男女比崩壊社会で黒髪ツンツンお嬢様のペットになった俺、激烈に甘やかされる。 作:二見猟太郎
「それでは失礼いたします」
「ええ、お夕飯の準備ありがとう。明日もよろしくね」
「はい、ポチくんもまた」
瀬名さんがマンションを出る。
食卓にはカレーライスとサラダ。
ご主人様のリクエストだ。
ふたりで食べる。
おかわりをする俺に紗和は優しく微笑んだ。
食後はリビングのソファでまったりする。就寝前ということもあり、紗和はカフェインレスのホットコーヒーを淹れた。
当然のように俺のも用意されている。
カップを傾ける。なめらかな苦みが鼻を抜けた。
「ポチ」
カップをテーブルに置いた紗和が俺にしなだれかかる。華奢な肩に腕を回して抱き寄せると、彼女はにっこり笑って俺の頬にキスを落とした。お返しに、くすみひとつない雪のような頬に口づけをする。目をしばたかせたご主人様は、俺の頭を愛おしそうに撫でた。
ネトフリで面白そうな映画がないか探す。出演者はすべて女性で、もとの世界との差異をことさらに感じた。アニメ作品にも男は登場しないみたいだ。
ふとした疑問をぶつける。
「雄犬ペットの役者とかいないんですか?」
「いるわよ。雄犬ペット役しかしないけれど」
「他の役はしないんですか?」
「犬が猫役なんてしないでしょ?」
ご主人様が恋愛映画を再生する。ふたりの女性が出会い、恋に落ち、いくたの障壁を乗り越えて結婚に至るラブストーリー。前世では百合やガールズラブとして扱われるそれは、この世界では純愛であり、女同士が恋人になり結婚することはノーマルだった。それも、自然生殖が不可能になり、男の数が減り、その存在が限りなく不要になった結果なのだろう。
「ご主人様は好きな人とかいるんですか?」
紗和は俺の手をもてあそびながら答えた。
「いないわ。わたし、一人で生きていくって決めてるの。恋人もパートナーも一生涯作らないつもりよ」
どことなくさみしげな横顔に黙っていられなくて、俺は軽口をたたく。
「じゃあご主人様のこと俺がひとり占めできちゃいますね」
紫紺の瞳がふにゃりと歪む。
「ふふ、そうね。ポチのお世話でそれどころじゃないかも」
ご主人様がテレビを消す。立ち上がり、俺の膝の上に座ると、鼻の頭が触れ合うほど顔を近づけて瞳を妖しく光らせた。ほっそりとした指が、俺の顔の輪郭を
「ポチ、キスしましょ。えっちなやつよ。できるわよね?」
「わん」
「ほら、舌出して」
べーっと舌を出す。ご主人様がだらしなく口を開けて赤い舌をちろちろ蠢かせる。唇を合わせて舌を絡ませた。互いのベロをすりあわせると、あわい痺れのような快楽が脳の奥をぴりりと焼く。紗和の背に手を回してぎゅっと抱きしめる。寝間着を押し上げるデカ乳がふにゅりと潰れ胸板に押しつけられた。熱い吐息を漏らしながら、彼女は夢中で舌を動かす。
ふいにご主人様が距離をとった。
とろんと落ちた紫紺の瞳が気だるげに俺を見つめている。
緩慢に動く唇が言葉を紡いだ。
「ポチ、吸って」
赤い舌をだらりと投げだして俺に見せつけてくる。
先端がくねくねと動き、誘うように踊った。
俺は、そのふわりと柔らかな舌をべろですくい上げ、唇で挟む。下品な音を立てながら吸いついてやると紗和は満足げに瞳を細めて身を震わせた。お返しとばかり、彼女も俺の舌を吸い上げてくれる。そんなことを何度か繰り返して、やがて唇が離れる。
快楽の波を
「ポチも気持ちいいの?」
「はい、気持ちいですよ」
「ふふ、わたしたちお揃いね」
