学院ネクロマンサ-   作:オリーブの実

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某所の意見を参考にして、1話目を書き直しました。
元々1話目にしていた話は、内容をある程度修正した後、何処かの話で上げ直します。


プロローグ
出逢い


 魔法──それはこの世に満ちる、未だ解き明かされぬ神秘。

 火、風、水、土の四大元素を操る属性魔法(エレメント・マジック)

 属性にも血統にも属さない、無数の術式を内包する虹霓魔法(ダイバース・マジック)

 突如として発現する、一代限りの才たる特異魔法(シンギュラー・マジック)

 特定の一族に脈々と受け継がれる血統魔法(ブラッド・マジック)

 そして、とうに喪われた失伝魔法(ロスト・マジック)

 

 形も、理も、起源さえも異なる数多の魔法。

 それらを学び、究め、次代へと継承するため、世界中から魔法使いたちが集う場所がある。

 その叡智と技量を競い合う世界最高峰の学び舎──ヘカテルギア国立魔法学院。

 その場所で、二人の少女が出逢った。

 

 ◆

 

 私、サリエリ・ヴァーナレクは、不思議だった。

 魂とはなんなのか。何処から来て、何処へ往くのか。

 魂の本質とは、なんなのか。

 

 だから調べた。

 色々な生き物を切り開いて、知ろうとした。

 色々な魂を捏ね回して、知ろうとした。

 でも、分からなかった。

 次に、人に聞いて回った。

 ある人は言った。魂とは、飴細工のようなものだと。

 ある人は言った。魂とは、神が人へ貸し与えた灯火なのだと。

 またある人は言った。魂など存在しない。人間の精神や自我、魂と呼ばれるものは全て、その人物が積み重ねてきた学習の結果に過ぎないのだと。

 本当に?

 

 私の眼は、魂を映す。

 私の眼には、魂はそれほど脆弱なものには見えなかった。

 私は、魂を感じられる。

 私には、魂はそれほど高尚なものには感じられなかった。

 私の魔法は、魂へ干渉する。

 だから少なくとも、魂が実在することだけは疑いようがなかった。

 結局、誰に聞いても分からなかった。

 

 分からない。解らない。わからない。

 わからないから、知りたい。

 だから、私は諦めない。

 知ることを諦めない。

 人は、そうやって前へ進んできたのだから。

 

 そして私は、学院の門を叩いた。

 ヘカテルギア国立魔法学院。

 世界一を謳うこの場所でなら、私の疑問にも、いつか答えが見つかるかもしれないと思ったから。

 

 ◆

 

 わたし、ソレイユ・ゾロスターは、不思議だった。

 なぜ、誰も彼もが、わたしのことを特別だと言うのだろう。

 わたしにとって、皆の言う特別は、出来て当たり前の普通のことだった。

 火を出すのも、ちょっと大きな爆発を起こすのも、傷を治すのも、山を消し飛ばすのも。

 わたしにとっては、欠伸を噛み殺すことよりも簡単だった。

 それなのに、皆は揃いも揃って、わたしを特別だと言う。

 

 なぜだろう?

 理解できなかった。

 できないなら、理解する必要なんてないんじゃない?

 

 だから、わたしは諦めた。

 他人を理解することを諦めた。

 

 世界とは、わたしが見ているものだけが事実なのだ。

 他人の見ている世界なんて、わたしには認識できない。認識できないものは、無いのと同じでしょう?

 わたしにとっての普通が、他の誰かにとっての異常であろうと、そんなことは関係ない。

 わたしの世界では、それが普通なのだから。

 だから、わたしは普通だ。

 本当に?

 

 本当に、わたしは普通なの?

 他人を理解することは諦めた。

 けれど、自分のことだけは、まだ諦めきれなかった。

 

 だから、学院の門を叩いた。

 ヘカテルギア国立魔法学院。

 世界一を謳うそこでなら、きっと証明できる。

 わたしなど、どこにでもいる普通の人間なのだと。

 

 ◆

 

 そこで、(わたし)たちは出逢った。

 鮮烈(衝撃)だった。こんな魂が存在するのか(初めて、同じ「人」を見つけた)と思った。

 彼女を知れば(こそ)(わたし)の求める答えがわかる(と同じところに居る)かもしれない。

 だから、(わたし)は──彼女を、知りたい(試したい)と思った。

 

 

 

「ねえ」

 

 赤髪の少女が、嬉しそうに笑った。

 

「ちょっと、こっち来てよ」

「……なぜ?」

 

