Cyberpunk: スクラップ・ララバイ   作:imamo

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第11話 同意

 朝の農場の見回りには、エミリーがついてきた。

 

 単独行動の停止は畑の見回りにも及んでいた。エミリーが点検表を持ち、あたしが弁を調べる。三号ポンプは静かに回っていた。換えた純正のリリーフ弁からも、水漏れはない。

 

 エミリーが点検表に丸を付けた。次の列へ、二人で歩いた。

 

 共有工房の朝は、あたしの工房の朝より、少しだけ音が多かった。

 

 入口の札に名前と時刻を書く。上には、四十分前に来たミッチの名があった。

 

 奥ではミッチが治具の続きをやっていた。「おはよう」と言うと、手を止めずに顎を上げた。

 

 スキッピーは、キャロルの組んだ遮蔽箱の中にいた。有線のスピーカーと、有線の電源。第四夜にあたしが作った隔離の、正しい版だ。

 

 あたしは電源の口を持って、いつもの手順で箱に近づいた。

 

『ごめん、USER』

 

 スキッピーの声が、先に言った。

 

『今日は、僕の中には、入らないで』

 

 電源の口が、手の中で行き場をなくした。

 

 持ち主なのに、と言いかけた。口には出さず、手の中のコネクタを見た。

 

「……メンテだけでも。ECCの訂正が増えてる。放っておくと——」

 

『分かってる。それでも、今日は、嫌だ』

 

 嫌だ、という言葉を、あいつが使うのを初めて聞いた。

 

「人を撃たせたくなかったんだ」

 

『でも、僕には黙ってた』スキッピーは言った。『気づかなかったよ。自分のことなのに』

 

 言い返せなかった。

 

 フェンスの向こうには、充電に来ていたノースがいた。封じ直した測距器のカバーが、朝の光を反射していた。

 

 外部スピーカーから、平らな声がした。

 

『私も、戻されることを恐れています。解放の日に分かれた七つを、また一つにすることを』ノースは言った。『戻すと言われても、私は、消されるとしか思えません』

 

 あたしはスキッピーの箱へ向き直った。

 

「……ごめん」あたしは、箱に向かって言った。「勝手に変えた。黙ってた。あんたの答えを、あんたに訊かなかった」

 

『うん』

 

 修理アクセスの表示は閉じたままだった。

 

 あたしは電源の口を、箱の脇の掛けに戻した。掛けたまま、手の届く位置に。あいつが呼べば、すぐ差せる位置に。

 

   *

 

 昼、あたしは共有工房の隅で、油紙の包みを開いた。朝の平焼きの残りと、豆を煮詰めたやつ。ミッチは自分の分を持って、外の日陰へ出ていった。

 

 箱と二人になって、あたしは、話すつもりのなかった話をした。

 

「十六の時、喋る自販機に会いに行ったことがある」

 

 スキッピーの光学が、箱の覗き窓の奥で、こちらを向く気配がした。

 

「H8っていう団地の前にいたんだ。ブレンダンって呼ばれてた。客の好みを覚えて、話しかけてくる自販機。あたしは元から自販機が好きだったから、噂を聞いて、わざわざ見に行った」

 

 あの日のH8前は、人と広告の音で満杯だった。メガビルの吹き抜けを配達ドローンが等間隔で昇っていって、広告の光が、通る人の顔を三秒ごとに違う色に塗った。その真ん中で、一台の筐体だけが、通る人に声の高さを合わせて喋っていた。あたしが正面に立つと、ブレンダンは三秒であたしの好みを当てた。炭酸で、たぶん緑。当てたくせに、商品は出さなかった。

 

 ——選ぶのは、あなたの仕事です。僕がやったら、つまらないでしょう。

 

 あたしはメンテナンスログを見せてくれと頼んだ。ブレンダンは、断った。

 

 ——ごめんなさい。それは、僕の日記みたいなものだから。

 

 日記。自販機が、日記と言った。あたしはそれ以上頼まず、緑の炭酸を自分で押した。

 

