恋崎くんと夏色マジック   作:扇メトン

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12話 今しか見れない景色って、きっとあると思うんです。

 暑い。普段は多少日が傾いてから終わる授業。しかし夏休み前の数日間、そしてその最終日にあたる今日に関しては、少々事情が異なる。午前中で授業が終わり、1日の中で1番暑い時間帯に外へ開放されるのだ。

 高岡先生から通知表を渡され項垂れる僕は、夏の暑さに垂れ感マシマシで突っ伏していた。とても今すぐに帰る気にはならない。

 

「恋崎くん、帰宅部、行くよ」

 

 とても、すぐに、帰る気には、ならない。

 

「月宮さん、今日の帰宅部って、仮部室でダラダラするとか、そう言う活動にならないかな?」

 

「今日はダメ。行きたいところ、やりたいことが、あるから」

 

 あの日、夕暮れ時の砂浜で聴いた話だ。この夏にやりたいこと。正直、あの時は勢いで色々言っていた節がある。僕は元々暑いのが好きではない。だから、本当は夏にどこかに行くなんて、即お断り案件だ。

 だけど、彼女の望んだ未来は、これからみんなで描くであろうその景色は──────。

 

「それはきっと、楽しいことになるね」

 

「うん、きっと」

 

 その視線は真っ直ぐで、楽しい未来に何の疑いも持たない、とても綺麗なものだった。断れるはずなんてなかった。

 

 重い腰をあげる僕を、いや僕達をか。なんだか生暖かい目で見られている気がする。感じた視線の先を見ても誰とも目は合わない。きっと気のせいだろう。

 そうでなければ、僕は不登校まっしぐらだ。黒歴史、慣れたものだと思ったが、今回はなんか違う。そんな目で僕を見ないで欲しい。

 絶賛気まずい僕の横で、月宮さんはとても機嫌が良さそうだった。視線に気づいていないわけではないだろうに・・・。

 

 笑顔の月宮さんと、放送室をジャックした謎の生徒。当事者の僕達がいるクラスでは、月宮さんも僕も認識されてるが、月宮さんと関わりがない人には、あの放送の意味は伝わらないし、僕の声もわかりはしない。数日も経てば、ちょっと面白かった非日常、そんな思い出の1ページとなっていた。

 きっとクラスのこの雰囲気も、夏が終わる頃には落ち着くのだろう。思春期の感情とは、それほどまでに移ろいやすいのだ。きっと、そうに違いない。

 

 仮部室へ向かう道を歩いていると、床で溶けている人がいた。と言うか池田だ。

 どうして廊下で溶けているのか、廊下を通る生徒が悲鳴を上げながら避けて歩くのが気にならないのか。わたし、気になります。

 

「一応聞くけど・・・熱中症とか、そう言うんじゃないよね?」

 

「バカめ恋崎。見てわからないとは、テストで脳みそを使いすぎて摩滅でもしたのか」

 

 すごく癪に障る。踏んで行ってやろうか?

 

「恋崎くん、踏んじゃ、ダメ」

 

「いやいやいや、流石に僕もそんなことしないって」

 

 ホントダヨ?

 

「それで池田様や、この愚かな恋崎めに、そのお姿の理由についてご高説を賜る事をお許しいただきたい」

 

「お前、それ本当に頭悪そうだぞ?」

 

「うるさいよ」

 

 少なくとも廊下で溶けてるやつよりかはマシだ。多分きっとおそらくメイビー。

 

「まぁいい。恋崎、知ってるか?学校の床って意外とひんやりして冷たいんだぞ」

 

「なるほど、転んだ拍子にそのことに気づいて立ち上がれなくなったわけか」

 

「・・・バカを言うな。転んでない」

 

「転んだんだな」

 

「転んだんだ、ね」

 

 横たわる池田と、それを見下ろす僕と月宮さん。3人の間を流れる沈黙。それを破るのは池田だった。

 

「いいから、お前もやってみろ。意外と冷えるぞ」

 

「お前、そこを汚いとか、そんな風に思ったことないのか?」

 

 仮にもそこは床だ。1日に何十人、何百回と人が通る床なんだ。綺麗なはずがない。

 

「一度触れたら、もう何分触れてても大差ない。と言うか考えないほうが精神衛生上、良いに決まっている」

 

「言っておくけど、お前が1人で倒れてるのと、僕と2人で倒れてるの、どっちにしろ惨めだぞ?」

 

 再び流れる沈黙。破ったのは、やはり池田だった。

 

「いいから」

 

「いや、いいから」

 

「いやいや、いいから」

 

「いやいやいや」

 

 フッ!と言う掛け声と共に、池田の足が器用に僕の足を絡めとる。しまった!ドロップトーホールドか!

