男女比崩壊社会で黒髪ツンツンお嬢様のペットになった俺、激烈に甘やかされる。 作:二見猟太郎
白い煙がふわふわと昇る。
肉の焼ける香ばしい匂いに腹が鳴った。
「食べ放題だからな! どんどん食えよ〜!」
「いぇーい!」
「食うっす〜っ!」
ギャルと後輩ちゃんはすでにすっかり仲良しになったみたいでキャイキャイはしゃぎながら肉を焼いている。
「おまえらだけで親交を深めるといい!」と、梁瀬はひとり、別テーブルで肉を焼き、ビールを飲み、楽しそうにしていた。おそらく文芸部員に気を使ったわけではなく、網を占領して好き勝手焼肉をしながらビールを飲みたかっただけだと思う。これまでの奴の行動からそういうやましい思考が透けて見えた。
陽毬と猿渡の愉快な焼肉会場とはべつに、ご主人様、桧森部長、小谷内の三人が囲む網はとても静かで落ち着いていた。自分が食べる分だけをそれぞれが注文して、ひたすらに焼き、おしとやかに食べる。サイドメニューの野菜も注文し、栄養バランスへの配慮も忘れない。肉だけで腹をパンパンにしようと企むギャルたちとはまるで違う大人な焼肉だった。
「ポチ、たべなさい」
「ありがとうございます」
焼いたカルビをライスに乗せてくれる。炊きたてつやつや白ご飯と特製ダレの染みたカルビを口にかきこむ。たくさん食べる俺が好きなご主人様は「喉つめちゃだめよ」と甲斐甲斐しく世話と肉を焼きながら幸せそうである。俺の口元についた米粒をつまみとってぱくりと食べ、ふふふとほほ笑んだりした。俺もつられて笑ってしまう。どぅふふ。
「塩タンを焼くけれど、ポチも食べる?」
「わん」
ネギ塩タンが網に乗る。赤みがかっていた肉がたわみ、茶褐色に焼けていく。ご主人様は俺にトングを握らせなかった。火傷したら大変だからだってさ。そんな子供じゃないんだから。なんて思いもしたが、俺に頼られることに喜びを感じてくれるみたいなのですべてを紗和に任せることにした。
ネギ塩タンがライスに着地する。
食う。
柔らかくてうんめぇ〜!
「ねーねー、ヒモリン」
大量のカルビを同時に焼く陽毬がモクモクと上がる白い煙の向こう側から部長を呼ぶ。ギャルの騒がしさに
「どうしたの?」
「さっき言ってたSSSってさぁ、5種目あるんでしょ? どんなヤツがあるの? 教えてよ」
お、なんだよお前、いいこと聞くじゃん、みたいな表情を浮かべた桧森がサーロインを網から引き上げて、心なしかウキウキとした声音でSSSの説明をはじめる。
食の細い小谷内はもうアイスを食べていた。
「SSSには『
流れる髪を押さえながら塩タンを食べるご主人様が言う。
「たしか桧森部長は練だったわよね」
「うん。一ヶ月前にテーマが発表されて、それに沿って短編小説を書くのが練。文章・オリジナリティ・ストーリー・キャラ・テーマの描き方、いろんな角度から精読されて点数をつけられるの。唯一の事前提出種目なんだよ」
後輩ちゃんが真っ黒な肉を噛みながら尋ねる。
「ぜんぶ事前に書くんじゃないんすか?」
「うん。他の種目は会場でやるんだよ。書は150字以内の詩を書くの。即はテーマを与えられてから三十分以内に掌編小説を書く。だいたい100字〜1000字くらいが多いかな。飾は与えられた一文に形容詞や副詞なんかを書き加えて素敵な一文を編む。節は句点で区切るまでの一息で印象的な文章を紡ぐ。それぞれの種目で点数がつけられて、5種目の合計点を競い合うんだよ。書と飾と節は万年筆で書くんだ。即はパソコンだよ」
「なぜ一種目ごとに担当を変えなければならないのかしら?」
「その人個人ではなく、学校の文芸部としての力を見るからじゃないかな? 天才的な文筆家がいれば、ひとりで圧倒しちゃうでしょ? そういうことを避けたいんだと思うよ」
「ふん、そういうことね」
「
「わかんなかったっす! 陽毬パイセンは?」
「ムズくて途中から聞いてなかった」
ガハハハとギャルたちが笑う。
ふたりしてジョッキのコーラを飲んだ。
海賊みたいである。
バニラアイスを舐める小谷内がか細い声で尋ねる。
「だれがどの種目するとか、どうやって決めるんだ?」
桧森部長はこともなげに言った。
「好きなの選んでくれていいよ。私は練がしたいからできれば任せてほしいけど、ほかにも練がしたい人がいるなら相談して決めるし。部室に去年のSSSの冊子があるから、今度それ見ながらどれを担当するか決めればいいよ」
「そ、そっか。わかった」
「今の説明で気になるのあった?」
流れで、桧森部長が小谷内にたずねる。
おどおどしながら彼女は答えた。
「ボクは、即? に興味あるかな。字汚いから万年筆とか難しそうだし。本も、人並みには読むから、まあ書けなくはないかなと、思ったりもする」
「やってみたい種目があるだけでも十分嬉しいよ。今年はそもそも参加できないと思ってたくらいなんだから。気軽に楽しむくらいの気持ちでやってくれればいいからね」
「う、うん、ありがと部長」
ボブカットの黒髪を撫でながらニヘラと笑う小谷内。笑顔がぎこちない。目もずっと下向いてるし。ふと目があった。彼女のコミュ症は俺には発動しないみたいで、ビー玉みたいな黒い瞳としっかり目が合う。なにを勘違いしたのか、小谷内はバニラアイスをひとすくいして俺の口元にスプーンを差し出した。
「食う?」
ご主人様がこちらをちらりと見るが、何も言わなかった。
俺は口を開ける。
冷たくて甘いバニラが口の中をさっぱりさせた。
小谷内が笑う。
「おいしい?」
「わん」
「はは、かわいいな、おまえ」
となりに座る小谷内は、テーブルの下、俺の太ももをみんなから隠れてよしよしと撫でた。きっと可愛がっているところを見られるのが恥ずかしいのだろう。きょろきょろ周りを伺っていた。
紗和にはきっちりバレているようで、俺がニコニコしていると、リードを一度ぐっと引かれて躾けられた。脇腹をきゅっとつねられる。たぶん、誰がご主人様か忘れるなよ、という意味だろう。
嫉妬してくれる紗和が愛おしくて、白くてほっそりとした手をテーブルの下で掴まえ指を絡める。紫紺の瞳をくたりと緩めたご主人様は、俺のライスに大量の肉を置くのであった。
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