男女比崩壊社会で黒髪ツンツンお嬢様のペットになった俺、激烈に甘やかされる。 作:二見猟太郎
ベッドサイドに淡いオレンジの光が灯る。アロマ加湿器が、注がれた水を揺らめかせながら水蒸気を吐き出した。ゆずの香りがふわりと漂う。
並んだふたつの枕のうち左側が俺の寝床だ。といっても、ご主人様はさほど意識しておらず、俺に抱きつき、たやすく領地を越境した。暗がりの中、柔らかな光が彼女の背からぼんやりと広がっている。顔が影になって見づらい。
がさごそと体を動かし、紗和が俺の胸にほっぺたを乗せた。
もごもごとした口調は眠気をはらんでいる。
「ねぇポチ」
「はい?」
「わたしのこと好き?」
「好きですよ」
くすぐったそうな鼻息。
「ほんとうかしら。嘘ついたら分かるのよ?」
「どうやって分かるんですか?」
小さな耳がぐっと押しつけられる。
「こうして心臓の音を聞いているもの。……ふん、ずっと一定ね。嘘じゃないみたい。ほんとにわたしのことが好きなのね」
「はい、大好きです」
紗和が俺の首筋に鼻をうずめた。
露出した素肌にあたる柔らかな髪の感触がくすぐったい。
彼女が話すと、湿った熱い吐息が鎖骨あたりにわだかまった。
「どうしてそんなにわたしのことが好きなの? まだ飼いはじめて1週間も経たないのに」
絹のような髪を撫でる。
その答えは単純だ。
「一目惚れしました」
前世の記憶を取り戻し、ポチとして自我を芽生えさせたあの瞬間、ご主人様を見てタイプだと思った。そんな子に可愛がられ、甘やかされる日々が続けば、チュキチュキ大チュキらぶらぶハートは高まっていく一方である。
「ふーん、じゃあわたしと同じね。わたしもポチを見た瞬間、飼うならこの子だって稲妻が走ったもの。こんなにわたしのことを大好きになってくれるなんて思ってなかったから、今ほんとうに幸せなのよ。ありがとう、ポチ」
「わん」
ふと、ご主人様がべつの雄犬ペットを連れている姿を想像する。たとえばエリックのような。むかむかした。腹が立って仕方がない。俺はご主人様を抱きしめた。
「ふふ、どうしたのポチ。甘えたくなった?」
「俺以外の雄犬ペットを可愛がってるご主人様を想像しちゃって嫉妬しました」
「わたしがほかの雄犬ペットを可愛がったら嫌なの?」
「嫌です」
「ふーん。ポチにも独占欲ってあるのね。もしわたしに恋人ができたらその人にも嫉妬するのかしら?」
想像する。
この世界は、恋人も結婚相手も同性同士、つまり女である。
たとえば陽毬。
ふたりが仲睦まじく寄り添い合い、抱きしめ合い、キスをしたりする姿を思う。ふーん、えっちじゃん。いいね。むしろ見てみたいまである。俺は彼女たちが愛し合う
「しませんね」
「ふーん。雄犬ペット同士のライバル感情みたいなものなのかしら。心配しなくてもポチ以外の子を可愛がる予定なんてないんだから安心しなさい」
「わん」
ご主人様が枕に頭を乗せた。手を足を俺の体に乗せて、半身を投げ出すように抱きついてくる。波打つ胸が形を変えて密着した。肉厚なふとももが足に絡んだ。柔らかくて温かい。
ご主人様が耳元でささやく。
それは睡魔に惑う掠れた声だった。
「ポチ、こっちみて」
「わん」
至近距離で見つめ合う。
紫紺の瞳が幸せそうに細められた。
鼻と鼻の先端がおたがいをかすめ合う。
わずかな光源に輪郭を浮き上がらせて彼女は微笑む。
「ポチはかわいいわね、ほら、ちゅーして」
唇をとがらせる紗和にキスをする。
満足げに頬を緩めた。
「ご主人様は俺がほかの誰かとこんな風にスキンシップをとっていたら、嫉妬してくれたりするんですか?」
「しないわよ。恋人同士じゃあるまいし。ただ幸せになれるからスキンシップをしてるだけだもの。もしかして嫉妬してほしかったの?」
「まあ、少しは」
「生意気ね、雄犬ペットのくせに」
でも、と眠たげにとろける目を擦り彼女は続けた。
「ポチが、わたし以外のことを、ご主人様って呼んだり、わたし以上に甘えてみせたり、懐いていたりしたら怒るかも。だってポチのご主人様は、わたしだけなんだから。ほかの誰にも、変わってあげるつもりなんて、ないんだから」
話が急に切り替わる。
「焼肉屋さんのキスの続きはまた今度ね。今日は疲れてしまったわ。文芸部……はあ、やめたい……SSSなんて、聞いてないわよ……あとだしなんてズルだわ」
それきり力を失ってご主人様は眠りに落ちる。子猫のような寝息を立てて、彼女は俺に抱きつきながら眠った。顔にかかって邪魔そうな黒髪を耳にかけてやり、俺は抱き枕に徹する。
ゆずの香り。
ご主人様の匂い。
美少女の抱擁。
おぱぱい、ふともも。
身動きは取れず窮屈だけど、寝心地は抜群によかった。
布団の中はふたりの体温に温められて気持ちが良い。まどろみに落ちるまぶたに逆らわず脱力する。すぐさま眠りに包まれた。