学院ネクロマンサ-   作:オリーブの実

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幕間
風理の粗大ゴミ


 午後の講義室には、教師の平坦な声が途切れることなく響いていた。

 黒板には複雑な式が幾つも並んでいるが、後方の席に座る二人の男子生徒は、とうに講義を聞くことを諦めている。

 一人は頬杖をついて窓の外を眺め、もう一人は机へ突っ伏しかけながら、退屈そうに羽根ペンを弄んでいた。

 

「なあ」

「んー?」

「例の話、知ってるか?」

「濁すな。はっきり言え。分からん」

 

 頬杖をついていた男子が、教師に聞かれない程度まで声を落とす。

 

「アレだよ。テミスにあるテトラビブロスの屋敷が襲撃されたって話」

「ああ、アレか。犯人、まだ捕まってないんだってな」

「しかし、犯人も馬鹿だよなぁ。わざわざ、あそこを襲うかね? アザミナ王家とズブズブなんだろ? ほとんど国を敵に回したようなもんじゃん」

「血が目的だったって噂だな。ほら、箝口令が敷かれてるみたいだけど、一族の人間が一人、行方不明になってるって噂だし」

「箝口令、仕事してねぇな……。にしても、テトラビブロスはお冠だろうな。ついでに王家も」

 

 羽根ペンを弄んでいた男子が、ちらりと講義室の前方へ目を向ける。

 教師は二人の私語には気づかず、黒板へ新たな式を書き加えていた。

 

「おかげで今の血統科、すげえピリピリしてるしな。周りまで雰囲気悪くなるから、いい迷惑だよ。本当」

「貴族院は元から雰囲気最悪だろ」

「寵姫さまも体調崩してるみたいだし、真の王家もいよいよおしまいかね」

「それ、外で言うなよ。聞かれたら殺されるぞ」

「我、他国の人間ぞ。殺されたら外交問題ぞ」

「お前にゃ、そこまでの価値はない」

 

 一瞬の沈黙。

 二人は互いの顔を見つめた。

 

「「……HAHAHA!」」

 

 乾いた笑い声が重なった。

 教師が怪訝そうに振り返り、二人は何事もなかったように視線を逸らす。講義が再開されると、頬杖をついていた男子が再び口を開いた。

 

「それはそうと、講義つまんねぇな」

「そだなー」

「風理の奴らはいいよなぁ」

「なんで?」

「だって、ほら。外見てみろよ。アイツら、講義の時間だってのに遊んでやがる」

 

 言われるまま、もう一人も窓の外へ目を向けた。

 窓の向こうには、学院の広大な敷地が広がっている。

 その一角――風理学科が主に使用する屋外演習場では、生徒たちが思い思いに走り回っていた。誰かが風に乗って宙を舞い、その下を別の生徒たちが歓声を上げながら追いかけている。

 

「マジじゃん。え? 学部が違っても、講義時間は同じだよな? 何やってんの? アイツら」

「いや、まあ、風理だし⋯⋯考えるだけ無駄だろ。多分、アイツらと比べたら放牧地の家畜の方が慎ましやかだぜ」

「……それは……万理あるな」

 

「えーそれ、言いすぎじゃなーい?」

 

「!?」

 

 二人の肩が同時に跳ね上がった。

 

「誰だ!?」

 

 慌てて周囲を見回す。

 近くの生徒たちは講義を聞いており、二人へ話しかけてきた者はいない。にもかかわらず、間延びした少女の声だけが、すぐそばから聞こえてくる。

 

「私だよ、わーたーし。リーズだよ〜もしかして、私の声、忘れちゃった?」

 

「なんだよ、エイプスかよ……」

 

 頬杖をついていた男子が胸を撫で下ろし――すぐさま眉を顰めた。

 

「いや、待て。なんでエイプスの声が聞こえんだ? おかしいだろ」

「今講義中だから忍び込めもしないよな? というか、姿も見えないのに、どこから話しかけてんだ?」

 

「ん〜? それはね〜ほら、外見てみて〜」

 

 二人は再び窓の外へ顔を向けた。

 

「ん? もしかして、あそこで手を振ってるの、お前か?」

「マジで言ってる? ていうか、俺には全然見えん」

 

 窓際の男子が指差した先には、豆粒ほどの人影があった。

 別棟を挟んだ遥か向こう。風理学科の演習場の端で、小さな人影が両腕を大きく振っている。

 

「おっ、せ〜かい」

「いやいや、いやいやいや。マジか、お前」

「当たってたのか……」

 

 声はすぐ隣から聞こえるというのに、リーズ本人はまともに顔も判別できないほど遠くにいる。

 

「というか、どうやって俺たちと話して……」

「それはね〜。風を使って、声を届けてるのだ〜」

「えぇ……」

「なんつー無駄に高度な技術を……使うべき所間違えてんだろ」

「無駄とはなんだ〜無駄とは〜」

 

 リーズの不満げな声が、二人の耳元を吹き抜ける。

 

「おかげで、こうして離れていても会話できてるんだから、感謝したまえよ〜」

「いや、別に」

「てか、お前が勝手に割り込んできただけだし……」

「む〜」

 

 声を運ぶ風が、二人の頬を抗議するように撫でていった。

 

