遺産で引き継いだSPメイドたちがヤバ過ぎる!〜最強のSPメイドたちに愛された男の絶望〜 作:最高司祭アドミニストレータ
「…なんで昨日の俺は、サインする前にこの紙を読まなかったんだ」
後悔先に立たず。昨日は「可憐なメイドたちだ」と完全に油断し、同情的な弁護士の視線にも気づかずハンコを押してしまったのだ。
だが、現実に屋敷が物理的に破壊され始めている以上、当主として彼女たちの正確なスペックを把握し、強固なルールを敷かなければならない。
慧は胃薬を水なしで飲み込み、インターホンのボタンを押した。
「よし。一人ずつ入ってくれ」
「失礼いたします、旦那様!」
ガチャリと扉が開き、春風のように朗らかな声とともにハニーブロンドの少女が入室してきた。フリル付きのクラシカルなメイド服に身を包んだその姿は、一見すると良家のお嬢様のように可憐だ。
慧は努めて冷静な「面接官」としての態度を作り、手元の履歴書に視線を落とした。
『氏名:天音ひまり(16) 担当:庭園管理および重量物運搬』
『特記事項:戦車を素手で横転させる膂力あり。笑顔が可愛い(※祖父の直筆メモ)』
(笑顔が可愛い、じゃないんだよクソジジイ…スペックがバグりすぎているだろ)
慧は内心で毒づきながら、咳払いを一つ挟んだ。
「ええと、天音ひまりさん。とりあえず自己PRというか、得意なことやこれまでの経験を教えてもらえるかな」
「はいっ! 私は幼い頃から山奥の集落で育ち、日々の薪割りや素手での熊との相撲を通じて基礎体力を培いました! 先代様にお仕えする前は、主に岩盤の破壊や、崩落したトンネルの素手での開通作業などに従事しておりました!」
ピキッ、と慧の持つボールペンの芯が引っ込んだ。
(熊と相撲? 素手でトンネル開通? 履歴書の『戦車』、比喩じゃなくてマジなのか!?)
「そ、そうか。だがここは採石場でも戦場でもない、世田谷の高級住宅街だ。そのパワーを『庭園管理』にどう活かすつもりだ?」
「はいっ! 外部から侵入者が車両で突入してきた場合、私が敷地内の庭石を投擲して物理的に粉砕します! 景観を損ねないよう、正門の裏に対戦車用の塹壕を掘って迷彩ネットで美しくカモフラージュする計画も立てております!」
「なんで一般家庭の庭に地雷原と塹壕を作ろうとしてるんだ!」
慧はたまらず机を叩いた。
「いいか。お前の担当は『庭園管理』だ。つまり、花に水をやったり落ち葉を掃くのが仕事だ。電子ロックが遅いからって、素手でチタン合金を引きちぎることじゃない!」
「はいっ! 申し訳ありません!」
ひまりはシュンと肩を落とし、素直に頭を下げた。どうやら悪意は1ミリもないらしい。慧は妥協点を見つけて優しく諭した。
「分かってくれればいい。これからは、花壇にパンジーやチューリップを植えて、綺麗な庭にしてくれ。それなら力もいらないだろう」
「チューリップ…なるほど! 美しい花に偽装して、根や球根に毒性を持つ植物を配置し、侵入者の足元を狂わせる罠ですね! 開花時期をずらすことで、一年中途切れない毒のデッドラインが完成する…流石は旦那様、素晴らしい戦術です!」
「純粋な鑑賞用だ!! なんで全部の思考が殺傷能力に結びつくんだ!?」
「お任せください旦那様! 明日の朝までに、最高に致死率の高いお花畑を構築してみせます!」
悲痛な叫びを「照れ隠しの激励」と誤変換したひまりは、ビシィッと勢いよく敬礼すると、満面の笑みで退出していった。
静まり返った部屋の中、慧は深くため息をついた。我が家の庭が遠からず「ボタニカルな殺戮要塞」と化す未来が確定してしまった。
「次。炎堂瑠璃さん、入ってくれ」
頭痛の種を振り払うようにインターホンを押す。直後、赤いポニーテールを揺らした少女が、足音一つ立てずにデスクの前に立った。
