」
「そんなこと、無いでしょ?」
彼女は、笑顔なのに笑っていなかった。
「どうして、そんなこと・・・」
「悪いのは、本当に責められるべきなのは、恋崎くんなんかじゃないの」
「だからそんなこと思ってないって」
「それなら、どうしてさっきから、あたしの目を見てくれないの?」
反論しようとして開いた口から、言葉は出なかった。上手く隠せていると、そう思っていた。
「表情も声色も、すごく自然だったよ。あたしの名前を気にしてるフリも、伝わりにくいボケも、全部全部・・・」
笑っている彼女しか、知らなかった。
笑っていない彼女の気持ちが、全く読めなかった。
「恋崎くん、さ」
きっと全てバレているのだろう。
そうだ。本当に隠したかったことは、僕が彼女と話すことに罪悪感を感じていたことなんだ。
「月宮さんのこと、そんなに大切なの?」
「そりゃ、数少ない友達だし。僕が見たかった笑顔は、彼女の理想とは違くて・・・」
「ねぇ、恋崎くん」
重苦しい空気を払う様に、今までの会話が嘘の様に。
「その気持ちを、なんで呼ぶか知ってる?」
彼女は、儚げに笑った。
@
この気持ちをなんと呼ぶのか。
友情?なんか恥ずかしいなそれ。執着?いやこれはキモイな。他に何かあるかと、考えれば考えるほどわからない。
恥ずかしいが仕方ない。きっと友情というやつなのだろう。ならば続くは、努力に勝利。僕もジャンプしてやるぜ。
そんな風に勝利を確信する僕は、リビングのソファーで溶ける様に横たわっていた。多分少しは溶けてる。
「うっわ・・・」
感じるデジャブ。刺さる冷たい視線。マイシスター、愛花がリビングに入室すると同時に、尊敬してやまないであろう兄に向けた第一声だ。
「ソファーを占領するのはいいけど、兄貴月曜からテストでしょ?勉強しないの?」
「僕はね、愛花。一夜漬け派なんだ。金曜日に勉強しても、日曜には忘れてる。だから今は何もしないのが正解なんだよ」
もちろん嘘だ。去年まではちゃんと、金曜日には、勉強しようとノートを開いていた。無論開くだけ。
今までですら身が入らないのに、今は全く別のことで集中ができていない。つまり例年よりももっと追い込まれないと勉強はできないのだ。わかるかね?追い込まれていないキツネは、ジャッカルより遥かに気弱なんだよ。
「なんでそれで赤点一個もないのよ」
「一夜漬け派なんだって」
「勉強すればもっと点数取れるんじゃないの?」
「高い点数を取れば良い、と言うものではないんだよ。いいかい、愛花。僕達人間にとって大事なのは社会性であって、勉強よりも大切なことがこの世界にはたくさんあるんだよ」
顔を上げると、愛花の姿はどこにもなかった。なんという逃げ足の速さ。
驚嘆する僕の視界の外で、冷蔵庫の扉が閉まる音がした。普通にいたわ。
「なぁ、愛花。夢を追いかける友達がいて、でも自分がみたかったのは、夢を叶えた友達じゃなくて、夢を語っていたときの顔だった。この気持ちってなんていうと思う?」
「は?何言ってんの?」
目線だけで、いいから。と答えを促すと、少し考えた愛花は呟いた。
「ジャンプ?」
「だよなぁ」
やっぱり、友情、努力、勝利じゃないか。
「それならもう勝利しかないよね?」
「え?まぁーうん、そうなんじゃない」
よし来た、妹のお墨付きだ。
「それはそうと。今からそんな感じで、後で後悔しても知らないからね?」
「人生は後悔の連続だって、この間学校で教わったところなんだよ」
「私も来年から通うんだけど、その高校、大丈夫なんだよね?」
「まぁ、多分。少し自由なところが多いくらいだよ。脱法コーヒーが少し流通してたり、僕の周りに校則を破ってる人間が4人ほどいるくらいで・・・。あーあと生徒会の副会長が結構自由人らしいね」
ウチの学校、もしかしてかなり緩いのか?主に服装規定とか。ギャルはともかく、あいつのフルグラTシャツとか、なんで許されてるんだよ。
「今聞いた自由って、何一つ安心できるものがなかったんだけど」
「まぁ、何かあったら尊敬できて頼りになる僕がいるだろう?」
「それが1番不安なんだけど」
酷い。僕は傷ついたぞ。
「で、自由なのは良いとして、本当にそれで良いの?後悔することが人生だとしても、取り返しがつかないことにならない様にって、最善を尽くすものじゃないの?」
