恋崎くんと夏色マジック   作:扇メトン

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7話 興奮して寝付けずに夜を明かしたこと、ありますよね?

「んーーー。それはただの寝不足だね」

 

 保健室には美人の先生が・・・なんてことはない我が校。保健室にいるのは中年のおばちゃん、竹芝《たけしば》先生。

 目が覚めて「知らない天井だ」と呟いた僕に、竹芝先生は「あんたそりゃちょいと古いよ」などと言うツッコミを入れてくれた。そう、おばちゃんだけど、ノリが良くて生徒にも人気のある立派な先生なのだ。

 

「え、でもでも!なんか教室だと頭ちょっと痛かったし!背中も痛かったんですって!」

 

「確かに倒れた時に軽く頭も打ってるみたいだけど、コブにすらなってないよ。寝不足、覚えない?」

 

 言われてみれば、昨日は浮かれに浮かれ、なかなか寝付けずに、夜中散歩に繰り出したり、意味もなく部屋でストレッチをしたりしてた。

 寝付けないうちに空が白んできて、焦って目を閉じても寝れず・・・あれ、徹夜じゃねこれ?

 

「まぁ仮に寝不足だったとしてですよ。なんかかっこいい感じに、みんなに言っておいてくれませんか?」

 

「あんたね、保健室に着いた時には気持ち良く寝息立ててたし、運んできてくれた生徒には、もう伝えちゃってるわよ」

 

「マジっすか・・・」

 

「マジもマジ、大マジよ。ほら、背中痛かったんなら湿布貼ってあげるから。あっち向いてシャツまくって」

 

 言いながら回転椅子で僕を回す竹芝先生。慣れてやがる。

 

「それにみんな心配してたみたいだから、安心させてあげるために、正確な病状を伝えるのは当たり前さね」

 

 そうか、なんだかんだ、みんな心配してくれてたのか。何だかちょっと照れ臭いな。

 

「あれ、でも心配してたのは月宮ちゃんの方だけだったかしら?」

 

 まぁそうですよね!知ってました!

 

「ところで月宮さんの方はヒャイン!」

 

 湿布冷た!変な声出た!貼るなら貼るって言ってくれないとダメじゃない!

 

「彼女はちゃんと無事だから安心しなさい。あんたのおかげで、痣の1つもできちゃいないよ。ちゃんと守って偉いじゃないか!」

 

 そう言って竹芝先生は、湿布の上から僕の背中を叩く。

 こういうの、ちょっとやめて欲しい。おばちゃんって妙に加減しないから、少し痛いし。あ、ほら湿布の端が少し剥がれちゃった。

 

「月宮ちゃんの方はただの貧血で、立ちくらみ起こしただけよ。すぐに意識戻って、運ばれるあんたと一緒に、自分の足で保健室まで来てるから、安心しな」

 

 今はそっちのベットで寝かせてるよ。そう言ってカーテンに仕切られたベットを顎で指す。つられて僕の視線もそちらは向くと。

 

「もう、大丈夫、です」

 

 そのカーテンを開け、月宮さんが顔を出す。そのまま立ち上がる月宮さんは、大丈夫とは言い難いくらいには、顔色が良くなかった。

 

「月宮ちゃんね、あんまり無理するもんじゃないよ」

 

「今は、無理でも、話さなくちゃ、ダメ、なんです」

 

 その縋る様な瞳は、僕を捉える。今は休ませるべきなのだろう。だけど、それは彼女の心を、見捨ててしまうことになるのではないだろうか。

 

「竹芝先生、僕が付いてるので大丈夫です」

 

「あのね、恋崎くん。体調っていうのは、崩れたらもう赤信号なんだよ。そこで無理して悪化したり、怪我をすることはもちろん、最悪命に関わる事故に巻き込まれる可能性だって」

 

「もし体調が悪化したら、ここまで連れ戻します。怪我だって事故だって、必ず僕が守ります。だから、お願いします」

 

「お願い、します」

 

 そんな僕達を見て、これも若さか。と呟くと竹芝先生は大きくため息を吐いた。

 

「わかった。その代わり少しでも体調が悪くなったら、必ずあんたが月宮ちゃんをここに連れてくるのよ。・・・私がここを空けてあげれれば、良かったんだけどね」

 

「他の生徒が来た時に、先生がいなかったら大変ですよ」

 

「そう言うこと。ほら、早く行かないと、授業終わって、2人で話せなくなっちゃうわよ」

 

「ありがとう、ございます」

 