「というかさ、お前ら講義は大丈夫なのか? 多分、風理の連中、ほぼ全員遊び呆けてるだろ」

「それは俺も気になるな」

「あ〜、それは多分大丈夫〜ほら、キャンパスの右端のところ見てみて」

「ん? …………凧? 凧揚げしてる?」

「全然分からん」

 

 遠く離れた芝生の上で、大きな凧が幾つも空を泳いでいる。

 凧糸を握って駆け回っているのは、制服を着た生徒たち――だけではなかった。よく目を凝らせば、その先頭には、生徒に混じって全力疾走する数人の大人がいる。

 

「そ、凧揚げ。そんで、あれやってるの、先生たち」

 

 二人は揃って絶句した。

 一人は半開きになった口を閉じられず、もう一人の顔には「マジか、あいつら」とありありと書かれている。

 

「あは〜面白いよねぇ」

「いや、終わってる」

「本気で終わり散らかしてるよ。あいつら、教員としての責任感とかないんか?」

「ん〜? ないんじゃないかなぁ〜だって、ほら。うちの学科主任が、あんな感じだし〜?」

 

 リーズはさも当然のように言った。

 

「キャンパスの中央。噴水のある辺り見てみてよ〜」

 

 二人の視線が、ゆっくりと左へ動く。

 

「…………え、うわっ」

「あっ……えぇ……」

 

 噴水の縁に、一人の男が立っていた。

 両腕を大きく広げ、天を仰ぎながら、全身で風を受け止めている。

 衣服は、一糸たりとも身に着けていなかった。

 吹き抜ける風に長い髪をなびかせ、男は恍惚とした表情で仁王立ちしている。

 

「ねっ、すごいでしょ?」

「一つ、聞いていいか?」

「多分、それは俺も聞きたいことだと思うわ」

 

 二人は一度だけ顔を見合わせ、声を揃えた。

 

「「なんでアイツ、全裸なの?」」

「あはぁ〜それはねぇ〜衣類を身に纏うと、風と一体になれないとかなんとか」

「ごめん、意味分からん」

「ここに同じく」

「うん、大丈夫〜うちでも、アレは変人扱いだから」

「あ、そう」

「てか、あれ公然猥褻だろ。騎士団に引き渡せよ」

「ん〜……無理じゃないかなぁさすがの騎士団も、あんな汚物、引き取りたくないでしょ〜」

 

 

「自分のところの主任に滅茶苦茶言うじゃん」

「まあ、さもありなんって感じだけどな。と言うか、主任はもっとちゃんとした基準で選ぶべきなのではないか?」

「风使いって点を考えても、アレはないな。うん。ない」

 

 二人は、もう一度窓の外を眺めた。

 風理学科主任は、相変わらず一糸纏わぬ姿で噴水の縁に立ち、吹きつける風と戯れている。

 少なくとも、放牧地の家畜の方が慎ましやかという評価だけは、訂正する必要がなさそうだった。

 




登場人物
リーズ・エイプス
属性魔法の一角である風属性を扱う、風理学科二年の少女。
若緑色の短髪と、蒼穹を思わせる青い瞳を持つ。
風理学科の生徒の例に漏れず、自由気ままな性格。行動するか否かの基準は、すべてそのときの気分に委ねられている。
気分が乗らなければ、たとえやるべきことであっても決して手をつけない。反対に、ひとたび気分が乗れば、驚くほど精力的に行動する。ただし、気分の移り変わりが極端に激しい。つい先ほどまで夢中になっていたことでも、次の瞬間には興味を失い、平然と放り出していることがある。
その気まぐれさからついた渾名は「風理の風見鶏」。

魔法
風の属性魔法
属性魔法の一種。
風を生み出し、自在に操る魔法。
風そのものだけでなく、雷を発生させ、操作することも可能である。
発展形として、风が存在する。


風に纏わる概念を司る。
司るは自由と流転。
吹きすさぶ風は、あらゆる境界をかき消し、何ものにも縛られずに突き進む自由の象徴である。「风」の使い手は、この世のあらゆる柵や楔から解き放たれ、絶対的な自由の境地へと至る。これは単に「束縛されない」という次元に留まらない。文字通り、ありとあらゆる物理的・概念的制約からの解放を意味する。重力も、如何なる重圧も、力による脅しも、風の前には全く意味をなさない。そこに居て、同時にそこに居ない。向かう剣は素通りし、如何なる魔法の干渉も受け付けない。

そして風とは、絶えず移り変わる「流転」の象徴でもある。物事は絶えず変化し、巡り続ける。「风」の力は、この世界の変化の歩度を強制的に加速させる。
過剰に加速した物事が辿る結末は一つ。やがて荒廃し、朽ちてゆく。それこそが、風がもたらす無慈悲な世界の摂理。即ち、退廃の風である。

用語
王宮魔道騎士団
王宮直属の魔道騎士団。通称、騎士団。
構成員の全員が魔法使いであり、第一部隊から第十三部隊までの、計十三部隊によって構成されている。

テトラビブロス家
アザミナ王国を代表する名門貴族の一つ。
領地は有していないものの、王都内に広大な土地と大屋敷を所有している。
代々王国との関わりが深く、王家との婚姻を重ね、その血を一族内に取り入れてきた。その家格と影響力は他の貴族家とは一線を画しており、王国では第二の王家と称されるほどである。
一方、そのあまりに強大な影響力を揶揄し、王国を実際に動かしているのはテトラビブロス家であるという意味から、真の王家と陰で呼ばれることもある。
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