「最善は、尽くせてるはずだよ。多分・・・」
そうだ。今できることは、全部やったはずなんだ。この胸のモヤモヤは、武者震いみたいなものだ。焦る必要も、心配する必要も、何もないはずだ。
これで良いに決まっている。僕はそう、小さく呟いた。
@
だが、全ての見積が甘かった。
「えっと、どなたでしたっけ・・・?」
校門をくぐってすぐ、単語帳を睨みながら歩く小桜ちゃん。彼女へ挨拶をした、その返事がこれだ。
それは金曜日に、笑顔の月宮さんと話した時と似ていて、僕の心は再び大きく揺さぶられていた。
「ほら、この前、ノートを拾った・・・」
「あー、元ホストの・・・」
彼女は一歩下がった。その件は、もうやったはずなのに。
「それで、その・・・先輩が、私に何か様ですか?」
心臓を鷲掴みにされた様な、崖っぷちまで追い込まれたかの様な、淡々と逃げ道を塞がれていく様な感覚に、僕は半歩後ずさった。
「ごめんね。テスト勉強中に。緊張してるかと思って、少しそれをほぐしてあげようかなって。ほら、誰かと話した方が、緊張感も薄まるでしょ?」
「そうですかね?そう・・・かもしれません、ね」
小桜ちゃんは納得した様な、納得できていない様な、そんな表情を浮かべていた。
「とにかく、大丈夫だから」
それは彼女に向けた言葉なのか、或いは自分自身に向けたものなのか。それすらわからないまま、僕は走り出していた。
「池田いるか!?」
勢いに任せて扉を開け放つ。何人かの生徒が訝しげな視線を向ける。その中に池田もいた。
僕の顔を見ると、池田は迷惑そうな表情を引っ込めて立ち上がった。
「場所を変えるぞ」
言われるがまま、金曜日の鬼ごっこの終点、屋上前の踊り場へ向かう。きっとこの様子なら、池田は金曜日のことを覚えている。それは良いのだが、金曜日の時点で池田は既に月宮さんとの事を覚えていなかった。
そこから導き出される一つの過程。何故かそれだけはない、そう思い込んでいた最悪の未来。考えただけで、僕は走らずにはいられなかった。
「それで、どうした」
「金曜日話したこと、覚えてるよな」
「あの馬鹿げた作戦な。もちろん覚えているさ」
「小桜ちゃんが、覚えていなかった」
それだけで、池田は僕が危惧していだ事を察した様だった。それでも、言葉にしなくちゃいけない。
「次は、僕かもしれない」
金曜日、元の月宮さんを覚えていたのは、僕と小桜ちゃんだけ。いや、それはあくまでも僕がわかる範囲だ。僕の知らないところで、ちゃんと覚えてる人はいるのかもしれない。
そもそも、時間が経てば何もかも無かったことになるのかもしれない。いつか月宮さんに話した通り、一過性の魔法、自然と解ける様なものなのかもしれない。
だけど、もし、そうじゃないなら?
僕が月宮さんを覚えている最後の1人だったら?
小桜ちゃんの様に、明日には全てを忘れてしまっていたら?
肩を震わせる僕に、池田は力強く答えた。
「今日だ、恋崎。あの馬鹿げた作戦を、2人だけで成功させよう」
「でも、お前1人で足止めなんて」
「大丈夫だ。多分簡単に人を集められる」
「なんか、頼もしいな急に」
「お前が鈍いだけだよ恋崎。最初っから、俺は頼もしいオタクだ」
なんかムカつくが、だけど確かに、こいつは前から頼もしかったのかもしれない。
「なぁ、池田」
「なんだよ、恋崎」
「ディゲアラの劇場版、見てたか?」
ディスゲーム・アワーライフ。その前日譚を綴る劇場版アニメ、そこでは強大な力をぶつけ合う戦争が行われており、絶望と死しかなかった世界。ちっぽけな2人が、その世界に挑むシリーズ最高傑作。
「あれに比べたら、こんなの楽勝だよな」
池田は不敵に笑った。
「あぁ、僕達なら、この程度のこと朝飯前だ」
僕もきっと、同じ様な顔をしている。
「小桜ちゃんの欠員分は、俺が必ずなんとかする。だから盛大に黒歴史を垂れ流して、しっかり取り戻せよ」
「もちろん。必ず、月宮さんに届けてくるよ」
@
4限の英語のテスト。それが始まって30分が経った頃、正否はともかく爆速で問題用紙を書き切った僕は、厳かに手を上げた。
「先生、トイレ行って良いですか?」
「後15分くらい我慢しろ」
試験監督の高岡先生は、有無を言わせずに却下をする。
「もう漏れます」
「・・・わかった。行ってこい」
勝った!やはり敗北論に偽りはない!
