男女比崩壊社会で黒髪ツンツンお嬢様のペットになった俺、激烈に甘やかされる。 作:二見猟太郎
夜の街を黒塗りの高級車が滑るように走る。街灯の光が車内へ差し込むたび、薄暗い視界をおぼろげな明かりが照らし出した。建造物の輪郭線は夜の闇にあいまいに溶けてその境を失っている。車載スピーカーからクラシックが聞こえた。
後部座席。
ご主人様と陽毬に挟まれて座る。
つんとした表情で窓の外を眺める紗和は、ほっそりとした白い指を俺の手に絡めて恋人つなぎをし、時おり感触を確かめるように握りしめた。そんな彼女がかわいくてつい髪の匂いをかぐと、くすぐったそうに首をすくめて微笑する。さきほどのキスの余熱が、ふたりの間に繋がりをもたせているようで、手をつなぐだけの時間にいつも以上の幸福を感じた。
巻き込み確認をして車が左折する。
乗るときにも一悶着あったのだが、ふたたび瀬名さんが陽毬に注意する。ルームミラー越しに呆れるような顔が見えた。
「陽毬ちゃん、紗和お嬢様にご迷惑をかけちゃだめでしょ」
「特別に許すって言ってくれたも〜ん」
ハンドルを握る指の力が強まり、きゅっと音が鳴る。
ため息混じり瀬名さんが謝る。
「……まったく。申し訳ございません、紗和お嬢様」
「いいわよ、瀬名さん、気にしないで。陽毬には文芸部に入部してもらった恩もあるもの。少しくらい譲歩するわ」
街灯が瞬間的に陽毬の顔をパッと照らし出す。
オレンジの光を帯びる笑顔が見えた。
「そーだ、ママ! 紗和がね、あたしのこと同じ部活に誘ってくれたんだ〜。なんかSSSとかいう大会にも参加するみたいで、文章書いたりもするんだよ。今日からあたしも文学少女かも」
親指と人差し指をあごに当てふふんと自慢げに片眉をあげる。
「陽毬ちゃん本読むと寝ちゃうわよね? 大丈夫なの?」
「……あー。まあそこはおいおいってかんじ! ほら、誰しもが最初はうまくいかないでしょ? 修行すればいけちゃうよ」
「……ほんとかしら。紗和お嬢様のご迷惑になるようなことだけはしちゃダメだからね」
「はーい!」
陽毬がおもむろに文庫本をとりだす。それは文芸部の本棚からご主人様が選び取った一冊だった。有言実行とばかりに読書の修行をするみたいだ。一息吸い込み本を開く。
「あー、暗くて読めないや。ポチ、スマホ持って照らしてよ。ライトにするね」
ご主人様が止める。
「やめておきなさい。車に乗りながら細かい文字を見ていると酔っちゃうわよ。陽毬は三半規管強くないでしょ」
「えー、そんなことないよ」
「遠足や修学旅行でバスに乗る時、いつも酔い止め飲んでたじゃない」
「あー、言われてみればそうかも? けどなんで紗和がそんなこと知ってるの? 一緒にいなかったのに」
「……たまたま見てただけよ」
それきり、ご主人様はむっつりと黙り込んでしまう。
コミュニケーションを拒絶する空気に陽毬はお喋りを諦めた。暇そうにあくびをして俺に体重をあずけてくる。柑橘の匂いがした。ご主人様と俺が手をつないでいることに気づき、おもむろにその真似をする。長い爪が皮膚を引っ掻かないように器用によける。陽毬の手は紗和の手よりもぬくかった。
「ポチは今日食べた肉で何が一番だった?」
「カルビですかね。タレが甘くて美味かったです」
「あー、わかるー! あたしもカルビ大好き──」
たわいもない会話を続けるうちに、マンションへ着いた。
※※※
焼肉臭いということで、俺たちは風呂場へ直行した。脱いだ制服は明日瀬名さんに頼んでクリーニングに出してもらうらしい。ご主人様はお金持ちだから替えのものがあるんだろう。庶民である文芸部員たちは明日から焼肉臭いのだろうか。
体を洗われて湯船に浸かる。
湯けむりのなかに浮かぶ白い肌はきめ細やかでしみひとつない。豊かに膨らみを持った乳房が紗和の動きに合わせたゆたゆと波打つ。突先に咲く一双の薔薇色の蕾があわせて踊った。腹や腰回りについた肉は緩やかにまとまっており、下品に垂れ下がってはいない。ぷりんと張った尻は大きめで、続く肉厚な太ももからふくらはぎにかけてどんどんと細まっていった。小さな足が可愛らしい。
黒髪の水気を切って、お団子にまとめてから、紗和は湯船に入った。長い手足を伸ばしきり、俺の体にもたれかかってくる。すべすべで柔らかな肉がふれた。温められた白雪の肌がほのかに赤らんでいる。湯船にたゆたう乳房の静脈をあいまいに眺めた。
「ポチ、お腹に手を回してぎゅってして」
甘えたような声に従う。
彼女の華奢な体を包み込むように抱きしめた。
太ももの間でお尻が揺れる。
ご主人様が首をそらして頭を鎖骨に預けた。
「誰かに抱きしめられながらお風呂に入るってすごく気持ちいいのね。安心する。ずっとこうしていたいくらいだわ」
湯船から白くほっそりとした指が上がる。人差し指と中指をまとめて、その指先を胸元に這わせた。胸にある縫合傷を撫でる。完璧な体に唯一刻まれた痛々しい傷跡は、いまだ彼女の首に残る歯型をにわかに思い起こさせた。
だからだろうか。
俺はその傷を美しいと思った。
愛すべきもののように感じた。
「ご主人様」
「ん?」
「その傷、舐めてもいいですか?」
紗和が困ったように笑う。
「……だめよ。汚いもの」
「舌がですか?」
「いえ、この傷がよ。こんな穢らわしいもの、ポチに舐めてほしくないわ」
頬にキスを落とされる。
この話はこれでおしまいと、
話の
乳房の間を走る赤いひとつの線。
その傷はなんなのか。
尋ねれば答えてくれるだろうけど、ご主人様から話してくれるのを待つことにした。
焦る必要はない。
俺たちはずっと一緒なんだから。