水と歩むグルメ旅行 作:美しいと思ったんだ
「ティフォン、血だけ食べられる? あ、ついでに石も抜いてくれると助かる」
『まかせてー!』
ヨークシンシティから北。レストランの料理を全て食べ終えたレディスは荒野を超えた先にある森の中で、石を投げて仕留めた獲物の血抜きをティフォンにお願いしていた。
ティフォンは元気に返事をすると、レディスの3倍程度はある生物の傷跡へと覆いかぶさり、中身から血だけを食べて石だけを外に吐き出す。
(いつ見ても便利だ。全自動血抜きティフォン)
死んだ後に血抜きをしなかった場合、肉は臭くなって食えたものじゃなくなる。だがティフォンがいれば完璧な血抜きを施せるため、臭くなって食べられない部分がほとんどなくなる。
まあ臭くなってもティフォンにとってはいいスパイスらしいので、喜んでその部分を食べるだろうが。
『ん-っ美味しかった! ねえ、これでもっと美味しい料理を作ってよ!』
「勿論だよ。でもまずは解体したいからナイフ出してくれない?」
『いいよー』
ティフォンに向けて手を差し出すと、水の身体の中に解体用のナイフが滲み出るように現れた。そのナイフを手渡してくれたティフォンに感謝を伝えてから、鹿なのか牛なのか分からない獣を木に吊り下げて解体を始める。
(俺、よくこんなデカいの持てるな。前世じゃあり得ないわ)
どう見ても数百キロはありそうなのに大して力まず持ち上げて、木にぶら下げた縄に引っ掛けることができる。本来なら木がへし折れそうな重さだが、この世界は木材も丈夫なようで少し軋む程度で耐えてくれていた。
『ねぇレディスー。中は食べていい?』
「ん? ああ内臓? むしろありがたいよ」
皮を分離して腹を裂いた辺りでティフォンのおねだりが始まった。まあ拒否する理由もなくむしろありがたいので食べてもらうことにする。裂いた腹を少し広げると中へティフォンが入り込み、身体の中に内臓を取り込んで溶かし始めた。ただ腸の部分だけは地面にポイ捨てしたので、破らないようにしながら予め掘っていた穴へと放り込む。
ある程度を食べ終えるとティフォンが腹から出てきたので解体を再開し、骨に沿って肉を切り分けていく。
「んー、こりゃ牛の方が近いかな?」
牛なのか鹿なのかよく分からないので、解体した部分を少しだけ切り分けて生のまま食す。今食べたのは腹の部分。普通は死後硬直でカッチカチなゴムみたいな感触のはずだが、この動物は特別なようだ。死んだばかりなのに柔らかくて脂身と赤身がほどよいバランスに整っている。脂身が少し多い気がするのでこれは鹿よりも牛よりだろう。
『ティフォンにもちょーだい!』
「いいよ」
『わーい!』
これが牛だと仮定すると、一番美味しいのは背中の部分のサーロイン。今回はその部分でステーキにでもしようと考え、たまに摘まみ食いをしながら解体を進めていく。
こういう時に自分の超能力は便利だ。素手で持ちながら能力を使うだけで全体を焼くことができる。生肉と焼いた肉をティフォンと一緒に食べつつ進めていると、いつのまにか半分程度の解体が終わっていた。
「ティフォン、これはまだ食べずに保管していてね」
『はーい』
今回食べない部分をティフォンに渡して保管をお願いすると、水の中に取り込んだ肉が徐々に姿を消していった。溶けて消えた感じではないのでしっかりと保管してくれているみたいだ。
「あ、少しなら摘まみ食いしてもいいからね。無くなったらまた取ればいいし」
『はーい! その時は一緒に食べようね!』
その後も解体した肉をどんどんティフォンに飲み込んでもらい、最後に残したのは背中の中央から腰にかけての部分の赤い肉。これより上のリブロースの部分でもよかったが、今は赤い肉を食べたい気分だった。リブロースの部分は二週間後くらいにしゃぶしゃぶにして食べよう。
「ステーキでいいかな?」
『うん! いいよ!』
今回のメニューは予定通りにステーキだ。適当に拾ってティフォンに洗ってもらい、ついでに成形してもらった平らな石の上に500グラムはありそうな肉の塊を乗せる。
次にティフォンから胡椒を出してもらって両面に塗りたくり、ついでに鉄串でぶすぶすと等間隔に穴を空けていった。
(やはり便利だな、ティフォン。一家に一台ティフォンだわ)
血抜きも洗い物も保存もできる万能の水。しかも自分で動く上に可愛いくて強い。なんて素晴らしい水なんだ。
『レディスー? お腹減ったー』
「ティフォンにお腹は無いでしょ」
『無いけどお腹が減ったの!』
「はいはい、じゃあ今から焼くからもう少し待ってね」
早速肉へと素手で触れて能力を発動させると温度が上昇していき、ついでに平らな石の温度も上昇して溢れた肉汁がじゅぅという音を立てる。この能力ならば肉の全体の温度を上昇させることができるので、良い感じに焼くことができる。
(なんて素晴らしい能力なんだ。最初の頃は熱かったけれど今じゃ全く熱くないし。俺って結構すごいかも?)
