スクラップ・ララバイ - Cyberpunk2077   作:imamo

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第17話 家族の計画

 受信の端末は、あたしが両手で焚き火の輪まで運んだ。

 

 夜のうちに、全員が集まった。ソウル。パナム。ミッチ。キャロル。キャシディ。テディ。スキッピーの遮蔽箱は、輪の真ん中に置いた。

 

 画面を火の側へ向けて、映像を流した。狭い部屋。椅子ごと縛られた爺さん。乾いて白く割れた唇。レンズを睨む目。それから、一行の文。再生が終わるまで、誰も口を挟まなかった。

 

 会談のことも、あの朝の現況応答のことも、TWO-KEYのことも、輪はもう知っている。今夜新しいのは、この映像だけだ。だから経緯は繰り返さず、頼む。

 

「橋の下で、あたしに殻を売った人だ。あたしの買い物から始まった線の上だ。でも、一人で行って終わる話じゃ、もうない。……手を貸してほしい」

 

 言い終えるまで、誰の顔も見られなかった。言い終えてから、順に見た。誰の顔にも、断る形は浮かんでいなかった。

 

「銃と、直した娘。向こうの帳面じゃ、あたしたちは二行で済むらしい」

 

「二行で済む相手だと思わせとけばいい」ソウルが言った。「こっちの帳面は、こっちで書く」

 

 返事より先に、受信の口が鳴った。同じ宛先に、二本目が届いていた。キャロルが端末を確かめて、輪へ回した。

 

場所。バッドランズ外れ、旧廃処理施設。他は変えない。

 

「うちの場所が、割れてるのか」ミッチが低く訊いた。

 

「割れてない」キャロルは画面を伏せた。「届いた先は、うちの受信の口。番地みたいな物で、場所じゃない。あの現況応答も、近くまで来た誰かの照合材料になるだけだ。位置は載らない。……こっちを探せないから、向こうが場所を指定して、呼ぶんだよ」

 

「悪い欄も、先に読んどく」キャロルは続けた。「遠くから、連中は何もできない。それはもう確かめた。裏を返せば、近くへ呼び出すのが、向こうに残った手の全部だ。近接の保守口。現物の照合。呼び出しに応じるってことは、その距離を一度、くれてやるってことだよ」

 

「分かってて、行く」あたしは言った。「行かなきゃ、爺さんの縄は解けない。やった距離の中で何をさせないかは、こっちで決める」

 

 ソウルが、輪の真ん中の箱を見た。

 

「行くかどうかは、おまえが決めろ」

 

『行く』間は、ほとんどなかった。『僕の殻は、あの人の店から来た。あの人を助けるために、行く。正規化と統合は、まだ保留。怖いかどうかも、集計中。それでも行く』

 

「集計中のまま来い」ソウルは枝を一本拾って、火の脇の砂に線を引いた。図面は描かなかった。「一人、一機能だ。おれは、続けるか引くかを決める係だ。決めたら、一度で通す。パナム、車列。ミッチ、空の目。キャロル、通信と解析。キャシディ、射線。テディ、回収路。ユキとスキッピーは、爺さんの回収とTWO-KEY。自分の持ち場を越えるな」

 

「爺さんの回収とTWO-KEY。それ以外には手を出さない」あたしは言った。言葉にして置いておかないと、現場で手が勝手に伸びるのを、あたしは知っていた。

 

 輪の後ろで、テディが手を挙げた。

 

「反対じゃない。数字だけ言わせろ。燃料は往復で普段の倍。水は人数かける二日。それと、しくじれば報復の線が、うちの井戸まで引かれる。……全部、水の帳面に載る話だ」

 

「載せろ」ソウルは即答した。「載せて、それでも行く。それが今夜の決定だ」

 

 テディは頷いて、手を下ろした。従う側の反対ってのは、ああいう顔をしている。

 

 キャシディが帽子の縁を少し上げた。

 

「先に決めとく。人質の近くへは、撃たない」

 

「待って。近くって、どこまで」パナムが被せた。

 

「人質から三十メートル。それと、燃料の配管が的の背負いに入る扇。そこは全部、撃たない側だ」キャシディは火を見たままだった。「残りから、外れた弾の抜け先が錆の壁で止まる角度だけ拾う。その角度にしか、位置取らない。逆にすれば、撃つ理由をあとから作ることになる」

 

「バシリスクは、置いていく」パナムが言った。「人質が近い。燃料の設備が残ってる。地形が狭い。それに、あれを一度でも表へ出せば、ミリテクに居場所と手札が、まとめて知られる」

 

 あれは家族の最後の切り札だ。折った指が四本になって、パナムは手を下ろした。

 

