断崖のアルタン・ハーン 〜12歳の歴史オタ、前世の知識と近代兵器で女系ゲリラ部隊を率いて大帝国を押し返す〜 作:つる植物
断崖絶壁というわけでもないがそれなりに険しい山岳地帯ではあるが愛羊のエペルは軽々と歩いてくれる。
本来気性の荒い
しかし女の、しかも12歳である俺にはちょうど良いサイズだった。
編み込んだ長い黒髪の三つ編みを弄りながら当てもなく歩く。
「狩りには三つ編みが邪魔なんだよなぁ」
髪は女の命であるので短くする事は許されない。
三つ編みを更に巻いて団子にしたいが1人ではできないのだ。
エペルが小さな声で鳴いたので地面を確認すると足跡と糞がある。
「見た感じまだ乾いてない、近いな。良くやったぞエペル」
頭を軽くぽんぽんと叩いてやるとフンと強めの息を鼻から吐いた。
本来なら少年が着る
ボルトで薬室を開けて銃弾を入れ込んでボルトで閉めて銃弾をセットした。
この小さな身体でも取り回しやすいように銃身を切り詰めた俺専用のソードオフのライフルをいつでも撃てる状態にする。
ちなみにライフルは死ぬほど貴重なので銃身を切った時には親父に死ぬほどどやされたのはここだけの秘密だ。
エペルも足音を出さないようにゆっくり歩いてくれる。
俺も注意深くあたりを見回していると……。
「……いた」
運よく鹿は風上にいるのでこちらには気付いていない。
まだ100メートル以上先にいてこっちはスコープすら着いていない銃身を切り詰めたソードオフの単発式ライフル。
普通だったら当たるはずはないのだが……。
エペルに跨りながら俺は照準を合わせる。
照準は鹿の首あたりを捉えるが勘がまだ少し上だと教えてくれた。
当たると思った瞬間に引き金を引く。
ダンッ!!
銃声が響くと同時に木に止まっていた鳥たちが一斉にバタバタと羽ばたいて行く。
鹿はゆっくりとその場に倒れたのだった。
「よし」
エペルの腹を2回軽く蹴ると駆け出してくれた。
鹿がいた場所まで着いたので降りて確認する。
銃弾は首に当たっており即死していた。
「まぁ、こっからが重労働なんだけどな」
鹿のサイズは普通といったところだ。
エペルの力を借りて木に鹿を吊るすと、持っていたナイフで鹿の首を切って血を抜いた。
「昔は血の臭いがダメだったのになぁ」
数回やると大丈夫になった、慣れって恐ろしい。
あらかた抜けるのを確認するとまた下にナイフを入れてゆっくりと腹を割く。
ナイフで胃や腸などの内臓を傷つけると肉が全部ダメになるので内臓を押し下げながら皮を切っていく。
腹を割くと自重で内臓が出てくるので優しく引きずりだす。
最後に横隔膜を切って心臓や肺を引きずりだした。
「ふひひ、1番のお楽しみの時間だ」
基本的に内臓などゴミなのでその場に捨てるか埋めるのが普通である。
しかし前世の記憶がある俺にとって内臓はごちそうでしかない。
「この前は
持っていた水筒で手と心臓をさっと洗い流す。
焚火を手早く作るとすると薄く切ったハツを木の枝に刺して火で焙る。
「女の身体って本当に食べれないんだよなぁ」
男だったら肝臓も心臓も、なんなら横隔膜まで全部食べれたのに……。
寄生虫が怖いので中までじっくり火を通す。
香ばしい香りが鼻腔を刺激する。
きっと今の俺の顔は人様に見せられないようなだらしない顔をしているだろう。
火が通ったことを確認すると手を合わせて「いただきます」と言い口の中に肉を放り込んだ。
「めっちゃコリコリして美味ぇ……」
ちなみにエペルは草食なので興味すら示さない。
なんなら俺を無視してそのへんの草を食べている。
心臓を半分ほど食べた段階でかなり腹が膨れてしまう。
「捨てるのに抵抗あるんだけどなぁ……」