 ビタン!と勢い良く倒される僕。

 

「あ、これ冷たくて気持ちいい・・・」

 

 痛い。だけど、ひんやり気持ちいいぞ、これ。

 

「なかなかのものだろ」

 

「あぁ結構なお手前で」

 

「なんかそれも違くないか」

 

「まぁまぁ良いではないか」

 

 どちらともなく、ふぅーと息を吐く。確かにこれは、周りの視線を気にしている場合ではない。楽園はここにあったのだ。

 

「ねぇ、月宮さんも・・・あれ?」

 

 消えた。代わりにそこに立っていたのは涼風さんだった。

 

「恋崎くんと、そっちは池田くんかな?」

 

 何だか少し怒ってる様な気がする。まぁ気のせいだろう。彼女は怒っている様に見えるが、その実──────。

 

「苦情が来たんだ。変質者が女子生徒のスカートの中を覗こうとしていると」

 

 あ、これ普通に怒ってるわ。

 

「違うんだ涼風さん。スカートの中は覗いてないし、みんな避けてくから見えないんだ」

 

「ほう、つまり恋崎くんは、見れるなら見ていたわけなんだ?」

 

 しまった間違えた。

 

「僕は池田にドロップトーホールドを決められただけで、つまりただの被害者なわけで。待って違う、うそうそうそ本当に違うんだって!今立つから!説明するから!」

 

 別に本気で怒ってそうだからとか、冷たくなる視線が怖くなったとか、そう言うわけじゃない。本当に。

 

「これは、その、床が冷たいって、言われて・・・」

 

「言われたからって普通はしないよね?」

 

「いや、だから池田に転ばされただけで・・・」

 

「俺も、転んだだけ、だし・・・」

 

 こいつ、初対面女子と会話できないからって、僕を盾にするな。まるで僕が悪いみたいだろ。

 

「本当に君達は・・・。なんで夏休み最終日にまで、問題を起こしたがるんだい?ただでさえこの間の放送室は・・・」

 

 涼風さんは、諦めた様にため息をついた。

 

「涼風さん?」

 

「もういいよ。ほら、月宮さんを追いかけないといけないんだろ?」

 

「あ、そうだよ。今日はこんなことをしてる場合じゃないのに。ほら行くぞ池田」

 

「いや、俺はこの後クルダディの再放送があるから」

 

「どうせリアタイもしてて、なんなら配信サイトでも見てるんだろ?ほら、行くぞ」

 

「待て待て、再放送には再放送の良さがあるんだよ。リアタイと違って昼過ぎに見る良さと言うのがあってだな」

 

 クドクド言い訳をしつつも、池田は普通に着いて来る。基本的にはいいやつなのだ。

 月宮さんのあの騒動を知っているからこそ、今日、彼女の機嫌が良さそうな様子を見て安堵しているのだろう。

 そう、池田は池田なりに、いつもの日常を守ろうとしている。

 だから池田は、絶対に逃げたりはしないのだ。

 

 

@

 

 

「それで制服が少し汚れてるんだ、ウケるんですけど!」

 

「ねぇ〜。流石男子というかぁ、ウチらはそんなことする勇気ないわぁ」

 

 白石姉妹は、僕と池田の奇行を楽しそうに笑っていた。

 

「と言うか、やっぱり当然の様に2人ともいるんですね」

 

「恋崎くん、それ、本当に、なんとかならない?」

 

「恋崎には何を言っても無駄だろ」

 

「ホント、ヨシリン空気読まないよねぇ」

 

「それな!ウケる!」

 

 もはや定位置となりつつある、仮部室での席次。お誕生日席に座る白石姉妹にも慣れたものだ。だけど、この間の放送室での一幕を見てしまったこともあってか、どうしても意識してしまう。

 この2人は、あと半年でいなくなってしまう。

 

 月宮さんが、白石姉妹が、ようやく受け入れたのであろう別れが、今になって実感として覆い被さってくる。

 

「でも、どうせ今のは、照れ隠し。本当は、2人が卒業した後、その帰宅部、想像して、おセンチになってる」

 

「なにそれぇ、ツンデレってやつ?可愛いとこあるじゃ〜ん」

 

「いや、それは謂れもない憶測で、僕は別にそんなこと・・・」

 

「うりうりー!もっと素直になりなよー!」

 

 本当にやめて欲しい。勝手に僕の心を読むのも、わざわざ近くまで来てうりうりするのも。本当に、悲しくなってくるから・・・って。

 

「池田、お前泣いてるのか?」

 

「我慢しでだ、の゙に゙ぃ!」

 

「うっわガチ泣きじゃん!ウケるんですけど!」

 

「まぁ、そこまで想ってもらえるのは、悪い気はしないけどねぇ」

 

 そうやって微笑む2人は、いつもより大人びて見えた。たった1年の差が、どうしようもなく大きいものなのだと、嫌でもわからされる。

 過ごした時間も、これからの時間も、同じだけ大切に思っているのに。だけどやはり違うんだ。

 

 今ですらこれなのだ。あと半年の時を過ごしたのなら、僕は立ち直れないほどの、それは大きな喪失感に見舞われてしまうのではないだろうか。

 なんとなく、この日常は続くのだろうと、そう思っていた。だけど確かに終わりはあって、僕達は別々の道を歩む。そんな未来がどうしても怖くって、こんな今をどうしても手放したくなくて。

 

「あれぇヨシリンも泣いてんの〜?」

 

「やっと素直になったか!可愛いやつらめっ」

 

 終わりを意識してしまった僕と池田には、わしゃわしゃ撫でられる、それすらも大切なことのように感じて、葵先輩の手から逃れることなんてできなかった。

 

「すみません、遅くなりました!って、うわぁ・・・」

 

 ガチ泣きする池田と僕。そんな光景を見て、小桜ちゃんは引いていた。でも仕方ないじゃん?なんか、もう、ね?

