学院ネクロマンサ- 作:オリーブの実
第3958号大墳墓──深層?
閉ざされた石壁を前に、私たちはしばらく立ち尽くしていた。
耳を澄ませても、向こう側から物音は聞こえない。さっきまで確かに一緒にいた二人の気配も、今はもう完全に途絶えている。
振り返れば、薄暗い通路がどこまでも続いていた。
前も分からない。後ろにも戻れない。そして、現在地すらも分からない。
そんな状況の中、アリッサム先輩が重たい溜息を吐いた。
「さて、アマテルさん。ここに入って、ヤバいことは結構体験しましたが、これはいよいよもってヤバいですよ」
いつもの軽口めいた調子。けれど、その顔はまったく笑っていない。
「何せ、お二人とはぐれてしまったのですから」
そう。
どうしてこんなことになったのかと言えば。
◇◇◇
「さて、こうして無事下まで降りられたわけですが⋯⋯ダメですね現在地、わからないので、この地図は使いものになんねぇですね。地図から紙ゴミに降格です」
アリッサム先輩が、手元の地図をひらひらと振る。
「……そもそも、ここが地図に載ってる場所かも定かじゃない」
「そうなんですよねぇ……」
「ど、どうするんですか? 遭難した時は、なるべくその場を動かない、というのがサバイバルの鉄則ではありますけど」
「それは、救助が見込める時」
ヴァーナレクさんが、あっさりと言った。
「今の状況だと、多分無理」
「ですよねぇ……」
分かっていた。分かってはいたけれど、改めて言われると不安になる。
「数百メートルどころじゃなく落ちてますからね。地図に載ってる箇所なら御の字。最悪、未探索領域ってところですか」
「通路の作りも、浅、中層域とそこまで変わらない⋯⋯目印に出来るものがない以上、連絡してもどうしようもない」
「⋯⋯とりあえず。行動、する?」
「そうですね。その内、探知特化の魔法持ちが導入されるかも知れないですし⋯⋯向こうから指示が下るまでは、私たちもなるべく上を目指すしかありませんかね」
「上って……分かるんですか?」
「分かりません」
「ですよね……」
「ただまあ、明らかに下ってる道を避けるくらいはできますよ」
「消極的……」
「遭難時に根拠のない自信を持つより百倍マシです」
それは、確かにそうなのだが⋯⋯まぁひとまず方針は決まった。
『現在地を特定できそうなものを探しながら、なるべく上へ向かう』
簡単ではないけれど、少なくとも何もせず待っているよりはいい。
そうして私たちは、再び歩き始めた。
それから、どれくらい進んだ頃だっただろうか。
「……」
最後尾を歩いていたイポメア先輩が、唐突に足を止めた。
「どうしました?」
「音が、する」
「音?」
耳を澄ませる。
ごごごごご……。
確かに聞こえる。低く、重たい音。しかもこれ、少しずつ近づいてきてないか?
あれこの感じ、なんか覚えが⋯⋯具体的には、中層でのあの落下の時とか⋯⋯。
嫌な予感を覚えながら、振り返る。
「はぁ〜またですか。天丼は嫌われますよ⋯⋯まったく」
通路の奥。さっきまで何もなかったはずのそこから、巨大な石壁がこちらへ迫ってきていた。
「いや、流石にもううんざりです。何回生命の危機を演出すれば気が済むんですか、ここ?」
「だから言ってる場合じゃないですって!!」
「分かってますよ! 走ります!」
言うが早いか、アリッサム先輩が駆け出した。
「この先、道が二つに分かれてるのが見えますね!? 右! 右へ行ってくださいよ! フリじゃないですからね!」
「分かった」
「ん」
「はい!」
走る。
迫る壁。
前方には、二股に分かれた通路。
「右ですよ! 右!」
「ん」
イポメア先輩が左へ曲がった。
「なんでぇ!?」
「ちょっ、サリエリさん! バカに付いて!! 孤立はまずい!!」
ヴァーナレクさんは一瞬だけこちらを見て、それから何も言わず、イポメア先輩の後を追った。
ほとんど同時に、私の腕をアリッサム先輩が掴む。
「あなたはこっち!」
「え、でも二人が!」
「早く!」
直後、轟音が響く。
私たちの間を断ち切るように、巨大な石壁が閉じた。
視界から、二人の姿が消え、静寂が訪れる。
「…………」
「…………」
しばらくして。
「え? なんで左行ったんですか? あの人」
「⋯⋯通路から見て右だと思ったとか……?」
「そこで通路の視点に立つ必要ありますか?」
「ない、ですね⋯⋯」
