学院ネクロマンサ-   作:オリーブの実

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やらかしの落とし前

 ヘカテルギア国立魔法学院、四千余年の歴史。 その長大な歴史において、入学初日に模擬戦場を破壊した生徒は、決して少なくない。

 

 魔法の制御に失敗した者。

 己の力量を見誤った者。

 魔法の性質を理解していなかった者。

 

 若者とは、往々にして自らの力を過信するものだ。ましてや、世界中から選りすぐられた才能が集う学院ともなれば、多少の事故は毎年の風物詩とさえ言えた。

 

 だが。

 

「第三広域模擬戦場、全損」

 

 教務局長が、手元の報告書を読み上げる。

 

「防護結界発生魔道具、全十二基破損。緊急遮断魔道具、作動前に焼失。地形復元魔道具、基幹部を含め全機能停止。周辺区画への余波により、第四、第六演習区画も当面使用不能」

 

 紙が、一枚めくられる。

 

「人的被害、なし」

 

 そこで初めて、教務局長は報告書から顔を上げた。

 

「奇跡だな」

 

 重苦しい執務室の中央。

 二脚の椅子に、二人の少女が並んで座っている。

 長い白銀の髪に、深い蒼色の瞳を持つ少女。

 サリエリ・ヴァーナレク。

 

 長い赤髪をポニーテールに纏めた、黄金の瞳を輝かせる少女。

 ソレイユ・ゾロスター。

 

 二人とも、既に新しい制服へ着替えていた。

 戦闘前まで着ていた制服は、焼けたか、吹き飛んだか、あるいは肉体ごと消滅したためである。

 

「当事者二名も無事、と」

 

 教務局長の視線が、まずソレイユへ向けられる。

 

「ゾロスター」

「はい」

「どちらが先だ?」

「わたしです」

「…………」

 

 あまりにも躊躇のない返答に、教務局長が黙り込み、疲れたように目頭を押さえる。

 

 続いて、その視線がサリエリへ移った。

 

「ヴァーナレク」

「はい」

「相違ないか」

「ない。彼女が突然、襲いかかってきた」

「だ、そうだが」

「うん。そうだよ」

 

 ソレイユは朗らかに笑った。

 

「だって、サリーのこと試してみたかったから」

「サリーって呼ばないで」

「まだ言ってる」

「昨日からずっと言ってる」

「仲良くなれば、そのうち気にならなくなるって」

「仲良くならない」

「そうかなぁ」

 

「そこ」

 

 教務局長が机を指先で叩いた。

 乾いた音が、執務室に響く。

 

「今は交友関係について話しているのではない」

「そうでした」

 

 ソレイユは素直に前を向いた。

 反省しているようには、まるで見えない。

 

「ゾロスター。貴様は無許可で第三広域模擬戦場へ侵入し、同じ新入生へ攻撃を加えた。間違いないな」

「はい」

「ヴァーナレク。貴様は正当防衛を主張している」

「事実」

「正当防衛に、大規模破壊術式を使用する必要があったのか?」

「必要だった」

「ほう」

「使用しなければ、私が消滅していた」

「実際、下半身以外は消滅したそうだな」

「だから必要だった」

 

 サリエリは寸分の迷いもなく言い切った。

 

「私は悪くない」

「その術式の余波で、学院の敷地が二十八万立方メートル分、地盤ごと消失している」

「彼女の術式を相殺するため」

「結界発生魔道具と地形復元魔道具も破壊した」

「壊したのは彼女」

「でも、黒いのもいっぱい混ざってたよ」

「貴女が白いのを出さなければ、黒いのも出していない」

「じゃあ、お互い様だね」

「違う」

 

「静かにしろ!」

 

 二人の声を、教務局長の怒声が遮った。

 机の上に積まれていた書類が震える。

 

 ソレイユは口を閉じた。

 サリエリも黙った。

 

「いいか」

 

 教務局長は、二人へ言い聞かせるように言った。

 

「ここは魔法学院だ。魔法を学ぶ場所であって、好き勝手に力を振るう場所ではない」

 

「でも、模擬戦場だったよ?」

「模擬戦場にも規則がある!」

「相手を殺さなければいいって聞いたけど」

「それは正規の使用手続きを済ませ、教員の監督を置き、双方の合意を得た上での話だ! そもそも、相手を殺さなければ模擬戦場を吹き飛ばしてよい、などという規則はない!」

「サリーも途中から乗り気だったよ」

「乗り気じゃない」

「アレって、乗り気じゃない人が使う術式なの?」

「使わないと死んでた」

「別に、大丈夫だったと思うけどなー」

「⋯⋯⋯⋯」

「わたし、勘は鋭い方なんだよねー」

 

