熱々轟家   作:インターセプト

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第1話:聖域なき地獄 ―長男の反乱と離れの増設―

雄英高校の男子寮。その一角にある自習室では、期末テストを控えた轟焦凍が、いつもの無機質な表情で、しかしどこか遠くを見るような瞳でノートを広げていた。

 

「おい、轟。ペンが止まってんぞ。サボるならそこ退け、視界に入ってウザてぇ」

 

隣で凄まじい筆圧で数学の難問を解いていた爆豪勝己が、苛立ちを隠さずにそう吐き捨てる。向かい側の席では緑谷出久が、轟の様子を少しだけ心配そうに窺っていた。

 

「……悪い。少し、実家のことを思い出していただけだ」

 

轟は淡々と言った。そして、何を思ったのか、彼はそのまま言葉を続けた。

 

「緑谷、爆豪。お前らの家では、夜中にオバケが出るか?」

 

「えっ!? オ、オバケ!?」

 

緑谷が派手にシャーペンを取り落とした。

「き、急にどうしたの轟くん!? 心霊現象!? 緑谷家はマンションだし、そういう話は聞かないけど……」

 

「あ? カスが、んなもん出るわけねぇだろ。くだらねぇこと聞いてんじゃねえぞ半分野郎!」

爆豪が机を叩いて怒鳴るが、轟は全く動じない。彼は顎に手を当て、真面目な顔で語り始めた。

 

「そうか。出ないのか。……俺の家では昔から、夜中になると定期的に『ムッワァァァァ』と異常な湿度と熱気が立ち込めるんだ。それはもう、部屋中の壁紙がたわむほどの結露を伴う、湿度高めの物理的な現象だ」

 

「湿度高め……物理的……?」

緑谷の頭の上に大量の疑問符が浮かぶ。

 

「ああ。そして次の瞬間には、今度は凍え死にそうな冷気が家の中を狂ったように走り抜ける。最終的にそれらがぶつかり合って、家全体が濃密な湿気地獄になるんだ」

 

轟は淡々と、しかし深刻なトーンで言葉を重ねる。

「昔、夏雄がまだ小さかった頃、夜中に目を覚まして『兄ちゃん、この音なに? ドンドン響いてるし、熱いし寒いよ。オバケかなぁ……』って俺の布団に怯えながら潜り込んできた。そのたびに、長男である燈矢兄が、ものすごく、ものすごぉく気まずそうな顔をしてな……。顔を真っ赤にしながら『早く寝ろ夏雄、焦凍! あれはオバケじゃない、ただの自然現象だ! 頼むから朝まで絶対に部屋を出るな!』って、俺たちを力ずくで布団に押し込んできたのをよく覚えている」

 

「…………えっ」

緑谷の頭脳が、その「熱気」と「冷気」、そして「長男の気まずそうな顔」というピースを急速に組み立て始める。みるみるうちに緑谷の顔から血の気が引き、代わりに耳の裏まで真っ赤に染まっていく。

 

「熱篭って死にそうになってる親父と、それを冷ます母さん……感情の昂りで、お互いの個性が抑えきれなくなるらしい。お陰で実家は年中カビだらけで、母さんの最大の悩みの種だった。冬美姉ちゃんも、毎日ニコニコしてはいたが、今思えば『早くいい彼氏作ってこの家出てぇ……』という現実逃避の笑顔だったのかもしれない」

 

「ちょ、轟くん、ストップ!!! ストップだよ!!!」

緑谷がガタッと椅子を鳴らして立ち上がり、両手で轟の口を塞ごうとする。

 

しかし、轟は緑谷の手を器用にすり抜け、言葉を続けた。

 

「燈矢兄が高校を卒業して、プロヒーローとして働き始めたときの話だ。兄は初任給を貰ったその日に、何をしたと思う?」

 

「知るかよクソが! 貯金だろ!」

爆豪が苛立ちを隠さずにノートをめくる。

 

「いや、実家の敷地内への『離れの増設』だ」

 

轟は誇らしげに胸を張った。

「俺はてっきり、プロとして独立した兄が、自分だけのプライベートルームやトレーニング室を作るものだと思っていた。だが、立派な離れが落成したその日、燈矢兄は親父の前に立ち塞がって、涙を流しながらこう絶叫したんだ」

 

轟は燈矢の当時の真似をして、少し声を張る。

 

『俺はもう、俺が産まれた本当の理由(わけ)を知ってるんだよ!!! やめてくれよ子どもが寝てる横で毎晩毎晩!!! 恥ずかしさのあまり顔から火が出るかと思ったら、個性が暴走して本当に皮膚が焦げちまったじゃねぇか!!! これからは、あっちの防音完備の離れでやってくれ!!!』

 

静まり返る自習室。

爆豪が、信じられないものを見る目で轟を見ている。

 

「事故の理由が生々しすぎるわァ!!! 荼毘になる一歩手前じゃねぇかそれ!!!」

 

「ああ、あの火傷はただの思春期の精神的ショックによる自爆事故だったんだ。名家同士のお見合い結婚だからな、周囲からは子沢山でなきゃ困ると言われていたらしいが、それにしても限度がある。何しろ、俺の下にもまだ弟や妹がいるし、なんなら最近も母さんの腹がまた少し膨らんでいるような気がする」

 

「ひ、ひと回り以上年の離れた弟妹……!」

緑谷は衝撃のあまり目眩を覚え、机に手をついた。

 

「兄弟姉妹の誕生日から逆算すれば、だいたいの仕込み日が把握できる。その知識が自然と身についてしまったせいで、俺はクラスメイトの誕生日を聞くと、無意識にその親御たちの『聖なる夜』を逆算してしまう悪癖がついてしまった」

 

「クラスの連中を巻き込むんじゃねぇ!!! 呪いだろそんなもん!!!」

 

爆豪の怒号が自習室に響き渡ったが、轟はどこか満足そうに、自分のノートに書き込まれた『次の弟妹の予定日』という謎のメモを見つめていた。轟家の愛は、今日も今日とて、物理法則を無視して暴走している。

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