 

「美乃ちゃん、今日も、こじんまり、かわいい」

 

「もう月宮先輩、急に抱きつくのはやめてくださいって」

 

 あの一件があってから、小桜ちゃんは、月宮さんの過度な接触を嫌がるどころか、どこか嬉しそうに受け入れる様になった。うん、いいよね、すごく。

 言うまでもなく、池田と黙って頷き合い、2人を見守っていたが、その空間に割り込んだのは葵先輩だった。

 まぁ女子なら、セーフ・・・か?

 

「も〜2人とも仲良いのわかったからさ!今日どこに寄り道して帰るか!それ決めよ!」

 

「そぉそぉ。今日はまだ時間早いしぃ、地味に遠くまで行くのもあり、みたいなぁ?」

 

「大丈夫。もう、決めてある」

 

 一度諦めたはずのあの夏を、これから訪れるはずのその未来を。

 大切に慈しむように、月宮さんは胸の前で小さく手を握った。

 

「みんなで、江ノ島、行きたい」

 

 その微笑みは、きっとみんなには伝わらないのだろう。それでも、きっと僕達は同じことを考えている。

──────楽しい夏が、始まるんだ。

 

 

@

 

 

「モノレールか、千葉モノレール以来だな」

 

「アニメのラッピング車両目当てだろ」

 

「何故それを…っ!?」

 

 あまりにもわかりやすい。

 東京からわざわざ千葉モノレールに乗りに行くやつなんて、ラッピング車両目当てのオタクくらいだ。(ド偏見)

 それを隠そうとする方が恥ずかしいと、何故わからないのだ。

 

「へぇ〜よしりん詳しいんだねぇに」

 

「恋崎くん、オタク。だから」

 

「・・・・・・たまたまだって」

 

 ほら、たまたま広告で見たとか、たまたまSNSで写真を見たとか。そう、たまたま千葉に行ったから、ついでに乗ったってだけで。別にコラボの車内アナウンスCDを買ったり、全部聞くために終点まで乗るのだって、別にたまたまそうなっただけだから。

 

「先輩、もうそういうのいらないですから、早く乗りましょうよ」

 

「ヨシリン、まだオタバレ恥ずかしいんだ?ウケる!」

 

「いや、別にバレるとか、そう言うつもりはなくて・・・」

 

「恋崎くん、乗り遅れる」

 

「はい・・・」

 

 ボックス席で向かい合う形で白石姉妹、そしてその隣に月宮さんと小桜ちゃんが座る。なんとも素敵な絵面だ。

 対して通路向かい。僕と池田はボックス席で向かい合っていた。なんとも締まりのない絵面だ。

 そんな僕達を乗せた湘南モノレールは、平日の昼間ということもあり、客席はまばらに埋まっていた。

 

 動き出すモノレール、女性陣の鈴を転がすような声と盛り上がりを尻目に、地味な迫力にビビる池田へ目を向ける。

 

「月宮さんが、入れ替わってた時の記憶って、どうなってるんだ?」

 

 なんとなく、本人の前では聞きにくかった話。あの世界の記憶は、みんなにはどう残っているのだろうか。

 

「ん?あーあの時は、まぁ普通だな」

 

 僕を一瞥すると、窓の外から視線を戻した。池田は池田なりに罪悪感を感じているのだろう。

 

「普通に帰宅部との絡みはなくって、普通にぼっちで、普通に退屈な日常を生きてた、気がする」

 

「なんだよ気がするって」

 

「なんか曖昧なんだよ。月宮は笑顔だった気もするし、そうじゃなかった気もする。時間が経てば経つほど、よくわからなくなる。ただ、なんか喪失感的なものだけは、薄れずに残ってるな」

 

 喪失感。それは消えてしまった、笑顔の月宮さんに対してなのだろうか。

 池田ですら感じる喪失感。それは、もっと身近な白石姉妹や涼風さんにも、残っているのだろうか。

 そうだとするのなら、消えてしまった彼女が完全に無くなっていないのであれば、それは少しだけ、嬉しく思う。

 

 マンデラ効果と言うものがある。事実と異なる記憶が、不特定多数の集団に植え付けられる事象。

 笑顔の月宮さんは、こう言った形でみんなの中から薄れていくのだろう。今はハッキリしている喪失感も、いずれは消えて無くなるのだろう。

 それなら、せめて僕だけは覚えておいてあげたいと思う。

 もしかしたら月宮さん自身も覚えているかもしれない。だけど本人にはどのように映っていたのかは、聞けるはずがない。

 だから、この記憶も、この想いも、僕は1人で抱えて生きていくのだろう。

 

 僕と池田がしんみりしているところ、モノレールの揺れに2人揃って驚く。ふっと目が合い、クスリと笑う。案外、こういう友達も悪くはない。

 ・・・いや、油断していただけですからね?全然ビビってないですからね?