「え? じゃあなんで行ったんですか?」
「わかんないです⋯⋯」
◇◇◇
「まさか、壁が迫ってくるとは……というかですね、あのバカ、なぜ左に……」
アリッサム先輩が、閉ざされた石壁をつま先で蹴飛ばしながらぶつぶつと呟く。
「あぁ……不安すぎる……。ニルさん、引率の役目を果たせ……いや、期待できませんね……」
自分で言って、自分で諦めた。
「というか、イアソルさんにあんなことを言った手前、死なれたらマジで困るんですけど⋯⋯こんなので破局とか笑えませんよ、本当。死んでたらもう一度殺します。
心配している。たぶん、ちゃんと心配していると思う。どうしてそれが、最終的に殺害予告へ着地するのかは分からないけれど。
「──誰かいるのか?」
「え?」
突然、通路の奥から男の人の声がした。
足音が近づいてくる。
やがて暗がりの向こうから、四人の人影が姿を現した。
「すげぇ音がしたかと思えば……アリッサム。お前だったか」
「あら?」
どうやら、アリッサム先輩の知り合いらしい。
先頭にいた男子生徒が、今度は私を見る。
「一年か? 俺は第3班班長、戦技科3年のモバリー・テンブスってんだ。よろしく。そんで──」
「あはぁ~。第三3班副班長、風理科2年のリーズ・エイプスだよぉ~。よろしくね〜」
「はい!!! 私は血統学科所属!!! 1年の、未来の『英雄』こと、オフィーリア・セーブィルと申します!!!! 何卒よろしくお願い申し上げます!!!!!!!」
「オフィーリアさん。元気があるのは良いことですが、少しお静かにお願いしますね?」
「はい!!!!」
「……声量の話ですよ?」
「はい!」
少し小さくなった。
「同じく血統学科所属。1年の、ソフィア・オリーブスと申します。どうぞ、よしなに」
「ア、アマテル・エウロペです。土廻学科の1年です。よろしくお願いします」
「第29班班長を任されました、戦技学科3年、カメリア・アリッサムと申します」
一気に四人増えた。ついさっきまでアリッサム先輩と二人きりだったせいか、人がたくさんいるというだけで妙に安心する。
「てか、お前の班、なんか少なくね?」
「あー……それがですねぇ」
アリッサム先輩は、ものすごく疲れた顔をした。
「カクカクシカジカというわけで、はぐれてしまったのですよね」
「あ~……まあ、イポメアだからなぁ」
「その一言で納得しないでもらえます?」
「でも、イポメアだろ?」
「……まぁそうなんですけど」
納得されてしまった。
「ま、何はともあれ。この状況で顔見知りに会えたのは心強い」
テンブス先輩が周囲を見回したあと、私たちへ向き直る。
「早速、情報交換でもしようぜ。まず、こっちの持ってるもんから。言い出しっぺだしな」
テンブス先輩が指を二本立てた。
「さて。悪い話と、とびっきり悪い話。どっちから聞きたい?」
「……では、悪い話からで」
「まあ、こっちは考えようによっちゃいい話かもしれねぇんだけど……」
一度言葉を切る。
「この遺跡に突入した全員が、規模の大小はあれど、どうやっても避けられない罠に引っかかってる。んで──現在、ほぼ全班が深層域にいる」
「…………え?」
一瞬、言われた意味が分からなかった。
全班。 私たちだけでなく、3班だけでもなく、49班全て。
「おかげで上はてんやわんやって話だったよ〜。いや〜、シキシア先輩も講師陣も大変だねぇ〜」
エイプス先輩が、まるで他人事のように笑う。
「……初耳ですね。普通、そういう事態が起こったのであれば、一斉に連絡が来るものでは?」
「事態が事態ですので、一斉連絡は避けたとのことです」
答えたのは、オリーブスさんだった。
「全49班から、深層まで落とされたという報告が上がってきており、現在は一班ずつ個別に折り返しの連絡をしているそうです」
「そういうこった」
テンブス先輩が頷く。
「全班に一斉連絡なんてして、一斉に質問攻めにでも遭ってみろ。まともに対応できるはずねぇからな」
「お前ら、29班だろ?」
「はい」
「なら単純に、まだ順番が回ってきてねぇってだけだろ」
「…………」
少しだけ、安心した。私たちだけが、こんな目に遭ったわけじゃない。
ヴァーナレクさんたち以外にも、近くに別の班がいるかもしれない。救助だって、きっと──。
「で」
そんな私の淡い期待を叩き潰すように、テンブス先輩が立てていたもう一本の指を揺らした。
