男女比崩壊社会で黒髪クールお嬢様に飼われることになった俺は今日もたくさん甘やかされる。   作:二見猟太郎

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030 雄犬ペットだからできること。

 翌日、陽毬は俺と考えた作戦をさっそく実行した。

 昼休み、お弁当を片手にご主人様のもとへ歩いてくる。いつもなら意味もなく絡んで、目的がないもんだから言い返すこともできず撃退されていたギャルだったけど、今日は違った。普段よりも落ち着いて紗和に声をかける。

 

「ねぇ、紗和、ちょっといい?」

 

 紫紺の瞳が冷たい眼差しを向ける。

 

「どうしたの、陽毬。お昼ならひとりで食べるつもりよ」

 

 出鼻をくじかれるも、ご主人様のうしろからエールを送る俺を見て気を持ち直したギャルは、いつもなら感情的になるところをぐっとこらえ伏せ目がちに言葉を続けた。

 

「あのね、じつは相談があってね。いつもお世話になってるママにお礼がしたくてプレゼントを買おうって思ってるんだけど、いいものが思い付かなくてね、ママは家政婦さんだから紗和ならお仕事してるときのこと知ってるでしょ? それで、なにかこういうプレゼントがいいよとか、意見聞けたら嬉しいなと思って。その相談をお弁当食べながらしたかったから、それで、あの、声をかけたんだけど」

 

 翡翠の瞳がチラチラと紗和の顔色を伺う。

 ご主人様は「ふん」と分かったようなため息をつくと、いつの間にか消えていた小谷内の席を指さした。

 

「小谷内さん、学食へ行ったみたいだから椅子を借りたら? そういうことならわたしも考えてみるわ。瀬名さんにはいつもお世話になってるもの」

 

 電球に光を灯したみたいに陽毬の顔がパッと明るくなる。

 作戦成功の合図なのか、指でオーケーサインを作り、いそいそと椅子に座った。小谷内の机をご主人様の机にひっつけて横並びになる。紗和がすこしだけ眉をひそめたが、何かを言おうとしたタイミングでその背中に抱きついて首筋に顔を埋めた。さらさらとした髪の毛が気持ちいい。

 

「ご主人様、大好きです」

 

「あら、突然どうしたのかしら。よしよし、わたしもポチのこと大好きよ。いまからご飯だからお昼を済ませたら可愛がってあげるわね。ポチもお弁当食べちゃいなさい」

 

「わん」

 

 なんとか誤魔化せたようでご主人様はお弁当箱を開いた。(そら)を見ながらもぐもぐと口を動かし、整った眉をすこしだけ寄せ、考え込むような顔をしている。いっしょにお昼を食べられるのがよほど嬉しいのかギャルはピカピカ笑顔だ。自分が相談を持ちかけたことすら忘れてそうだったので彼女の脇腹を指でつく。背すじを伸ばした陽毬がこちらを見て、俺の身振り手振りにその意図を理解したのか表情を引き締め直した。

 

「お仕事中のママが必要そうなものとかで、いいプレゼントってあったりするかな?」

 

「瀬名さんには身の回りの家事をお願いしているのと、通学やお出かけの時に足になってもらっているから、そこから何かプレゼントが思い浮かぶといいのだけど、こうして考えると難しいわね。陽毬は何も思いついてないの?」

 

 ギャルが口を半開きにして「あー」と唸った。

 アホ面である。

 

「バズボムとか? お風呂でゆっくりしたらお仕事の疲れも癒せるだろうし」

 

「ふーん。いいと思うわよ。個包装のプレゼント用のものをひとつならそこまで値段も張らないでしょうし、気軽なプレゼントなんでしょう?」

 

「うん、サプライズ的なやつだから、気軽な方がいいな」

 

「……お香なんてどうかしら? いい香りがするとリラックスできるし、寝る前とかにおすすめだけれど」

 

「おー、いいね」

 

「お仕事のときに使えるものより、リフレッシュのときに使えるものの方が良いかもしれないわね」

 

「じゃあ、お香にしようかな。入浴剤、ふだんから使ってるやつあるし、あんまり嬉しくないかも」

 

「陽毬からプレゼントでもらったバズボムなら特別でしょうから普段から入浴剤を使っていたとしても嬉しいと思うわよ」

 

「そう? うーん」

 

 陽毬が腕を組んで考え込む。ご主人様とお昼ご飯を食べる口実だったプレゼント選びに、どうやら本腰を入れはじめてしまったみたいだ。ついさっきまでデレデレしてたのに。陽毬には100か0かのツマミしかないのかもしれない。

 むんむん唸るギャルにご主人様が苦笑する。

 

「考え込むのもいいけどご飯を食べないとお昼休みが終わっちゃうわよ」

 

「ああっ、そうだねっ、あぶな!」

 

 慌てて食べる陽毬に紗和は優しい目を向ける。あんな目を誰かに向けるなんて珍しい。もしかするとそれは、ふと漏れ出した本音なのかもしれない。いつもは隠している心の内がふとした弾みに表れたのかもしれない。だとするなら、紗和があえて孤立する理由は、やはり陽毬が語っていた通り、身近な人への心配(こころくば)りからなんだろう。ありうるかもしれない突然死の未来を思い、悲しむ人がいないように自分を律しているのだろう。あえて周囲に冷たく接して、壁を作り出しているのだ。

 なんていじらしい生き方だろうか。

 

 お弁当を食べながら会話をするふたりを眺める。

 そこにぎこちなさがないのは陽毬がどれだけ拒まれても紗和を諦めないから。そして、ご主人様が本心では陽毬と仲良くしたいと思っているからじゃないだろうか。

 

 ポチとして彼女のとなりにいる俺は、優しすぎる配慮から漏れ出た存在だ。きっと雄犬ペットという特別な立場がそうさせている。男に人権がないからこそ、死を常に考える彼女が、唯一、心煩(こころわずら)わされずに本心を明かせる存在でいられる。甘えてもらえる。甘やかしてもらえる。

 

 なら俺は、これまで通り、ご主人様のとなりにあり続けよう。俺はただご主人様の雄犬ペットとして、その荒んだ心を癒していきたいと思う。家族からすら距離をとる紗和が無償の愛を感じられるのは、きっと俺だけだと思うから。

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