 

「なぜその勘を、模擬戦場を吹き飛ばしたらマズイという方向に働かせられなかったのか、甚だ疑問だな」

 

 教務局長は額を押さえ、疲れたように息を吐く。

 二人とも、悪意はない。

 恐らく、反省もない。

 少なくとも、教務局長にはそう見えた。

 

 ソレイユにとって、昨日の戦いは気になる相手へ声をかける行為の延長に過ぎない。

 サリエリにとっては、襲われたから迎撃しただけである。

 

 倫理や常識を説いたところで、二人には響かないだろう。ならば、二人にも理解できる形で制約を課すしかなかった。

 

「学院側で協議した結果、貴様らを即時放校とする案も出た」

 

 その言葉に、初めてサリエリの表情が動いた。

 ほんの僅かに目が細くなる。

 一方、ソレイユは隣を見た。

 

「ほうこうってなに?」

「除籍……退学という意味」

「サリー、退学するの?」

「しない」

「なら、わたしも」

「貴女はすればいい」

「サリーがいるのに?」

「だから、いなくなって」

「んー、ヤダ」

 

「静かに!」

 

 再び怒声が飛ぶ。

 教務局長は大きく息を吐き、二人を睨んだ。

 

「ただし、今回は入学直後であり、学院の規則について十分な説明を受ける前だったこと。また、幸運にも人的被害が発生しなかったこと。そして何より、お前たちを野放しにするのはマズイ。以上を考慮し、放校処分は見送る」

 

「無罪?」

「有罪じゃない?」

「有罪に決まってるだろう」

 

 教務局長は吐き捨てるように答えると、報告書の下から別の書類を取り出した。

 

「これより、両名に対する処分を言い渡す」

 

 その一言で、サリエリは僅かに姿勢を正した。

 ソレイユは変わらず、隣に座るサリエリを眺めている。

 

「今後一か月間、教員の許可なく戦闘行為に魔法を使用することを禁ずる。基礎講義、学部別講義、共通実習への出席を義務づける。加えて、放課後は復旧作業の補助に当たれ」

 

「復旧できるの?」

「できる。更地になった分、中途半端に残っているよりは、やりやすい筈」

 

 サリエリが、何でもないことのように答える。

 

「どうしてお前が答える」

「事実だから」

「その更地を作った当事者が、他人事のように言うな!」

「主に作ったのは彼女」

「またそれか」

「事実。彼女が攻撃を仕掛けなければ、ああはならなかった。術式なんて使わずに、彼女が炎を出すだけに留めていれば、ああはならなかった。全部、彼女のせい」

 

サリエリは隣に座るソレイユを指差した。

 

「つまり全部、彼女のせい」

「サリー、さっきからわたしのせいにしすぎじゃない? 他責はダメだよ! そもそも、炎だけでも十分壊れてたと思うけどな。脆かったし」

「原因が喋らないで」

「わたしだけが原因じゃないでしょ」

「最初に攻撃したのは貴女」

「うん」

「大規模破壊術式を使用したのも貴女」

「サリーも使ったじゃん」

「貴女が使ったから」

「ほら、また他責」

「因果関係」

「責任転嫁じゃない?」

「違う」

「そうなの?」

 

 ソレイユが教務局長へ同意を求める。

 

「私を巻き込むな」

 

 教務局長は、心底疲れきった声で答えた。

 

「続けるぞ。そして、次に同様の騒ぎを起こした場合、両名を特別監督対象に指定する」

「特別監督対象?」

 

 ソレイユが首を傾げる。

 

「講義への参加、学院内の移動、蔵書および設備の利用、魔法の行使。その全てを監督教員の許可制とする。寮からも退去させ、学院の指定する管理区画で生活してもらう」

「監禁?」

「管理だ」

「言い換えただけ」

「貴様らを放校して野放しにするよりは、遥かにマシだ」

 

 教務局長は二人を順番に睨みつけた。

 

「貴様らには、学生として学ぶ権利を認める。その代わり、学院の規則に従え。次はない」

 

 サリエリの顔から、僅かに浮かんでいた不満の色が消えた。

 

「理解した」

「よろしい」

 

 教務局長は、今度はソレイユを見る。

 

「ゾロスター」

「わかった」

「本当に分かっているのか?」

「次に戦うときは、先生に聞けばいいんでしょ?」

「戦うな」

「一か月はね」

「一か月後もだ!」

「じゃあ、サリーがいいって言ったら?」

「言わない」

「ヴァーナレク、お前もそこで答えるな!」

 

