錠は、外から開いた。
あたしはスキッピーを左腕に寄せ、扉を見た。
入ってきたのは、灰色の作業着じゃなかった。砂と油の匂いを連れた、交換の夜の連中——雇われたレイスだった。三人。銃は提げていたが、銃口はどれも床を向いていた。
先頭の男が、あたしの腕の中の殻へ顎をしゃくった。
「置け。こっちで運ぶ」
「断る」
言った拍子に、右肩の奥が鳴った。抱え直しただけでこれだ。男は半歩詰めて、それから、殻の形とあたしの持ち方を交互に見た。取っ手のない、継ぎ接ぎの旧式の殻だ。持ち慣れないやつが掴めば、まず滑る。
後ろの一人が、面倒くさそうに言った。
「やめとけ。落として割れたら、残金が消えるぞ」
その一言で片が付いた。先頭の男は舌打ちして下がった。
「お前が抱えてろ。落としたら、お前の落ち度だ」
再拘束用の帯を持った男が寄ったが、先頭が止めた。
「その肩で後ろ手にしたら、落とす。車まで本人に持たせろ」
立ち上がる前に、あたしは一つだけ置いていくことにした。
「中身、壊れてるよ」あたしは言った。「索引が壊れたって、雇い主が自分で記録してた。それでも満額出るの?」
男たちは顔を見合わせた。先頭の一人が、無線へ手を伸ばした。
スキッピーを左の脇へ引き付け、膝に力を入れて立った。右肩は動かさない。歩幅を小さくして、三人に囲まれたまま廊下へ出た。
『ユキ』
殻から、囁きの音量で、砂を噛んだ声がした。
『外の感覚、少しだけ通ってる。足音が、四。車が、三。……数えられるのは、そこまで』
「十分」あたしも声を落とした。「読める分だけでいい」
廊下の先は搬出区画だった。車が三台停まり、ゲートが外へ開いていた。手前の台車に、封印の帯と札を付けた金属ケースが載っていた。
札には、原型の媒体だと書かれていた。さっきの声を出した物だ。
ケースの脇には、インデクサーが立っていた。
「積め。封印には触れるな」
台車ごと、先に停まっていた一台の荷室へ収まった。固定の締まる音が二度。インデクサーは荷室の縁に手を置いて、運転席へ、条文を読む声で言った。
「戻り先は、旧契約に残った唯一の現物受渡地点——交換に使った古い処理施設。試験環境を失った以上、回収対象は二つとも、そこで再保管する」
爺さんを残してきた場所だ。ケースも、そこへ運ぶ。あたしは行き先を覚えた。
インデクサーは、出がけに一度だけあたしを見た。睨むのでも惜しむのでもない、在庫を数える目だった。
「言っておく。対象は、代替の利かない稀少媒体だ。破壊も、分解も、部品取りも、契約の条項で禁じてある。破れば、残金は全額消える。移送中の破損は双方の損だ。……丁寧にな」
インデクサーが助手席へ乗り、ケースを積んだ一台目が出ていった。ゲートは開いたままだった。
外はまだ暗く、空の際だけがわずかに明るかった。ゲートから入る風に、砂の匂いがした。
*
あたしたちを載せる二台目は、一台目に間を空けず続く段取りで、荷室も運転席も開き、エンジンも掛かっていた。運転者は貨物用の保安ロックだけを入れ、無線へ寄った。
先頭の男が、無線の送話口を掴んで、先に出た車両を呼んでいた。
「確認だ。対象は壊れてるんだろう。索引だか何だかが割れたって、あんたが自分で記録してた。その状態で納めて、残金は満額出るのか」
スピーカー越しの返事には、温度がなかった。
『回収対象は二つとも実在し、占有下にある。支払い条件は対象の引き渡しであって、内部状態の評価は別の条項だ。条項を読め』
「条項を読め、じゃねえよ」男の声が一段低くなった。「前にもそう言われて、期限だ検分だで三割削られた組を知ってる。物が割れてるなら割れてると先に言え。割れ物の相場は割れ物の相場だ」
『契約は変更されていない』
「変更されてないかどうか、こっちで読み合わせるまで積み込みは止めだ。……おい、全員こっちへ」
荷室の扉を押さえていた男が離れ、運転席の男も降りた。三人とも無線を囲み、こちらへ背を向けていた。
開いた荷室の扉が、その塊と運転席のあいだに、一枚だけ壁を作っていた。
運転席は空で、エンジンは回っている。