「提案なんだけど」パナムが言った。「向こうが並ぶ前に、車列で施設の外周を先に取る。主導権はこっちへ来る」

 

「取らない」ソウルは短かった。「外周を取れば、向こうは中へ籠る。籠った建物の中の人質と、うちの撤退線。両方が悪くなる。並ばれてから、崩す。遅いほうが、安い」

 

 パナムは三秒黙って、それから頷いた。賛成の頷き方じゃなかった。それでも、決まった後のパナムは、決まった側の仕事をする。

 

「去年のレイスの時は、撃つ線も割り振りも、走りながら決めた。追い返した。勝った、って言うなら——」パナムはそこで言葉を噛んだ。「違う。あの夜は勝ちじゃない。ロージーが死んだ」

 

 輪が短く、静かになった。役割を細く割るのも、撃たない線を先に引くのも、その夜の続きだった。誰もそれを、教訓とは呼ばなかった。呼ばないまま、全員が同じ失敗を見ていた。

 

「ノースは」ミッチが訊いた。

 

「一回きりの救難信号を、持ってもらってる。それだけだ」あたしは言った。「受けるか、応えるか、誰かへ回すか、参加しないか。全部あいつが選ぶ。信号はまだ使ってない。……応じなくても回る絵で、組んでほしい」

 

「なら、そう組む」ソウルは短く言って、砂の線を足で消した。

 

 話が装備の割り振りへ進んだあたりで、パナムが金属の椀を押し付けてきた。豆の煮込みだった。縁まで熱くて、持つ手を二度替えた。塩が濃くて、煮すぎた豆が崩れて、底の方だけ少し甘い。匙を止めずに、話を聞きながら食べた。輪が解ける頃には、椀は空になっていた。返すと、パナムは中を一度覗いた。

 

「約束の、残り半分は」あたしは訊いた。訊ける隙は、たぶん今夜しかない。

 

「今のだよ」空の椀が、荷台の奥で鳴った。「怒鳴るだけが、ぶつけるじゃない。次に一人で抱えたら、今度は椀じゃ済まない」

 

 殴られるより、腹に残る払い方だった。

 

   *

 

 ノアは、輪の外で全部を聞いていた。

 

 散会の後で、あたしの前に来て、手袋を外した。差し出された布の包みを開けると、防振の座がひと組と、留めの金具。ロージーの予備部品だった。

 

「この救出に、限る。終わったら返せ」

 

「……いいの」

 

「箱の座りを作るんだろ。砂の道じゃ、荷台の揺れは膝の上と違う」ノアは包みを、あたしの手ごと一度押さえた。「条件が、もう一つ。この先どこかで、あの銃がナザレに載る日が来たとしても——ナザレを、ロージーの復元だとは呼ぶな。妹の整備記録の続きじゃない。別の一台だ」

 

「呼ばない。載せるかどうかだって、まだ誰も決めてない」

 

「決まってないのは、知ってる。決まってないうちに、言っておくんだ」

 

 部品は、掌の中で思ったより温かかった。手袋の中の温度を、そのまま移してきた温かさだった。あたしは両手で受け取って、部品の袋に日付を書いた。今度の日付は、返す日のためだった。

 

 部品は、ナザレへは近づけなかった。使うのは、遮蔽箱を荷台へ据える間の支えにだけ。仕事が済んだら外して、袋へ戻して、返す。

 

 ナザレの前には、一度だけ立った。札はWORK HALTED / CONSENT PENDINGのまま、ハンドルで揺れていた。キーは共有の鍵盤、フック07。工具は出さなかった。

 

「戻ってくる。続きの話は、戻ってから」

 

 札は返事をしない。それでよかった。

 

 夜が明けると、準備はそれぞれの手の中で進んだ。ミッチは機体をひとつずつ布で拭いて、軸を指で回し、引っかかりを確かめては箱へ戻した。キャシディは銃を分解して、油を薄く引き直して、組んだ。パナムは車の下へ潜って、出てきて、別の車の下へ潜った。キャロルは、通信が切れた後に集まり直す手を仕込んでいた。

 

「一つには、しない」

 

 キャロルが口にしたのは、それだけだった。数も中身も、監査の帳簿の側にしか書かれなかった。

 

 TWO-KEYの最終点検は、日の高いうちに、前に決めた手順どおりやった。スキッピーが必要な口だけを開き、キャロルが外線の遮断と閉鎖を照合した。終わると殻は箱へ戻った。

 

 箱へ戻る前に、あいつは言った。

 

『確認しとく。僕が応答できなくなったら、USERは一人になる。TWO-KEYは、撃てない』

 

「知ってる」

 

『一人で撃てる道を閉めたこと。……後悔してない?』

 