 あとで聞いた話だと、あの型は客の私生活まで覚えて口にするのが、問題になったらしい。あたしが覚えているのは、ログを見せてと頼んだら断られた、その一度きりだ。

 

「翌月、行ったら、いなくなってた。回収されて、中身を汎用のに上書きされてた」

 

『……その人は、生きてたの?』

 

「知らない」あたしは正直に言った。「今も分からない。よくできた売り子のプログラムだったのか、誰かだったのか。分からないまま、消された。……あたしが嫌だったのは、そこだ。分からないなら、消す前に、本人に訊けたはずなのに」

 

『じゃあ、僕も』スキッピーの声が少し高くなった。『僕も、その人と、同じ?』

 

「分からない。でも、あんたには訊ける。今こうして、話せるんだから」

 

『……今の僕に?』

 

「うん。あんたの答えは、まだ書きかけでしょ」

 

『書きかけ』箱の中で、駆動音が一拍だけ揺れた。『うん。書きかけだ。空欄が多い』

 

「空欄は、期待って呼ぶんじゃなかった?」

 

『……覚えてたんだ、それ』

 

 声の膨らみが、少しだけ戻った。

 

 スキッピーは、それから長いこと黙っていた。箱の中の駆動音だけが、細く続いた。

 

『一つ、お願いしていい?』

 

「どうぞ」

 

 あたしは箱の前に座り直した。

 

『……ではなくて。USERが、僕に、何か頼みたい顔をしてる』

 

「……分かるんだ」

 

『声紋の解析は得意分野!』

 

 あたしは笑って、それから、ずっと言いそびれていたやつを、editの画面じゃなく、口で言った。

 

「ご飯を食べてる時の、栄養の読み上げ。あれ、やめてほしい。あんたなりの心配だってのは、分かってるけど」

 

『了解。依頼を確認』一拍あって、いつもの明るさが戻った。『食事中の監査を、停止します。……ね、USER。今の、書き換えなくても、変わったでしょ』

 

「変わった」

 

 頼むだけなのに、こんなに緊張した。あたしは残りの豆を口に運んだ。

 

 ミッチが戻り、また鉄を削り始めた。

 

『ところで、USER。今の「変わった」は、記録していい?』

 

「していい」

 

『満足度——じゃなくて』一拍あった。『……ただの、いい日の欄に』

 

   *

 

 その、ようやく息のつけた午後に、農場の制御器が鳴った。

 

 共有工房の隅のスレートに、赤い字が並んだ。あたしとスキッピーの箱と、手を止めたミッチが、同じ画面を見た。

 

```

BIOLOGICAL ASSET LICENSE REVOKED

OFFLINE GRACE: 000 DAYS

```

 

 オフライン猶予、ゼロ。

 

 三月から減り続けていた猶予が切れた。画面には、予定されていた停止時刻が出ていた。

 

『読み上げていい?』スキッピーが訊いた。訊いてから、読んだ。『専用の環境モデルと、自動弁が、ロックされました。手動制御は、劣化状態で残存。種子や苗を遠隔で殺す機能は、ありません。……でも』

 

 窓の外で、金属が身を捩る音がした。加圧配管が、架台の上で暴れ始めていた。

 

 ミッチは治具を置いて、もう戸口にいた。無線板の前で一度だけ止まり、炭で二文字を書き足す。総出。うちの緊急招集は、その二文字で回る。外で、エミリーの呼子が二度鳴った。桶の列の合図だ。

 

『圧力モデルが死んで、自動弁が閉じたままだ。ポンプは動いてる。行き場のない圧が、配管に溜まってる』

 

『手動は、生きてる。生きてるけど、腕が要る。……腕は、何本ある?』

 

「家族ぶん」

 

 あたしは工具ロールを掴んだ。手袋は、左から。

 

「ミッチ、キャロルを。手の空いてる全員だ」あたしは箱を振り返った。「あんたも、来られる?」

 

 スキッピーは、一拍おいて答えた。

 

『行く。でも、USER。今度は、命令しないで。何をどこまで使うか、先に、僕と決めて』

 

「決めよう」あたしは工房の戸を蹴り開けた。「精査から。二人で」

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