 白銀の少女が、至極当然の疑問を口にする。

 しかし、赤髪の少女は取り合わなかった。

 

「良いからさ。そっちも、わたしに用があったんでしょ? なら、ちょうどイイじゃん」

「何がちょうどいいの」

「わたしも、あなたに用があるから。こっちに面白い場所があるんだ」

 

 そう言うと、彼女は返事も待たずに歩き始める。白銀の少女は、遠ざかっていく背中をしばらく無言で見つめていたが、やがて小さく息を吐き、その後を追った。

 

 

 そして──。

 

 

 ヘカテルギア国立魔法学院、第三広域模擬戦場。

 森林と岩山を丸ごと再現した、学院最大級の実戦演習区画。

 本来は大規模魔法の訓練や、上級生による集団戦に用いられる場所である。戦場全体には強固な防護結界と復元術式が張り巡らされ、たとえ地形が破壊されても、時間とともに元の姿へ戻るよう設計されている。

 

 そのはずだった。

 

 赤。朱。赫。緋。

 視界を埋め尽くす炎の中で、炭化した木々が音を立てて崩れ落ちていく。地面は焦土と化し、岩肌は赤熱し、融けた土が泥のように泡立っていた。

 燃え盛る炎の中心に、場違いな笑い声が響く。

 

「アハッ! ハハッ、アハハッ、アハハハハハハハハッ!」

 

 赤髪をポニーテールに纏めた少女──ソレイユ・ゾロスターが、笑っていた。

 制服の裾を炎になびかせ、黄金の瞳を爛々と輝かせている。その姿は愛らしい少女というより、燃え盛る地獄の悪鬼に近い。

 

「イイね、イイね、イイね!」

 

 ソレイユが顔を上げる。

 

「こんなに燃やしてるのに、まだ焼けてない人、初めてだよ!」

 

 その視線の先。

 灼熱に歪む空気の向こうに、白銀の少女が立っていた。

 

 サリエリ・ヴァーナレク。

 

 腰まで届く白銀の髪にも、纏っている制服にも、煤一つ付いていない。

 その代わりに、彼女の周囲には濃密な死臭と、肌を刺すような冷気が漂っていた。

 

 サリエリは何も答えない。

 かわりに、杖を指揮棒のように持ち上げる。

 その動きに呼応して、足元の影が脈打つ。

 影は黒い染みとなって大地を這い、その内側から、いくつもの異形が這い出してきた。

 

 四本の腕に骨剣を携えた死人。

 二つの頭を持った死人。

 無数の触手を蠢かせる肉の塊。

 

 人であったもの。

 もはや生前の姿さえ残していないもの。

 亡者たちは濡れた音を立てながら身を起こし、サリエリの前へ列を成す。

 

 ソレイユの笑みが、深くなった。

 

「まだ増えるんだ」

 

 サリエリの杖が、わずかに持ち上がる。

 次の瞬間、影が大きく膨張した。

 

 地面が軋む。

 黒い水面のように波打つ影を内側から押し広げ、巨大な怪物が姿を現す。

 鯨に四本の脚を生やしたような巨体。大きく裂けた口の隙間から、白い髭が海藻のように揺れている。一歩踏み出すだけで大地が沈み、その重量に模擬戦場全体が低く鳴った。

 

「へえ、陸鯨(ベヒモス)じゃん」

 

 ソレイユは怪物を見上げ、獰猛に口角を持ち上げた。

 

「珍し。初めて見たよ」

 

 陸鯨(ベヒモス)が低く唸る。

 その足元に並んだ亡者たちも、各々の武器を構える。

 サリエリは杖を向けたまま、身じろぎ一つしない。

 ソレイユもまた、すぐには動かなかった。

 

 二人の間に、短い静寂が落ちる。

 燃え崩れる木々の音だけが、戦場に響いていた。

 

「イイね」

 

 先に沈黙を破ったのは、ソレイユだった。

 

「もっと見せてよ」

「もう十分見せた」

 

 サリエリが平坦な声で返す。

 

「まだ足りない」

「足るを知れ」

「でも、まだ終わらせる気ないでしょ?」

 

 サリエリは答えない。

 代わりに、杖の先が僅かに下がった。

 それだけで、亡者たちが一斉に身を沈める。

 

 ソレイユは、その動きを見て笑った。

 

「ほら。そっちも乗り気じゃん」

 

