キャンプに着いたのは、夜半だった。
迂回路を戻るあいだ、あたしは助手席で三回、話の組み立てを作り直した。
一度目は、銃を拾った日から時系列で。二度目は、先に謝罪を全部並べてから。三度目は、レジーナの部屋で聞いた来歴を頭に置いて、自分の失敗を後回しに。三度目を考えている途中で、やめた。
バンが風車の影に入る頃、組み立ては全部捨てた。全部を、あったままの順で話す。それだけにした。
キャンプは起きていた。
誰も駆け寄ってはこなかった。テディが黙ってバンの鍵を受け取り、エミリーが黙って水の缶を降ろした。声のない出迎えは、責めているのとは違う。何をどう訊けばいいか、みんながまだ決めかねている夜の音だった。
ミッチが、暗がりから並んで歩いてきた。何も持たず、何も言わず、焚き火までの五十歩をただ隣で歩いた。輪の手前で一度だけ足を止めて、低く言った。
「順番どおりに、全部だ。それだけでいい」
あたしは頷いて、輪へ入った。
焚き火の輪は、もうできていた。
キャロルが先に無線を入れていたらしい。夕食の器がまだ片付いていない火の周りに、一族を率いるソウルとパナム、それにミッチと、古参の射手キャシディがいた。エミリーが鍋の始末をしながら、輪の外に立っていた。ノースの白い車体は、フェンスの向こうの定位置にいて、外部スピーカーだけが、こちらへ向いていた。
あたしは輪の真ん中に、布ごと銃を置いて、布を解いた。
二十エディの抜け殻。人を撃った銃。喋る銃。焚き火の光の中で、灰白の下地と剥げた黄色のHJKE-11は、値段より、ずっと重たいものに見えた。側面の青い`SKIPPY`の字だけが、場違いに呑気だった。
輪の最初の沈黙のあいだ、視線の行き先はばらばらだった。ソウルは銃を見ないで、あたしを見ていた。パナムは火を見ていた。キャシディだけが、まっすぐ銃を見ていた。ミッチは、削りかけの治具の当て板を膝に置いたまま、どこも見ていないような目をしていた。
それから、話した。カブキのジャンク箱から、今日の路地の血だまりまで。診断の夜も、農場につないだ夜も、書き換えた夜も、飛ばさずに。
路地の話のところで、エミリーが小さい声を出した。
「……撃たれたの?」
「撃った。あたしが」
エミリーが口を押さえた。あたしは目を伏せずに、止血と搬送まで話した。
*
最初に口を開いたのは、ソウルだった。
「まず、事実を並べる」リーダーの声は静かで、焚き火より低いところを通った。「その武器は、来歴のたどれる資産だ。ユキは、それを一月、無断でキャンプの網につないだ。結果、うちの中継から外に信号が出た。今日、市場でうちの交易車が、そいつを追う連中の目に入った。合ってるか」
「……合ってる」
「一族は百人いる。水と燃料と、道の安全で生きてる百人だ」ソウルは銃を見なかった。あたしを見ていた。「おれが問題にするのは、物の値段じゃない。危険の持ち込みを、百人の誰も、選ばせてもらえなかったことだ」
返す言葉はなかった。ソウルは、いつも逃げられない事実から始める。
パナムが立った。あたしを見た目が、怒っていた。
「危険を隠したことに、腹が立ってる」パナムはあたしを見据えた。「あたしだって、一人で抱えて失敗した。あんたまで同じことするなよ。ここにいる連中は、そんなに頼りにならないか」
「言いたいことは、それで全部か」ソウルが訊いた。
「まだ半分」パナムは言って、それでも座った。「残りは、処分が決まってからぶつける。今はここまで」
二人のリーダーのあいだで、火が一度、大きく爆ぜた。
キャロルは、火を見たまま話した。
「まず隔離する。傷んだ媒体が消える前に、複製を三重に取る。それから、危なくなった時に止められるようにする」キャロルは箱を見た。「今すぐできるのは、そこまでだよ」
輪の後ろのほうで、テディが小さく訊いた。
「……売ったら、いくらになる。水の帳面、今月も赤いぞ」
悪気のない、台所の声だった。うちの台所が今どれだけ細いかを、全員が知っている。誰も答えなかった。答えない、が答えとして輪を一周して、それきりその話は消えた。消してくれた、のほうが近いのかもしれない。
キャシディは、しばらく黙って煙草を挟んでいた。それから、あたしにでも、ソウルにでもなく、輪の真ん中の銃に向かって、顎を上げた。
「そこの、喋るの」
焚き火が爆ぜた。家族が銃に話しかける音を、あたしは生まれて初めて聞いた。
銃身の上に、金色の弾丸像が点いた。訊かれる時は、顔を出す。いつからか、あいつはそう決めている。焚き火の輪の真ん中で、大きな白い目が、キャシディをまっすぐ見上げた。輪の何人かが、初めて見る顔に息を呑んだ。喋る銃と、顔のある銃は、別の生き物だった。
「訊きたいことが、三つある」
煙草の先が、赤く息をした。
「一つ。おまえさんは、売られたいか」
『……いやだ』
「二つ。止められたいか」
『分からない』少しの間があった。『止まり方に、よる。誰が、どうやって止めるのかに』
キャシディの目が、細くなった。悪くない答えを聞いた時の顔だった。