黒髪を耳にかけ蠱惑的な笑みを浮かべたご主人様が触れるだけのキスをする。何度も何度も優しい口づけを交わして、くすぐったくなるような甘い痺れに身を任せた。
それでも──。
性欲の稀薄な特殊な身体が、肉欲の歓喜に打ちひしがれる心とは別に、確固とした思考を巡らせる。俯瞰的に自分を観察する冷めた心がこの世界がデストピアであることを冷徹に告げた。
俺達のキスに意味はない。
もとの世界では恋人同士がするような濃厚な口づけだとしても、この世界ではただの遊戯としか見なされないのだ。
酒を飲むと気持ちよくなれるから、タバコを吸うとリラックスできるから、雄犬ペットとスキンシップするとストレス発散になるから。俺という存在はご主人様にとって嗜好品にすぎない。
男と女。
生殖という結びつきを失ったふたつの生き物の間には、性別以上の壁が隔てられている。管理されるものと管理するもの。明確な上下関係が巨木のように横たわる。
『──犬が猫役なんてしないでしょ?』
その言葉は、言い換えれば、雄犬ペットに人の役を任せられないという意味になる。男はもはや人ですらないのだ。雄犬ペットとしてカテゴラズされた愛玩動物でしかない。嵌められた首輪が、繋がったリードが、克明に俺の立場を主張する。
俺に人権は存在しない。
ご主人様の白く丸みある頬に手を添える。甘えるように
俺は思う。
デストピアだの、男の人権だの、人間じゃないだの、そんなことほんとにどうでもよくないか? ご主人様みたいな美少女にひたすらよちよちされる生活、最高じゃないか?
うまい飯、あったかい風呂、美少女とイチャイチャ。
この世界で俺はただ甘やかされているだけでいいのだ。
一つだって文句は浮かばない。
社畜時代のワンルームマンションを思い出す。限界ギリギリまで働いて、飯をかきこんで風呂入って寝て、また働いて安月給もらって、たまの休みに回復しきらなかった消耗を癒すために一日中寝て過ごす。
じんわりと涙が出てきた。
ああ、俺、辛かったんだ。
自分の体の、突然の反応に、俺は驚く。
今さら理解した。
麻痺してた感覚がご主人様と過ごす日々のなかで癒えたみたいだ。
「……ポチ、何考えてるの? もしかして嫌になった? わたしがベタベタしすぎて辛くなっちゃったの?」
陰りある声。
紫紺の瞳が不安そうに揺れる。
ご主人様のほっそりとした指が涙を拭い取っていく。
俺は首を振り、紗和を力いっぱい抱きしめる。その首筋に顔をうずめて思い切り息を吸い込む。甘い匂いが胸を満たした。
顔を上げ、いまだ心配そうにこちらを見つめるご主人様に、軽いキスをする。3秒ほど唇を合わせたまま止まり、ゆっくりと離れた。俺は微笑む。
「すごく幸せだなって思ってました」
ご主人様が、俺の頬を手のひらで包み、親指で優しく撫でた。
「信じていいの? スキンシップが辛いならペース配分を考えるわよ。ポチがストレスで病気になったら大変だもの」
紫紺の瞳をまっすぐ見つめながら俺は言う。
「ほんとに大丈夫です。こうしてご主人様とキスできて、いっしょにご飯を食べたり、風呂入ったり、同じベッドで寝たり、そんな風に過ごしてふたりで暮らせることが、ほんとに俺は幸せなんです。俺のご主人様になってくれてありがとうございます。至らないところもあると思いますけど、これからもいっしょにいさせてください」
「……ポチ」
切なげに目を細めた紗和が、愛おしそうに俺を抱きしめて首元に鼻を埋めた。温かな鼻息が鎖骨をくすぐる。
俺より小柄で、頼りのない女の子の体を抱きしめ返す。
「ふふ、苦しいわよ、ポチ」
幸福が心臓を満たしてピリピリとした