少女は、"みんなの様に"笑えなかった。上手く表情に出せなくて、みんなの中に馴染めなかった。
少女は、"みんなの様に"泣けなかった。だからみんなは、その痛みをわかってあげる事ができなかった。
少女は、"みんなの様に"できなかった。そんな自分の事が、好きになれなかった。
そんな少女は、高校1年生の夏、学校で2人の女の子を見かけた。校則なんて気にしていない様な、明るい髪色と着崩した制服。少し気怠げなギャルと、元気そのものを体現したかの様なギャル。
"あんな風に"可愛く笑えたら。
"あんな風に"仲のいい友達がいたら。
"あんな風に"自分の好きに正直になれたら。
その2人は、少女の憧れた"あんな風に"を詰め込んだ様な、素敵な女の子達だった。
誰かに好かれたいなんて、贅沢は言わない。
仲のいい友達が欲しいなんて、高望みはしない。
帰り道に1人じゃなければなんて、夢を見たりしない。
だけど、せめて、もう少しだけ、自分を好きになれたら。
少女は、ありったけの勇気を振り絞り、緊張で震える手を固く握りしめながら、
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罰として与えられた反省文。正直何を書けばいいのかわからなかった。多分、高岡先生も何を書かせたいのか、わからないのだと思う。
それでも罰を与えるのは、これで私達は反省しているんだと、そうやって学校に示すことで、守ろうとしてくれているのだ、と思う。
だから、私は無難な内容の文章を書き上げた。顔を上げ隣へ視線を向けると、何を書いたらいいのか、何一つ浮かんでいなそうな彼が、白紙の紙を睨みつけていた。
思えばとんでもない経験をしたものだ。
笑えない自分ではダメなのだと、一層のこと笑える自分が取って代わってくれないかと、軽はずみに願ってしまった。
次第にみんなが私の表情を笑顔として認識し始めて、少しずつ私がいなくなって、私のいないところに笑顔の私がいて。
そうしてみんなの世界から、私は消えされてしまった。
恋崎くんですら、私が見えなくなってしまった時は、本当に心が折れそうだった。だけど、彼は諦めないでいてくれた。
薄れていく意識の中で、それでも彼を信じようと、自分のことを諦めない様にと、そう思えたのは、恥も外聞もなく、江ノ島の海岸を探し回ってくれた姿が見れたから。
自分のことながら不謹慎だったが、そんな彼の姿が少しおかしくって。消えてしまうことへの恐怖よりも、優しい温もりが心を照らしてくれていた。
真っ暗な世界の中で、彼の声だけはずっと聞こえていた。
彼の苦しみや、感じなくていいはずの悔恨が、ひしひしと伝わってきた。
そうして、あんなバカみたいなことをしてくれて、あまつさえ、私と入れ替わるように現れた、"理想の私"すらも、否定をさせずに守ってくれた。
言葉だけじゃない。彼の全てが、私はもっと私を好きになっていいんだ、と肯定してくれていたみたいだった。
気がつけば、私はあの放送室にいた。
自分の存在を実感できて、どれだけホッとしたか。
彼の背中が見えた時、どんなに嬉しかったか。
後先も考えずに、迷わずにあんな事をしてくれた。そんな彼に、少しだけ勇気をもらった私は、一歩踏み出す。
「恋崎くん、メッセージ、交換しよ」
「急にどうしたの?」
顔を上げた彼が、あまりにも間の抜けた表情をしているものだから、少し可笑しくなる。
「ロールアイスの動画、送ってあげる、約束」
本当はあのお店で、言いたかったこと。
あの日は勇気がなくて、言えなかったこと。
彼がくれた勇気のおかげで、ようやく言えた。
「えっと・・・どうするんだっけ?」
「恋崎くん、マジ?」
今時、そんな人っているんだ。素直に呆れてしまう様な、感心してしまう様な。だけどその反面で私の心は温かくなっていく。