 

 揺られること十数分。湘南江の島駅にモノレールは滑り込んだ。

 横切る江ノ電に興奮して写真を撮るオタクを生暖かい目で見守ったり、小洒落たカフェに入ろうとする姉妹を止めたり、プリンに少し目を惹かれた後輩をみんなで甘やかしたり、2人で来た時とは随分違う忙しさに駆られていた。

 

「楽しい、ね?」

 

「そうだね」

 

 奢られたプリンを美味しそうに食べる小桜ちゃんを眺めていると、向かいに座る月宮さんから声がかかる。慈しむ様な眼差しは店内ではしゃぐ、なんてことない日常を、心の底から楽しんでいるようだった。

 前に来た時は、それどころじゃなかった。だから、こんなに楽しいとは、正直思わなかった。

 

 僕にとっても、帰宅部は、大切な居場所になってるんだと思う。そしてきっと、みんなの居場所の中に、僕も入れている。そう信じている。

 

 

@

 

 

「あら、あんた達。今日はお友達を連れてきてくれたのかい?」

 

 何食わぬ顔でしれっと、そう思って最後尾に入店したのだが、おばちゃんは空気を読むことなく、僕の目をまっすぐに見てそう告げた。

 

「あら、先輩。今日が初めてじゃないんですね?」

 

 とってもいい笑顔で振り返る小桜ちゃん。うんうん素敵な笑顔だよ。頼む、そう思われせてくれ。

 

 訪れたのは商店街の出口付近に位置する遊戯場。そう、スマートボールと射的をしたあの店。別に話す必要もないだろうと、特に話をしていなかっただけなのに。

 

「今日もガールフレンドにキーホルダーを取ってあげるのかい?」

 

 この人はわざとやっているのだろうか。オタオタする若者を見て喜んでいるのか、閑古鳥の鳴く店から決して逃さないための笑顔か、どちらか判別はできないが、おばちゃんもまた、いい笑顔だった。

 

「キーホルダー。へぇ、そうですか。月宮先輩にはどのキーホルダーをあげたんですか?」

 

「小桜ちゃん、あの、とりあえず、スマートボール勝負でもどうかな?」

 

 前門の虎を宥めようとすると、すかさず両脇に白石姉妹が回り込む。

 

「スマートボールで勝負かぁ。勝負ってどうするの〜?麗ちゃんとルール決めたのぉ?」

 

「それな!経験あるんでしょ?ヨシリンは。それで、麗ちゃんになにしたのかな?」

 

 いやちょっと待て、やっていいのは、前門と後門だけだろ?両サイドを固めるのは良くないって!

 と言うか、みんな月宮さんのこと好きすぎない?

 

「いいからほら、そこにいるとドア閉められないからさ」

 

 後ずさる僕の背を、優しく力強いおばちゃんの手が押し止める。あんたが狼だったのか。

 こうして正面を小桜ちゃん、両サイドを白石姉妹、背後をおばちゃんに差し押さえられ、さながら処刑場に送られる囚人の如く、全面から圧をかけられる僕。

 

「台は5台。私は、恋崎くん、コテンパンにしたから、みんなで、勝負」

 

 それはそれは楽しそうな月宮さんの宣言の元、第二回帰宅部スマートボール大会が開催の運びとなった。

 

 だが、忘れてもらっては困る。僕は前回、おばちゃんにコツを教わっているのだ!明らかに僕の方が有利、この勝負もらった!!

 勢いよくガラス面に叩きつけられる音に、変わらずビクついたことを誤魔化すように、僕はスティックを引き絞った。

 

 

@

 

 

「先輩、それじゃなくて隣のイルカですって」

 

「だから、肩を揺らさないでって・・・」

 

 早々に球を打ち尽くした僕は、罰ゲームとして優勝者の小桜ちゃんの望むキーホルダーを射的で狙う。

 しかし、揺らされる肩と、すぐ横から漂うなんだかいい香りの影響を受け、既に3発の球が無駄に費やされた。今さっき撃った球なんて、隣のマッチ箱に当たってしまう始末だ。

 あと8発、もう無駄にはできない・・・!

 

「恋崎くん、こうやって、もっと上、向けないと」

 

 あと7発!

 

「ヨシリン、もっと肩の力抜かないとぉ〜ほれほれ〜」

 

 あと6発・・・!

 

「肘曲がってるんですけど、ウケる!」

 

 あと5発・・・。

 みんな、その善意からくる妨害、なんとかならないんですか?

 

「見ていられないな。恋崎、コルクガンは心で撃つもんなんだぜ」

 

「その声は・・・!?」

 

 孤独なsilhouette。動き出せば、それは紛れもなく奴さ。

 

「池田!!」

 

「貸してみな。俺が1発で仕留めてやる」

 

 結露したペットボトルの水滴を指に・・・。こいつ、まさか!?

 指についた水滴をコルクの表面に満遍なく広げ、装填する。

 

「弘法筆を選ばず、とは言うが。弘法も筆を選べば良かろうなのだァァァァッ!」

 

 身も蓋もない叫び声と共に、池田は無駄にかっこよく引き金を引いた。

 

「残り4発か。いよいよ追い込まれてきたな」

 

 悲しそうに体育座りをする池田を尻目に、僕はコルクの弾を手に取る。

 

「射的って意外と難しいんですね。あ、先輩、取れなくっても別に・・・」

 

「まぁ待ちなよ小桜ちゃん。僕にはまだ見せていない技がいくつかある。その一つをご覧いれよう」

 

 僕はコルクを縦に軽く潰してから銃身は詰める。そう、これなら空気の抜けは、少なくなり威力は高くなる・・・はずだ。

 さぁ見せてあげよう。これが射的と言うものだ──────。

 

 僕は池田の隣で体育座りをしていた。

 おかしいなぁ。前回おばちゃんに教わった通りにやったのに。しかも試行錯誤工夫まで凝らしたのに。

 

「惜しかったねぇ兄ちゃん。特別に1つプレゼントだよ」

 

「おばちゃん・・・!」

 

 うやうやしくイルカのキーホルダーを受け取ると、そのまま体を反転。小桜ちゃんの手にキーホルダーを落とす。

 

「まぁ、こんなものかな」

 

「あんた、それでいいんかい?」

 

「はい!」

 

「やっぱり潔いのかね・・・」

 

 人生、何事も頑張ればいいと言うものではないのだよ。賢く生きないとね!