 亡者が駆け出す。

 複腕の死人が左右へ散る。その背後で、双頭の死人が、二つの口から異なる詠唱を同時に紡ぎ、石槍と水刃を生み出して左右から炎を切り裂く。そして、その隙を縫って触手の肉塊がソレイユの足元へと這い寄る。

 

 ソレイユは避けない。

 ただ、人差し指で空をなぞった。

 

 一閃。

 

 指先から迸った白熱の光が弧を描き、迫る死兵を薙ぎ払う。

 

 複腕の死人が溶断される。

 双頭の死人が焼け落ちる。

 触手の肉塊は声を上げる暇もなく蒸発した。

 

 だが、終わらない。

 

 焼け残った骨や肉片がひとりでに繋がり、融けた肉が引き寄せられる。何もないはずの空間がぶくぶくと泡立ち、その内側から肉塊が形を成した。肉塊は生まれ落ちるなり脈打ち、無数の触手を伸ばし始める。

 熱線に薙ぎ払われた亡者たちが、何事もなかったかのように形を取り戻していく。

 

「アハッ!」

 

 ソレイユの笑い声が弾けた。

 

「蒸発したのに戻るんだ!」

 

 炎が膨れ上がる。

 今度は線ではない。

 津波のような炎が、戦場を呑み込んだ。

 

 亡者が焼けて、灰になる。

 それでも、影から次々と新たな亡者が這い出してくる。

 

 炎と死が押し合い、潰し合い、模擬戦場の中央で境界線を作った。

 

 赤と黒。

 

 互いに一歩も譲らない力の奔流を挟み、二人の視線が交差する。

 ソレイユの頬は高揚に紅潮していた。

 対するサリエリの表情は変わらない。

 だが、杖を握る指には、先ほどまでなかった力が込められている。

 

「じゃあ」

 

 ソレイユの笑みが、不意に消えた。

 

「ギア、も一つ上げよっかな」

 

 声からそれまでの軽さが抜け落ち、黄金の瞳が真っ直ぐにサリエリを捉える。

 

「術式、起動」

 

 莫大な魔力がソレイユの身体から立ち昇った。

 燃え盛っていた炎が呼応するように揺らめき、一斉に彼女のもとへ引き寄せられていく。

 熱が失われたわけではない。炎となって戦場一帯へ拡散していた破壊が、たった一人の少女を中心に束ねられてゆく。

 

「我は星の最期を模倣せし者」

 

 その詠唱を聞いた瞬間、サリエリの瞳が大きく見開かれた。

 この戦闘で初めて浮かんだ、明確な変化だった。

 サリエリが杖を振り下ろす。

 陸鯨(ベヒモス)が咆哮した。

 四本の脚が大地を砕き、その巨体がソレイユへ向かって突進する。地面が波打ち、残っていた岩山が震動だけで崩れていく。

 

「汝、星の嘆きを聞け」

 

 ソレイユの魔力がさらに膨れ上がる。

 その一部が、制御しきれずに外へ漏れた。

 ただ、それだけだった。

 術として放たれたわけでも、攻撃として向けられたわけでもない。にもかかわらず、漏れ出た魔力は灼熱の熱波となって戦場全体を駆け抜けた。

 サリエリの亡者たちが、音もなく燃え上がる。

 

 複腕の死人も。

 双頭の死人も。

 触手の肉塊も。

 

 紙片のように焼け落ち、黒い灰となって吹き散らされた。

 残ったのは陸鯨だけだった。

 巨体の表面を覆う肉が焼け、白い髭が炭化していく。それでも陸鯨(ベヒモス)は止まらない。

 サリエリも止まらなかった。

 

「……術式、起動」

 

 足元の影が細く伸びる。

 その傍らに、黒い鎧を纏った騎士風の死人が音もなく現れた。

 騎士は剣を抜かず、サリエリのすぐ後ろに控えている。

 

「我は二度目の死を与える者」

 

 陸鯨の身体が脈打つ。

 

 一度。

 二度。

 三度。

 

 巨大な肉体が、内側から押し広げられるように膨張を始めた。

 肉だけではない。その輪郭に沿って、黒い光が膨れ上がっていく。陸鯨(ベヒモス)の魂そのものが、肉体の器を超えて肥大化していた。

 

「汝、魂の死を見よ」

 

 陸鯨(ベヒモス)の口から、声にならない絶叫が漏れる。

 膨張した魂が軋み、裂け、その内側に蓄えられたエネルギーが限界まで圧縮されていく。

 ソレイユは迫る陸鯨(ベヒモス)を前に、一歩も退かない。

 サリエリもまた、ソレイユから目を逸らさない。

 二つの詠唱が、ほとんど同時に終わりへ至る。

 