レディスは自画自賛しつつ焼いていると、なんとなくいい感じに焼けたという感覚がしたので温度の上昇を止める。溢れた肉汁が石の皿の上で弾けており、肉の表面でも油が弾けていてとても美味しそうだ。
『わぁ~! ご飯ー!』
「あっ、……まあ素手でいいか」
フォークを貰おうと思ったがティフォンが肉に飛びついたので断念し、素手で肉を引きちぎって口へと運ぶ。引きちぎった際に飛び散った肉汁の多さで美味さを確信して食べようとした時、ふと背後からガサガサという音が聞こえてきた。
はて獣か何かか? と思いつつ噛むことで肉汁が溢れ出てくる極上の肉を味わいながら振り返る。
「美味そうなもん食ってんじゃねェか。オレにもよこせ」
現れたのは獅子のような髪をしている野性的な風貌の大男。肉体は凄まじく、あのホラーゲームの館で最初に見た男よりも遥かに大きくて力強い。そんな男がこれまた野性的な笑みを浮かべながら、低く威厳のある声色でそう言ってきた。
「誰?」
「あ? オレか? ウボォーギンだ」
「ふーん。俺はレディス」
「はっ、そうかよ。んじゃあオレにもよこせ、その肉」
その態度は頼む態度ではなく、とても上から目線の命令のように聞こえる。自分が上でこちらが下だと確信しているような態度だ。
「えー、嫌だよ」
「いいからよこせ。死にたくはないだろう?」
おお、完全なる脅しだ。剣呑な雰囲気を出しながら拳を握りしめて近づいていくる。
恐らくこの人は超能力を使えるタイプの人なのだろう。美味しいエネルギーが湧き出ているのが見えるし。
……にしてもなんか変なんだよなぁ、この人。今もTHE・悪党って感じだけれど、どうにもそうには思えない。なんというか、悪役を演じてる俳優って感じがする。気のせいだろうか?
「一つだけ聞いてもいい?」
「ハッ、いいぜ。冥土の土産に教えてやる」
「ありがとう。んじゃあ、なんでそんなに悪役って感じなの? 似合ってるけれど、それが素じゃないでしょ?」
そう言った瞬間、ウボォーギンと名乗る男の目が見開かれた。そして剣呑な雰囲気が霧散していき、
「……ハ、ハハ、ハハハハハハハハ!!」
『なになになになに!?』
何を思ったのか、森中に響き渡りそうなほどの大爆笑を始める。驚いたティフォンが水の中に肉を浮かせたまま傍にやってきた。
『わー! なにアレ美味しそう! ねえレディス、あれ食べていい?』
「ダメだよ。なんか面白そうな人だし」
『えー、美味しそうなのにぃ……』
眼は無いが、なんだか恨みがましく見てくるようなティフォンの視線を無視しながら、大笑いをしている男性が落ち着くのを待つ。
「こんなに笑ったのは久しぶりだ! レディスだったか? 気に入ったぜ」
「そう? ありがとう」
「お? なんだくれんのかよ。ありがとよ」
一分くらいでやっと落ち着き、先ほどとは違う友好的な態度でウボォーギンはずんずん近づいてきた。敵意が無いことは分かるので肉を手渡すと、彼は手で鷲掴みにして豪快に齧り付く。
『わー、美味しそう! 本当に食べちゃだめ?』
「んお? なんだこの水。お前の念獣か?」
うめェな、と言ってから食べていた男は、ちょっと摘まみ食いしようとして近づいたのだろうティフォンに気が付いた。
「念獣って何?」
「あん? 念獣っつったら念獣だろうが」
『ねーえー、ちょっとだけならいいよねー? いいよねー?』
もっと詳しく聞きたいが、その前にティフォンを止めるべきか。このままじゃせっかくの面白そうな人がこの世から消えちゃう。
「あー、ウボォーギンさん?」
「ウボォーで十分だ。で、なんだ?」
「お願いがあるんだけれど、ちょっとだけエネルギーをくれない? ティフォンが食べたいって言っててさ」
拒否されたらどうすっかなぁ。ティフォンの感じからして我慢できそうにはないけれど、何とか止めるしかないか。最悪は、まあ、ご愁傷様ってことで。