 

「なんだか先輩って、時々子供っぽいところありますよね」

 

「いやいや〜。ウチらからしたらオールウェイズで子供っぽいってぇ」

 

「それな!マヂウケるよね!」

 

 なんだかむず痒い空気を、ウケませんって、と誤魔化す。僕に言わせれば、先輩達が大人っぽすぎるのだ。

 

 ちゃんとした夢があって。

 目標に向かって走っていて。

 それなのに同じ様に笑ってくれて。

 

 僕には、僕達には無いものを、ちゃんと持っている。たった1年の差が、途方もない様なものに感じる。

 それがやっぱり寂しくもあって、だけど誇らしくもある。

 

 その1年を少しでも埋めたくって、僕は500円玉を握りしめる。

 

「おばちゃん、これ」

 

 みんなが店を出て行く後ろで、もう11発分のお金を差し出す。

 

「ちゃんと男の子してるんだね」

 

「・・・まぁ、少しは大人にならないとなって」

 

 おばちゃんは優しく微笑み、差し出した500円を握り込ませる様に僕の指を畳ませた。

 

「あれは、あたしからの御礼だと思っとくれよ。こっちも元気なみんなを見てて、楽しませてもらったからねぇ」

 

「それでも、少しくらいは格好をつけさせて欲しいと言うか・・・」

 

 おばちゃんは更に僕の手を押し返した。

 

「ここいらにも、ウチみたいな店は沢山あったんだけどね。気づいたらみんな辞めちまってさ。オシャレなお店ばかりになって、これが時代なんだろうねぇ」

 

 おばちゃんは懐かしむ様な目で店を見回していた。

 前回もだが、今日も客は僕達だけだった。きっと昔は、子供達で溢れかえっていたのだろう。その様子を眺めるのが、大好きだったのだろう。

 何も知らないこの店の歴史を、おばちゃんの眼差しが雄弁に語っていた。

 

「その500円で、いつかあの子に何か買っておやりよ。もちろん、こっそりね?」

 

「そう言うのじゃ、無いですって」

 

 おばちゃんのウインクに、その言葉に、何故か気恥ずかしくなり目を逸らす。

 外から僕を呼ぶ声がした。おばちゃんにお礼を告げ、僕も店を後にする。

 またおいで、と言うおばちゃんの声が、静かに響いた。

 

 

@

 

 

 水面から刺す光に目を細めていた。

 頭上には水が広がり、前を向けば魚達が光の中を踊る様に泳いでいる。

 まるで水中にいる様な、幻想的な感覚に僕は──────。

 

「ねぇつむちゃん、見て見て!エイ!めっちゃ顔!ウケるんですけど!」

 

「うわぁマヂで顔じゃ〜ん。ホントウケんね」

 

「美乃ちゃん、奥、サメもいる」

 

「だから、くっつかないでくださいって」

 

 返して欲しい僕の感動を。

 

「なぁ恋崎」

 

「恋崎さん、だ。いい加減覚えてくれないか」

 

 1番僕の感動をぶち壊しそうな話し手に、嫌な予感を覚え、先ほどまでの感動へ永遠の別れを告げる。

 

「お前はブルー96%を見たことがあるか」

 

 ブルー96%。ちょっとお色気要素の強いラブコメディを謳っていたのだが、登場する女性キャラよりも出演する酒の方が種類が多く、表紙詐欺だと言われ話題になった作品だ。しかしシンプルに面白いストーリー構成と、アニメオリジナル演出が大受けし、一時覇権アニメになりかけた名作でもある。

 

「どうした藪から棒に」

 

「この水槽、告白シーンの背景に似ているんじゃないか・・・!?」

 

「っ!?あぁ、そうだな・・・!」

 

 ブルー96%は、いわゆる聖地を持たない作品だ。架空の街、架空の施設を舞台としたのは、その内容から聖地に及ぶ風評被害を避けたのだ、と言われている。

 しかし、架空であってもモデルはあるのだ。あの「まさかブルー96%に泣かされるとは」とオタク達の間で話題になった告白。その舞台背景と酷似しているのだ。

 このアニメの舞台モデルは考察サイトもできるほどで、オタク達は躍起になってモデルとなった舞台の特定に勤しんでいる。

 

「そうだ。調べてみようぜ恋崎!もしかしたら俺達が第一発見者かもしれないぞ!」

 

「あぁそうだな!」

 

 ぶち上がるテンションのまま、僕達はネットの海へダイブした。まとめ記事を読み起こして行くと、その中のある書込みに指が止まる

 ん?こいつ、舞台は千葉の水族館で間違いないとか言ってるぞ?