「そんで、こっからが、とびっきり悪い話だ」
「これは、うちに風理がいたから分かったことなんだけどな?」
「…………」
嫌な予感しかしない。
「どうやら、俺たちは完全に閉じ込められたらしい。⋯⋯あ~エイプス、説明してやってくれ」
「え〜。説明も何も、そのまんまの意味って感じなんだけどな〜」
エイプス先輩が、気の抜けた声のまま人差し指を立てる。
「私は風理科でしょ〜? だから、風の流れが読めるのね。ここに落ちてきてすぐ、それを辿って地上までのルートを探ろうとしたんだけど〜……」
そこで初めて、エイプス先輩の声から少しだけ軽さが消えた。
「風の流れが、途中で寸断されてた」
「……寸断?」
「うん。行き止まりで淀んでるとか、枝分かれして分からなくなったとかじゃないよ〜」
エイプス先輩が、ひらひらと手を振る。
「上へ向かってた風がね。途中で、ぷつんって切れちゃってるの」
「それって……」
「たぶん、私たちが落とされたあとに、上へ続く通路が閉じられたんじゃないかな〜」
「それも一か所二か所じゃねぇ」
テンブス先輩が続ける。
「エイプスが探れる範囲じゃ、地上まで繋がってる風道は一つも見つからなかった」
「あはは〜殺意たっかいよねぇ〜誰か恨みでも買った?」
「…………」
背中が、ぞくりと冷えた。
落ちた。迷った。現在地が分からない。
そこまでは、まだよかった。
上へ戻る道を探せばいいと、そう思えていたから。でも、その道そのものがもうないのだとしたら⋯⋯。
「つまり……」
口にするのが嫌だった。
「私たち、地上に戻れないんですか?」
「現状では、な」
テンブス先輩が、あっさりと言った。
「……報告は」
アリッサム先輩が、険しい顔で尋ねる。
「まだだ。イアソルの奴は今、各班への状況説明で手いっぱいだ。『伝話』があいつの魔法である以上、必ずあいつを介して連絡しなきゃならねぇ。今は無理だ」
「…………遺跡を壊す、という手は」
「生き埋めがお望みなら」
「今遺跡にいる、土廻の生徒を集めればどうでしょうか」
「可能性はある」
テンブス先輩が、一度だけ頷く。
「だが、どのみち今は無理だ。マーキングの付いた奴同士でも、勝手に連絡を取り合えるわけじゃない。イアソルが回線を開通させないと繋がらん」
「……そして、そのイアソルさんは」
「忙しい」
「ですよねぇ……」
アリッサム先輩が、盛大に溜息を吐いた。
「便利なんだか不便なんだか分かりませんね、『伝話』」
「普段なら便利なんだよ。こんな事態、想定してねぇだけで。というか、こういう状況を見据えて、やっぱ最初からマーキング付き同士の回線を開通させとくべきじゃね?」
「それでお喋りしまくってたバカがいたので、イアソルさんがブチギレて、以降は要請があるまで開通しない方針にしたんでしょうが」
「マジで余計なことしやがったな、そいつら」
「ええ、本当に」
「むむむ……!」
それまで黙っていたセーブィルさんが、難しい顔で唸る。
「危機を打壊してこその『英雄』!! ……なのですが、これは流石にどうにもなりませんね!」
セーブィルさんが拳を握る。勢いだけなら、今すぐにでも地上までぶち抜いて帰れそうだった。勢いだけなら。
「とにもかくにも、今はシキシア先輩の手が空くのを待つしかない、という状況になります」
オリーブスさんが静かに話を戻す。
「ですが幸いなのは、先の罠で負傷者こそ出ましたが、死者はいなかったことでしょうか」
「そこはマジで不幸中の幸いだな」
テンブス先輩が頷く。
「万が一を考えて、バランスのいい班分けを組んだ主任殿は偉大だね。しばらく特異科に足向けて寝れねぇなマジで」
「……そこまでですか?」
「49班全部がまとめて深層に叩き落とされて、死人ゼロだぞ?」
そう言われて、私は少しだけ考える。
確かに、私たちの班だってヴァーナレクさんがいなければ、あの落下でどうなっていたか分からない。
他の班にも、それぞれ似たように──誰かが誰かの穴を埋められるような人選がされていたのだとしたら。
「……すごいですね」
「ああ。普段は何考えてんのか分かんねぇ人だけど、こういうところは流石だよ」
テンブス先輩の言葉に、私は思わずアリッサム先輩を見る。
「……私たちの班も、そういうことなんでしょうか」