「エネルギーっつうのはオーラのことか? んでティフォンってのはこの水か。……おいおい、こいつ人のオーラを食うのかよ。なんつぅ念獣を作ってやが……ん? こいつ、念獣じゃねェな?」
「念獣が何かは知らないけれど、ティフォンはこういう生き物だよ。可愛いでしょ」
ティフォンがエネルギー──オーラとやらを食べることが分かると、ウボォーギンは周囲を浮遊するティフォンを注意深く観察し始めた。その結果、どうやら念獣とやらではないことに気が付いたようだ。
「んでオーラを食いたいって? まあいいが、全部は食うなよ?」
「その辺はしっかりしてるから大丈夫だよ。ティフォン、少しならいいってさ」
良かった、許可を貰えた。
ウボォーギンの心配は最もだが、味を気に入っても気に入らなくても全部は食べないようにするはず。気に入ったのならば全部食べないでたまに摘まめるおやつにするし、気に入らなければわざわざ不味い物を食べることはしない。
まあこの前の食人男みたいに全部食べることもあるけれど、あいつは中間くらいの美味しさだったんだろう。保存するほどでもないけれど嫌いって程でもない、って感じの。哀れな食人鬼だった。
『わーい! ご飯ー!』
「うおっ、すげェ吸ってくるぞ。本当に大丈夫かよコイツ」
ウボォーギンは腕に纏わりつくティフォンにかなり吸われているのか、ほんの少し引いたような表情でこちらを見てきた。
「大丈夫大丈夫。ダメそうでも死ぬ前に止めるよ」
「いくらオレでも肉の代わりで死にたくはねェぞ」
大丈夫大丈夫。いくらティフォンでもそれくらいの我慢はでき『おいしぃいいいいいい!!!』る……?
『なにこれなにこれ!? すっごく美味しい!!』
「おい、これは本当に大丈夫なのか? なんかデカくなってるんだが」
大丈夫だと思っていたが全然ダメそうだ。夢中でエネルギーを食べているように見えるし、若干皮膚も食ってないか、アレ。
「あー、ダメかも」
「ダメなのかよ!?」
相当美味しかったらしく、もう"ちょっとだけ"なんて一切考えてい無さそうだ。水の身体が増える速度からして相当好みの味だったらしい。このままだとエネルギーだけじゃなくて身体の方も溶かして食べちゃいそうだ。
「おいなんとかしてくれ! お前のだろうが!」
「あー、ティフォンー? そこまでにしないとその人死んじゃうよー?」
『レディスも食べようよ! 美味しいよコレ!』
「え? そうなの? んー、じゃあちょっと食べようかな」
「おいぃ!?」
ティフォンのテンションがここまで高いのは珍しいので、自分も少しだけ興味が湧いてきた。少しだけ摘まみ食いするか、と思ってティフォンにお願いすると、伸びてきた水の先からオーラを分けてくれたので口に含む。
「っ!? ウッマ、なにこれ」
『でしょー!』
食べた瞬間に口の中へ広がったのは、まるで全ての肉の赤身の良い所を集めたような途轍もない旨味。味は一つしかないのに、まるで極上の肉と調味料で拵えた最高級の料理のようだ。レストランで食べたあらゆる料理よりも圧倒的に美味しい。
「おいっ! なにてめェまで食ってんだ! 早くコイツを止めろよ!」
ウボォーギンは慌てた様子でティフォンを掴もうとしているが、水の身体をかき分けるだけにしかなっていない。
「あっ、そうだった。ティフォン、こんなに美味しいんだから全部食べるのは勿体ないよ。生きてればこれが食べ放題だよ」
『確かにー! じゃあ最後にちょっとだけー』
「オレは食料か!? とんでもねェやつだなおめェ」
あまり人のエネルギーは好きではなかったが、ウボォーギンのエネルギーはとてつもなく美味い。これだけでも味わえるが、米があればなおのこと美味いはず。……いや、パンでもいいな。パンは時間が経つと美味しくなくなるから買ってないんだよな。失敗した。
