五月に入ったばかりだというのに、梯子の鉄が素手では触れないほど熱かった。
自動弁が閉じたまま死んだせいで、ポンプの吐いた圧は行き場を失って、配管の中で暴れていた。継ぎ手が一つ噴いて外れ、濡れた土がたちまち蒸気の匂いを立てる。五月初めの砂漠は、水を撒いた先から乾かしていく。
一族総出の配管仕事になった。ミッチはポンプの元の圧を絞り、エミリーは桶の列を仕切った。パナムとテディが配管を担いで走り、キャシディは子どもらを噴き出す水から遠ざけていた。
ソウルは残量計を読み、エミリーの点検表と突き合わせていた。飲み水が人数かける四日分。調理と洗いで一日半。残る水で、どの列を生かせるか。鉛筆が表の上を動いた。
桶の列は、貯水塔の陰から試験区画の縁まで続いた。エミリーの声が飛ぶ。回せ。持って。戻し。受け手が遅れると水がこぼれ、砂に染みた。次の桶が来る。子どもの手に重みが移るまで、大人は取っ手を離さずに待った。
「貯水塔の元弁を、手で締める」ミッチが叫んだ。「圧を上から殺す。ユキ、上れるか」
「上る」
その前に、やることがあった。あたしは肩の袋の遮蔽箱に、口早に言った。
「スキッピー。センサーが要る。どこの圧がいちばん危ないか、上から見ながら教えてほしい」
『確認する』箱の中の声は、落ち着いていた。『使うのは、光学測距と、無線受信だけ。送信は切ったまま。……この範囲で、いい?』
「いい。停める時は、あんたが停めて」
『了解。停止の判断は、僕が持つ』
スキッピーが受信を開いた。圧力の値が読み上げられるのを聞いて、あたしは梯子に手を掛けた。
*
貯水塔は、濡れて、熱かった。
風車の骨組みを伝って、塔の横の梯子に取り付く。噴いた水を浴びた鉄は、掌の下で滑って、日の当たる面は火傷しそうに熱い。濡れた靴底で一段ずつ確かめながら、あたしは天辺の元弁に取り付いた。
高さは平気だった。靴底が滑らない位置を選び、身体を梯子へ寄せた。
ハンドルは、固かった。半回転で腕が悲鳴を上げた。
『USER、北の継ぎ手』肩の袋から、スキッピーの声が飛ぶ。『振動の周期が短くなってる。あと二分で、あそこも噴く。……先に四分の一だけ戻して。全閉はまだ駄目、下でパナムが管を抱えてる』
「四分の一、了解」
見えない場所で高まる圧を、あいつは振動の変化から読む。あたしの腕が、それを弁に伝える。北の継ぎ手が噴く前に、ミッチが下で圧を逃がした。
『それと、USER。右手のグリップ、握り込みすぎ。振動で測距がぶれる』
「……直した」
『読み、安定。ありがとう』
下を見ると、パナムが抱えた管を地面へ降ろすところだった。
スキッピーの合図で、あたしはもう四分の一、弁を回した。
地上では、キャロルがもっと厄介なことをやっていた。
「外部回線は切る」端末を叩きながら、キャロルが言った。「先月キャッシュした気象の型を使って、手動の配管で回す。必要な数字は、ここで読める」
言いながら、キャロルは制御器の背面カバーを開けて、外部回線の線を、ニッパーで物理的に切り落とした。
「これで外からは入れない。あとは手動だ」
切り落とした線を、キャロルは部品箱へ放り込んだ。
貯水塔から手動の管へ、水を少しずつ通した。あたしが弁を回し、スキッピーが振動を読み、キャロルが流量を確かめた。
*
全部は、救えなかった。
貯水の残りを見て、ソウルが線を引いた。
「飲み水と、調理と、洗いの分を先に取る。残りで賄える列だけ生かす。東の三列は——諦める。水を、人に残す。それでいい」
誰も言い返さなかった。言い返せる数字じゃなかった。
エミリーが東を見た。自分の受け持ちの西へ戻りかけて、立ち止まった。次の桶が来て、両手で受け取った。
塔の上から、東の三列が見えた。止めた水路の底が乾き、葉が内側へ巻いていった。
夕方、水が細く、でも確かに、生き残った列を巡り始めた。
西の列の根元に最初の水が届いた時、肩の袋で、聞き慣れた達成の音が鳴りかけた。
『タスク完了——』
音は、途中で切れた。
『……今のは、場違いだった。取り消します。完了じゃない。三列、枯れてる』
あたしは弁に手を置いたまま、なんと声をかければいいか迷った。
「……救えた列の水音は、聞いててもいいよ」
『うん。それは、聞いてる』
あたしは塔を降り、スキッピーの箱を水路のそばに置いた。夕食の支度が始まるまで、二人でそこにいた。
夜、残った通常の備蓄で、簡素な温食が作られた。豆と、保存肉と、焦げた平焼き。器を配ったのはエミリーだった。あたしの番で、あの子は一度だけ口を開きかけて、やめた。
「東の三列、あたしも手を入れたんだ」器を受け取りながら言った。「あんたの列が残って、よかった」
「……うん」エミリーは西を見て、次の器を隣の子に渡した。
あたしは水路の縁に座って食べた。保存肉は塩辛く、豆まで味が染みていた。
スキッピーのスピーカーは、皿の中身を読み上げなかった。約束は、生きていた。
代わりに、あいつは一つだけ訊いた。
『それ、うまい?』
「うまい。今日のは、特に」
『今日の豆と、昨日の豆は、同じ豆だよ』
「同じ豆でも、今日の身体が違う」
『……記録します。味は、身体とセットの数字』
*
食後、あたしは枯れた列の端に立った。
萎れた苗の根元の札には、企業のロゴと、ライセンスの管理番号が印字されていた。生きている列の札にも、同じ印がある。
『USER』肩の袋から、スキッピーが静かに言った。『あの苗にも、企業の印がついてた。僕のフレームにも、ついてる。保守の署名。所有者の欄。……僕らは、同じ?』
「植物とあんたが同じかは、分からない」あたしは札から目を離さなかった。「でも、ここで育てても、こっちで直しても、向こうが決めた条件で止まる。あたしたちに訊かずに」
『じゃあ、僕も、いつか』
「させない」
目の前で、三列を枯らしたばかりだった。
「……そうできるように、キャロルと考える。あんたも、一緒に」
『うん。僕も、考える』
その夜、匿名の一件が、また届いた。
差出人の欄には、前と同じ、終わったはずの回収案件の日付。今度は文字じゃなく、短い音声ファイルだった。
端末を耳に近づけて、再生する前に下ろした。
遮蔽箱の前へ持っていって、「一緒に聞いて」と頼んだ。
再生すると、スキッピーの声が流れた。
いや——違う。スキッピーの声に、よく似た何かだった。鼻歌の崩れも、砂の噛みもない。継ぎ目のない、綺麗な発音の。
『戻っておいで』
それだけ言って、ファイルは終わった。
遮蔽箱の中で、あたしのスキッピーは、長いこと何も言わなかった。
『……今の、僕の声だ』やっと、あいつは言った。『でも、僕は、言ってない』
「うん」
『あっちに、いるの? 僕の、綺麗なほうが』
「分からない」あたしは言った。「でも、確かめる。二人で」