作戦の第一段階をクリアした僕は、足早に廊下を歩く。目的の放送室に向かうため、階段を降り始めた時、廊下に池田の声が響いた。
「放送室をジャックした馬鹿が公開告白するぞ!邪魔をさせるなぁー!」
は?
呆然とする僕の耳に、扉を開け放ち走り出す足音が聞こえる。続いて先生の怒号と、生徒達のざわめき、足音が少しずつ増えていく。
馬鹿じゃないの!?馬鹿じゃないの!?馬鹿じゃないの!?馬鹿げた作戦だったけど!なんであいつは頭の悪さを何段階も上げてくるんだ!?
先生達に止められる前に、放送室は入らなければならない。池田の根回しで放送部から拝借した鍵を握りしめて、僕はまた、走り出した。
放送室に走り込む。外では既に先生と生徒達の揉める声が聞こえ始めていた。
驚くことに、本当にあれで人が集まった様だ。声からするに人数はかなり多そうだ。運動部特有の掛け声や、半ギレの先生達の声。大事にするつもりだったが、これは予想以上というか、本当にこんな事をして良かったのかと不安がよぎる。
いや違う。良いかどうか、じゃない。僕がしたいかどうか、それだけで十分じゃないか。
不安を振り切る様にして、僕は機材のスイッチを入れていく。学生にもわかりやすい様、ところどころに付箋が貼られており、スマホに頼ることもなく無事にセッティングは済んだ。
最後に、僕はマイクのスイッチを入れた。
「ある人に、それからみんなに伝えたいことがあります」
一つ深呼吸をする。緊張はしている、だがそんなことはどうでも良い。この想いだけは、どうしても届けたいから。
「2年2組の月宮麗華さんについて、彼女はみんなに感情が分からないと言われていました。ですが僕に言わせれば、みんなの目が節穴だっただけだと思います」
僕は少し怒っていた。何も見ていないみんなに、何も悪くなかった彼女に、そして何も見えていなかった自分に。
「よく見ればわかったはずなんです。彼女が得意気にドヤ顔をしていたことも、楽しそうに微笑みながら友達と話していたことも」
それは当たり前にできていたことだったのに。
「ちゃんと笑顔で、大丈夫だよって、言えなくちゃ」そう打ち明けてくれた時の、あの悲しそうな顔が浮かぶ。
僕がもっと上手く立ち回っていたら、その事を伝えられていれば、こんなことにならなかったのかな。
「いいかよく聞けお前ら!月宮さんは特別でも不思議でもなんでもない!どこにでもいる普通の女の子なんだよ!」
どこにでもいて、普通の悩みに頭を悩ませて。自分を責める事で、みんなの大切なものを守ろうとした、そんな優しい女の子。
「それから月宮さん!先輩達にならいつもの笑顔で十分に伝わってた!」
そうなんだよ。最初っから、君の笑顔は伝わっていたんだよ。あの先輩バカの2人が、それを見逃すわけないじゃないか。
「だから、月宮さんはもう、無理して笑顔を作る必要なんてない!」
「恋崎くん、もう大丈夫」
僕以外に誰もいないはずの放送室。そんな部屋で、後ろから声が聞こえた。振り向かなくたって、その震えた声だけで誰だかわかる。
「本当に、大丈夫なんだね?」
「うん」
「もう、いなくならないよね?」
「うん」
「それなら──────」
溢れてくる言葉を、月宮さんに遮られる。
「恋崎くん、今の私、笑えてる、かな・・・?」
そう問われ振り向くと、僕のよく知る女の子がいた。
静かに涙を流しながら、両手の人差し指で口の両端を釣りあげ、泣き顔を誤魔化す彼女は、紛れもなく、いつもの月宮さんだった。
「うん。ちゃんと笑えてるよ」
月宮さんは指を離すと、泣きそうな顔で。
「嘘つき」
静かに、そう呟いた。
ちゃんと伝わっている、今までだって僕にも、先輩達にも。
そしてこれからは、他の人達にだってきっと伝わる。
だから僕は笑顔で答える。
「嘘なんかじゃないよ」
しんみりしかけたその時、放送室の扉が勢いよく開け放たれた。そう言えば鍵を閉め忘れていた。