「ったく、お前らとんでもねェな。人のオーラを食うなんてよ」
最後の一口を食べ終えたティフォンが離れると、ウボォーギンは纏わりつかれていた腕をさすりながらそう言った。
「ウボォーさんありがとう。めっちゃ美味しかったよ」
「……素直に喜んでいいのか判断に困るぜ」
まあ、お前食料としてすっげェ美味いよって言われても困るよな。でも美味しいんだから仕方ない。
ウボォーギンは疲れた表情をしながら地面に座り込み、持ったままだった肉の塊に齧り付く。
『美味しかった! ありがとう、ウボォーサン!』
「ティフォン、この人の名前はウボォーギンだよ」
『ウボォーギン、ありがとう! また食べるね!』
ウボォーギンはティフォンのお気に入りになったようだ。ティフォンの身体から目玉くらいの大きさの水が分離してウボォーギンへと近づいていく。
「……おい、また食うつもりかよ」
「いや、それはお気に入りの証だよ。人に渡すのは初めてだね」
「……素直に喜べねェ証だな」
少し警戒したように近づく水を見るウボォーギンだが、その水玉はお気に入りの人に渡す水なので安心してほしい。特に害はないし、むしろいい効果しかない。
「意外とありがたいと思うよ? それはティフォンだから、もしウボォーギンさんがヤバそうな時に助けてくれるし」
「そりゃアレだろ。気に入った飯が無くなるのは困るからだろうが」
「まあそうだね」
ティフォンが気に入った人や物に渡す、というか分離させる水玉ティフォンは、気に入った相手の状態や居場所を常に把握し、もしも対象が死にかけたら助けようとする。まあウボォーギンの言った通りご飯が無くなるのが嫌って理由だけれど、それでも助かるのは間違いないはず。
「それはティフォン自身でもあるから、それに話しかけたら俺に届くよ。ちょっとだけエネルギーを食べさせてあげると助かるかな」
「スゥーッ……またなんつう。……念獣じゃないってことは生き物で合ってるんだよな? この、ティフォンとかいう水はよ」
ウボォーギンは肩に乗っかった水玉ティフォンをぶっとい指でつつきながらそう言った。水玉ティフォンはさすがに自重しているのか大人しく突かれたままで、ウボォーギンからエネルギーを吸い取っている様子はない。
「そうだね。念獣が何かは知らないけれど、ティフォンは生き物だよ」
「念獣ってのはオーラで作った生物のことだ。お前、念能力者なのにそんなことも知らねェのかよ」
オーラってのはエネルギーか? ならばティフォンは普通の生き物で間違いない。自分で作った思い出なんてないし、そもそもティフォンと出会ったのは海辺の砂浜だ。
で、
「……念能力者って、何?」
「……マジか」
念能力者って何なんだ。ウボォーギンは何故かとても驚いているように見えるが、もしかして知っているのが当然って感じの概念なのか? 前世で言えば、横断歩道を渡る時は信号が青の時にしましょう、みたいなレベルの。
「詳しく教えてくれない? その念能力者ってのと、オーラについて」
「……いいぜ。代わりにもっと肉をくれ」
いつのまにか小さくなっていた肉を口へ放り込み、ウボォーギンはさらなる肉を要求してきた。
それくらいならば全然良いのでティフォンに肉を出してもらい、能力を使っていい感じに焼いてからウボォーギンへ渡す。
「あー、まずは何から話すか。とりあえず念について話すぞ」
「お願いするよ」
レディスは自分も肉を食べながら、ウボォーギンの説明を聞き逃さないように姿勢を正す。
「いいか、念能力者ってのはオーラ、お前で言うエネルギーを使う奴らの事で……」
ヨークシンの北、荒野の先に森があるというのは独自設定になります。モデルだろうニューヨークの北には森があるので"ある"ということにしました。一応南にも荒野と樹林があるらしいので。
レディスとウボォーギンがこの森に居た理由については次回。