スクラップ・ララバイ - Cyberpunk2077   作:imamo

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第10話 輪の外側

 キャンプに着いたのは、夜半だった。

 

 迂回路を戻るあいだ、あたしは助手席で三回、話の組み立てを作り直した。

 

 一度目は、銃を拾った日から時系列で。二度目は、先に謝罪を全部並べてから。三度目は、レジーナの部屋で聞いた来歴を頭に置いて、自分の話を後ろに隠す形で。三度目まで組んで、それが何をしているのか気づいた。順番の工夫は、逃げ道の設計だ。

 

 バンが風車の影に入る頃、組み立ては全部捨てた。全部を、あったままの順で話す。それだけにした。

 

 キャンプは起きていた。

 

 誰も駆け寄ってはこなかった。テディが黙ってバンの鍵を受け取り、エミリーが黙って水の缶を降ろした。声のない出迎えは、責めているのとは違う。何をどう訊けばいいか、みんながまだ決めかねている夜の音だった。

 

 ミッチが、暗がりから並んで歩いてきた。何も持たず、何も言わず、焚き火までの五十歩をただ隣で歩いた。輪の手前で一度だけ足を止めて、低く言った。

 

「順番どおりに、全部だ。それだけでいい」

 

 組み立てを捨ててきてよかった、と思った。あの人の言う順番は、上手い順番のことじゃない。あった順番のことだ。

 

 焚き火の輪は、もうできていた。

 

 キャロルが先に無線を入れていたらしい。夕食の器がまだ片付いていない火の周りに、一族を率いるソウルとパナム、それにミッチと、古参の射手キャシディがいた。エミリーが鍋の始末をしながら、輪の外に立っていた。ノースの白い車体は、フェンスの向こうの定位置にいて、外部スピーカーだけが、こちらへ向いていた。

 

 あたしは輪の真ん中に、布ごと銃を置いて、布を解いた。

 

 二十エディの抜け殻。人を撃った銃。喋る銃。焚き火の光の中で、灰白の下地と剥げた黄色のHJKE-11は、値段より、ずっと重たいものに見えた。側面の青いSKIPPYの字だけが、場違いに呑気だった。

 

 輪の最初の沈黙のあいだ、視線の行き先はばらばらだった。ソウルは銃を見ないで、あたしを見ていた。パナムは火を見ていた。キャシディだけが、まっすぐ銃を見ていた。ミッチは、削りかけの治具の当て板を膝に置いたまま、どこも見ていないような目をしていた。

 

 それから、話した。カブキのジャンク箱から、今日の路地の血だまりまで。診断の夜も、農場につないだ夜も、書き換えた夜も、飛ばさずに。

 

 路地の話のところで、エミリーが小さい声を出した。

 

「……撃たれたの?」

 

「撃った。あたしが」

 

 訂正の三文字は、口に出すと、思っていたより重かった。重いまま、話の続きに戻った。話しながら、自分の声が説明の順に落ち着いていくのが、少しだけ嫌だった。修理の報告と同じ声で話せてしまう程度には、あたしはこの一月、これを抱え慣れていた。

 

   *

 

 最初に口を開いたのは、ソウルだった。

 

「まず、事実を並べる」リーダーの声は静かで、焚き火より低いところを通った。「その武器は、来歴のたどれる資産だ。ユキは、それを一月、無断でキャンプの網につないだ。結果、うちの中継から外に信号が出た。今日、市場でうちの交易車が、そいつを追う連中の目に入った。合ってるか」

 

「……合ってる」

 

「一族は百人いる。水と燃料と、道の安全で生きてる百人だ」ソウルは銃を見なかった。あたしを見ていた。「おれが問題にするのは、物の値段じゃない。危険の持ち込みを、百人の誰も、選ばせてもらえなかったことだ」

 

 返す言葉はなかった。ソウルは、いつも逃げられない事実から始める。

 

 次に立ったのは、パナムだった。庇ってくれると、心のどこかで思っていた。思っていた分だけ、来た言葉は深く刺さった。

 

「あたしは、あんたにいちばん腹が立ってる」パナムの目は、まっすぐあたしに向いていた。「銃を拾ったことじゃない。危険を隠したこと。一人で抱えたこと。……あたしは、それをやった人間だから、分かるんだよ。抱え込むのは覚悟じゃない。ただの独りよがりだ」

 

 一族を出て、戻ってきた人の言葉だった。重さの出どころが分かる言葉は、逃げ場がない。

 