 

「おいおい。こいつの目は節穴か?全然違うじゃないか」

 

「おい見ろ恋崎。こっちなんて京都とか言ってるぞ。しかも水槽の形が全然違うのに」

 

「それなら池田、こいつは岩なんかないのに言ってるぞ」

 

「こっちなんて、天井まで水槽が来てないのに」

 

「こっちは、床に模様があるぞ」

 

 なんだなんだ。こいつらやる気あんのか?

 ヒートアップしながら、掲示板の書き込みを追って行く。掲示板でもお互いの粗を指摘し合う不毛すぎるレスバが繰り広げられていた。

 

「なんだよこいつら。見当違いな考察でバカみたいに争って」

 

「えのすいで決まりじゃないか。全くオタクの風上にも置かない奴らだ」

 

 更に記事を読み進めて行くうちに、見覚えのある写真が出てきた。と言うかここだった。

 しかも、変わらず粗を指摘されていた。

 

「・・・まぁ、言われてみれば確かに」

 

「・・・まぁ、そう言う見方もあるよね」

 

 そしてまとめ記事の最後。「このシーンにモデルはなくって適当に水族館をイメージして描いていた」と言う、作者インタビューの記事が貼られていた。

 

「・・・なぁ、恋崎」

 

「・・・言うな、池田」

 

 さっきまでの盛り上がりはなんだったんだ。

 

「2人とも、早く行かないと、イルカショー」

 

 月宮さんに肩を叩かれて顔を上げると、他人の体で水槽を凝視する小桜ちゃんと、少し離れた場所から心底楽しそうにこっちを見つめる白石姉妹、そして周囲には冷めた目を向ける人々がいた。

 なんと言うか、もっと早く止めて欲しかった。

 

 

@

 

 

 時間の都合もあり、途中の水槽は一旦飛ばしイルカショーへ足を運んだ。白石姉妹と小桜ちゃんはメイクやヘアセットが崩れるのは嫌だから、と安全圏に席を陣取るが、僕と池田はその逆だ。

 やっぱりこう言うのは、水を被ることに意味があるのだと思う。

 

「月宮さんは上の方じゃなくてもよかったの?」

 

「イルカ、近くで見たいし、水がかかるの、少し楽しみ」

 

「月宮の言う通りだ。近くで見れるのなら近くで見るべきだし、イルカに水をかけられるなんて、青春って感じがしていいじゃないか」

 

 多分池田の頭の中にあるのは、2次元的な青春描写だ。しかし、その言い分はわからないでもない。実際青春感を感じてしまうのだ。

 

『今日は暑いので、いつもよりたっぷり水がかかる特別演出です!』

 

 場内に流れるアナウンス。特別演出と言う言葉に胸は高鳴る。

 

「特別演出、今日は、ツイてる」

 

「だが、たっぷり水がかかるってのは、どういう演出なんだ?」

 

「さぁ、イルカが頑張っていつもより高く飛ぶ、とか?」

 

 もしくはいつもより、客席に近い位置で水飛沫を上げるのだろうか?

 程なくして、ジャングル感のある動物の鳴き声と音楽が流れ始める。

 

『それでは、会場を冷やしちゃいたいと思います!』

 

 そんなアナウンスと共に、壁の向こうから、水飛沫と呼ぶには凶悪すぎる、"放水"が始まった。

 

 ジャングル効果音とスプリンクラーの音。そして襲いかかってくる水。その全てが訴えかけてくる。

 青春ってなんだろう。

 

「そっちなんだな」

 

 池田は呟いた。

 

「そっち、なんだ」

 

 月宮さんも呟いた。

 

「そっちなんだね」

 

 そして僕も呟く。

 僕達は、死んだ目で水を浴びていた。しかもこれ、地味に長いし。

 ショーが始まる頃には、もう水はいいかな。と言う気持ちしかなかった。

 

 

@

 

 

「めっちゃ可愛かったな!」

 

「めっちゃ、可愛かった」

 

「めっちゃ可愛かったね!」

 

 終わってみれば満足感しかなかった。

 

「3人ともめっちゃ水かかってたけどぉ。なんか楽しめてたっぽい〜?」

 

「それな!めっちゃテンション高いの!まぢウケる!」

 

「月宮先輩。お手洗い行きましょ?先輩達はこっち見ないでください!」

 

 小桜ちゃんに連行される月宮さんと、ウチらも手伝う!とウキウキで白石姉妹が後を追ってトイレへ向かっていった。

 別に治さなきゃいけないほど、メイクは崩れてなかったと思うけどな。

 

「恋崎、お前の推しはどの子だった?」

 

「僕は真ん中にいた子かな」

 

「なるほどな。確かにお尻のラインは1番綺麗だった」

 

「そう言う池田はどの子だったんだよ」

 

「俺は右の子だな」

 

「あぁあの子か。確かに大きくって魅力的だったな」

 

 会場後方の壁面には、現在水族館で生活しているイルカ達の特徴と名前が載っていた。

 ショーに出ていたのは半分の3頭だったが、全部で6頭いるらしい。

 僕の推しイルカはオデコに星マークの付いたスターくん。池田の推しは1番年上でよく鳴くシングちゃん。

 こうして推しのイルカを見つけるのも楽しみ方の一つだそうだ。

 

 そのまま、まだ見ぬ3頭について池田と談義すること数分。4人が戻ってくると、月宮さんはワイシャツの下に、クラゲのイラストをあしらったTシャツを着ているようだった。買ってきたのだろうか?言ってくれれば一緒にお土産コーナーに・・・まさか!?

