受信の端末は、あたしが両手で焚き火の輪まで運んだ。
夜のうちに、全員が集まった。ソウル。パナム。ミッチ。キャロル。キャシディ。テディ。スキッピーの遮蔽箱は、輪の真ん中に置いた。
画面を皆へ向けて、映像を流した。狭い部屋。椅子ごと縛られた爺さん。乾いて白く割れた唇。レンズを睨む目。それから、一行の文。再生が終わるまで、誰も口を挟まなかった。
あたしは再生を止め、顔を上げた。
「あたしに銃を売った人だ。この人を助けに行きたい。手を貸してほしい」
ソウルが端末を受け取った。
「銃と娘だけ来い、だって」
「相手が何人いるかも分からん。まず場所だ」ソウルは画面を拡大した。
返事より先に、受信の口が鳴った。同じ宛先に、二本目が届いていた。キャロルが端末を確かめて、輪へ回した。
```
場所。バッドランズ外れ、旧廃処理施設。他は変えない。
```
「うちの場所が、割れてるのか」ミッチが低く訊いた。
「割れてない」キャロルは画面を伏せた。「届いた先は、うちの受信の口。番地みたいな物で、地面の場所じゃない。あの現況応答も、近くまで来た誰かの照合材料になるだけだ。位置は載らない。……こっちを探せないから、向こうが場所を指定して、呼ぶんだよ」
「ただ、近づけば旧い保守口を使われる恐れがある。権限表は読めてない。そこは覚悟して行く必要があるよ」
「分かってる。爺さんを取り戻したら、すぐ離れる」
ソウルが、輪の真ん中の箱を見た。
「行くかどうかは、おまえが決めろ」
『行く』間は、ほとんどなかった。『僕の殻は、あの人の店から来た。あの人を助けるために、行く。正規化と統合は、まだ保留。怖いかどうかも、集計中。それでも行く』
「集計中のまま来い」ソウルは枝を一本拾って、火の脇の砂に線を引いた。図面は描かなかった。「一人、一機能で行く。おれは、続けるか引くかを決める係だ。決めたら、一度で通す。パナム、車列。ミッチ、空の目。キャロル、通信と解析。キャシディ、射線。テディ、回収路。ユキとスキッピーは、爺さんの回収と`TWO-KEY`。自分の持ち場を越えるな」
「爺さんの回収と`TWO-KEY`。それ以外には手を出さない」あたしは言った。言葉にして置いておかないと、現場で手が勝手に伸びるのを、あたしは知っていた。
輪の後ろで、テディが手を挙げた。
「反対じゃない。数字だけ言わせろ。燃料は往復で普段の倍。水は人数かける二日。それと、しくじれば報復の線が、うちの井戸まで引かれる。……全部、水の帳面に載る話だ」
「載せろ」ソウルは即答した。「載せて、それでも行く。それが今夜の決定だ」
テディは頷き、必要な燃料を書き足した。
キャシディが帽子の縁を少し上げた。
「先に決めとく。人質の近くへは、撃たない」
「待って。近くって、どこまで」パナムが被せた。
「人質から三十メートル。それと、標的の後ろに燃料配管がある角度。そこへは撃たない」キャシディは火を見たままだった。「残りから、外れた弾の抜け先が錆の壁で止まる角度だけ拾う。その角度にしか、位置は取らない。逆にすれば、撃つ理由をあとから作ることになる」
「バシリスクは、置いていく」パナムが言った。「人質が近い。燃料の設備が残ってる。地形が狭い。それに、あれを一度でも表へ出せば、ミリテクに居場所と手札が、まとめて知れる」
あれは家族の最後の切り札だ。折った指が四本になって、パナムは手を下ろした。
「一つ、あたしは別の絵がいい」パナムが言った。「向こうが並ぶ前に、車列で施設の外周を先に取る。主導権はこっちへ来る」