「でしょうねぇ。ニルさんは戦闘力『は』ありますし、サリエリさんは……まあ、説明不要でしょう。私は引率兼なんでも屋。アマテルさんは土廻ですから、崩落や地形関係に強い」
「なんでも屋……」
「そこ引っ掛かります?」
「いえ……」
実際、何でもやっている気はする。
「それに今回みてぇなことになった時、一人の得意分野が潰れても、別の奴で穴を埋められるようにしてあんだろ」
テンブス先輩が言う。
「俺たちだってそうだ。俺が前衛、エイプスが索敵。セーブィルとオリーブスは──」
「『英雄』です!!!!」
「お前は一回黙ってろ」
「はい!!!!」
「静かにっつってんだろ!」
「あはぁ~元気だねぇ~」
エイプス先輩が楽しそうに笑う。
「……ともかく」
オリーブスさんが、何事もなかったように話を引き取った。
「各班とも、異なる状況へ対応できるよう構成されているのでしょう。今回、死者が出なかったのも、その成果と考えるのが妥当かと」
「なるほど……」
そう考えると、あの班分けもちゃんと考えられていたらしい。
てっきり、ヴァーナレクさんと同じ班になった時点で、私は何かの罰を受けているのかと思っていた。
「……アマテルさん?」
「なんでもないです」
アリッサム先輩から目を逸らす。
「で、そっちはなんかないのか?」
「ん〜……敢えて言うのであれば、現在地は地下3000m前後ってところでしょうか。正確な計測はできないので、多少の推測も入ってますが……まあ、大体それくらいかと」
「ひゅー。騎士団上がりはやっぱ違うね。俺らじゃそういう計算できねぇから、全然分かんねぇわ」
「……3000m?」
さらっと出てきた数字に、思わず聞き返してしまった。
「どうやって分かったんですか?」
「落ちてた時間と、途中からサリエリさんの鳥に減速してもらったあとの降下速度。それと、ここまで歩いた通路の傾斜をざっくり足しただけですよ」
「それを計算できるのがすごいって話なんだが」
「騎士やってりゃ、この程度は嫌でも覚えますよ。地図も測量器もない場所で、自分がどこにいるか分かりませんじゃ話になりませんし」
「へぇ……」
「さて。とりあえず、イアソルの奴の手があくまでは、足で生徒を探すか?」
「⋯⋯⋯⋯闇雲に歩き回るのは危険ですが、今はそうするしか⋯⋯いや、うーん⋯⋯迷いますね」
アリッサム先輩が腕を組む。
「ん〜とりあえず、空気の流れからある程度の居場所を探るのは出来るけど⋯⋯ここ、広いからねぇ〜」
「⋯⋯ひとまず、広間を目指してみるのはいかがでしょうか」
オリーブスさんが静かに口を挟んだ。
「ここでは、休憩するにしても少々手狭ですし……確かに罠の危険はありますが、それを差し引いても、今は拠点の確保を優先すべきかと」
「拠点、ですか?」
「はい。ある程度広い場所を押さえておけば、他班と合流した際にも都合がいいですし、負傷者が出た場合の処置もしやすくなります」
「一理あるか⋯⋯アリッサム。お前はどう思う?」
アリッサム先輩はしばらく瞑目した。
「⋯⋯そうですね。異論ありません……というか、この人数なら多少の罠はどうとでもなるでしょう」
テンブス先輩が頷く。
「決まりだな。広間を探す。道中で他班を見つけたら合流。見つからなくても、目印は残す」
「賛成です」
「はい!!!」
「声」
「はい!」
小さくなった。
一方その頃。
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
「なぜ、先輩達は、左に行ったの?」
「先輩。逆」
「?」
「私たちの曲がった方が、左」
「⋯⋯フォークを持つ方が、右」
「⋯⋯それで?」
「だから、こっちが右で、合ってる」
「? ⋯⋯⋯⋯あっ」
登場人物
オフィーリア・セーブィル
血統学科所属。1年。
少し癖のある長い茶髪を後ろで纏めた、茶色の瞳を持つ少女。
「英雄」を目指す少女で、「英雄」を目指して日夜研鑽を積んでおり、戦技学科にも頻繁に出入りしている。
実は演技が得意で、その道に進めば天下を取るのも夢ではないレベル。
ソフィア・オリーブス
血統学科所属。1年。
黄色の短髪に、黄色い瞳を持つ少女。
通常、オリーブス家の者は、自身たちの管理している書院からはあまり出てこず、学院に入学する事は稀である。ソフィアは数十年振りに学院に入学したオリーブスである。
ペットにミネルヴァと言う名前のフクロウを飼っている。