先生が怒鳴り込みに来たのかと身構えたが、飛び込んできたのは、流れる涙も汗もそのままに、帰宅部の先輩ギャルが2人。
「「麗ちゃん!!」」
そしてその勢いのまま、2人は月宮さんに抱きついた。
「ごめんね麗ちゃん・・・!」
「なんでわからなかったのかなぁ、ごめんね・・・」
「だい、じょうぶ、だから・・・」
「ちゃんと麗ちゃんの気持ち、伝わってたからね・・・!」
「ウチらの夢、守ってくれてありがとね・・・」
2人は悔いて、謝って、そして泣いて。
こんな時になんだけど、僕すごく気まずい。そこにいられると、放送室を出ることもできないし、3人の様子をこのまま見てるのも気まずい・・・。
「紬先輩、葵先輩、顔上げて」
2人は泣き顔のまま顔を上げる。
「私には、こんな馬鹿なこと、してくれる友達がいる。だからっ・・・もう、違うっ・・・」
いつもよりちょっと歪な笑顔で紡がれる涙混じりの言葉は、どこまでもまっすぐで。
「私は・・・もうっ、大丈夫・・・。今までっ・・・ありがとう、ございました」
そしてそれは3人の帰宅部の終わりを告げる、明確な宣言だった。
僕は泣き崩れる3人の横をそっと通り抜け、放送室を後にする。
「恋崎、俺達いい仕事したよな」
放送室を出ると、そこには壁に背中を預け立っている池田と、その近くで涙ぐんでいる小桜ちゃんがいた。
「あぁ、いい仕事した」
僕たちは静かにグータッチをした。
「先輩、すみません。私力になれなくって・・・でも月宮先輩、もう大丈夫、なんですよね?」
「うん、もう大丈夫だよ。小桜ちゃんも、来てくれてありがとう」
きっと池田や他の生徒達と一緒に、先生達を食い止めてくれていたんだろう。
「それじゃあ、3人はそっとしておいて、僕達も教室に戻ろうか」
放送を聴いていたであろう生徒達の生暖かい目、そして青筋を立てた高岡先生の笑顔に気づかないフリをして。
「まぁそう急ぐなよ。お前達、この後暇だよな?社会科準備室まで来いよ。コーヒーくらい出してやるから」
ダメだこりゃ。高岡先生は逃がしてくれないや。
「俺は砂糖多めがいいです。できればマッ缶で」
「僕はアメリカンがいいなぁ。熱々のやつを冷ましながら飲むのが好きなんです」
池田と僕の肩に力強い手が置かれる。
「そうか。俺の淹れるコーヒーが好みに合うといいな」
これは火に油を注ぎましたかね。池田がマッ缶とか贅沢を言うからだ。
そうして僕達は、たっぷりのお説教と、放課後にそれぞれの教室に残り、反省文の提出を命じられたのだった。
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放課後、他の生徒達が帰路に就いた頃、僕と月宮さんは教室で居残りでの反省文を書いていた。
高岡先生の口振りを聞く限りでは、池田と小桜ちゃん、白石姉妹もそれぞれの教室で反省文を書かされているようだった。
反省文と言っても何を書けばいいのだろうか。
必要だと思ったからやった。その結果、見事に月宮さんを取り戻した。後悔はない。そう記入し提出したところ、青筋を浮かべた高岡先生に再提出を命じられた。曰く反省しろ。とのことだが、反省しなくちゃいけないことに心当たりがない。
反省文を書いている僕の横で、一足先に書き終えていたであろう、月宮さんが話しかけてくる。
「恋崎くん、メッセージ、交換しよ」
「急にどうしたの?」
「ロールアイスの動画、送ってあげる、約束」
そう言えばそんな話もしていたな。それにしても家族以外で初めて、誰かの連絡先が登録されるのか。なんだか感慨深いな。
「えっと・・・どうするんだっけ?」
「恋崎くん、マジ?」
だってしょうがないじゃん!スマホ買った時に家族の登録をして以来なんだから!
「貸して、やったげる」
何かに言い訳する僕と反して、月宮さんはなんだか機嫌が良さそうだった。そんなに愉快かね・・・?