星壊(せかい)

 

 ソレイユの掌に、光が生まれた。

 炎ではない。それは、小さな星だった。

 白く灼けた球体が一瞬だけ鼓動し、そして──爆ぜた。

 

終葬(ついそう)

 

 星の白光が迫る中、サリエリの術式も完成する。

 膨れ上がった陸鯨(ベヒモス)の身体──いや、その魂から、何かが致命的に砕けた音が響く。

 限界まで肥大化した魂が、それを包む肉体()もろとも、弾ける寸前に一点へと収縮する。

 次の瞬間。

 陸鯨を内側から食い破り、黒い奔流が解き放たれた。

 

 星と魂の断末魔。

 白い星光と黒の奔流が、正面から衝突する。

 音が消えた。

 

 炎も。

 影も。

 二人の姿も。

 

 何もかもが、一瞬の白に塗り潰される。

 

 ◆

 

 やがて、世界に色が戻る。

 そこには、何もなかった。

 

 森林は消滅している。

 岩山は削り取られている。

 大地は深く抉れ、戦場全体が巨大な盆地のように陥没していた。

 

 防護結界は砕け散り、地形を再生させるはずの復元術式も完全に沈黙している。

 

 亡者はいない。

 陸鯨(ベヒモス)もいない。

 サリエリの姿もなかった。

 

 更地となった戦場の中央に、ソレイユだけが立っている。

 制服は焼け落ち、身体のあちこちが黒く炭化していた。

 それでも、彼女は倒れていなかった。

 

「…………」

 

 ソレイユは周囲を見回した。

 

 右。

 左。

 背後。

 

 何もない。

 

 先ほどまで浮かんでいた笑みは、消えていた。

 

「……せっかく、見つけたと思ったのになぁ」

 

 その声が、更地へ落ちる。

 直後。

 

「ごぷっ」

 

 ソレイユの胸から、漆黒の剣が生えた。

 刃が肉を貫き、鮮血が地面へ滴り落ちる。

 

「へえ」

 

 ソレイユは咳き込みながらも、口元を歪めた。

 視線だけを、ゆっくりと背後へ向ける。

 そこには、黒い騎士が立っていた。サリエリの傍らに現れていた、あの騎士である。

 騎士は剣を引き抜くと、ソレイユの反撃を待たずに後方へ跳んだ。

 その片腕には、何かが抱えられている。

 

 白い脚。

 焼け焦げた制服。

 サリエリの下半身だった。

 

 爆発の直前、黒騎士が影の中へ退避させたのだろう。残された部分は、腰から下だけだった。

 黒騎士はそれを地面へ降ろす。

 

 二本の脚が、当然のように自ら立ち上がる。

 そして、炭化した断面が、ぶくりと脈打つ。

 骨が伸びて、人の形を成す。その内側に臓腑が生まれ、神経と血管が全身へ張り巡らされていく。やがて筋肉が骨を覆い、最後に白い皮膚が全てを包み込んだ。

 白銀の髪が伸び、肩から流れ落ちる。

 まるで、世界の一部分だけが逆再生されているかのようだった。

 

 やがて、完全な姿を取り戻したサリエリが目を開く。

 視線の先には、胸を貫かれたソレイユがいる。

 ソレイユは傷口を片手で押さえながら、再生を終えたサリエリを見つめていた。

 その顔に、再び笑みが戻る。

 

「面白いね」

 

 サリエリは黒騎士の傍らに立ち、ソレイユの胸元へ視線を落とした。

 

「心臓を貫いた」

「うん。痛かった」

「まだ生きてる」

「そっちもね」

 

 ソレイユの胸の傷に、小さな焱が灯る。

 赫い焱が傷口を這い、流れ出た血を焼き、裂けた肉を包み込んでいく。

 焼いているはずの焱が、傷を塞いでいた。

 炭化していた皮膚も、ほんの数秒で傷一つない白い肌へと立ち還る。

 

「……焱」

 

 サリエリが呟いた。

 

「そ。焱」

 

 ソレイユは胸元の残火を指で払う。

 

「わたしには普通だけど」

 

 サリエリは、自らの再生した腕を一度握り、開いた。

 ソレイユもまた、傷の消えた胸へ手を当てる。

 二人の間に、短い沈黙が落ちた。

 

 片方は、死んだ肉体を魂から作り直した。

 片方は、傷ついた肉体を焱で焼き、完全な状態へ回帰した。

 