その言葉は、私が初めて連絡先を交換する友達なのだ、と物語っていたから。
「貸して、やったげる」
なんの躊躇もなく渡されるスマホを受け取り、メッセージアプリの登録機能でQRコードを表示させる。
その際にチラリと見えた友達のリスト、フルネームで登録された両親であろう名前と、いつか聞いた恋崎くんの妹の名前。それ以外は、家族以外は、私が初めて登録された友達だった。
「これで、交換、できた」
スマホを彼に返す。みんなの前で聞けなかったのは、それそれで良かったのかもしれない。
彼の初めての友達になれたのも、そのスマホに初めてメッセージを送れたのも、あの日、ロールアイスのお店で、勇気を出せなかった私のお陰だ。
そう思うと、そんな勇気が出せなかった自分も、少しは好きになれた。あれも、大切な私だったんだ、と。
恋崎くんは私の送った、簡単なメッセージと、ロールアイスが作られていく過程の動画を眺めていた。一緒に動画を見るふりをしながら、その横顔を見つめる。
私が私を取り戻せた今日まで、恋崎くんに笑顔を作る必要なんてないって、教えてもらうまで。私は私のことがあまり好きではなかった。
そんな私を認めてくれて、そのままでも大丈夫だと受け入れてくれて、どれほど救われたことだろうか。
だけど、救われたのはこれが初めてではない。
帰宅部を守ってくれたこともだけど、それよりももっと前。
恋崎くんは覚えてないかもしれないけれど、私にとっては大切な、最初の思い出。
今でこそ、紬先輩と葵先輩のお陰で、私が可愛いと思った私になれた。
そんな私になる前。去年までの私は、控えめに言っても、物静かで大人しい生徒だった。そしてあの頃は、もっとずっと、自分のことが好きではなかった。
「ねぇ恋崎くん、1年前のこと、覚えてる・・・?」
言わないって決めていたのに、それでも抑えきれない感情が少しずつ溢れてくるのを感じる。
だけど私は悪くない。どちらかと言えば、悪いのは彼の方だから。
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夏休みが終わる。私は紬先輩と葵先輩の助力もあって、あの日に私が憧れた先輩達のような、可愛いギャル風の女子高生になっていた。
いわゆる夏休みデビュー。
だけど鏡に映る自分の姿を見ても、あの日憧れた、2人の真っ直ぐな可愛さを見つけることが出来なかった。可愛い私に、確かになれたはずなのに。
口の両端を左右の人差し指で持ち上げる。どうしてみんなみたいに、この笑顔ができないのだろうか。先輩達みたいに明るく可愛く、そうなりたかったのに。
現実は甘くないのだと、いくら取り繕っても、元の私は変わらないのだと、容赦なく突きつけられる。
そんな憂鬱な気持ちを引きずりながら、通学路を歩く。どんなに気持ちが沈んでいても、始まって欲しくないと願っていても、夏休みが明けた学校は、今日から日常を取り戻す。
気分と同様に重くなった足取りのせいか、その日は、ホームルーム開始ギリギリの時間に学校へ着いた。廊下に残る生徒は疎らで、大方の生徒は教室に入っているようだった。
いつもより立て付けが悪く感じるドアを開けると、目立ちたくないという私の願いに反するように、ドアはまぁまぁ大きめの音をたてスライドする。
みんなの視線が、私に集まった。
潜めた声で、誰あの人?知ってる?転校生かな?教室を間違えたのかな?などの声が聞こえてくる。静まり返った教室で、それらの声はよく通った。
もういっそうのこと、教室を間違えたことにして、今日は帰ってしまおうかと、人生初のサボりを決心しかけた時、後ろから1人の男の子がドアと私の間をすりぬける。
「ギリギリセーフ!」
おそらく走ってきたのだろう彼は、まるで夏を、人生を楽しんでいるかの様で、少し眩しかった。
そんな彼と目が合った。