 結局、二人が執務室から解放されたのはそれから一時間後のことだった。

 

 ◆

 

 二人が出ていった扉を教務局長はしばらく無言で見つめていた。

 まるで、嵐が通り過ぎたあとのように執務室は静まり返っている。机の上には、二人分の調査資料と始末書。そして第三広域模擬戦場の損害報告書が積み上がっていた。

 

 どれも、見ているだけで頭が痛くなる代物だった。

 やがて、控えめなノックの音が響く。

 

「入れ」

 

 扉が開き、一人の講師が顔を覗かせる。

 それは特異学科の講師であった。

 

「局長、お疲れさまです」

「ああ、君か……」

 

 教務局長は椅子の背もたれへ深く身を預けた。

 普段なら部下の前で見せない姿だったが、今は取り繕う気力すら残っていない。

 

「本当に疲れたよ」

 

 講師は室内を見回し、空いた椅子を一脚引き寄せた。

 

「今しがた、廊下ですれ違った二人ですか。噂と資料でしか知りませんが、実際のところ、どうでした?」

「…………」

 

 教務局長は、先ほどまで二人が座っていた椅子を見る。

 

 片方は、制御の利かない焱の怪物。

 片方は、ネジの外れた死霊術師。

 

 規則を知らない。

 倫理観がない。

 反省もしない。

 そして、どちらも学院の防護機構を正面から破壊できる。

 

 教務局長は何度か言葉を選ぼうとした末、その努力を放棄した。

 

「言葉を選ばずに言うなら、キチガイに刃物といったところだな。あの二人は、これからも問題を起こし続けるぞ。放校処分にできないのが痛い」

「まあ、仕方ありませんよ」

 

 講師は気の毒そうに言いながら、机上の損害報告書へ目を落とした。

 

「近年、魔獣災害は増加傾向にありますし、学院としても、国としても、あれほどの特級戦力を手放すわけにはいきませんからね」

「騎士団も、慢性的な人手不足らしいからな。今では課外活動と称して、生徒まで魔獣災害の鎮圧や後始末に駆り出すありさまだ。少し前なら、考えられん事だ」

 

 教務局長の声には、隠し切れない苦々しさが滲んでいた。

 

 学院は教育機関だ。

 少なくとも、表向きはそういうことになっている。だが、国中から優秀な魔法使いが集まる以上、有事の際に戦力として数えられないはずもなかった。

 

「希望者だけというのが、せめてもの救いですね。まあ、そうでもしないと、生徒のご実家から『お気持ち』のお手紙が大量に届いて、今度は事務方が心労で倒れますけど」

 

 講師が指先で、手紙を書く仕草をしてみせる。

 教務局長の眉間に、さらに深い皺が刻まれた。

 

「うちは、貴族の子息子女も大勢預かっているからな」

「魔獣より、そちらの方が厄介なこともありますしね」

「聞かなかったことにしておこう」

 

 教務局長は目を閉じた。

 否定しなかった時点で、ほとんど同意したようなものだが。

 

「話を戻しますが」

 

 講師は椅子へ浅く腰掛け、膝の上で指を組む。

 

「お上の方針としては、あの二人を何とか制御する。そこまでいかずとも、最低限の規範意識を持つよう矯正する、といったところですかね?」

「言い方は悪いが、おおむねその認識で合っている」

 

 教務局長は、机上に残された二人分の資料へ目を落とした。

 

 片方の表紙には、火象学科一年、ソレイユ・ゾロスター。

 もう片方には、特異学科一年、サリエリ・ヴァーナレク。

 

 紙面に記された経歴だけを見れば、どちらも辺境から入学してきた一人の少女に過ぎない。

 その実態を知らなければ、だが。

 

「力を奪うことも、鎖で繋いでおくこともできん。ならば、少なくとも力を振るうべき時と場所くらいは覚えさせるしかない」

「それを制御と言うのでは?」

「教育と言え」

「物は言いようですねぇ」

 

 講師は肩を竦めた。

 

「少なくとも、先ほどの二人に必要なのが、魔法教育ではなく常識教育であることだけは確かだ」

「え? そこからですか」

「そこからだ」

「えぇ……野生児……?」

 

 講師は露骨に顔を顰めると、机上の資料へ手を伸ばした。

 

「出身はどこでしたっけ?」

「ゾロスターは王国辺境の農村出身。ヴァーナレクは、とある村で代々墓守を務めてきた一族の出だそうだ」

「死霊術師なんて、墓守とは対極の存在でしょうに……」

 

 講師はサリエリの資料を開き、数枚めくったところで手を止める。そこに書かれていた内容を見て、眉間に皺を寄せる。

 

