Cyberpunk: スクラップ・ララバイ   作:imamo

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第16話 二つの鍵

 エンジンは、まだ掛かっていなかった。

 

 キャシディは鍵をつまんだまま待っていた。あたしは足元の箱へ顔を向けた。

 

「止めたくなる」あたしは言った。「今も止めたい。それが正直なとこだ」

 

『……うん』

 

「でも、黙って電源を切ったりしない。危ないと思ったら、何度でも反対する。だから、あんたも話して。行きたい理由も、怖いことも」

 

『家族が反対したら?』

 

「それも話す。みんなを危険に巻き込むなら、あたしたちだけでは決められない」

 

 箱の中で、駆動音が一拍だけ揺れた。

 

「トムズに来られたくなかったのも、あたしが怖かったからだ。あの店の人たちに何かあったらと思うと」

 

『……僕は、消えたところが見たい。でも、今の僕が消えるのは嫌だ。どっちも、本当』

 

「うん。そのまま、話そう」

 

 キャシディが、黙って鍵を回した。エンジンの震えが床から箱へ伝わって、リトルチャイナの裏通りの灯が、後ろへ流れ始めた。

 

   *

 

 キャンプへ戻った夜のうちに、焚き火の輪へ全部を置いた。

 

 作業帳を開き、利点、代償、旧契約の原資、五月末日の期限を、書いた順に読んだ。

 

 作業帳の隣に箱を置き、スキッピーにも話してもらった。

 

 ソウルは最後まで聞いてから、まず、やらないことを切った。

 

「力ずくの回収にも、本人抜きの正規化にも応じない」ソウルが区切るたび、キャロルが家族の正式判断として記録した。「統合するかは、こいつが決める。うちが決めるのは、キャンプの安全だけだ」

 

「三件の補正も、どうするか決めたい」あたしは言った。

 

「外すよ」キャロルが言った。「本人が外せと言った。一族が認めた。あたしが立ち会う。外した後は、隠し蓋の代わりに、誰でも監査できる安全を作る。作るのは——ユキ、あんたと、こいつだ」

 

 解除は翌朝に行った。スキッピーが希望した三件を、あたしが外し、キャロルが照合する。終わるとスキッピーが数値を読み上げた。今度は、途中で声を止める補正はなかった。

 

 工房の一角だけが、この一件に限って監督付きで開かれた。単独工房権も、単独交易権も戻らない。

 

 修理の口は、スキッピーが自分で開けた。

 

『この作業に要る診断と修理の分だけ、僕が開ける。終わったら、その日のうちに僕が閉める』

 

「閉め忘れたら」

 

『USERが言って。開けっ放しは、僕も嫌だ』

 

   *

 

 設計の最初の晩、あたしたちは正面からぶつかった。

 

 スキッピーの案は、緊急時のAI単独射撃だった。冗談の声じゃなかった。

 

『USERが倒れて、応答がない時。僕だけで判断して撃てる道が要る。守れない僕は、また役に立たない僕だ』

 

「却下」あたしは言った。「五十を怖がってるあんたに、五十一を数える係を一人でやらせる仕組みは、作らない」

 

 あたしの案は、その裏返しだった。あんたが応答不能の時だけ、あたし一人の判断で、あんたの身体を使って撃てる例外。こっちも本気だった。壊れたあいつを抱えたまま、撃てない銃と立ち尽くす図を、あたしは何度も描いていた。

 

『却下』即答だった。『黙ってる僕を「承認」に数えるのは、集計ミスだよ。そこから出た一発は、誰の一発になるの』

 

 あたしは図面の二本の迂回路を見た。どちらも片方だけで撃てるようになっていた。

 

「両方、捨てよう」

 

『両方、捨てる。……じゃあ、ほかの案を考えよう』

 

 あたしは二本とも消した。

 

 名前は`TWO-KEY`にした。二人が同じ一発を認めた時だけ、撃てる銃にする。

 

 所有者の証明や人格の移植には使わない。発砲の承認だけを、この回路に任せる。

 

 銃へつなぐ前に、試験灯を一つ付けた。スキッピーが標的と周囲への影響を表示する。候補には、撃たない案と、位置を知らせるだけの案もあった。

 

 あたしだけが発砲を承認しても、灯りは点かなかった。同じ標的をスキッピーも選ぶと点く。〇・八秒で消えた。もう一度両方が承認するまで、点かない。

 

 わざと別々の標的を選んだ。消灯。承認の途中で線を抜いた。やはり消えた。どちらかが迷った時も撃てないことを、キャロルと確かめた。

 

 スキッピーが、自分の承認をいつでも止められる操作も付けた。あたしからは解除できない。キャロルが停止を頼むと、あいつは自分で操作し、あたしが承認しても試験灯は消えたままだった。

 

『……嫌だの置き場所が、僕の中にできるんだ』

 

「うん。嫌なら止めて」

 

 最後に、小箱の話をした。

 

 最初の夜に外し、交易の前の晩につなぎ直した二本の線。撃発系を直結する回路が、まだ銃の中に残っていた。

 

 これを残せば、スキッピーが止まっても、あたし一人で撃てる。

 