持って帰ったところで腐るだけ、気が引けるが捨ててある内臓のところに食べきれなかった心臓を戻した。
「さて、続きだ」
ナイフで切り目を入れて皮を剥ぐ。
「ふん!」
力がないので全体重を掛ける。
ある意味一番重労働かもしれない。
皮を剥ぎ終わったら肉をブロックごとに解体する。
ナイフを上手く入れると案外肉は簡単に外れるのだ。
エペルに肉を積んで縄で固定する。
「うっし、本日の作業は終了だな」
エペルに跨ると腹を2回蹴る。
来た道を帰らず崖を降りる。
最初は怖かったが今では何も思わない。
俺の鼻歌に合わせてエペルは軽快に崖を下ったのだった。
泥のレンガで出来た建物と木造のゲルが立ち並ぶ
エペルを所定の場所に繋いで鹿肉を降ろす。
「アルタン、また鹿を獲って来たのか?」
たまたま近くにいた近所のおっさんが声を掛けて来た。
「あぁ、サイズは普通だけど肉質は良さそうだ」
「……そういえばお前のかあちゃん、玄関で仁王立ちしていたけど大丈夫か?」
「……大丈夫じゃないです」
目を反らして答える。
「そ、そうか」
毎度帰ってくるたびに違う人と同じ会話をしているような気がする。
折角いい気分だったのに……。
恐る恐る家に帰ると入口で母が仁王立ちしていた。
無表情で立っている……すなわちブチ切れている。
ウルスにおいて表の支配者は部族長である俺の父だが実質的に実権を握っているのは母である。
俺は出来るだけにこやかに仁王立ちしていた母に話しかけた。
「母さん、良い肉質の鹿が獲れたよ!」
「で、やっておけって言った刺繍は?」
「出来たから机に置いておいたけど……」
「この雑巾のこと?」
母は酔っ払いが書いた字のような、もしくはみみずがのたくったような刺繍らしきものが施された布を広げた。
「一応一生懸命やったんだから雑巾はひどいだろ!」
俺の反抗に対して拳骨での返答がなされた。
振り下ろされたこぶしが俺の頭頂にさく裂する。
「痛てぇ!」
母はこれ見よがしにため息を付く。
「あんた本当にお嫁に行けないよ?お姉ちゃんはちゃんと刺繍も料理も出来て良い嫁ぎ先みつけたんだから」
「分かってるよ?でも、刺繍ってマジつまんないんだよ!」
前世が男だからかは分からないがとにかくこまごまとした仕事が苦手なのだ。
ちなみに肉の解体は出来るが料理も苦手だ。
「つまるつまんないの話じゃない!必須技能なの!」
「わかってるって!」
正論パンチをされた俺はトボトボとゲルの中に入っていったのだった。
ゲルの中で囲炉裏を囲み食事が配られる。
男衆のエリアには親父と近所に住む次男、そして俺の弟である5歳の三男、バトが座る。
女衆のエリアには母と次男の嫁、そして末席に俺がいる。
料理が出来ない俺は必然的に配膳をやらされる。
男衆の皿には俺が獲ってきた鹿肉がふんだんに使われていた。
女衆の皿には肉はあまりない。
男尊女卑が当たり前の世界においては普通の光景である。
肉が多くて羨ましい……と思うことはない。
ぶっちゃけ男だった時に比べて小食なので男衆と同じだけ盛られても食べきれないのである。
親父が肉に豪快にかぶりつく。
自分の獲ってきた肉を美味そうに食ってくれて気分が良い。
しかし親父は俺をみてため息をついた。
「アルタン、お前が男だったらなぁ……」
俺を含めたこのゲルにいる全員が思っていることである。
「全くだ、なんで俺を女に産んだんだよ」
「アルタン!お父さんに向かってなんて口の聞き方だい!」
母が俺をたしなめる。
次男夫妻が母を宥めてみんなで笑う。
俺はずっとこんな幸せが続くと思っていた。
まさかこれが俺達家族の最後の団らんになるとは……夢にも思わなかった。
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