「取らない」ソウルは短かった。「外周を取れば、向こうは中へ籠る。籠った建物の中の人質と、うちの撤退線。両方が悪くなる。並ばれてから、崩す。遅いほうが、安い」
パナムは黙って考え、「なら車列は後ろで待つ」と言った。
「去年のレイスの時は、撃つ線も割り振りも、走りながら決めた。追い返した。勝った、って言うなら——」パナムはそこで言葉を噛んだ。「違う。あの夜は勝ちじゃない。ロージーが死んだ」
パナムは地図を見たまま、指を動かさなかった。
「ノースは」ミッチが訊いた。
「救難信号を、一回送れる。それをどうするかはノースが決める」あたしは言った。「まだ使ってない。応答がなくても救出できるように、組んでほしい」
「なら、そう組む」ソウルは短く言って、砂の線を足で消した。
話が装備の割り振りへ進んだあたりで、パナムが金属の椀を押し付けてきた。豆の煮込みだった。縁まで熱くて、持つ手を二度替えた。塩が濃くて、煮すぎた豆が崩れて、底の方だけ少し甘い。匙を止めずに、話を聞きながら食べた。輪が解ける頃には、椀は空になっていた。返すと、パナムは中を一度覗いた。
「約束の、残り半分は」あたしは訊いた。訊ける隙は、たぶん今夜しかない。
「今のだよ」空の椀が、荷台の奥で鳴った。「怒鳴るだけが、ぶつけるじゃない。次に一人で抱えたら、今度は椀じゃ済まない」
「分かった」
*
ノアは、輪の外で全部を聞いていた。
散会の後で、あたしの前に来て、手袋を外した。差し出された布の包みを開けると、防振の座がひと組と、留めの金具。ロージーの予備部品だった。
「この救出に、限る。終わったら返せ」
「……いいの」
「箱の座りを作るんだろ。砂の道じゃ、荷台の揺れは膝の上と違う」ノアは包みを、あたしの手ごと一度押さえた。「条件が、もう一つ。この先どこかで、あの銃がナザレに載る日が来たとしても——ナザレを、ロージーの復元だとは呼ぶな。妹の整備記録の続きじゃない。別の一台だ」
「呼ばない。載せるかどうかだって、まだ誰も決めてない」
「決まってないのは、知ってる。決まってないうちに、言っておくんだ」
部品は、掌の中で思ったより温かかった。手袋の中の温度を、そのまま移してきた温かさだった。あたしは両手で受け取って、部品の袋に日付を書いた。今度の日付は、返す日のためだった。
部品は、ナザレへは近づけなかった。使うのは、遮蔽箱を荷台へ据える間の支えにだけ。仕事が済んだら外して、袋へ戻して、返す。
ナザレの前には、一度だけ立った。札は`WORK HALTED / CONSENT PENDING`のまま、ハンドルで揺れていた。キーは共有の鍵盤、フック`07`。工具は出さなかった。
「戻ってくる。続きの話は、戻ってから」
夜が明けると、準備はそれぞれの手の中で進んだ。ミッチは機体をひとつずつ布で拭いて、軸を指で回し、引っかかりを確かめては箱へ戻した。キャシディは銃を分解して、油を薄く引き直して、組んだ。パナムは車の下へ潜って、出てきて、別の車の下へ潜った。キャロルは、通信が切れた後に集まり直す手を仕込んでいた。
「一つには、しない」
中継の手順は監査の帳簿へ記録した。あたしたちは地図を回し、窪地の縁に決めた合流地点を確かめた。
`TWO-KEY`の最終点検は、日の高いうちに、前に決めた手順どおりやった。スキッピーが必要な口だけを開き、キャロルが外線の遮断と閉鎖を照合した。終わると殻は箱へ戻った。
箱へ戻る前に、あいつは言った。
『確認しとく。僕が応答できなくなったら、USERは一人になる。`TWO-KEY`は、撃てない』
「知ってる」
『人間一人で撃てる道を閉めたこと。……後悔してない?』
「してない。あんたは?」あたしは箱のベルトを締めた。
