男女比崩壊社会で黒髪ツンツンお嬢様のペットになった俺、激烈に甘やかされる。   作:二見猟太郎

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008 ご主人様とクラスメイト その1

 下駄箱で靴を履き替えるご主人様を、遠巻きに眺める女生徒たちが、コソコソ話をする。その目は俺に向けられており、うっすらと聞こえてきたのは「あの白宮さんが飼うにしては地味ね」「エリックのほうがかっこいい」「生の食パンみたいに味気ない」などなど俺に対する批判だった。

 

 それらの声はご主人様の耳にも多少なり聞こえたのか、彼女はむっとした表情であたりを睨みつけ、リードを引いて俺を抱き寄せた。

 

「よしよし、わたしはポチの魅力を分かっているんだから、分からない子たちのことなんて気にしなくていいのよ」

 

「わん」

 

 校内を歩く。

 どこもかしこも女の子ばかりだ。学校へ向かう途中の車窓から道行く人々を見ていたが、まるで世界から男が淘汰(とうた)されたかのごとく女しか見当たらない。

 

「雄犬ペットって珍しいんですか?」

 

「そうね、珍しいわよ。購入するにはかなりお金がかかるし、養育できるだけの財力があるかどうか、厳しく審査もされるわ。それに、こういう言葉はあまり好かないけれど、上流階級に属する人間にしか、たいてい飼育許可は降りないから、一般的な家庭で雄犬ペットを飼うことはものすごく稀有(けう)な例でしょうね」

 

「へぇー」

 

 じゃあやっぱり紗和はお嬢様なんだな。あんなタワマンにすんでるし、家政婦兼運転手もいるんだから察するところはあったが。お金持ちのペットか。前世で一度は夢見たことだ。

 

 2年1組の扉を開く。

 ご主人様の席は窓際の一番後ろだった。

 彼女に連れられ教室へ入ると、真っ先に目を引いたのは、金髪碧眼の美男子だった。この世界に来てからはじめて会う男。彼はノーリードで、首輪だけしており、ひとりの少女に執事のように付き従っている。

 

 少女の目が俺たちをとらえる。

 ウェーブのかかった金髪をバレッタでとめた、小柄な少女が立ち上がる。全体的に小ぶりで西洋のお人形さんを思わせる儚さを感じた。自席に座る紗和のもとへ美男子を引き連れてやってくる。刺繍入りの白手袋に包まれた繊細な指先で、長い丈のスカートをつまみあげ、ご主人様に挨拶をした。その背後、美男子がうやうやしく礼をする。

 

「ごきげんよう、白宮さま。雄犬ペットをお迎えされたと噂で伺ってましたけれど、ついにおうちに来たんですね」

 

 紗和はかばんの中身を机に移しながらちらりと少女を見る。

 つんとした表情で愛想なく答えた。

 

「ええ。昨日の夜に雄犬ペット屋さんが運んできたわ」

 

「まあまあ。まだ一日も経っていないのにこれほど白宮さまに付き従っているなんて、教育がお上手ですのね。わたくしはエリックに慣れてもらうまで少し骨が折れましたのに」

 

「ふん」

 

「もし困ったことがあれば先達(せんたつ)として相談に乗りますので、いつでもお声がけしてくださいね」

 

「ええ、ありがとう」

 

 少女の青い目が俺を見る。

 ぱっちりとした二重の瞳をくしゃっと細めて彼女は笑った。

 

「おはよう、お名前は?」

 

「おはようございます、白宮ポチです」

 

「あら、きちんとお話できてえらいですね」

 

「うす」

 

 薄い胸に手をそえて少女が名乗る。

 

「わたくしは久崎マリアと申します。この子はわたくしの雄犬ペットのエリックですわ。仲良くしてあげてくださいね」

 

 エリックとやらが一歩前に出てにこりと微笑む。クラスの女子たちが「かわいいわね」「かっこいい」「すてきだわ」と口々に褒めた。手を差し伸べてきたので俺はそれをはたき落とす。

 爽やかな笑顔を浮かべた美男子の眉がぴくりと動いた。

 久崎ちゃんが困惑する。

 

「あら、どうしたのかしら。ポチくん、エリックは穏やかな子だから安心していいんですのよ?」

 

「俺より人気そうだから嫌いです」

 

 久崎ちゃんが目を丸くした。

 そしてくつくつと笑い出す。

 

「まあ、おもしろい。エリックに嫉妬しているの? 女の子に好かれるのなんて雄犬ペットからしてみれば嫌なことでしょ? ポチくんは変わった性格をしているのですね」

 

 どことなく自慢げにご主人様が言う。

 

「ポチは特別な雄犬ペットなの。この子はわたしとのスキンシップもまったく嫌がらないわ。キスだって積極的に応えてくれるんだから」

 

 久崎ちゃんがさっと半身を引く。

 白い頬をぽっと赤く染めた。

 

「白宮さまは、雄犬ペットとそういうこともしているんですの?」

 

「ええ。気持ちいいわよ。あなたはやらないの?」

 

「わ、わたくしはそういうことは、あんまり。将来恋人ができてから、じっくりと営みたいと思っておりまして」

 

「ふん、どうでもいいわ。飼い主によって扱い方なんてそれぞれでしょうし。それにわたしは雄犬ペットとのキスを恋人とのキスと一緒くたにしないもの。あんなのは遊びよ」

 

「〜〜っ、白宮さまは大人ですのね」

 

「ふん」

 

 頬杖をついて窓の外を眺めはじめたご主人様は、それきり曖昧な返事しかしなくなった。その態度から会話を遠慮したのか、久崎ちゃんが柔和な笑みを浮かべて「では、また困ったことがあればいつでもお声がけを」と去っていく。エリックが堂の入った所作で美しい礼をして彼女に付き従った。

 

「雄犬ペットって美形が多いんですか? 今朝のテレビのモカ? とかいうやつもかっこよかったですけど」

 

「みてくれのいい雄犬ペットを飼う人のほうが多いからそういう風に見えるだけよ。売れ残ってしまった子たちは政府の労働力として管理されるらしいわ。……ポチはもともと労働力になる予定だったけど、わたしが目をつけて飼わせてもらうことになったのよ」

 

 えー、あぶな。

 一生政府の犬(労働力)になる寸前だったのか。

 余計にご主人様に感謝だな。

 

「ありがとうございます。俺、ご主人様の雄犬ペットになれて幸せです」

 

 姿勢良く椅子に座る彼女の背中に抱きつく。首筋に顔をうずめてぐりぐりと擦り付けると紗和はくすぐったそうに笑った。

 

「はいはい、わかったからやめなさい。人の目があるんだから」

 




午後8時にもう1話更新します
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