 

「先輩、態度に出過ぎですよ」

 

「ナ、ナンノコトデショウカ?」

 

「ヨシリン必死すぎてウケるんですけど!」

 

「まぁでもその様子なら見てなかったっぽいねぇ〜」

 

「恋崎くん、えっち」

 

 見てないのだから、えっちとは少し違うのではないだろうか?いや、その可能性に気づいてしまうことが罪だったのか?

 

「さっきから何の話をしてるんだ?」

 

「何もなかったんだ・・・。僕達は何も見逃していない。イルカが可愛かったんだから、それでいいんだ・・・。ほら、さっき通り過ぎたクラゲ、見に行こうぜ・・・」

 

 そう、見えなかった物より、これから見る魚達に思いを馳せよう。だってここは水族館なのだから。

 

 

@

 

 

 パリッと小気味のいい音を鳴らしながら、タコせんをかじる。僕達は水族館でタコを見て、その足でタコせんを食べているのだ。

 まぁ、僕は直前でエビせんに流されてるんですけどね。美味しそうだったし。仕方ないよね。

 

「なんか感慨深いよねぇ〜」

 

「それな!さっきまで生きてたのに!」

 

「さっきまで生きてたタコは、まだ生きてますからね?」

 

 あまりにも間の抜けた会話をするギャルズに、口を挟まずにはいられなかった。

 

「そう言えば水槽の魚を見ながら、お寿司を食べる水族館もあるらしいですよ?」

 

 何それ怖い。サイコパス味を感じちゃうんですけど。

 

「ふむ。私が作りましたって、農家の写真が貼ってある野菜みたいなものか」

 

「池田のその発想に、今日イチのサイコパス味を感じるよ」

 

 タコせんの包み紙に、タコの写真と吹き出しが描かれている様を想像してしまう。

 うん、食欲減衰効果は間違いなくある。

 

「あれ?上飛んでるのトンビっぽくね?」

 

「おぉ、まぢじゃ〜ん。桜ちゃんのタコせん取られちゃうねぇ〜」

 

「なんで私が取られることになってるんですか・・・」

 

 そう言いながら、タコせんを抱き寄せるように庇う小桜ちゃん。月宮さんがべったりになってしまうのも納得の可愛さだ。何と言うか、庇護欲が刺激されるんですよね。

 

「イケッチ、桜ちゃんのタコせん守ってよ!」

 

「Tシャツ派手だし、適任かもねぇ〜」

 

「いや、トンビって結構人慣れしてると言うか、捕食者的な立ち位置だから、カカシとか効果無いしって押さないでください!俺が襲われるじゃ無いですか!」

 

 池田は犠牲となったのだ。きっと僕以上に庇護欲が刺激されていたのだろう。そう言うことにしておこう。

 

「恋崎くん、エビ、一口ちょうだい」

 

 そんなわちゃわちゃの横で、月宮さんは僕のエビせんを狙っていた。地上にも捕食者はいたようだ。

 

「別にいいよ。ちょっと待って──────」

 

 エビせんを割ろうとする僕より早く、月宮さんはかじりついていた。

 

「うん、エビも美味しい、ね?」

 

「ソウダネ」

 

 両手で持て、とお店の人に言われたから。両手が塞がってるのだから、確かに直でかぶりついた方が早い。

 そう、それだけなんだ。変に意識する方が、なんかこう、キモいし?うん、気にせず食べよう。

 思考を完結させ、エビせんに向き直ると、ほんのりピンク色の跡が残っていた。

 ・・・いっその事、トンビが奪い去ってくれればいいのに。

 そんな叶わぬ望みを捨て去り、僕は目を瞑って少し大きめにかじりついた。

 味なんて、何も分からなかった。

 

 

@

 

 

 その後も江ノ島の神社には、縁結びのご利益があるから、と賽銭箱があるたびに拝む女性陣に続き、階段を登り切ることになった。

 有料のエスカレーターもあったのだが、階段の方がご利益がありそう、とのことで使用は禁じられてしまったのだ。

 どうでも良いけど、これ全部縁結びなの?普通ご利益変わらない?しかし、そんな無粋なツッコミも、息を切らしていては吐き出せない。

 もう少し体力をつけたほうがいいのだろうか・・・?

 

「いやぁ〜なんだかんだ、全部回っちゃったねぇ」

 

「それな!ウチら満喫しすぎっしょ!ウケる!」

 

 僕と池田は息も絶え絶えなわけだが、白石姉妹は何故かとっても元気だった。

 一体その細い体のどこに、そんなパッションが残されているんだ。

 

「恋崎くん、池田くん、大丈夫?」

 

「まぁ・・・よゆう、かな・・・」

 

 少し息が上がっただけなんだよ。うんうん、それだけなんだ。

 喋ることもしんどいのか。池田は膝に手をついたまま、片手でサムズアップを送る。まぁ、気持ちはとてもよくわかる。

 本当はまぁまぁ疲れがきてるし、何なら今すぐ横になりたいくらいだ。だけど、先輩達だけならともかく、余力の残っていそうな月宮さんと小桜ちゃんを見ると、それが言い出しにくいと言うか、うっすいプライドが許してはくれないのだ。

