男女比崩壊社会で黒髪ツンツンお嬢様のペットになった俺、激烈に甘やかされる。 作:二見猟太郎
唇を湿らすように陽毬がコーラ瓶を傾ける。
ぽつぽつと、
「あたしが小学校低学年のとき、お母さんが死んじゃったの」
瀬名さんの姿が浮かぶ。
おっとりとしたタレ目。
スリムな体形。
亜麻色のゆるく波打つショートカット。
思い返せば陽毬に似ていない。
この世界では女性同士の同性婚がスタンダードだ。つまり、パートナーの女性が亡くなったということだろう。
ローテーブルにスマホを置く。
そこには、陽毬によく似た女性が写っていた。
「これがあたしのお母さん。似てるでしょ?」
「目元とかそっくりですね」
「うん。ママも最近そう言うんだ。陽毬ちゃんはどんどん
彼女は写真を見ながら懐かしむように目を細めた。
「お母さんはいつも優しくて、あたしがやること何でも褒めてくれたんだ。美容師さんでね。あたしも将来は美容師になりたいなーってうっすら思ってる。って、今はそんなこと関係ないよね」
「いいじゃないですか。なんでも聞きますよ」
「えへへ、ありがと。……それで、お母さんの話なんだけど、じつはあたしが小学1年の頃に病気になっちゃって、投薬治療とかで頑張ったんだけどダメだったんだ。お見舞いに行くと、細くなった指であたしの髪をいつも梳いてくれたの。あの手が忘れられなくて、たまに夢に見るくらい。また一度会えるなら、髪の毛を手入れしてもらいたいな」
陽毬がハニーブロンドの髪を自分の手で梳く。さみしげな光を
「お母さんが死んじゃって、あたしすごく落ち込んだの。学校に行くのも嫌になって、ずっとお
陽毬がコーラをあおる。
炭酸が目に染みたのか、翡翠の瞳に涙が浮かんだ。
「そんなダメダメな毎日を過ごしていたらね、紗和があたしのところへ来てくれるようになったの。学校をサボって、ずっとあたしと遊んでくれたんだ。『紗和も怒られちゃうよ』って言ったら、『そんなことより陽毬のほうが大事』って言ってくれたの。あたし泣きながら笑っちゃった。紗和のおかげで元気になったあたしは、また学校へ行くようになった。そしたら紗和が『きっと美礼さんも陽毬が元気になって安心してるよ』って頭を撫でてくれたんだ。そのときにあたし、紗和に恋してるって気付いたの」
陽毬は楽しそうに紗和との思い出を語った。小学校での生活、夏休みに行ったヒマワリ畑、紗和のピアノコンクールの応援をしたこと。社長令嬢として厳しい教育を受けるご主人様の
毎日が幸せだった。
お母さんが見守ってくれているんだと思った。
優しい眼差しが勉強机に飾られた写真立てを見る。そこには、ヒマワリ畑に立つ、幼いご主人様と陽毬の姿があった。寄り添うふたりは眩しい笑顔を浮かべている。
陽毬のコーラが空になる。
ローテーブルに置かれた衝撃で表面の水滴が流れおちた。
背を丸めた彼女は抱いた膝に口をうずめる。
「今度は紗和が病気になった。心臓の病気でね、移植するしか助かる方法はないって話だった。ドナーが見つからなかったから人工心臓が使われることになって、紗和は元気になったんだけど、そこからあんな風に素っ気ない態度をとるようになったの」
「どうして素っ気なくなったんですか?」
「……紗和の人工心臓って、二十年しかもたないの」
急速に心が冷える。
陽毬が焦ったようにつけたした。
「もちろん、また移植すれば寿命は延びるよ。ドナーが見つかればそっちを使ったらいい話だし。けどやっぱり造り物だから、ほんとうに小さな確率だけど、不幸があってもおかしくないんだって。雷に撃たれるくらいの可能性だけどね」
「そうなんですね」
「うん。……紗和は優しいからさ。あたしがお母さんとお別れしてたときのこと見てたから、自分が死んだら親しい人に辛い思いをさせるって考えたんだと思う。だから、どんどん交友関係をなくしていったの。友達から距離をとって、家族からも距離をとって、自分が突然死んでしまったときに悲しむ人がでないように準備をはじめたんだ」
言葉を失う。
生々しい胸の傷跡を思い出す。
時おり見せるさみしげな横顔を思い出す。
その真意を知り、胸が張り裂けそうになった。
「紗和が一人暮らしをしているのも家族と距離をとるためだと思う。ママが家政婦として紗和の近くにいるのは、紗和のお母さんがそういう交換条件を出したから。さすがに本当の一人暮らしはさせられないって考えたんだろうね。あたしが紗和の近くにいれるのはそのおかげ」
陽毬が俺の頬を親頬を撫でる。
いつの間にか握りしめていた拳の力が抜ける。
優しい顔をして彼女は笑った。
「ポチ、紗和のことそんなに大切に思ってくれてるんだ。いい子だね。ありがとう」
「いえ、むしろ教えてくれてありがとうございます。俺なにも知らなかったから」
「……じゃあ、知らないふりをしてあげてほしいな。紗和が話してないってことは、話したくなかったってことだろうと思うから。難しいことお願いするけど頑張れる?」
「はい」
「えへへ、かしこいね、ポチ」
陽毬が乱暴に頭を撫でた。
それから、奮起するように力こぶを見せる。
「あたし、どれだけ拒否されても紗和にまとわりつこうって決めだんだ。あの子を孤独になんてぜったいにさせないって決めたの。受験勉強めちゃめちゃ頑張って三島高校に受かったし、なんとか落第せずに進級した。これからもどんどんアプローチして、紗和のとなりにいるつもり! 最終目標はこいびと!」
勇ましい鼻息を吹かし、白い歯を輝かせた。
「だからさ、ポチにはあたしに協力してほしいんだ。紗和との仲をとりもって欲しいの。もちろん、できるだけでいいよ。ムリはしなくていい。ポチが紗和に嫌われちゃったらダメだから」
「俺のこと気にしてくれるんですか?」
「うん! もちろん! だって、ポチを飼ってからの紗和、前よりもずっと明るいもん。文芸部に入ったり、あたしに頼ってくれたり、そんなこと今までじゃ考えられないよ。きっとポチの存在が良い感じにエイキョーしてるんだと思う!」
だからさ、と陽毬は言葉を継ぐ。
「これまで通りポチは紗和のとなりにいてあげてよ。あたしは頑張って紗和を振り向かせてみせるからさ。それで、その手伝いを、少しでもいいからしてもらえない?」
拒否する理由はひとつもなかった。
陽毬はすごくいい奴だ。
こんな子がご主人様の恋人になるなら俺も嬉しい。
「はい、ぜひ協力させてください」
「がち!? やった! じゃあ、今日からよろしくね、ポチ」
「わん」
ふたり、握手を交わす。
ギャルと雄犬ペットの協力関係が結ばれた。