遺産で引き継いだSPメイドたちがヤバ過ぎる!〜最強のSPメイドたちに愛された男の絶望〜 作:最高司祭アドミニストレータ
都心の一等地にそびえ立つ、四十万家の広大な大豪邸。
その一階に位置するメインリビングは、中世ヨーロッパの宮殿を思わせる絢爛豪華な造りになっていた。
天井からは巨大なクリスタルのシャンデリアが眩い光を放ち、床には毛足の長い最高級のペルシャ絨毯が敷き詰められている。
晩餐会すら可能な特注の長机の上座に深く腰を下ろした四十万慧は、胃の腑のあたりを指で押さえながら、疲労感に満ちた息を吐き出した。
「…さて。全員、集まったな」
慧の隣には、メイド長の結衣が秘書のように控えている。
彼女の目元には、過労と心労によるうっすらとしたクマがあったが、その瞳の奥には『屋敷のインフラと予算を死守する』という、資本主義社会を生き抜くための強烈な執念が炎のように燃え盛っていた。
長机を挟んだ対面には、三人の少女たちが並んで立っている。
ハニーブロンドの髪を揺らす庭園管理担当のひまり。
真紅のポニーテールを結い上げた専属運転手の瑠璃。
漆黒のボブヘアを切り揃えた毒味係のセツナ。
外見だけならば、息を呑むほどに美しく可憐なメイドたちだ。
しかし彼女たちがその細腕に秘めているのは、戦車を横転させ、素手で人体を破壊し、あらゆる毒物を使いこなすという、この平和な現代日本においては完全なるオーバースペックの狂気である。
「これより第一回、『屋敷内安全保障会議』を開催する。議題はただ一つ、お前たち三人の業務内容の抜本的な見直しと、絶対厳守すべき『日本の一般常識』の共有だ」
慧が静かに、だが当主としての威厳を振り絞って宣言すると、隣で結衣が電卓を叩きながら「お願いします、旦那様…!」と祈るように小声を漏らした。
彼女たちの異常な防衛意識をここで正さなければ、四十万家の莫大な資産はすべて修繕費と慰謝料に消え去ってしまう。
これは慧の平穏な日常を守るための戦いであり、同時に結衣の胃壁を守るための防衛戦でもあった。
「まず第一条。『破壊行為の原則禁止』だ。いいな、ひまり」
「はいっ! なんでしょうか、旦那様!」
名指しされたひまりが、花が咲くような満面の笑みで背筋を伸ばした。
一切の悪意も打算も存在しない、純度百パーセントの忠誠心。それゆえに、慧は先ほどの面接で痛感している。
「先ほども言ったが、電子ロックが開くのが遅いからといって、門扉を素手で捻じ切るな。数秒待てば開くんだから、大人しく『待つ』こと。それから、庭に塹壕や対戦車地雷を設置するのも絶対に禁止だ」
「なるほど、理解いたしました!」
ひまりはポンッと手を打ち、パァッと顔を輝かせた。
「つまり、物理的に『壊す』のがいけないのですね。であれば、次からは無理に捻じ切るのではなく、門扉を蝶番のところから『綺麗に外して』脇に置いておきます! それならノーカウントですよね!」
「外すのもダメだ! ドアとしての機能が死ぬだろうが!」
慧がたまらず机を叩いてツッコミを入れると、ひまりは「ええっ!?」と本気で驚いたような顔をした。
どうやら彼女の辞書には、『ドアの前で立ち止まる』という概念が存在しないらしい。
「それから、塹壕がダメというのも承知いたしました! 確かに、地雷原などという古めかしいトラップは美しくありませんね。上空からのパラシュート暗殺部隊に備えて、目視できない高さに極細のピアノ線を張り巡らせておく迎撃シフトに変更いたします!」
「空から暗殺部隊は降ってこない!! 世田谷区の空は平和だ!!」
「だ、旦那様、素晴らしいです…っ。ピアノ線なら、チタンの門扉を買い直すよりはるかに安上がりで済みます…!」
「結衣さん!? なんで経費削減の観点で納得しちゃってるの!? 庭がスプラッタな殺人要塞になるのは変わってないからね!?」
涙ぐみながら電卓を叩く結衣にまでツッコミを入れなければならず、慧は早くも頭痛がしてきた。
ダメだ。この屋敷には、真の意味で『常識』を共有できる人間がいない。
「次だ。第二条、『来訪者への物理的接触の禁止』。瑠璃、お前のことだ」
「ふん! 言いがかりね」
腕を組んで壁に寄りかかっていた瑠璃が、不満そうに赤いポニーテールを揺らした。
メイド服の深いスリットから覗く引き締まった脚は、いつでも踏み込んで相手の急所を蹴り砕ける完璧なスタンスを保っている。
「いいか、宅配業者の人が胸ポケットに手を入れたとしても、関節を極めに行くのはやめろ。相手は暗器を取り出そうとしているんじゃなくて、ただの受領用のボールペンを出そうとしているだけだ。相手に絶対に指一本触れるな」
「平和ボケもいい加減にしてくれないかしら」
瑠璃は呆れたように肩をすくめ、慧を鋭い眼光で睨みつけた。
「そのボールペンが、一瞬で致死量の毒を撃ち込める特殊な注射器に偽装されていたらどうするの? 相手が動いてから対処したんじゃ遅いのよ」