 月宮さんはもう一度頭を下げると、ゆっくりと歩き出す。僕も竹芝先生に一礼した後、彼女を追って保健室を後にした。

 

 授業中の廊下は、不自然な静けさに包まれていた。保健室のある1階には教室はなく、廊下に漏れ出る声も聞こえない。

 月宮さんの足取りはいつもより遅く、見ていて不安になってしまう。

 

「恋崎くん、中庭まで、お願い」

 

 小走りで横に並んだ僕にそう言うと、月宮さんは、左手で僕の右腕を掴んだ。今の彼女には、きっと寄りかかるものが必要なのだろう。

 慣れない感触にソワソワしながら、月宮さんの歩幅に体を合わせ、ゆっくりと歩を進める。

 

 そうして腕の感触になれた頃、僕達は中庭に辿り着き、いつしか1人で腰掛けたベンチに、月宮さんと並んで座った。

 離される手の感触に、どこか寂しさを感じる。だがそれ以上に、儚げにも見える月宮さんが心配だった。

 

「昨日、若山さんが、笑顔の私を、見たって」

 

「僕達がファミレスにいた時間だったね」

 

 月宮さんは小さく頷いた。

 

「恋崎くん、紬先輩と、葵先輩、どうして、まだ帰宅部、来てると、思う?」

 

 それは前に僕も感じたことだ。本人達のこれからに対する不安。それと──────。

 

「残される僕達が心配、なんだよね、きっと」

 

 僕の回答を受け、月宮さんはゆっくりと首を振る。

 

「多分そう、だけど、ちがう。・・・心配なのは、きっと、私」

 

 帰宅部の体験活動をした日。仮部室を出る前に、彼女は自分を責めるように、2人はなにか隠してる。そう告げた。

 月宮さんは白石姉妹と1年近く一緒に過ごしてきた。その中で、きっと彼女達の夢に触れたのだ。そして会話を重ねる内に、"まぢな時は厳しい親"の事も聞いたのだろう。

 そうしたピースが繋がり、彼女達が夢と帰宅部を天秤にかけられる時が来ると、そう気づいてしまったんだ。そしてその時、帰宅部へ天秤を傾ける要因に自分がいると。

 

「2人とも、私のこと、すごく、気にかけてくれる。帰宅部、やめること、躊躇ってた」

 

 自分を責めるような月宮さんの独白に、そんなことは無いと、根拠もなく否定をしたくなる。だけど、それはきっと、彼女の信頼を裏切ることになる。そんな気がして、言葉が出せない。

 

「だから、せめて、ちゃんと笑顔で、大丈夫だよって、言えなくちゃ、いけない」

 

 月宮さんはそこで言葉を区切った。いつからだろうか。彼女はずっと悩んでいた。僕はどれくらい、そのことに気づいてあげられなかったんだろうか。

 

「昨日の夜、ね。メイク落とす時、鏡を見たら、笑顔の私、写ってたの。口元を触っても、いつものまま、だったのに・・・。なにも、嬉しく、なかった、のに・・・!」

 

 月宮さんは震えていた。それはそうだ。僕だって鏡に、自分の意に反した、そんな笑顔の自分が写っていたら、怖い。

 それに月宮さんにとっては、夕方の歓迎会が楽しければ楽しいほど、同じくらいの辛かったはずなんだ。部員が足りているのなら、白石先輩達も仮部室にいる理由がなくなる。そんな避けられない未来が、怖かったんだ。

 

 そしてそんな時に、いるはずのない時間、あるはずのない場所に現れた、誰も知らないはずの笑顔を浮かべる月宮さん。

 いつか高岡先生は『誰かに吐き捨てるだけでも楽になる』と言っていた。だけど、今の月宮さんには、吐き捨てるだけじゃ足りないのではないだろうか。

 どんなに小さくても、縋ることのできる希望が必要なんだ、と思う。

 

「月宮さん、集団心理って聞いたことある?」

 

 月宮さんは俯きながら小さくうなずく。

 こんな話で慰めになるかはわからないけれど、何も言わないよりかはマシなはずだ。

 

「夏ってさ。お祭りとか花火とか楽しいイベントもたくさんあるし、虫の鳴き声や波のさざめきみたいな癒しもあって、たくさんの思い出ができる。ふと振り向くと、なんだかノスタルジーな気分にさせる、夏ってそんな季節なんだよ」

 