「三つ。何が、いちばん怖い」
スキッピーは、長く黙った。火が爆ぜても、顔の向きは変わらなかった。
『……消されるのが、怖い』小さい声だった。『もう一度。役に立たないと、置いてもらえない。だから、役に立とうとする。でも、役に立つ僕は、たぶん、誰かを撃つ僕だ』
弾丸像の笑顔は、製品の定型のまま一拍遅れて残って、それから本人の手で消えた。怖い話は、顔を消して言うことにしたらしい。
輪が、静かになった。火の爆ぜる音だけが残った。
誰かが何かを言うより先に、フェンスの向こうから、平らな声が届いた。
『発言を許可されるなら、一つだけ』ノースだった。『統合や初期化を、彼抜きで決めないでください。私は、それを望みませんでした』
輪の中の誰も、白い車に座れとは言わなかった。ノースも、入ってこなかった。輪の外から言うべきことを言って、それきり黙った。
*
結論は、その夜のうちに全部は出なかった。出た分だけが、読み上げられた。
「売らない」ソウルが指を折った。「隔離する。発言の場は残す。それから——ユキ。おまえの単独交易と、工房の単独使用は、当面止める」
「ナザレは、共有工房へ移す」ミッチが続けた。会議で初めての言葉だった。「一人の秘密の仕事じゃ、もうなくなった」
処分だった。分かっていた。頷く以外の返事を、あたしは持っていなかった。
決まった分は、その場で無線板に書かれた。ソウルの炭の字で、補給便の変更と誕生日の祝辞の下に、今夜の決定が並ぶ。売らない。隔離。発言権。ユキ、単独交易と単独工房、当面停止。日付。
書き終えたソウルが、炭を置いて、あたしを見た。
「いつまでかは、まだ決めない」ソウルは言った。「危ない時に報告できるか、決めた手順を守れるか。これからの仕事を見て、判断する」
リーダーはそのまま、焚き火の始末に回った。
散会の気配の中で、エミリーが器を下げて回った。あたしの前に来て、あたしの器を取って、それから、洗い場の籠の、みんなの器と同じ場所に重ねた。外さなかった。
あたしは湯気の消えた自分の器を目で追って、その当たり前が、当たり前じゃない場所を、あたしが元いた場所を、少しだけ思い出した。
洗い場の水音が、いつもの夜の音で続いた。
テディはバッグの別の仕切りから弾倉を受け取り、二十七発を数えて、武器庫の帳面へ戻した。
解散はしなかった。キャロルが隔離とバックアップの支度を、その場で始めたからだ。
三つの複製を、キャロルのバンの金庫、北の谷の本営、共有工房へ分ける。どれも暗号化した読み取り専用の記録で、単独起動に必要な署名と実行層は含めない。キャロルは続けて、有線だけの遮蔽箱を組んだ。上面の投影窓には、スキッピーが自分で閉じられるシャッターを付けた。映像を外へ出すだけで、修理端子にも無線にもつながらない。あたしは頼まれた工具を渡した。
その途中で、スキッピーが、自分から声を上げた。
『キャロルさん。お願いが、あります』
「なんだい」
『僕の人格の、差分監査をしてください。この一月で、僕のどこが変わったか。……自分の身体のことを、僕は、知りたい』
キャロルの手が止まった。あたしの心臓も止まった。
「いいのかい。それは、痛いかもしれないよ」
『役に立つために変えられたなら、知る権利があると思う。……たぶん』
「なら、条件を先に言っとく」キャロルは、箱に向き直った。「見るのは差分だけ。中身の書き換えは、今夜はしない。途中でやめたくなったら、言いな」
『……途中で、止まれるんだ』
「止まれるとも。監査ってのは、そういうふうに作るもんだ」
止まり方に、よる。さっきのあいつの答えが、あたしの耳の奥で反響した。
キャロルは、あたしを見なかった。見ないまま、監査をかけた。逃げる場所は、輪の中にはなかった。逃げないことだけが、あたしに残っている返事だった。
差分の表が、火明かりの中に浮かんだ。
脅威判定の重みの蓋。照準系の自動起動の停止。応答の語彙から消えた、命中率の読み上げ。書き換えの日付は一つ残らず、あたしの徹夜の夜と重なっていた。データは、言い訳の混じる余地のない順で、それを並べた。
誰も、あたしを責めなかった。責める声より、火の爆ぜる音のほうが多い時間が、ずっと重かった。
スキッピーは、表を最後まで黙って見ていた。
『……この蓋は』やがて、表の一行を指す音程で、あいつは言った。『外せるの?』
「外せる」キャロルが答えた。「外すかどうかは、別の会議だ。あんたも入る会議のね」
『僕も入る会議』スキッピーは、その言葉を一度だけ繰り返した。悪い響きじゃなさそうだった。
あいつは一度も、あたしを見なかった。
パナムが息を一つ吸って、何も言わずに吐いた。誰の代わりの言葉も、この夜は、もう出なかった。
フェンスの向こうから、ノースの声が、静かに届いた。
『ユキ』
あたしは顔を上げた。
『私のセンサーを替える時、あなたは訊きました』
白い車体は、動かなかった。
『彼の答えを替える時は、誰に、訊いたのですか』