立ち姿だけで、体幹が恐ろしく鍛え抜かれていることが素人目にもわかる。
『氏名:炎堂瑠璃(18) 担当:専属運転手およびフロントドア近接警護』
『特記事項:炎堂流武術のエース。無敗。ツンデレなところが最高にイイ(※祖父のメモ)』
(死んだじいちゃんをあの世から引きずり出して説教したい……ツンデレ目当てで武術の達人を雇うな)
慧はこめかみを揉みながら尋ねた。
「専属運転手兼、玄関の受付だな。自己PRを」
「あたしは代々続く裏の武術の家系、炎堂流の最高傑作よ」
瑠璃は腕を組み、勝気な笑みを浮かべた。
「打撃、投げ、関節技、すべて達人クラス。人間の骨格を完全に熟知してるから、『怪我をさせずに激痛と恐怖だけを与えて無力化する』不殺の制圧術も完璧にこなせる。アタシがアンタの前に立つ限り、指一本触れさせないわ」
輝かしい自己アピールを聞き、慧は重いため息をつく。
「素晴らしい経歴だ。だが瑠璃、君の仕事は車の運転と来客の対応だ。配達員の関節を極める仕事じゃない」
「考えが甘いわよ、旦那様」
瑠璃はフッと鼻で笑った。
「相手がボールペンに偽装した暗器を持っていたら? 相手が胸ポケットに手を入れた時点で、怪我をさせずに肩を外し、圧倒的な死の恐怖で戦意を喪失させる。これこそが受付における最適解でしょ?」
「ただの営業妨害だ! その結果我が家にMmazonが届かなくなったら、俺の日用品はどうなるんだ!」
「チッ、平和ボケが。なら車の運転でアピールさせてもらうわ。あたしのテクニックなら、どんな追手が来ても路地裏のドリフトで完全に振り切ってあげる」
「追手なんかいない! ただスーパーに行くだけなのに、なんであんな対戦車仕様のガチガチの重装甲車を出すんだ!」
「当然でしょ! 普通のセダンじゃRPGを撃ち込まれたらあんたの命を守れない! 買い物帰りの交差点は、一番伏兵に狙われやすいのよ!」
瑠璃は身を乗り出し、机にバンッと両手をついた。なぜか急に耳まで真っ赤に染め上げ、プイッと顔を背けた。
「べ、別にあんたの身を心配してるわけじゃないからね! あくまで仕事だから、死なれちゃ困るってだけで…!」
「だから! 安全運転で普通のエコカーに乗ってくれればそれでいいんだよ! ロケット弾なんか飛んでこないから!」
ツンデレと武闘派の思考が混ざり合った言い訳に、慧は完全に頭を抱えた。
「…まったく、世話の焼ける主ね。まぁいいわ、受付の対応はもう少しマイルドにしてあげる」
少しだけ妥協したように肩をすくめ、瑠璃は颯爽と部屋を出て行った。ツンデレを通り越して、ただの狂犬である。
残る面接はあと一人。慧は気を取り直し、疲れた声で呼びかけた。
「次。氷川セツナさん、入ってくれ」
……。
数秒待っても、扉が開く気配はない。
(あれ? 聞こえなかったか?)
首を傾げた、その時だった。
「お呼びでしょうか、旦那様」
背後のたった数センチの距離から、氷のように冷たく平坦な声が響いた。慧は悲鳴を飲み込み、弾かれたように椅子ごと回転する。
いつの間にか。ドアを開ける音すら立てず、真後ろの死角に漆黒のボブヘアの少女が立っていた。
「お、お前…! いつからそこに…っ!?」
「ひまりが退室した直後から、椅子の影に潜伏しておりました。気配を消すのは得意ですので」
無表情のまま淡々と告げるセツナに、慧は心臓が口から飛び出そうになるのを必死に抑え、三枚目の履歴書を持ち上げた。
『氏名:氷川セツナ(17) 担当:毒味係および内部セキュリティ』
『特記事項:暗殺と隠密のスペシャリスト。無表情クーデレは男の浪漫。絶対領域が眩しい(※祖父のメモ)』
(ロマンとかどうでもいい! 寿命が縮むわ!)