「あれ、月宮さん・・・だよね?イメチェンした?なんて言うか、ギャップ萌え?すごく可愛いと思うよ」
世界の時間が止まったようか気がした。いや、逆だ。いつからか止まっていた時間が、ようやく動きだしたのだと、高鳴る胸の鼓動が、温かくなっていく心が、優しく教えてくれた。
教室に入った時のクラスメイト達の反応は、予想できていた。それほどまでに私の外見は変わったのだ。メイクも制服の気崩し方も、全部先輩たちに教わった。私が思う最高に可愛い私。気づかれないほうが自然だった。むしろ、そこまで変われた事は成功だと言っていい。
だけどそんな理想の私は、元の私とかけ離れている様で、その実は元の私から何も変われないでいた。
その事がずっと、私の心に影を落としていたのだと思う。
まさか一目見ただけで気づいてくれる人がいるなんて、思いもしなかった。
彼にそんなつもりは無かったのかもしれない。なんの気もなく、そう言ってくれただけなのかもしれない。それでも、元の私も否定しないでいてくれるような、その言葉は、真っ直ぐに私の心に届いた。
そして彼の言葉は徐々に教室へ浸透し始める。それはクラスの女子を中心に広がり始め、あっという間に私は囲まれてしまった。
「うっそまじ月宮さん!?」
「めっちゃイメチェンしてるじゃん!」
「ちょーかわいいんですけど!」
「そのシュシュどこで買ったの?今度、いや今日買いに行こうよ」
みんなの言葉を曖昧な返事で返しながらも、目は自然と彼を追っていた。駆け寄るクラスメイトを避けながら、器用にすり抜けていく彼は、1番目立たない、窓際の後ろの席へ座った。
私の心を、ここまでざわめかせておきながら、彼は何事もなかった様に欠伸をしていた。
みんなから可愛いと言われ、嬉しくないわけがない。だけど、1番最初に届いたのは、見つけて欲しかった私を見てくれたのは、彼だった。
あぁそうか。私は案外チョロかったんだ。みんなが気づかないほど、可愛い私になれていたことよりも、ただ気づいてくれたことが、元の私も見てくれた様な、たった1人の男の子の言葉の方が、ずっと嬉しかったのだ。
彼は、名前をなんと言っただろうか。もっと知りたいな。もっと仲良くなりたいな。
きっと彼と過ごす日々は、最高にキラキラしていて、楽しい未来なんだろう。
私は人生で初めての高鳴りを感じていた。
この気持ちは、一体なんと呼ぶのだろうか。
考えても、その答えはわからなかった。
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これが1年前、私と恋崎くんの始まり。
私の大切な思い出。
「1年前・・・、たしか月宮さんがイメチェンして、僕たちが話すようになった、くらい?」
恋崎くんも覚えていた。その事実が嬉しかった。それだけで胸に流れてくるこの温かさ、やっぱりあの時と変わらない。
恋崎くんは前に、学生時代の恋心は、夏の魔法によるものだと、一過性の感情だと言っていた。だけど──────。
「やっぱり、1年経っても変わらなかった」
「そりゃまぁ、1年くらいじゃ、人はそう変わらないでしょ」
素っ気ない様な態度で、飄々としている様で、だけど実は友達思いで。
わかりやすいのに、想像もできないことをする様な無鉄砲で。
そうして私が辛い時に、いつも1番最初に見つけてくれる。
それが恋崎好人くん。ちょっと不思議で鈍感な男の子。
「そうだね。私も恋崎くんも、変わらなかった」
そう、君はあの時も今も変わらない。
人の感情や表情の変化には察しがいい。
だけど、女の子の気持ちには鈍いんだね。
私は、あの夏、きっと君に──────。
茜色に染る空。遠くに鳴くひぐらし。放課後の教室。君の言葉を借りるなら、この想いはきっと夏の魔法のせい。
でもね恋崎くん。君は気づいていないみたいだけど、世界にはきっと、解けない魔法もあるんだよ。
恋崎くんと夏色マジック 了