『僕も』
武器庫に残る二十六発は、今夜の持ち出しとして帳面へ載せ直し、弾倉はキャロルが別に持った。
『箱の外へ出ることも、僕の欄に書いて』スキッピーが言った。『行くって決めたのは、僕だから』
キャロルが、今回限りの持ち出しとして一行を記録した。
日が落ちる前に、車列が出た。出しなに配られた携行食は、落花生と糖蜜の固い棒だった。走る助手席で半分齧って、やめた。包みの口を二度折って、座席の脇へ立てた。帰りの分だ。足元の箱は、ロージーの防振の座の上で、揺れずに黙っていた。
*
旧い廃処理施設は、夜より先に暗くなっていた。
現場の手前で車列が止まって、家族の目の中で、あたしは箱から銃殻を出した。修理の口は閉じたまま。防振の座は、箱の中へ残した。キャロルから弾倉を受け取った。二十六発。声に出して照合し、銃殻へ差して薬室へ送った。
南の空の裾が、砂の色に濁り始めていた。風より先に細かい砂が届いて、奥歯で鳴った。
コンクリートの水槽が並び、間を錆びた設備が塞いでいた。倒れた梯子。破れた槽。油を吹いた痕のまま乾いた配管。水槽の間だけ砂地が開けていて、そこを歩く者は、どこからでも見える。
歩くのは、あたしとスキッピーの持ち場だった。砂地へ出る前に、癖で一度だけ数えた。吸って、四つ。吐いて、四つ。
爺さんは、いた。
奥の水槽の縁に、椅子ごと縛られたまま置かれていた。遠目にも唇が乾いて、白く割れているのが分かる。頬がこけて、首を起こしているのがやっとに見えた。生きていた。目だけがまっすぐこっちへ来て、睨んでいた。来るな、と睨む目だった。縛られていない場所で、爺さんはまだ抵抗していた。
耳の中で、キャロルの声がした。
『レイスの無線を拾った。二言だけ、そのまま流す』
男の声だった。
『前金は受け取ってる』
『残りは、済んでからだ』
雇われたレイスだ。インデクサーが払えるのは、旧契約から出す前金だけ。残りは回収が済まないと出ない。
『ユキ、水槽の右に——』
キャロルの声が、そこで欠けた。欠けて、戻って、また欠けた。すぐに直る欠け方じゃないのは、音で分かった。錆の陰で灰色の影がいくつか、場所を替えるのが見えた。数える前に見えなくなる替え方だった。
『USER。家族の線が、細くなってる。僕のは、まだ生きてる』
施設のどこかのスピーカーから、声が出た。姿は、どこにもなかった。撫でるみたいに平らな、聞いたことのある声だった。
『到着が確認されました。交換に先立ち、真贋の確認が行われます。近接の検査です。応じる操作は、必要とされません』
「何も開けない」
『開示は、要求されていません』
水槽の縁の機材の間で、ひとつだけ錆びていない小さな箱が、目を覚ました。
腕の中の銃殻の、フレームの継ぎの下——手に入れてから何度磨いても、一度も点いたことのなかった古い面に、小さな表示が灯った。
```
LEGACY MAINT SESSION: 1/1
SENSORY / COMM: ISOLATED
```
近接保守だ。旧い殻の内部で、検査がもう始まっていた。
『USER、フレームの下の古い面が——』
銃身の上に、金色の像が出かかった。出かかったまま、走査線ごと潰れた。
声が、そこで切れた。
「スキッピー」
返事はなかった。グリップの承認表示も消えていた。あいつが応答しなければ、撃てない。
「スキッピー。おい、返事——」
砂が目の高さまで上がって、後ろで家族のライトが滲んだ。キャロルの声は欠けたまま、戻らなかった。水槽の縁で、爺さんの目だけが、まだこっちを睨んでいた。
あたしの手には、返事をしない金属の重さだけが、残っていた。