「直結は外す。つなぎ直せないようにする。その前に、困ることも言っとく。あんたが壊れて黙ったら、あたしも撃てなくなる」

 

 長い沈黙の後で、答えが来た。

 

『外して。僕が黙ってる時に、僕で撃たれるほうが怖い』

 

 キャロルの立会いで、直結の回路を取り除いた。元のコネクタを差しても通電しないことを確かめ、キャロルが記録した。空の小箱は、棚へ戻した。

 

 箱を開けるのは、本人が同意した作業と試験の時だけ。キャロルが立ち会い、外への線を抜く。終わればその日のうちに閉じる。あたしたちは、この手順も作業帳に加えた。

 

   *

 

 三日目、ソウルの許可を取って、家族の目の中で野外の試験をやった。

 

 弾薬は、武器庫から試験用の一発だけを出した。弾倉へ入れ、キャロルが帳面の数を照合した。

 

 的は廃車のドアだった。ミッチがロープで引き、砂の上を走らせる。横でキャロルが記録板を構えた。

 

 視界に候補が並ぶ。蝶番。ロープの結び目。`NO FIRE`。情報だけ。

 

「蝶番。ドアだけ落とす。ロープを切ると、飛ぶ先が読めない」

 

『周りへの影響、低。……承認』

 

 あたしは親指のパッドで蝶番を選び、引き金を第一段まで引いた。グリップが震える。スキッピーも同じ一発を認めた合図だ。そのまま引き切ると、走るドアが蝶番を失って落ちた。ロープが跳ね、砂を擦っていった。

 

 膝の裏が震えた。あたしは銃を下げ、呼吸が戻るのを待った。

 

『命中率、百パーセント! 統計的には——』明るい声が、そこで止まった。『……続きは、やめとく』

 

 弾が空になったところで、承認を途中で止める試験をした。候補を選びかけて手を離す。グリップの承認表示は点かなかった。

 

「迷うと、閉じる」

 

『閉じる』スキッピーが言った。『迷いは、故障じゃない。仕様だ』

 

 試験は、そこで終わるはずだった。

 

 北の空に、予定にない小さな偵察機が入った。どこの機体か、分からない。

 

 弾があれば撃ち落とせる、とスキッピーが候補を出した。

 

「却下。落ちる先が読めない。破片は風下の農場側へ流れる」

 

「二発あったら、進む先と戻り道を塞げない?」

 

『却下。二発目の線の先に、貯水の列がある。USERの案は、広すぎる』

 

「なら、位置だけ知らせる」

 

『賛成』

 

 スキッピーが記録した機影と進路を、キャロルから一族へ伝えた。機影は高度を変えずに北へ抜けていった。

 

 キャロルが記録板から顔を上げた。

 

「承認には時間がかかったね。実戦で、それを待てるかどうか」キャロルは所要時間を示した。「試験を続けよう。今日分かったのは、二人とも拒否できたことだ」

 

 片付けは約束どおり、スキッピーが作業用アクセスを閉じ、キャロルが照合した。空の弾倉を抜き、薬室が空なのも二人で確かめた。弾倉は武器庫へ、銃殻は日のあるうちに遮蔽箱へ戻した。

 

 試験の後、キャロルが市場のついでに買ってあった、バック・ア・スライスの冷めたやつと、ぬるい炭酸を分けた。冷めたピザは、熱いのとは別の食べ物の味がする。別の食べ物として、悪くなかった。

 

『摂取の速度は、数えない』スキッピーが先に言った。『約束だから』

 

「泡は、今日も半分死んでる」

 

『いいなあ』

 

 あたしは最後の一切れを、耳まで食べ終えて、指の油を拭いた。

 

 ノースとの約束は、夕方、フェンス越しに交わした。

 

「一回きりの救難信号。それだけだ。常時の追跡はできない造りにする。受け取るかも、応じるかも、誰かへ中継するかも、全部あんたが選ぶ。戦いに来いって約束じゃない」

 

『条件を確認します。一回。受信の後の選択は、すべて私。……信号を持つことと、応じることは、別です』

 

「うん。応じるかは、あんたが決めて」

 

『では、持ちます』

 

 ノースへ一回分の救難信号を渡した。

 

 ナザレの作業札は、まだ`WORK HALTED / CONSENT PENDING`のままだ。車体には触れず、共有の作業台に空の架台を置いて、演算箱が載るか寸法だけを確かめた。

 

 全部で、三日だった。五月の末日までは、まだ指が余っていた。

 

   *

 

 その夜、映像が届いた。

 

 一族の受信の口に、宛名も名乗りもなく、一本だけ。

 

 橋の下の露店主が——ウェイ爺が、狭い部屋の椅子に縛られて座っていた。頬がこけて、唇が乾いて、白く割れていた。生きている。目だけが、レンズをまっすぐ睨んでいた。おれのことは気にするな、と睨む目だった。縛られていない場所が、もうそこしか残っていない睨み方だった。

 

 あたしは、油紙をくれた爺さんの手を思い出した。映像の手首には、縄が食い込んでいた。

 

 映像の下に、文字が一行だけあった。読んだ。そこに書かれた夜は、五月の末日より、まだ手前だった。

 

```

明日の夜。銃と、直した娘を、連れてこい。

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