男女比崩壊社会で黒髪ツンツンお嬢様のペットになった俺、激烈に甘やかされる。 作:二見猟太郎
「
ご主人様が机の脚にリードを結びつけながら隣の席の子に話しかける。週刊漫画雑誌を読んでだらけていた少女は、突然の声かけに、あからさまに
「な、なに? 珍しいな、白宮がボクに話しかけるなんて」
「ええ。すこし頼みごとがあるの。いいかしら?」
「た、頼みごと?」
ボブカットの前髪をしきりに撫でつけてビー玉みたいに丸い瞳をキョロキョロと動かす。自分の視線が忙しなく揺れていることを気にしたのか、彼女は俺の顔にターゲットを定めるとまっすぐこちらを見据えて固定した。
「すこしお手洗いに行ってくるからポチを見ておいてもらえる? 昨日から飼いはじめたばかりだから、悪いことを考えて逃げてしまうかもしれないし」
信頼ないな。
「逃げませんよ?」
ご主人様がさらさらの黒髪を後ろに払った。
「この子はいつも調子が良いことばかり言うのだけど、まだ心配なの。となりの席だし、少しの間だから、ポチのことを見張ってもらえないかしら」
「見ておくだけでいいの?」
「……そうね、じゃあリードを持っていてもらえる?」
ご主人様が席を立ち、目だけで座るように促した。少女はおどおどしながら移動する。彼女の手にリードを持たせた。
「机にくくりつけてあるから余程のことはないと思うわ。手間をかけてごめんなさい。すこしお願いできるかしら」
「う、うん。べつにこれくらい、いくらでもやるよ」
「ありがとう。小谷内さんがとなりの席で良かったわ」
ご主人様のひと言の後、少女の瞳に使命の炎が燃える。奮然とリードを握りしめた小谷内が気炎を吐く。
「ま、任せてよ。もし逃げようとしたらボクがしっかり捕まえてみせるからさ。し、白宮は、ゆっくりお手洗いに、行くといい」
「それじゃ、お願いね。……ポチ、小谷内さんに迷惑をかけちゃダメよ。逃げようとしたりしたら許さないんだからね」
「わん。お利口にしてます」
「ふん、約束よ」
あごを指先でつつつと撫でてご主人様が去っていく。
残された俺たちは互いに顔を見合わせた。
小谷内が胸をそらす。貧乳である。
「おい、ポチ。おかしな真似はするなよ」
ご主人様と話していた時とは打って変わって随分と横柄な態度だ。じっとりとした黒い瞳で俺をねめつけながら、リードを握る手をあらためるように指に巻きつける。
ちょっとしたいたずら心が湧いて、逃げるふりをした。
「──わぁっ!」
小谷内が大きな声を出す。
クラスメイト中の視線が彼女に注がれた。
顔を真っ赤にした少女は肩を小さくして俺を叱りつけた。小さくしか細い声が苛立たしげに響く。
「おいっ、おまっ、ふざけんなっ! みんな見てるじゃんか!」
「すいやせん。出来心で」
「な、生意気な雄犬ペットだな。大人しくしてられないならお仕置きするんだからな!」
リードをぐっと引かれ喉が絞まる。
「俺のご主人様は紗和さまですよ? 小谷内じゃありません。お仕置きなんて勝手にしたらダメでしょ」
黒い瞳をぱちくりして彼女は呆けた顔をした。
喉にかかっていた力が逃げる。
「ほんとだ。ボク、関係ないじゃん」
ふるふると頭を振って、リードを握りしめ直す。
「け、けど、いまは白宮にお前の監視をお願いされてるんだから、ちゃんと見ておかないとダメだろ。おかしな行動をとるな! ビックリしちゃうじゃんか!」
「飼い主でもないくせに偉そうだったんでつい」
「……そ、そうか。……それもそうだよな。……ボクも悪かったよ。なんか勘違いしちゃった。だって雄犬ペットのお世話なんてはじめてだし。頼むから大人しくしてくれよ。もしボクが見てたのにポチに逃げられでもしたら白宮に嫌われちゃう」
しおしおと萎れた小谷内は背を丸めて唇を尖らせる。
「逃げませんよ。俺もいたずらしてすみません」
「いや、いいよ。おあいこだよ」
小谷内がご主人様の席を立って、自分の椅子を近くに引く。俺を座らせてから、ご主人様の席に座り直した。見つめ合う。沈黙が落ちた。その隙間を嫌うように慌てた口調で少女が名乗る。
「ボク、
「白宮ポチです。趣味は……なんだろ? まだないですね」
また沈黙。
ごくりと息を呑んだ小谷内がどもりながら言う。
「な、なあ、さっき久崎と話してるの聞いててさ、気になることあったんだけど、聞いてもいいか?」
「はあ、なんですか?」
「ぽ、ポチって白宮と、き、キスとか、その、しちゃってるわけ?」
「してますよ」
「──ほんと!?」
ぐっと身を乗り出した彼女に肩を掴まれる。ごほんと咳払いをした小谷内は平静をよそおいながら座り直した。
「ごめん、ちょっと取り乱した。……し、白宮との、き、キスって、ど、どんな感じなの?」
斜め下を見て指先をつんつんしながら尋ねてくる小谷内。
「幸せな気分になりますよ」
俺の答えにほわりと表情筋を緩めた彼女は空を見る。
「はあ、やっぱりそうなんだ。そりゃそうだよな。あんなに可愛い子とキスできたら幸せに決まってるよな。ボ、ボクも、白宮とキスしてみた──うわぁぁっ、いまのなし! 聞いてた!? 聞いてなかったよな!? 聞いてたとしたも忘れろよ!」
「うす」
ご主人様のこと好きなんだろうな、この子。
顔を真っ赤に染め、手をワタワタと動かし、失言を誤魔化そうとする小谷内のうしろ、教室の真ん中にあったグループから、派手なハニーブロンドの髪をサイドテールにしたギャルが近づいてくるのが見えた。
思わず我が目を疑う。
なんだあのおっぱい。
でかすぎるだろ。
胸にメロンでも隠してるのか。
「ういー、あんたが紗和の雄犬ペット?」
小谷内が身を固くする。
ギャルを視認して表情から色がなくなった。すっと存在感を薄めてまるで地蔵のようになってしまう。
ギャルが俺に詰め寄り、無遠慮にじろじろと見つめてきた。
「紗和シュミ悪ぅ〜。ぜんぜんかっこよくないじゃん。なんでこんなの飼ったんだろ? ジミジミだね、えーと、名前は……」
なんだこいつ、腹立つな。
嘘の名前を教えてやろう。
「白宮ナヌンパボヤです」
ナヌンパボヤは韓国語で『わたしはバカです』という意味だ。
「ナヌンパボヤ! 名前までブサイクじゃん」
「……」
「あーっ! 無視するな!」
「……」
「おい、ナヌンパボヤ! ナヌンパボヤ!」
わたしはバカです、と自己紹介し続けるギャルを俺は無視しづけた。
やっとギャルにたどり着きました涙