「というか、ゾロスターは実はどこかの貴族の落胤だったりしないんですか? ぽっと出であんなん出てこられたらたまったもんじゃないんですけど」

「学院と王国の双方で調査したが、そのような事実は確認されなかった。少なくとも、判明している範囲では代々農民だな」

 

 教務局長は、ソレイユの資料を指先で叩いた。

 

 出生記録。

 両親と祖父母の経歴。

 近隣住民への聞き取り。

 調べられるものは、ほぼ全て調べてある。

 それでも、焱の怪物へと繋がるようなものは何一つ見つからなかった。

 

「代々農民の家系から、いきなりあんなのが生えてきたと?」

「そういうことになる」

「嫌だなぁ、この世界」

「刺激的だろう?」

 

 教務局長が、僅かに口元を緩める。

 講師は心底嫌そうな顔をした。

 

「ええ本当に。でもあまりに刺激的で過労死しそうですね。……それで、ヴァーナレクの方は?」

「こちらも、家系に死霊術師はいない。特異魔法なのだから当然だがな。ただし、幼い頃から墓地や死体が身近にあったことが、現在の人格形成に影響を与えた可能性はある」

「なるほど」

 

 講師は資料へ視線を落としたまま、得心したように頷いた。

 

「墓守の家に生まれたから死霊術師になったわけではなく、死霊術師が墓守の家に生まれたせいで、歯止めがなくなったと」

「本人の前では言うなよ」

「言いませんよ。死体にされそうですし」

 

 冗談めかした口調だったが、教務局長の視線は冷たかった。

 

「そういうところから改めろと言っているんだ」

「自分もですか?」

「まず生徒に聞かせられる言葉遣いを身につけろ」

「善処します」

 

 まるで信用できない返事だった。

 教務局長は小さく息を吐き、サリエリの資料を講師の方へ押し出した。

 

「……ともかく、彼女の指導は君に任せる」

 

 それまで浮かべていた講師の薄い笑みが、僅かに引き攣る。

 

「ただでさえ、今年は第二王女も特異科(うち)に来るっていうのに……」

「それを言うなら、血統科の彼は第一王女に加えて、今年からテトラビブロス家のご令嬢まで受け持つことになるが」

「うーん」

 

 講師は腕を組み、しばらく考える素振りを見せた。

 

「苦労の比べ合いはやめましょう。不毛でしかない」

「先に始めたのは君だろう」

「いやぁ、火象に、特異(うち)に、血統と今年は豊作ですが、向こう三年は胃の痛い日々を過ごすことになりそうですね」

 

 豊作。

 確かに、才能という一点だけを見れば、その表現は正しい。学院の歴史に名を残しかねない逸材が、今年は各学科に集まっている。

 問題は、豊作だからといって、収穫が容易とは限らないことだった。

 

「君は毎年痛めているがね」

特異科(うち)は我の強い面子ばかりな上、職員が自分一人なんでね……」

 

 講師は疲れたように背もたれへ身を預けた。

 

「そちらからも、講師を増やすよう学長に掛け合ってくれません? せめて、事務だけでも」

「無理だな。すべて君一人で回せているのだからと、却下されるだけだろう」

 

 教務局長は、間を置かずに答えた。

 講師はしばらく無言で彼を見つめたあと、諦めたように天井を仰ぐ。

 

「そっすか」

 




用語
魔獣災害
魔獣によって引き起こされる災害の総称。

原因は多岐に渡り、
魔獣の異常繁殖
魔獣の大規模な移動
強力な個体の出現
などが挙げられる。

発生規模も、村落の壊滅から国家規模の被害まで様々である。
近年は増加傾向にある。

魔獣
魔力を宿した獣、鳥、虫、魚などの総称。
通常の生物が魔力の影響を受けて変異したものから、生まれながらに魔力を持つ種まで、その成り立ちは様々である。
危険度も幅広く、人里近くに生息する比較的無害な個体から、一国を滅ぼし得る怪物まで存在する。
なお、虫は魔虫、魚類は魔魚と区別して呼ばれる場合もある。

人物
特異学部・特異学科
学部長学部主任学科主任講師
苦労人。
特異学部に所属する唯一の専任教員であり、学部運営から学生指導、講義、研究まで、その全てを一人で担っている。
慢性的な人手不足により、常に過密な業務を抱える超絶ブラック体制の中、文字通り馬車馬の如く働かされている。
現在、特異学部が正常に運営できているのは、彼の献身によるところが大きい。
度々登場する予定ではあるが、名前はまだ決まっていない

学部・学科については次回に
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