月宮さんは僕のスマホを操作した後、画面に表示されたQRコードを読み取る。そう言えばそんなやり方でしたね。
「これで、交換、できた」
手元に戻ってきたスマホを見ると、アプリの連絡先欄に麗華の文字が追加されていた。そうか、これが"友達"か。
感動する僕の横で、月宮さんは自分のスマホを操作する。フリックの速さに感心していると、手元のスマホから通知音。
麗華『これからもよろしくね』
その文章の横には、三角の帽子をかぶった陽気な顔。お祝い的な感じか?
続いてロールアイス調理工程の動画ファイルが送られてきた。
「ねぇ恋崎くん、1年前のこと、覚えてる・・・?」
早速動画を眺めていると、月宮さんから声をかけられる。
「1年前・・・、たしか月宮さんがイメチェンして、僕たちが話すようになった、くらい?」
「そう、それ。やっぱり、1年経っても、変わらなかった」
「そりゃまぁ、人はそう変わらないでしょ」
1年、長い時間が経った気もするが、所詮1年は1年。少年漫画よろしく修行をしている訳でもないし、背が少し伸びたくらいしか違いは無い。
「そうだね。私も恋崎くんも、変わらなかった」
そう言い残すと月宮さんは、高岡先生に原稿用紙を渡して、荷物を持って歩き出した。その後ろ姿はどこか機嫌が良さそうで、見ているこっちも嬉しくなるというか。
なんだかこう、なんと言えばいいのだろうか。胸が締め付けられるというか、切ないというか。この気持ちは、なんと言うのだろうか。
その時、僕のスマートフォンにメッセージが届く。帰宅部のグループだ。いつの間にか月宮さんに招待されていたようだ。
差出人はつむつむ。恐らく紬先輩。
つむつむ『帰宅部、今日も元気に帰るぞ!』
「嫌です。っと」
僕の返信は早かった。多分月宮さんのフリックと同等の速度で入力できていたと思う。そもそも僕は、まだ反省文が終わっていないしね。
そんな僕のメッセージと同時に、池田が全く同じ文を返す。こいつメッセージのアイコンまでアニメキャラか。
続いてあーちゃんからメッセージ。この流れなら葵先輩か。
あーちゃん『2人とも拒絶早すぎてウケる!』
そしてワンテンポ遅れて、小桜ちゃんからも。
小桜『私はまだ反省文書いてます』
恐らく嘘だ。うちの大切な後輩は、反省文を書いてる最中にスマホいじる様な不良じゃない。
まぁもしかしたら高岡先生にめっちゃ睨まれてる僕みたいに、堂々とスマホを弄っている可能性もあるが。
きっと池田も、小桜さんも、僕と同じ気持ちなのだろう。
今日は先輩達と月宮さん、3人で過ごして欲しい。ただ純粋にそう思うのだ。
そこから、ウケるとか、ウケないとか、他愛のない言葉の応酬が1往復。そして続けて1つ通知音がなる。
月宮さんは、白石姉妹と、もう合流できていたようだ。
麗華『恋崎くん、池田くん、小桜ちゃん、今日はありがとう』
月宮さんは表情が出にくい人だ。それだけに文字だけだからこそ、余計に想像してしまう。月宮さんの画面の向こうの表情を。
きっと今は消えてしまった、もう1人の月宮さんと同じような、あんな笑顔を浮かべているのではないだろうか。
「恋崎、いい加減に反省文を書いてくれないか。こっちはサービス残業の真っ只中なんだよ」
高岡先生は機嫌が悪いことを一切隠さず、教壇に片肘をついて、不満を漏らす。そのくせ、僕と月宮さんの会話は黙って聞いてくれるし、メッセージのやり取りだって、ここまで止めるもしなかった。本当にこの人は・・・。
そんなお人好しな先生に、気の抜けた返事を返していると、もう一度通知音が鳴った。
麗華『また明日ね』
それを最後に、スマホの通知は止まった。
さて、そろそろ反省文とやらをちゃんと書き始めようか。書き出しは、こんなところだろうか。
──────思春期真っ只中の僕達だけが、得られる特有の感情。日常の中にふと放り込まれた非日常。後に青春と呼ぶのであろうそれらと、夏特有のノスタルジーな雰囲気が組み合わさることで、生まれるこの気持ち。それを僕は夏の魔法と名付けた。