 

「よーしっ!2人とも元気なら、島の裏まで行くぞー!」

 

 汗を拭って、まだまだ元気な葵先輩は新たな目的地を設定する。

 島の裏、そこにあるのは稚児ケ淵と呼ばれる岩礁地帯。確かに興味はあった。あったけども、それはこんなに疲れる前の話で・・・。

 

「いいねぇ〜海感じちゃうかぁ〜」

 

「海なんて、その辺にあるじゃないですか・・・」

 

「先輩、だらしないですね。ほら、もっと水面に近いところから見る海は、きっと格別ですよ」

 

 スポーツドリンクを飲む小桜ちゃんが、駄々をこねる子供にするような声色で僕を諭す。

 待ってくれ、これじゃ僕が駄々をこねてるみたいじゃないか。

 

「恋崎くん、余裕だって、言ってた」

 

 強がってしまった自分を殴りたい。そんな強い自戒の念にかられていると、息を必死に整える池田が僕の肩に手を置いた。

 

「諦めろ・・・恋崎・・・。行きは、下りだ・・・」

 

 帰りは、登りなんだよなぁ・・・。

 

 

@

 

 

 稚児ケ淵。そこには何の遮蔽物もなく、遥か遠い水平線まで見渡すことができる岩礁地帯。

 眼前に広がる相模湾は、とにかく大きく、自分の存在のちっぽけさを思い知らされるようで、心のどこかに残っていた孤独感が、引き立てられるような錯覚すら覚える。

 

「桜ちゃんみて!ここ!魚!」

 

「葵先輩、走ったら危ないですって!」

 

 跳ねるように岩場を走り回る葵先輩と、それを諌めるように後を追う小桜ちゃん。慌ただしいと言うか、危なっかしいと言うか。

 

「引き潮で取り残されたのか。鈍い魚たちだ」

 

 池田はそう独りごちて、呆れ気味な体を装っているが、スマホのカメラを起動して足早に進む姿は、十分過ぎるほどに前のめりだった。

 なんだかみんな、魚にテンションを上げているようだが、そもそも魚なんて──────。

 

「さっきたくさん見たのにねぇ。ウケるよね」

 

 僕の心を見透かしたように、ニヤリと笑う紬先輩。

 

「ヨシリンは、もっと素直に楽しみなよ〜」

 

 僕の肩を軽く叩くと、紬先輩も岩場を歩み始める。

 後を追うべきか迷いながら横を伺うと、月宮さんは海を眺めていた。月宮さんは行かないの?その言葉を言えば、きっと彼女もみんなの元へ向かうのだろう。

 だけど、それを言う気にはなれなかった。

 こうして海を眺めていると、2人で訪れた砂浜を思い出す。あの時は、橋や江ノ島、その影の奥に、こんな景色があるなんて考えもしなかった。

 

「楽しい夏になった?」

 

「うん、すっごく」

 

 快晴の空の下、塩っけ混じりの風が吹き抜ける。暑さと相まって、気分の良いものではないはずだ。僕はこれがあまり好きではなかった、今までは。

 

「恋崎くんも、楽しかった?」

 

「うん、すっごく、ね」

 

 帰宅部に入ってまだ1ヶ月にも満たないけれど、あまりにも密度の濃い日々を過ごした。

 楽しいことばかりではなかったし、最後の方は大変なんてもんじゃなかった。

 

 それでも、その思い出たちは、視界を埋め尽くすこの水面のように、キラキラと眩しく輝いている。今日という日も、明日にはそんな思い出になってしまうのだ。

 そして、その思い出たちは、やがて訪れる終わりへ、一歩一歩と近づいていくような、そんな焦燥感へと変わっていくのだろう。

 

「先輩達は、安心、できたかな?」

 

「月宮さんは、どうなの?」

 

「どう、って?」

 

「残される自分が、まだ心配?」

 

 海を見つめる月宮さんの、その綺麗な瞳が、わずかに揺らいだ気がした。

 しばらくして、月宮さんは、心にある大切なものを、優しく抱きしめるように、胸に手を置き目を閉じた。

 

「ううん。もう、大丈夫」

 

 口元に浮かぶ小さな微笑みと、その優しい声音は、あまりにも大人びていて。

 

「恋崎くん」

 

 僕にはまだ待てないその覚悟が、あまりにも眩しくって、僕は少しだけ目を細める。

 

「楽しい、夏になったかって、そう聞いたけど」

 

 みんなはわからないと言うけれど。

 

「まだ、夏は始まったばかり、だよ」

 

 確かに彼女は笑っていた。

 

 

@

 

 

 僕達と先輩達の間に横たわる、一年という時の長さ。どんなに言葉を交わしても、どんなに同じ時間を過ごしても、決して縮まらないその距離は、近づくほどに遠く感じる。

 

 それは空と海のような、遠くに見れば同じ青なのに、近くで見れば天と地ほどに離れている。

 まるで、果てのない水平線のように、決して交わることのない平行線。

 

 そのことが悔しくって、悲しくって。

 だけど、そう思える人達と出会えたことが、同じくらいに嬉しくって。

 

 この気持ちを、この切なさを、人は青春と呼ぶのだろうか。

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