ゲートまでは、一台目が通った広い搬出路が続いていた。今なら行ける。
『ユキ』殻が囁いた。『運転席、空いた』
「見えてる」
荷室の扉の陰を通って、運転席へ歩いた。急げばスキッピーを落とす。左腕を脇へ締め、一歩ずつ進んだ。
運転席の扉から、殻を先に——放り込むのは論外だ。あたしは殻を胸に抱えたまま尻から乗り込んで、腿の上を滑らせるように助手席へ移した。座面の窪みに殻の腹を沈めて、左手で一度だけ揺する。動かない。それでいい。
座席は男の脚に合わせたままだったが、足はペダルに届いた。届いたから、踏んだ。
動かなかった。計器の隅で、黄色い錠の印が点滅していた。運転者が離れた間の、貨物用の保安ロック。降りた男が、癖で入れていったやつだ。
この年式の箱車なら、非常解除がある。火災や電装断で搬出路を塞いだ時に、保安ロックを外すレバーだ。整備で触ったことがあった。
左手を座席の下へ差し込み、シートヒンジの脇を探った。指にレバーが当たる。起こすと、錠の印が消えた。
踏み直した。今度は、車体が動いた。
動き出してから、後ろで最初の声が上がった。二番目の声は「撃つな」だった。「撃つな、対象が乗ってる! 金が飛ぶぞ!」——あたしたちを守る理屈が、よりによって敵の勘定から出た。ゲートの柱が横を流れ、遮蔽の建物が、開いた口をこっちへ向けたまま小さくなった。
越えた。
殻が、短い音の階段を駆け上がらせた。
『達成! この調子です、ユキ!』
場違いで、うるさくて、音量を間違えたジングルだった。あたしはハンドルにしがみついたまま笑った。
「音量、下げな」
『下げます。……八パーセントだけ』
移動路は、ゲートを出てすぐに二つへ割れていた。均された広い道と、送電塔の列に沿って崩れかけた細い道。
「爺のところへ行く」と、あたしは言いかけた。古い処理施設。ケースとインデクサーが向かった先。水槽に残した爺さん。この細い道を辿れば、方角は——
『却下していい?』殻が先に言った。『単独、負傷、援護なし。着いても、爺さんごと捕まって終わる。助けに行くのは、数が増えてから』
あたしは頷き、施設へ向けかけたハンドルを戻した。
『なら、代わりに。灯りを消して、送電塔沿いの細い道へ——』
「却下」今度はあたしが先に言った。「あの手の道は路肩が流れてる。跳ねればあんたが天井に当たる。横転したら、二人まとめて終わりだ」
『……受け入れます』
あたしは広い道へ車を乗せた。ヘッドライトも点けておく。道を外れたら終わりだ。
バックミラーに前照灯が二つ映った。残っていた車がゲートを出て、追ってくる。
段差のたびに、殻が座面の窪みで小さく浮いた。あたしはそのたび左手を伸ばして腹を押さえた。右腕は脇を締めて、肘から先でハンドルを保つ。右肩は、上げない。
目指すのは、家族と決めた窪地の縁だ。ここから広い道を走り続ければ着く。
*
スキッピーのスピーカーに雑音が混じった。
遮蔽の建物から離れるにつれ、途切れ途切れのビーコンや遠い搬送波が聞こえ始めた。
『ユキ。報告』殻の声が、少しだけ張った。『外へ話す口が通った。修理の口は閉じたまま。……それと、ノースへの一回も、残ってる』
「うん。聞いた」
あたしは前を見たまま答えた。
「一回きりだ。送れば消える。届かなくても、戻らない」
『送れば、一回を使う。届くかは、別。渡るのは、一点と一方向だけ』今度は、探す間がなかった。『僕が送るかを決めて、その後は、ノースが決める。——送る』
「聞いた」
助手席で送信表示が灯った。返事はない。あたしはバックミラーを見た。追跡車の灯りはまだ離れていた。前へ向き直り、窪地への道を走り続けた。
殻の面で、三行が灯った。
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ONE-TIME RESCUE SIGNAL: SENT
TOKEN: SPENT
DELIVERY: UNCONFIRMED
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