「瑠璃」
「…分かったわよ。アンタがそこまで言うなら、次からは『絶対に触らない』で対処してあげる」
「本当だな? 約束だぞ」
「ええ。相手が不審な動きをした瞬間に、指一本触れず、私の『殺気』だけで精神を破壊して気絶させてあげるから。それなら文句ないでしょ?」
「気絶させるな! 荷物が受け取れなくなるだろうが!!」
誇らしげに胸を張る瑠璃に、慧は両手で顔を覆った。
不殺の制圧術から、覇気による精神攻撃へとシフトしただけである。これでは結局、我が家にインターネット通販の荷物が届かないという、根本的な営業妨害の解決には至っていない。
「もういい。お前の受付業務は当分結衣さんに任せる。次、第三条! 『食事への異物混入および、ステルス潜伏の禁止』! セツナ、聞いてるか!」
慧が長机の端に向かって声を張り上げた、その時だった。
「コンコン」
「うわあっ!?」
慧のすぐ背後。耳元のたった数センチの距離から、無機質で平坦な声が響いた。
いつの間にか、本当に何の前触れもなく、漆黒のボブヘアを持つセツナが慧の椅子の真後ろに立っていた。
足音はおろか、空気が動く気配すら一切なかった。
「な、なんで口で言いながらもう俺の真後ろに立ってるんだ!? 部屋に入るときはドアの外から物理的に叩けって言ってるだろ!」
「物理的な打撃音は、敵に自身の位置を知らせる無駄な行為です。私は常に旦那様の死角に潜伏し、シームレスに警護を遂行します」
無表情のまま淡々と告げるセツナの瞳は、一切の光を反射しないガラス玉のようだった。
彼女にとっては、日常のすべての瞬間が戦場らしい。
「いいから普通にドアから入れ! それと、俺のコーヒーや食事に謎の化学薬品を垂らすのも禁止だ! せっかくの料理が台無しになる!」
「毒見を禁じられるのであれば、やはり先ほど提案した通り、私が事前にすべて咀嚼し、安全を確認した上で口移しで給餌するしかありません」
「それはもっと禁止だ!! いい加減にしろ!!」
顔色一つ変えずに倫理観の欠如した提案をしてくるセツナに対し、慧は本気の拒絶の叫びを上げた。
これ以上彼女のペースに巻き込まれれば、胃痛どころか精神の根幹まで破壊されてしまう。
「はぁ…はぁ…もういい。最後だ。これが一番重要かもしれない」
慧は乱れたネクタイを少しだけ緩め、深く息を吸い込んだ。
三人の狂えるメイドたちを真っ直ぐに見据えて、決定的なルールを提示した。
「第四条。『邸宅内での完全武装解除』。…お前ら、平和な家の中で実弾入りの銃やコンバットナイフ、暗器の類を隠し持つのはやめろ。危なくて仕方がない。今すぐ全部、屋敷の金庫にしまえ」
その瞬間。
空気が完全に凍りついた。
ひまりの笑顔が消え、瑠璃の目が限界まで見開かれ、無表情だったセツナの眉がピクリと動く。
三人はまるで信じられない恐ろしい言葉を聞いたかのように、一斉に慧を非難の目で見つめ返した。
「「「旦那様は、変態です!!」」」
「なんでだよ!!?」
三人の美しい声が見事にハモり、慧の鼓膜を容赦なく打つ。
「屋敷の中で丸腰になれだなんて…それは私たちに『全裸で歩け』と言っているのと同じです! セクハラです! 訴えます!」
「そうよ! アタシたちから牙を奪うなんて、アンタ、アタシたちをどうするつもりなのよこのド変態!」
「最低です。軽蔑します」
「なんで俺がセクハラお化けみたいになってるんだよ!! 常識的なお願いをしただけだろうが!!」
顔を真っ赤にしてスカートの裾を隠すように押さえるひまりと瑠璃、そしてゴミを見るような冷たい目を向けてくるセツナ。
慧は頭を抱え、机に思い切り突っ伏した。
ダメだ。言葉が通じない。
彼女たちにとって武器を手放すことは、文字通り裸になる以上の羞恥と恐怖を伴う行為なのだ。
「分かった、分かったから! せめて、せめて安全装置だけは絶対に外すな! 暴発したらどうするんだ!」
「安全装置ですか? 常に外してありますけど」
「外すな!! 今すぐかけろ!!」
慧の悲痛な叫び声が、広大なリビングルームに虚しく響き渡る。
隣では、結衣が「特注の防弾ガラス…チタンの門扉…慰謝料…」と虚ろな目でブツブツと呟きながら、壊れた機械のように電卓を叩き続けていた。
マフィアの抗争など存在しない、極めて平和な現代日本。
狂った血筋を反面教師にし、誰よりも『普通の平穏』を愛していたはずの青年が手に入れたのは、常識が一切通用しない戦闘力特化の異常者たちとの、終わりの見えない同棲生活だった。
慧は机に突っ伏したまま、ゆっくりと目を閉じた。
(…じいちゃん。俺、明日まで生きていけるかな)
四十万家における日常は、まだ始まったばかりであった。
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