乱れた呼吸を整え、慧は咳払いをした。
「セツナ。これまでの経歴と特技を聞こうか」
「はい」
セツナは一切の感情を排した無機質な瞳で慧を見据えた。
「物心ついた頃より、裏の世界で『排除』と『潜入』の技術を叩き込まれてきました。自身の存在を完全にゼロにするステルス能力。そして、あらゆる毒物、劇薬を用いた暗殺および解毒のスキルを有しています。私に破れないセキュリティも、私が感知できない毒も存在しません」
「…映画の主人公みたいだな」
慧は乾いた笑いを浮かべた。
「けどね、俺は毎日の食事の準備と戸締りをお願いしたいだけなんだ。コーヒーに怪しげな薬品を垂らして、紫色のスライムに変色させるのはやめてくれ」
切実な訴えに、セツナはわずかに小首を傾げた。
「問題ありません。旦那様の視覚的ストレスを軽減するため、次回からは色が変色しない透明の最新型神経毒探知フィルターを使用します」
「そういう問題じゃない! そもそも食事に薬品を混ぜるな!」
「そうですか。化学的な検知がご不満なら、アナログな手法に切り替えます。私が事前にすべて咀嚼し、安全を確認した上で口移しで給餌します」
「小鳥のヒナみたいな真似はやめろ!! 倫理的にも絵ヅラ的にもヤバすぎるだろ!!」
全力で机に突っ伏して拒絶すると、セツナは無表情のまま、微かに残念そうな空気を漂わせた。
「理解不能。ご自身の強固な安全確保よりも、食事のプロセスを優先するのですね。食事が無防備になるのであれば、その他の時間で警護の密度を上げるしかありません」
セツナは太もものガーターベルトに隠された漆黒のコンバットナイフを撫でるようにして言った。
「…私が二十四時間、旦那様のベッドの下、あるいは天井裏から一切の気配を絶って監視し続けます」
「怖いからやめてくれ! 俺のプライバシーを返せ!」
無言で会釈をして闇に溶け込むように消えていったセツナを見送り、慧は深く絶望した。
終わった。全員、根底から『普通』の概念がバグっている。
最後の四枚目の履歴書に、恐る恐る手を伸ばした。
『氏名:橘結衣(26) 担当:メイド長・経理・家事全般』
『特記事項:日商簿記一級。あの猛獣たちを裏で制御し、屋敷の口座を支える四十万家に絶対不可欠な超・有能一般人。※何がなんでも引き留めろ(※祖父の血文字のメモ)』
コンコン、と控えめなノックの音が鳴り、「失礼いたします」と静かな声が響いた。
入室してきたのは、クラシカルなメイド服を綺麗に着こなした結衣だった。彼女の瞳は暗殺者のそれではなく、武器も隠し持っていない。
ただその腕には分厚い『家計簿』が大事そうに抱えられていた。
「旦那様。ひまりさんによる門扉破壊の件ですが」
机の前に立つなり、結衣はポロポロと大粒の涙をこぼし始めた。
「特注チタン合金の再発注と慰謝料で…今月の予算が、もう限界です…っ。毎朝あの子たちが何か壊すたびに、寿命が縮む思いで…っ」
それは、狂った世界に巻き込まれた『普通の人間』の本物の絶望だった。
「……無理もない。昔、じいちゃんが生きていた頃は、大勢の普通のメイドがいたはずだろう?」
慧の問いに、結衣はハンカチで目元を拭いながら遠い目をした。
「ええ。ですが、三年前に大旦那様が『究極のロマンじゃ!』とあの三人を招き入れてから、すべてが変わりました。庭掃除で地響きが鳴り、カレーが紫色に変色する日々。普通のメイドたちは次々と胃に穴を開け、夜逃げ同然で屋敷を去っていきました」
「…」
「特別ボーナスと実家のローン返済という『欲望』だけで正気を保ち、逃げ出さずに残っていたのは…一番下っ端だった私一人だけだったのです」
なんという地獄のサバイバルレース。彼女は実力でメイド長に登り詰めたのではない。全生存者が脱落した結果、ただ一人残された『悲しき生存者』だったのだ。
慧は椅子から立ち上がり、思わず彼女の手を両手でギュッと握りしめていた。
「結衣さん…あんた、そんな苦労をしてたんだな…っ」
慧は幼い頃に血筋の異常性を察知し、祖父を言いくるめて中学生から一人暮らしに逃亡していた。安全なワンルームで平穏な投資生活を謳歌していた彼は、結衣がこの魔境でたった一人戦い続けていたことなど知る由もなかったのだ。
「結衣さん。足りない予算は俺のポケットマネーから出すし、特別ボーナスも小遣いを削って必ず弾む。君の家のローンも、俺の投資の利益で全部チャラにしてやる!」
「えっ!? ほ、本当ですかっ!?」
結衣の瞳に、かつてないほどの強烈な『資本主義の光』が宿った。
「ああ、約束する。だから頼む、絶対に辞めないでくれ! あんたがいなくなったら、俺はこの屋敷で生きていけない!」
「旦那様…っ! はい、私、頑張ります! 旦那様の平穏な日常と、この屋敷の口座残高は、私が絶対に守り抜いてみせます…っ!」
窓から差し込む光の中、慧とメイド長は熱い涙を流しながら互いの健闘を誓い合った。
感動してばかりもいられない。現状を放置すれば、確実に新たな修繕費が発生する。
「結衣さん。すぐにあいつらをリビングに集めてくれないか」
「3人をですか?」
「ああ。時間は三十分後だ」
慧は固く握りしめていた結衣さんの手を離し、当主としての決意を込めて宣言した。
「これより、第一回『屋敷内安全保障会議』を開催する。あの異常者たちに、日本の一般常識というものを徹底的に叩き込んでやる」