男女比崩壊社会で黒髪ツンツンお嬢様のペットになった俺、激烈に甘やかされる。 作:二見猟太郎
穏やかな寝息が規則的に聞こえてくる。
俺の腕を枕にしてぴとりと添い寝するご主人様は、スマホのアラーム音に眠りを妨げられてむずがりながら起きる。「んん……」と小さな唸り声を口の中で響かせて、まだ眠いとばかりに俺の胸に頬ずりした。
やがて、まどろみから抜け出した彼女はいそいそとベッドから降りる。
「おはよう、ポチ」
「おはようございます」
「……? 腕、どうかしたの?」
「ちょっと痺れちゃって」
「そう。はやく治しなさい」
厳しくて草。
ベッドフレームに巻き付けたリードを手に持ってご主人様が俺を引っ張る。彼女に連れられて洗面台へ行き、歯磨きやら洗顔やらを済ませた。ここで腕の感覚が戻る。
「ポチ」
紫紺の瞳をつうと細め俺の名を呼ぶご主人様が、ほっそりとした白い指で桜色の唇を指差した。首を下ろしてキスをする。心地よさそうに鼻息を吐いたご主人様は「もう一度」と口づけを数度おねだりした。柔らかくてふにふにとしたリップに触れるたび、甘い痺れのようなものが全身を走った。
「よしよし、えらいわよ」
満足げに唇を舐めながらご主人様が微笑む。
怜悧な眉、涼しい瞳、冷たい鼻梁。
冷やかな少女が見せる陽だまりのような笑みに、俺は見惚れて呆然とした。ご主人様が不思議そうに顔を覗き込んでくる。
「どうしたの? ぼーっとしてるわよ」
「ご主人様とのキスが気持ちよくて」
「あら、えっちな雄犬ね。ポチはキスが好きなの?」
「わん、好きです」
ほっぺたを親指で撫でられる。
「変わった子ね。雄犬は女の子を嫌うのに」
「なんで嫌うんですか?」
「んー、本で読んだ知識だから分かることしか分からないけれど、タナトスウイルスによる自然生殖機能の破壊が影響しているみたいよ。矢口博士が人工受胎装置を発明してくれなきゃ今ごろ人類はどうなっていたんでしょうね」
タナトスウイルスってこの世界の男女比を狂わせた原因だよな、たぶん。男女間の感情にも作用するなんてひどく厄介だな。俺は転生者だから影響が薄いのかもしらん。
「だから雄犬ペットを飼うときは、しっかりと上下関係を構築して躾けないと大変になるんだけど……ポチはキスをしてからずっとおりこうだから助かるわ」
「ぜったいに逆らいません!」
「ふふ、ほんとかしら」
おでこを指でちょんとされる。
ほんとだからずっと養ってください!
ここで養われたいんです!!
ご主人様に連れられてリビングへ向かう。
はじめて入ったが、広い部屋だ。
ソファーとテレビとベッド。
テーブルと椅子。
必要最低限の家具しか置かれていない。
殺風景な部屋だった。
「ソファーに座って待ってましょうか。コーヒーを淹れるわ」
「家族が起きてくるのを持つんですか?」
「わたしは一人暮らしよ。家政婦さんが来て朝ごはんを作ってくれるからそれまで時間があるの。ポチも飲む?」
「飲みます」
「ブラックでいいかしら」
「わん」
ローテーブルにホットコーヒーを運んだ。あちあち、指が。手を振って冷ましていると、その様子を見てご主人様がくすくす笑う。2人掛けのソファに沈み込み、空いたとなりを手で叩いた。
「ポチ、おすわり」
「わん」
となりに座る。
彼女は俺をクッションにするみたいに体を預けてきた。せっかくなので腕を肩に回す。甘えるようにご主人様が身をよじる。
なんで一人暮らしなんだろ?
昨日制服着てたし見た目的に高校生だと思うんだが。
尋ねようか迷ったが、どうでもいいから聞くのをやめた。ご家庭の事情は人それぞれだしな。俺は彼女のペットとして、その役割をまっとうするのみですよ。
ご主人様がカップを傾ける。
ニュース番組の出演者はみんな女性だった。CMにすら男の影はひとつとしてない。もとの世界に未練がないとはいえ、ちょっぴり不思議な感じはした。
『今日の雄犬ペット』
「このコーナー好きなの。これ見て雄犬ペットを飼おうって決めたのよ」
「ほぇー」
ニュース番組のあいまにはじまったそれは、ご家庭に飼われている雄犬ペットを紹介するミニコーナーだった。豪邸に備わった25メートルプールを褐色肌の野性味あふれるイケメンが泳いでいる。生意気そうなドリルツインテの少女が鞭をしならせ「もっとはやく泳ぎなさいよっ!」と喝を入れていた。
俺のご主人様こいつじゃなくてよかった。
「この子、モカくんって名前みたいよ。ポチは他の雄犬ペットと友達になりたくなったりするの?」
カップのフチを指で撫でながらご主人様が尋ねる。
モカくんを見る。
イケメンだ。
砂漠の国の王子様って感じがする。
ふん、イケメンは嫌いだ。腹がたつ。
俺は首を振る。
ご主人様の頭に顔を擦りつけた。
「ご主人様がいてくれればそれで十分です」
「ふふ、ポチはずいぶんわたしに甘えてくれるのね。あなたを選んでよかったわ」
耳に髪をかけながら、彼女は俺の首にキスを落とした。
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