 小さい頃の、夏の思い出を想うだけで、何故か切なくなる。人間の脳は不可解だ。そんな思いが、一体なんの得になると言うのだ。

 いつかの反抗期。僕はそんな事を考えていた。それすら、いい思い出だったな、そんな風に振り返る日が来るとも知らずに。

 

「思春期を絶賛謳歌中の僕達の心は、そんな季節にいろいろな影響を受けるんだよ。何かをしたい衝動に駆られたりとか、このままじゃいけないっていう漠然とした焦りとか、そんな感じにさ」

 

 半ば独り言のような僕の話を、月宮さんは黙って聞いている。

 

「そんな心の不安定さが、親への反抗だったり、誰かに恋をしたいって想いだったり、ちょっとやんちゃしたり、そんな行動に結びつくんじゃないかな。そして集団心理って、そういった不安定な状況にすごく相性がいいと思うんだ」

 

 それは一種の強迫観念のようなものなのだろう。みんながこうだから、同じようにしなくちゃいけない。

 そう思う反面、自分だけの存在意義を求めている。そして世界を知れば知るほどに、自分だけの特別な何かなんてないんだ、そう思い知らされる。その理想と現実の乖離が、僕達を苦しめる。

 

「無意識の内に月宮さんの笑えなくちゃって焦りが、態度や行動に表れて、周りに伝播していく。その結果が、笑顔の月宮さんを見せたんじゃないかな」

 

「でも、そんなの、どうすればいい・・・?」

 

 顔を上げ僕を見る月宮さんの瞳には、まだ不安の色は濃く残っていた。

 

「よく聞く夏の魔法ってやつの正体は、そう言うことなんじゃないかなって、そう思うんだ。いつか解ける、気の迷いのような魔法」

 

 それは辞書にも載っていない言葉。誰も意味を理解していない、曖昧な概念。ならばそれを勝手に定義したっていいはずだ。

 

「だから反抗期とか、学生時代の恋心も、少しぐれた心だって、時間が経てばその想いも変わっていく。それなら、今回のもう1人の月宮さんの存在も、永遠に続くわけじゃない。そう思うんだ」

 

 これ確証はがある話ではないけれど、それでも僕はそう信じている。

 

「だから絶対に解決できる」

 

 これは1から10まで、全て根拠のない、ただの屁理屈だ。それでも、この想いだけは、届きますように。

 話は終わりだ、と言わんばかりに休み時間を告げるチャイムが鳴る。どうやら授業は終わったようだ。

 

「それに夏の魔法なんて、どうせ一過性のものなんだから、来週には元通りかもしれないしね」

 

「そう、だね・・・」

 

 不安は完全に消えたわけではないだろう。それでも月宮さんの顔色は大分良くなったように思う。

 

「僕は僕で、何かいい方法がないか考えてみるから、月宮さんは帰って休みなよ。昨日は、あまり寝れなかったんでしょう?」

 

「うん、荷物取ったら、早退、する」

 

「もう立って大丈夫そう?」

 

「うん。1人で、大丈夫」

 

 ありがとう、恋崎くん。そう言って歩き出した彼女の足取りは、さっきと違って少しだけしっかりしている。

 家まで送ろうか?そんな言葉が、喉に詰まって出てこない。照れとか恥ずかしいとか、そんな甘酸っぱい物ではなく、『1人でも大丈夫』と言った、彼女のその言葉を信じて。

 そうでなければ、僕が彼女を否定してしまうようで、そんな事はどうしてもできなくて。

 

 ついさっきまで腕に感じていた感触が薄れていくのを感じながら、僕は右腕を掴んだ。

 きっと大丈夫。僕は自分に言い聞かせる。それは、まるでそうであって欲しいと願うかのようで、凄くむなしく心の中に響いた。

 

 

 

 

 教室に戻ると、月宮さんは数人の生徒に囲まれていた。僕は何事もなく席に着く。どうやら心配されていたのは月宮さんだけ、と言うのは本当のようだ。

 

「恋崎くん、だよね?」

 

 そんな僕に声をかけてくるクラスメイトが1人。確か名前は・・・うん、とりあえず山田さんとしておこう。

 

「さっきはぐっすり眠れた?」

 

「もうバッチリ広まってる感じなんだ・・・」

 

「まぁあたしは保健室まで行ったしね」

 

「あれは、なんと言うか、そのー、あれだよ」

 

「あれって、どれよ」

 

 山田さん(仮)はケタケタ笑う。楽しそうに笑うのはいいことだと思うけれど、いかんせん僕は居心地が悪い。

 

「でも安心した。その様子なら恋崎くん、本当になんともないんだね」

 