「言いたいことは、それで全部か」ソウルが訊いた。

 

「まだ半分」パナムは言って、それでも座った。「残りは、処分が決まってからぶつける。今はここまで」

 

 二人のリーダーのあいだで、火が一度、大きく爆ぜた。

 

 キャロルは、火を見たまま話した。

 

「そいつが人格かどうかは、あたしには決められない。喋る。怯える。顔も出す。嘘もつくかもしれない。どれも、人格の証明にはならないからね」老眼鏡が火の色を映した。「確定できるのは、消える可能性があるってことだけだ。だから備える。データは三重に取る。隔離する。止める鍵も作る。……魂を拾ったなんて、あたしは言わないよ。拾えたのは、癖と、傷跡だ。それでも、捨てる理由にはならない」

 

 輪の後ろのほうで、テディが小さく訊いた。

 

「……売ったら、いくらになる。水の帳面、今月も赤いぞ」

 

 悪気のない、台所の声だった。うちの台所が今どれだけ細いかを、全員が知っている。誰も答えなかった。答えない、が答えとして輪を一周して、それきりその話は消えた。消してくれた、のほうが近いのかもしれない。

 

 キャシディは、しばらく黙って煙草を挟んでいた。それから、あたしにでも、ソウルにでもなく、輪の真ん中の銃に向かって、顎を上げた。

 

「そこの、喋るの」

 

 焚き火が爆ぜた。家族が銃に話しかける音を、あたしは生まれて初めて聞いた。

 

 銃身の上に、金色の弾丸像が点いた。訊かれる時は、顔を出す。いつからか、あいつはそう決めている。焚き火の輪の真ん中で、大きな白い目が、キャシディをまっすぐ見上げた。輪の何人かが、初めて見る顔に息を呑んだ。喋る銃と、顔のある銃は、別の生き物だった。

 

「訊きたいことが、三つある」

 

 煙草の先が、赤く息をした。

 

「一つ。おまえさんは、売られたいか」

 

『……いやだ』

 

「二つ。止められたいか」

 

『分からない』少しの間があった。『止まり方に、よる。誰が、どうやって止めるのかに』

 

 キャシディの目が、細くなった。悪くない答えを聞いた時の顔だった。

 

「三つ。何が、いちばん怖い」

 

 スキッピーは、長く黙った。あいつの沈黙は、長さがそのまま重さだ。

 

『……消されるのが、怖い』小さい声だった。『もう一度。役に立たないと、置いてもらえない。だから、役に立とうとする。でも、役に立つ僕は、たぶん、誰かを撃つ僕だ』

 

 弾丸像の笑顔は、製品の定型のまま一拍遅れて残って、それから本人の手で消えた。怖い話は、顔を消して言うことにしたらしい。

 

 輪が、静かになった。火の爆ぜる音だけが残った。

 

 誰かが何かを言うより先に、フェンスの向こうから、平らな声が届いた。

 

『発言を許可されるなら、一つだけ』ノースだった。『人格は、チェックサムでは証明できません。私にも、彼の代わりには答えられない。……ただ、統合や初期化を、彼抜きで決めないでください。それと、キャンプが危険を引き受けるかどうかは、キャンプが決めることです。両方が、要ります』

 

 輪の中の誰も、白い車に座れとは言わなかった。ノースも、入ってこなかった。輪の外から言うべきことを言って、それきり黙った。

 

   *

 

 結論は、その夜のうちに全部は出なかった。出た分だけが、読み上げられた。

 

「売らない」ソウルが指を折った。「隔離する。発言の場は残す。それから——ユキ。おまえの単独交易と、工房の単独使用は、当面止める」

 

「ナザレは、共有工房へ移す」ミッチが続けた。会議で初めての言葉だった。「一人の秘密の仕事じゃ、もうなくなった」

 

 処分だった。分かっていた。頷く以外の返事を、あたしは持っていなかった。

 

 決まった分は、その場で無線板に書かれた。ソウルの炭の字で、補給便の変更と誕生日の祝辞の下に、今夜の決定が並ぶ。売らない。隔離。発言権。ユキ、単独交易と単独工房、当面停止。日付。うちの決定は、書かれて初めて決定になる。書かれた字は、言い訳の余白を持たない。

 

 書き終えたソウルが、炭を置いて、あたしを見た。

 