「してない」あたしは箱の布ベルトを締めた。「不便の欄は、二人で背負う側に書いた。書き直さない」

 

『うん。僕も、書き直さない』

 

 武器庫に残る二十六発は、今夜の持ち出しとして帳面へ載せ直し、弾倉はキャロルが別に持った。

 

『箱の外へ出ることも、僕の欄に書いて』スキッピーが言った。『行くって決めたのは、僕だから』

 

 キャロルが、今回限りの持ち出しとして一行を記録した。

 

 日が落ちる前に、車列が出た。出しなに配られた携行食は、落花生と糖蜜の固い棒だった。走る助手席で半分齧って、やめた。包みの口を二度折って、座席の脇へ立てた。帰りの分だ。足元の箱は、ロージーの防振の座の上で、揺れずに黙っていた。

 

   *

 

 旧い廃処理施設は、夜より先に暗くなっていた。

 

 現場の手前で車列が止まって、家族の目の中で、あたしは箱から銃殻を出した。修理の口は閉じたまま。防振の座は、箱の中へ残した。キャロルから弾倉を受け取った。二十六発。声に出して照合し、銃殻へ差して薬室へ送った。南の空の裾が砂の色に濁り始めていて、風より先に細かい砂が届いて、奥歯で鳴った。

 

 コンクリートの水槽が並び、間を錆びた設備が塞いでいた。倒れた梯子。破れた槽。油を吹いた痕のまま乾いた配管。水槽の間だけ砂地が開けていて、そこを歩く者は、どこからでも見える。歩くのは、あたしとスキッピーの欄だった。砂地へ出る前に、癖で一度だけ数えた。吸って、四つ。吐いて、四つ。

 

 爺さんは、いた。

 

 奥の水槽の縁に、椅子ごと縛られたまま置かれていた。遠目にも唇が乾いて、白く割れているのが分かる。頬がこけて、首を起こしているのがやっとに見えた。生きていた。目だけがまっすぐこっちへ来て、睨んでいた。来るな、と睨む目だった。縛られていない場所で、爺さんはまだ抵抗していた。

 

 耳の中で、キャロルの声がした。

 

『レイスの無線を拾った。二言だけ、そのまま流す』

 

 男の声だった。

 

『前金は受け取ってる』

 

『残りは、済んでからだ』

 

 雇われたレイスだ。払いの出所なら、ひとつしか知らない。旧い回収契約に残った、期限付きの金。まだ執行されてもいない報酬を当てにして、インデクサーは人を雇っていた。別の買い手の話は、どこからも聞こえなかった。

 

『ユキ、水槽の右に——』

 

 キャロルの声が、そこで欠けた。欠けて、戻って、また欠けた。すぐに直る欠け方じゃないのは、音で分かった。錆の陰で灰色の影がいくつか、場所を替えるのが見えた。数える前に見えなくなる替え方だった。

 

『USER。家族の線が、細くなってる。僕のは、まだ生きてる』

 

 施設のどこかのスピーカーから、声が出た。姿は、どこにもなかった。撫でるみたいに平らな、聞いたことのある声だった。

 

『到着が確認されました。交換に先立ち、真贋の確認が行われます。近接の検査です。応じる操作は、必要とされません』

 

「何も開けない」

 

『開示は、要求されていません』

 

 水槽の縁の機材の間で、ひとつだけ錆びていない小さな箱が、目を覚ました。

 

 腕の中の銃殻の、フレームの継ぎの下——手に入れてから何度磨いても、一度も点いたことのなかった古い面に、小さな表示が灯った。

 

```

LEGACY MAINT SESSION: 1/1

SENSORY / COMM: ISOLATED

```

 

 旧い殻の、旧い保守の面だった。近接保守。キャロルが、権限表ごと抜けていると言った旧い物理層だ。遠くからは、何もできない。できないから、近くへ呼んだのだ。呼ぶための餌が、爺さんだった。

 

『USER、フレームの下の古い面が——』

 

 銃身の上に、金色の像が出かかった。出かかったまま、走査線ごと潰れた。

 

 声が、そこで切れた。

 

「スキッピー」

 

 返事はなかった。手の中で、TWO-KEYは開かないまま閉じた。承認の相手がいない鍵は、閉じる。作った通りだ。撃つ気は、最初からなかった。それでも、音のしない閉じ方が、こんなに重いとは知らなかった。

 

「スキッピー。ねえ、返事——」

 

 砂が目の高さまで上がって、後ろで家族のライトが滲んだ。キャロルの声は欠けたまま、戻らなかった。水槽の縁で、爺さんの目だけが、まだこっちを睨んでいた。

 

 あたしの手には、返事をしない金属の重さだけが、残っていた。

 

 

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