 いたよ。僕のこと心配してくれる人。

 

「・・・多分、竹芝先生に叩かれた背中が全治1ヶ月くらいだから、それさえ治ればあとは平気かな」

 

「なにそれ」

 

 山田さん(仮)は尚も笑う。お気に召していただけたなら、なによりです。

 

「でも、さっきのはちょっとかっこよかったよ。見直しちゃった」

 

 それだけ言い残すと山田さん(仮)は、腰まで伸びた長い黒髪を翻し、荷物をまとめる月宮さんと、それを囲むクラスメイト達の中に入っていった。

 かっこいい。慣れない言葉の響きに心が浮つく。だが同時に、何も好転していない事態に対して不安が募る。この心の不安定さが思春期と言うやつなのだろう。少なくても僕はそう思う。

 

 視線をその集団に向けると、教室から一歩外に出て、振り向く月宮さんと目が合う。なんとなく気まずくなり、僕は小さく手を上げた。

 するとそれを見て、月宮さんも胸の前で小さく手を振る。別になんて事のないやり取りのはずだ。それなのに月宮さんはどこか機嫌が良さそうで・・・なんだこのむず痒さは。

 我ながら、らしくも無い感情を抑え込むように、僕は深く息を吸う。そう、浮かれている場合では無いのだ。

 

「麗ちゃんいる!?」

 

 月宮さんが早退してから程なくして、葵先輩が教室へ飛び込んでくる。少し遅れて入ってきた紬先輩が僕見つけると、2人はそのまま僕の方へ駆け寄ってくる。

 みんなの視線は白石姉妹を追いかけ、やがて僕の机に行き着く。あまりこう、目立つことはやめていただきたい。僕はこう見えてもクラスでは地味で真面目な生徒なのだ。

 

「何かと思ったら恋崎か」

「まぁこのクラスで、トラブル起こすとしたら恋崎くんだよね」

「安定の恋崎クオリティだな」

 

 地味で真面目な生徒、だよ?

 

「ヨシリン!麗ちゃん倒れたってホント!?」

 

「3年の方まで噂になってた。なんか可愛い2年が倒れたって」

 

 この人達、可愛い2年の情報だけで、それが月宮さんである事を微塵も疑わずに来たのか。親バカならぬ、先輩バカと言うやつか。

 

「確かに貧血で倒れましたけど、外傷もなくさっき早退しましたよ。と言うか、メッセージとか来てないんですか?」

 

 僕の言葉を聞いて、2人は慌ただしくスマホを取り出す。もしかしてメッセージの連絡も無しに、ただ走ってきたのかこの2人は。月宮さんのこと好きすぎじゃないですか?

 

「あ、ホントだ来てる」

 

「とりあえず、なんともないみたいだねぇ。あ〜まぢ焦ったわぁ」

 

「ところでさヨシリン」

 

「噂ではさぁ。倒れ込む生徒をどさくさに紛れて、抱きしめた生徒がいるって聞いたんだけどぉ」

 

「それってホント?誰だかわかる?」

 

 なんだろう、目が全然笑ってない。あとその目で教室を見渡すのはやめて欲しい。みんな脅えてるし、なんなら、また僕の評判が落ちている気がする。

 

「さぁ、僕はその現場に居合わせなかったので・・・」

 

「そっかぁ〜。、まぁ見てないなら仕方ないかぁ」

 

「そんな不届きな輩がいたら、ビシッと1発かましておかないとって思ったんだけどね!」

 

 空手チョップの真似をする葵先輩には悪いが、たとえそのチョップを食らっても、痛くなさそうというか、帰って嬉し恥ずかしなむず痒さが残りそうというか。

 

「それで返り討ちにあったりしてねぇ」

 

「それな!でもそん時はヨシリンに何とかしてもらえばいいっしょ!」

 

「他人の喧嘩には首を突っ込むな、と言うのが恋崎家の家訓なので」

 

「何それウケる!」

 

「可愛い先輩が困ってるのに、それ酷くなぁい」

 

「可愛い後輩を喧嘩に巻き込む方が酷いと思うのですが」

 

「ん〜ヨシリンはギリ可愛くないからセーフってことでぇ」

 

「確かにギリ可愛くないかも!ウケる!」

 

「いや、ウケませんって」

 

 なんだかいつも通り過ぎる2人を見てると、こちらの気も抜けてくる。どの道今は何もできない。何もできないなら、気にしすぎる必要な無い。そう、僕はそんな無駄なことはしないのだ。

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