「言っておく。処分は、罰じゃない。信用の、返済計画だ」声は、会議の声より少しだけ平らだった。「完済の日付は、ここには書かない。おまえの働きが書く」

 

 リーダーはそのまま、焚き火の始末に回った。罰なら、耐えればいい。返済は、耐えるだけじゃ減らない。そういう組み方をする人だった。

 

 散会の気配の中で、エミリーが器を下げて回った。あたしの前に来て、あたしの器を取って、それから、洗い場の籠の、みんなの器と同じ場所に重ねた。外さなかった。

 

 あたしは湯気の消えた自分の器を目で追って、その当たり前が、当たり前じゃない場所を、あたしが元いた場所を、少しだけ思い出した。

 

 洗い場の水音が、いつもの夜の音で続いた。処分の夜にも、器は洗われる。それが、うちだ。

 

 テディはバッグの別の仕切りから弾倉を受け取り、二十七発を数えて、武器庫の帳面へ戻した。

 

 解散はしなかった。キャロルが隔離とバックアップの支度を、その場で始めたからだ。

 

 三重の複製は、三つの別の場所へ行くことになった。一つはキャロルのバンの金庫。一つは北の谷の本営。一つは共有工房の棚。どれも暗号化した読み取り専用の像で、単独で起動するのに要る署名と実行層は、わざと含めない。有線だけの遮蔽箱も、その場で組まれた。上面には、外へ映すだけの低出力の投影窓が一つ。物理のシャッター付きで、消す側の権利は本人が持つ。修理の口とも、無線とも、つながらない一方通行だ。箱を閉じても、顔まで閉じ込めない造りだった。手順は、あたしが第四夜にやったことの、正しい版だった。正しい版を横で見ているのは、採点された答案を返される時間に似ていた。

 

 その途中で、スキッピーが、自分から声を上げた。

 

 会議のあいだ、あいつはずっと聞いていた。差分、という言葉が輪の中を何度か回るのを。自分の中の何かが変えられていて、その記録が取れるらしい、ということを。訊く権利の使い方を、あいつはたぶん、あの数分で組み立てていた。

 

『キャロルさん。お願いが、あります』

 

「なんだい」

 

『僕の人格の、差分監査をしてください。この一月で、僕のどこが変わったか。……自分の身体のことを、僕は、知りたい』

 

 キャロルの手が止まった。あたしの心臓も止まった。

 

「いいのかい。それは、痛いかもしれないよ」

 

『役に立つために変えられたなら、知る権利があると思う。……たぶん』

 

「なら、条件を先に言っとく」キャロルは、箱に向き直った。「見るのは差分だけ。中身の書き換えは、今夜はしない。途中でやめたくなったら、言いな」

 

『……途中で、止まれるんだ』

 

「止まれるとも。監査ってのは、そういうふうに作るもんだ」

 

 止まり方に、よる。さっきのあいつの答えが、あたしの耳の奥で反響した。

 

 キャロルは、あたしを見なかった。見ないまま、監査をかけた。逃げる場所は、輪の中にはなかった。逃げないことだけが、あたしに残っている返事だった。

 

 差分の表が、火明かりの中に浮かんだ。

 

 脅威判定の重みの蓋。照準系の自動起動の停止。応答の語彙から消えた、命中率の読み上げ。書き換えの日付は一つ残らず、あたしの徹夜の夜と重なっていた。データは、言い訳の混じる余地のない順で、それを並べた。

 

 誰も、あたしを責めなかった。責める声より、火の爆ぜる音のほうが多い時間が、ずっと重かった。

 

 スキッピーは、表を最後まで黙って見ていた。

 

『……この蓋は』やがて、表の一行を指す音程で、あいつは言った。『外せるの?』

 

「外せる」キャロルが答えた。「外すかどうかは、別の会議だ。あんたも入る会議のね」

 

『僕も入る会議』スキッピーは、その言葉を一度だけ繰り返した。悪い響きじゃなさそうだった。

 

 あいつが今、あたしをどう思っているのかは、分からなかった。分からないことが、答えの代わりに、そこにあった。

 

 パナムが息を一つ吸って、何も言わずに吐いた。誰の代わりの言葉も、この夜は、もう出なかった。

 

 フェンスの向こうから、ノースの声が、静かに届いた。

 

『ユキ』

 

 あたしは顔を上げた。

 

『私のセンサーを替える時、あなたは訊きました』

 

 白い車体は、動かなかった。

 

『彼の答えを替える時は、誰に、訊いたのですか』

 

 

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