男女比崩壊社会で黒髪ツンツンお嬢様のペットになった俺、激烈に甘やかされる。 作:二見猟太郎
放課後。
「おいで、ポチ」
清々しい表情を浮かべるご主人様にリードを引かれて廊下を歩く。向かう先は文芸部だ。ギャルが珍しいものを見るような目で紗和のことを眺めていた。俺の隣に来て耳打ちしてくる。
「なんか紗和、機嫌よくない? どしたの?」
「ストレス発散したからですかね?」
「ストレス発散? いつの間に?」
「さっきの昼休みに」
「なにしたの?」
「しゃべっていいのか分からないから教えません」
「えー、ずるー! めちゃめちゃ気になるんですけど〜」
ぷっくりと頬を膨らませ、自分が拗ねていることをあけすけな態度で伝えてくる。そんなこと言ったってしょうがないじゃないか。首筋噛み合ってチュッチュッしてましたなんて、そんなの軽々しく言えないじゃないか。
ふいに陽毬が俺の首の歯型に気づく。
「あれ、ポチ、それどしたの?」
手で首を隠し、窓の外を見た。「ねぇ、ねぇ、ポチ、それなに?」とギャルがしつこく絡んでくる。黙り込んでいると、会話を聞いていたご主人様が代わりに答えた。
「わたしが噛みついたのよ。少しイライラしていてポチに当たっちゃったの」
「えー!? 噛んだの!? かわいそうじゃん! ポチ大丈夫? あたしが紗和を怒ろうか?」
翡翠の瞳が心配そうにこちらを伺う。
ご主人様のまぶたが不機嫌そうに下がった。
剣呑な目つきで廊下の先を睨みつけている。
「ふん、なに馬鹿なこと言ってるのよ。ポチはわたしの雄犬ペットなのだから、どういう風に扱おうがわたしの勝手よ」
「……むぅ、だってかわいそーじゃん! ポチきっと痛かったよ! ね、ポチ、大丈夫?」
陽毬が俺の頭を撫でる。
紗和が立ち止まり、リードを強く引っぱった。引き寄せられる。ご主人様は俺の頭を胸に抱きしめると、ギャルをきつく睨みつけて冷たい声を出す。おぱぱいが柔らかくて幸せだったが、俺の脳みそは情欲に支配されず、あいかわらず冴えていた。
会話がしっかりと耳に入ってくる。
「勝手に触らないでもらえるかしら。ポチはわたしの雄犬ペットなのよ。それにこの子は噛みつかれても文句なんて言わなかったわ。わたしがやること何でも受け入れてくれるんたから。何も知らないくせに余計な口を挟まないでちょうだい」
ギャルがむすっとする。
「はぁ〜!? なにそれ! あたしが悪者みたいな言い方しちゃってさ! 紗和がポチを噛んだりしてるから心配しただけなんですけど!! あんまり暴力的だと、のいろーぜ? とかになるかもしれないじゃん! 病気になったら可哀想だよ!」
「だからそういう気遣いが余計なお世話だと言っているの。陽毬の頭で考えられることくらい、わたしが考えていないわけないじゃない。きゃんきゃん
「〜っ! あたまきた! 久しぶりに話してくれたと思ったら自分がしてほしいことだけ押しつけてさっ。あたしのこと都合よく利用してるだけじゃん! それくらい分かるんだからね! あたしのことバカにしないでよ!」
陽毬の言葉に、ご主人様が下唇を噛んで目を伏せる。
明らかに勢いを失い、力のない声で紗和はつぶやいた。
「……ふん、しらない。じゃあもういいわ。別の人探す。どこへなりとも行ってちょうだい」
「なにそれ! ばかばか、紗和のばか!」
「陽毬のほうがどう考えても馬鹿よ。わたしは学年1位なんだから。この間の成績134位だったじゃない」
「〜〜っ!」
純然たる学力差を示されてギャルは二の句が継げない。口を無駄にもごもごさせて翡翠の瞳に涙をためていた。お互い顔をそむけ合って今にも解散しそうだ。
はいはい、喧嘩しないでね。
俺はふたりをとりなす。
「ご主人様、陽毬は俺のことを心配してくれただけですし、そこまで言わないであげてもいいんじゃないですか?」
途端、紗和が悲しげな目を俺に向ける。
「ポチは陽毬の味方なの?」
首を振る。
「俺は何があってもご主人様の味方です。なんの事情も知らずにご主人様を責めるようなことを言った陽毬も悪いと思いますけど、冷静に説明してあげれば納得してくれると思いますよ。伝わらなかったら、俺からも嫌じゃなかったって説明しますし」
ちらりとギャルを見る。
膨れ面で目に涙をためて腕を組んでいる。
俺たちの会話をじっと聞いていた。
「ご主人様、困ったとき頼りになるのは陽毬だって言ってたじゃないですか。だから声をかけたんですよね」
紗和が眉をしかめる。そんなこと言ったことないと文句を言いたげだ。けど俺は視線でギャルを指し示し、冷静になるように合図を送った。俺の思惑を受け取った彼女は嘆息しながら頷く。
「……ええ、そうよ」
今から新しい文芸部候補を探すなんて不可能だ。タイムリミットも迫っているのだから、陽毬を逃してしまうのは避けたい。
作戦が成功したようで、聞き耳を立てていたギャルの表情がにわかに明るくなる。涙をぬぐって手鏡でメイクの崩れを気にしてから、彼女はおずおずとこちらへ近寄ってきた。
「ねぇ、紗和」
気まずそうに声をかけてくる。
ご主人様が顔を背けて腕を組んだ。
「ふん」
「好き勝手言ってごめんね。紗和とポチのこと、ぜんぜん知らないのに、勝手に正義感だして怒っちゃった」
「……」
「話しかけてくれたのも、都合よく利用してるだけとか、そんなひどいこと言っちゃったし。頼りにしてくれてたんだね」
「……」
紫紺の瞳が揺れている。引き締められた唇が、わずかに震えながら開かれた。それはおそらくごまかしの嘘ではなくて、秘められた本心のひとかけだった。紗和の横顔を見つめていたから、そのことに気づけた。
「ええ。こんなときに頼れる人なんて陽毬しかいないもの」
スタスタとご主人様が歩き去る。
リードに引かれて俺もその背中を追った。
「……紗和」
胸においた手を握りしめてギャルがはにかむ。
「──やっぱり入部してあげてもいいよ!」
どたどたと俺たちに駆け寄って陽毬は明るい声を出した。