男女比崩壊社会で黒髪ツンツンお嬢様のペットになった俺、激烈に甘やかされる。 作:二見猟太郎
「みんな、明日の放課後時間あるかな?」
部室の鍵を閉めながら桧森部長がたずねる。
「なんでー?」
ギャルが間抜けな声をだす。
「SSSに出るなら万年筆が必要になるから。指定のものがあるわけじゃなくて、推奨のメーカーとモデルがあるんだけど、初めてじゃ分かりづらいと思うしみんなで買いに行けばいいかなと思って」
猿渡が首をかしげる。
「万年筆ってどこに売ってるんすか?」
「ショッピングモールの本屋さんに併設されてる文具屋さんで私は買ったよ。明日みんなで見に行かない? どうせ必要になるものだし」
小谷内が床とにらめっこしながら小さな声で言う。
「即はたしかパソコンだよな。ボクも万年筆、買っておいたほうがいいのか?」
「小谷内さんは急ぎじゃないけど、ほかの種目に出たくなるかもしれないし、万年筆って持ってるだけでなんだか特別な気分になれるから、どうせなら一緒に買ってみない?」
「た、高いのか?」
「SSSが推奨している万年筆は2000円だよ。ほんとに初心者用のやつだから。インクもカートリッジ式だからほとんどボールペンみたいな感じだね」
「そ、それくらいなら買えそうだな」
「まあ一度見に行こうよ。色んな種類があって面白いよ。それで、明日の部活の時間にみんなでモリオーモールへ行こうと思うんだけど、どうかな?」
黒髪を耳にかけながら桧森はみんなに目を配る。
ギャルと後輩ちゃんは「いこいこー!」と楽しげに笑った。小谷内も小さく頷いている。ご主人様だけが渋い顔だ。
紗和は抵抗を試みた。
「通販で買えたりしないのかしら?」
「買えるよ。でも、試し書きして好みのものを選んだほうが自分の好きな万年筆で大会に挑めるし気持ちがいいと思う。カラーとか素材とかたくさんあるんだよ」
「……わたしは推奨のものでいいわ」
「そう? 私いま持ってるから見てみる?」
肩にひっかけた鞄をおろして、筆箱からプラスチック製のスケルトン万年筆をとりだす。紗和に手渡した。陽毬と猿渡後輩が近づいてくる。ご主人様は万年筆を適当にもてあそぶ。
「軽いのね」
「プラスチックだからね。木とか金属もあるよ。あと、ニブって呼ぶんだけど、ペン先の素材によって書き心地も変わるんだ。これはステンレスが使われてるよ」
ギャルと後輩ちゃんが相づちをうつ。
「へー!」
「見てると試し書きしたくなるっすね」
桧森部長がメモ帳をとりだして微笑んだ。
「書いてみる? 万年筆ってボールペンみたいに押しつけて書く必要がないから、立ちながらさらさら書けちゃうんだ。このニブからインクが流れて紙に乗ってくれるんだよ」
ご主人様から万年筆を受け取り、こんな感じ、とペンを動かす。方眼紙に綺麗な字で『桧森美月』と名前が書かれた。
「ボールペンよりも少し寝かせる感じで動かすといいよ」
はい、とご主人様に万年筆とメモ帳を渡す部長。
方眼紙にペンが走る。
「ヌメヌメするわね」
「少し寝かせすぎてるのかも」
インクの量が多いが、綺麗な字で『白宮紗和』と名前が書かれた。陽毬と後輩ちゃんが拍手する。
「紗和って字キレイだよね」
「ほんとっすねぇ、書道のお手本みたいっす」
ご主人様はすまし顔をした。
「お習字を習っていたことがあるもの。これくらい書けるわ」
桧森部長が明るい声を出す。
「ほんとに綺麗で実直な字だね。書って文字の美しさも審査項目にあるから白宮さんが担当してくれてよかったかも。私も字には自信あったけど、しっかり習い事してる人には勝てないね」
「桧森部長の字も綺麗じゃない。こんなの好みでしかないわ」
「そうかな? ありがとう」
ひとり輪に入れず、しょぼくれている小谷内が目についた。なんだか切ないな。すこしだけ彼女に近づいて側に立ってやった。誰かが近づいてくれるだけで嬉しくなっちゃうくらい寂しかったのか、彼女の顔がふわっと明るくなる。小声で話しかけてきた。
「ポチ、お前ショッピングモール行ったことあるのか?」
「……そういえばないですね。というかお出かけの経験が焼き肉屋くらいしかないかも」
「え? あの文芸部で行ったやつ?」
「はい。ご主人様、出不精ですから」
「なんか可哀想だな……よし、任せろポチ。ボクが白宮にお願いしてみる。ショッピングモール面白いぞ。一緒に行こう」
陽毬や猿渡が試し書きをする中へ、眉をつり上げた小谷内が勇ましい足取りで突っ込んでいった。しかし、伸びていた背中はみるみるうちに曲がっていく。ご主人様へ近づいていくほど、どんどん顔はへにょへにょになり、歩幅は小さくなっていった。
集団にたどり着いたころには、横断歩道を横切る老婆くらいの頼りなさだった。思わず駆け寄って手を差し伸べたくなる。顔を伏せ自分の上履きの先っぽを見つめながら小谷内は話す。
「あ、あの〜、白宮」
「なにかしら、小谷内さん」
「しょ、ショッピングモール、一緒に行こうよ」
「ふん、なぜ?」
「ちょっとポチと話したんだけど、あいつあんまり外に出たことないんだろ? だから、その、たまにはそういうとこに連れて行ってやってもいいんじゃないかなって思って」
「……」
「あっ、べつにっ、白宮の飼育方針に口出ししたいんけじゃないぞ。みんなで行くなら、ポチのことも交代でみてやれるから、白宮もふたりで出かけるよりは安心できるかなとか、思ったりもして、へへ、へへへ……あ、えと……ごめん、何でもない、忘れて」
肩を落としすごすごと歩く小谷内が廊下の壁にめり込んだ。
猿渡が目を丸くする。
「バグったゲームキャラみたいになっちゃったっす」
「おーい、コヤッチ、だいじょーぶ?」
ギャルと後輩が寄ってきたものだから、余計に彼女は小さくなった。桧森はそんなことどうでもいいのか、みんなが書いた字を楽しそうに眺めている。ご主人様がこちらへ来た。
「ポチ、ショッピングモール行ってみたい?」
別に行きたいとは思わないが、耳ざとく紗和の質問を聞きつけた陽毬が身振り手振り「行きたいと言え」と指示してくる。ふたりの仲を取りもつ約束をした手前、協力してやるべきだろう。
「ご主人様と一緒なら、行ってみたいです」
小ぶりなあごに手を添えて彼女は眉を寄せる。
ふっと表情をゆるめて紗和は言う。
「……そう、分かったわ。桧森部長、わたしも行くわ」
部長が胸の前で手を合わせて微笑んだ。
「ほんと? よかった。せっかくなら実際に手にとって選んでもらいたかったから。きっと良いのが見つかるよ」
視界の端、小谷内が背中をバチバチ叩かれている。
「ないすコヤッチ!」
「すごいっす小谷内パイセン!」
紗和を誘い出した功績を讃えられているみたいだ。
当の本人は外部からの過剰ストレスにより魂が抜けていた。