 同じではない。

 けれど、どちらも今の一撃では死ななかった。

 それを確かめるように、二人は互いの姿を見つめる。

 

 やがて、ソレイユが嬉しそうに笑った。

 

「わたし、灼いても死なない人、初めて見たよ」

「そう」

「わたしとお揃いだ」

「…………」

「それじゃ、お互い傷も治ったことだし、仕切り直し……と、行きたいところだったんだけど⋯⋯」

 

 そこまで言って、ソレイユは周囲を見回した。

 森はない。岩山もない。広がっているのは、どこまでも続く更地だけ。

 ソレイユが頭を掻く。

 

「ちょっと、やりすぎちゃったね」

「……最初に襲いかかってきたのは貴女。私は悪くない」

「ごめんごめん。でも、そっちも結構乗り気だったじゃん。お互い様でしょ」

「違う」

 

 即答だった。

 

「私は、防衛しただけ」

「えぇー?」

 

 ソレイユは心底不思議そうに首を傾げる。

 

「まぁ、過ぎたことはいいよ」

「よくない」

 

 ソレイユは無視して、右手を差し出した。

 

「改めまして。わたしはソレイユ。ソレイユ・ゾロスター」

 

 サリエリは、差し出された手を見つめる。

 数秒の沈黙。

 

「…………サリエリ・ヴァーナレク」

「サリエリかぁ」

 

 ソレイユの顔が、ぱっと明るくなる。

 

「じゃあ、サリーだね」

 

「……いきなり愛称⋯⋯距離感近すぎ」

「え? そう?」

「そう」

「でも、サリーって呼びやすいし」

「呼ばなくていい」

「却下で」

「人の話、聞いて」

「聞いてる、聞いてる」

 

 全く聞いていない笑顔だった。

 

「多分、これから先生に怒られる仲間同士なんだからさ」

 

 ソレイユは、破壊し尽くされた模擬戦場を眺めながら屈託なく笑う。

 

「仲良くしよっ!」

「…………やだ」

「うーん、辛辣」

 

 それでもソレイユは笑ったままだった。

 

「まぁ、いっか」

 

 黄金の瞳が、真っ直ぐにサリエリを見据える。

 

「絶対、逃がさないから」

「……それより、まず服、着ない?」

 

 これが、サリエリ・ヴァーナレクとソレイユ・ゾロスター。ヘカテルギア国立魔法学院四千年の歴史を塗り替える、二人の邂逅である。




登場人物
サリエリ・ヴァーナレク
特異魔法の一つである死霊術を扱う死霊術師。特異学科一年。
腰まで届く白銀の髪と、深い蒼色の瞳を持つ少女。物静かな性格だが、倫理観ゆるキャラ。
昆虫採集を好み、特に蝶の標本作りを密かな趣味としている。
目的を果たすためなら、死体を弄ることはもちろん、自身の肉体や魂を改造することさえ厭わない。
自身の魂に死霊術の術式を刻み込み、その術式によって自分自身を操作している。試みそのものは成功したが、無茶な魂の改造によって、その肉体は既に生物としての死を迎えている。
そのため、老いることも、成長することもない。

ソレイユ・ゾロスター
属性魔法の一角である火属性。その到達点とされる「焱」を操る魔法使い。火象学科一年。
長い赤髪を後ろで纏め、金色の瞳を持つ少女。快活で明るい性格だが、空気が読めない。
自称、普通の女の子。
しかし、本質的には自分以外の者を対等な人間として認識していない。学院で初めて友人となったサリエリだけが、その唯一の例外である。
そのため、自分より遥かに劣る者たちから「特別だ」「天才だ」と褒めそやされても、いまひとつ実感が湧かない。

用語

火に纏わる概念を司る、火の到達点。
その本質は、破壊と再生である。
火とは、あらゆるものを瞬く間に灰へ変える、原始的かつ絶対的な破壊の象徴。その恐怖を極限まで高めた「焱」は、有象無象の全てを文字通り灰燼へと帰す。
その力が焼くものは、肉体や物質だけではない。魂をはじめとする、形なきものさえ例外ではない。
しかし、火の本質は破壊だけにあらず。
不浄を焼き尽くす「浄化」と、古きものを終わらせ、新たな状態へ導く「再生」の象徴でもある。
「焱」の使い手は、この相反する性質を完全に統御する。術者が望めば、その炎は対象を傷つけることなく、傷や病、不浄のみを焼き払い、健全な状態へと回帰させるだろう。


それ以外のものは、またおいおい
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