ヒーロー社会において、エンデヴァーという存在は「絶対的な強さ」の象徴だった。しかし、その強さは、ある日を境に「ふしだらな男」という奇妙な汚名と結びつくことになった。
それはヴィランによる大規模テロ事件の最中だった。
激しい戦闘の末、エンデヴァーのコスチュームはボロボロに引き裂かれ、彼の鍛え上げられた上半身が衆目に晒された。その時、テレビのライブ中継を見ていた全国の視聴者は、画面越しに「何か」を目撃した。
彼の肩から首筋、そして胸元にかけて、おびただしい数の「紫色の痕跡」が刻まれていたのだ。それは誰が見ても、熱烈なキスマーク以外の何物でもなかった。
翌日のワイドショーは、ヴィランの脅威よりも、エンデヴァーのプライベートな「勲章」で持ちきりになった。
「あいつ、現場に入る直前まで何をしてたんだ?」
「あれ、氷のような冷徹さで知られる轟家の奥様の仕業だろ?」
「トップヒーローが勤務中にあれはマズいだろ……」
さらに追い打ちをかけたのが、世を騒がせていた「ヒーロー殺し」ステインの犯行声明だった。彼はエンデヴァーに対し、こう公言したのである。
『貴様はヒーローとしての自覚が足りない。愛に溺れ、勤務中に情事を匂わせるようなふしだらな男を、私は許さない』
雄英高校の男子寮。
そのニュースをテレビで見ながら、轟焦凍はポテトチップスを淡々と口に運んでいた。
「親父も詰めが甘いな。あの日、朝から母さんに強く迫られすぎて、下のキスマークを隠し忘れたと言っていた」
「……轟くん、正直その情報は誰も知りたくないよ」
緑谷出久が、あまりの衝撃に椅子から転げ落ちそうになっている。
「夫婦仲が良いというのは、治安維持と同じくらい大切なことだと、親父は常々言っている。家庭が円満であれば、外敵に対しても毅然と戦える……らしい」
「いや、その夫婦仲のせいで逆に治安を乱してるよ! 犯行声明出されてるじゃん!!」
轟は不思議そうに首を傾げた。
「ステインの思想も、結局は親父の愛の深さに嫉妬していただけではないだろうか。家庭を持つヒーローの強さと脆さを、ステインは無意識に羨んでいたのかもしれない」
「その視点は斬新すぎるよ……!!」
緑谷は頭を抱え、轟家のあまりに濃密な日常から逃れるために、そっと自習室の明かりを消した。しかし、テレビの中のエンデヴァーは、懲りずにまた新たなキスマークを首筋に作り、冷に向かって真っ赤になりながら葛餅を食べていたのである。