Cyberpunk: スクラップ・ララバイ   作:imamo

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第22話 白い中継点

 

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RELAY NODE: NORTH

EMERGENCY TOKEN: VERIFIED

RELAY COST: VEHICLE SIGNATURE / CURRENT SECTOR

REQUIRED AUTHORIZATION: SELF

DECISION: PENDING

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RELAY WINDOW: REACHED

RELAY COST: ACCEPTED

REQUIRED AUTHORIZATION: SELF — GRANTED

LINK: OPEN

```

 

『中継します。返信は不要です』

 

   *

 

 道は、白くなり始めていた。

 

 夜明けにはまだ間のある暗さの中で、ヘッドライトの届く範囲だけが、細かい砂の粒で濁っていく。風向きが変わったのだ。空の際にわずかに滲んでいた薄い色は、いつの間にか砂の白に呑まれて、境目ごと消えていた。フロントガラスの縁では砂が細い線を作っては、車体の震えで崩れた。ワイパーを一度だけ動かして、あたしはやめた。拭ったところで、白は硝子じゃなく、空気のほうに混ざっている。

 

 鏡だけは自分の背丈に合わせて直した。座席を動かそうとすると肩が痛み、諦めた。ペダルには届く。背中を座席から離して、ハンドルを支えた。

 

 喉が乾いていた。運転席から届く場所に水はなく、探すために停まることもできなかった。

 

 助手席の座面の窪みで、殻が段差のたびに小さく浮いた。あたしはそのたび左手を伸ばして、腹を押さえた。掌に、弱いが消えていない熱が返ってきた。

 

『USER。……今は、こっちで呼ぶ』

 

 砂を噛んだ声が、囁きの音量で言った。

 

『信号の返事は、まだない』

 

「うん。あたしは走る」

 

『報告』声が少しだけ張った。『外の音は通ってる。風は強くなってる。近くの帯域にいる車は……後ろの、一台だけ』

 

『それと、天気は、さらに悪くなる。白いのが、増える』

 

「見えてる。増える前に、距離を稼ぐ」

 

 後ろのレイスは、距離を保ってついてきた。砂が濃くなり、車体はもう見えない。前照灯だけがミラーに残っていた。

 

 燃料と水温は異常なし。あたしはスキッピーの座りを確かめ、道へ目を戻した。

 

   *

 

 スキッピーが通してくれる外の音の層に、規則正しい符丁の並びが割り込んだ。人の声じゃない。抑揚を全部削った、機械の読み上げだった。

 

『——受領。位置、一件。方向、一件。気象、一件。以上』

 

 名乗りも、労いも、続きもなかった。

 

『家族の中継網だ』スキッピーが先に言った。『ノースじゃない。……受領確認だけ』

 

「うん」

 

 届いていた。ハンドルを握り詰めていた指が、少し緩んだ。

 

 ノースが家族へ中継してくれたのだ。礼を言おうとしたが、あいつへの回線は開いていなかった。

 

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DECISION: RELAY

TRANSMITTED: POSITION / VECTOR / WEATHER

ACKNOWLEDGEMENT REQUESTED: NO

```

 

```

LINK: CLOSED

CURRENT SECTOR: EXITING

```

 

 次に割り込んだのは、人の声だった。

 

『——ユキ。聞こえるか』

 

 細い声だった。砂嵐の帯域の隙間へ、針を通すみたいにして届く、キャロルの声だった。途中で二度、砂に削られて薄くなり、そのたびに戻ってきた。

 

『回線が細い。短く返せ』

 

「聞こえてる」思ったより、自分の声が掠れた。咳を一つ挟んで、言い直した。「ユキ。走行中」

 

『こっちが受け取ったのは、送信時点の位置と向き、それにノースが添えた天気だ。今のあんたは、こっちからは見えてない。だから、短く状況を言え』

 

「遮蔽の試験施設は出た。移送に使うはずだった車で、広い道を合流地点へ向かってる。スキッピーは今の声で喋ってる。あたしは右肩が上がらない。耳鳴りも残ってる。運転は、できてる」

 

『ほかは』

 

「水と飯がない。後ろにレイスの車が一台。距離を保って、ついてくる」

 

『インデクサーは』

 

「先に出た。原型の封印ケースを積んで、交換に使った古い処理施設へ戻った。それから——」

 

 喉の乾きに、言葉が一度引っ掛かった。

 

「ウェイ爺が、まだあそこにいる。水槽の縁に残された。今どうしてるかは、確認できてない」

 

 細い回線の向こうで、キャロルが短く息を吸ったのが分かった。

 

『分かった。ソウルにも伝える』

 

「キャロル。爺さんを助けに行くんだよね」

 

『行く。その前に、あんたを拾う』

 

 声は細いままで、少しも揺れなかった。

 

『一人で戻るな。数を揃えてからだ』

 

「……分かってる」

 

『先行車が一台、北から合流地点へ向かってる。前照灯は二つ。こっちの指示があるまで、寄せるな。窪地の縁で拾う』

 

「行く」あたしは言った。「合流地点へ行く。逸れない」

 

『通信はここまで。着く手前で、もう一度だけつなぐ』

 

 回線が切れた。あたしは広い道を進んだ。

 

   *

 

 分岐は、言ったそばから来た。

 

 白く濁った視界の先で道が割れる気配がして、スキッピーが先に読み上げた。

 

『右に、窪地伝いの……近道に見える砂地。古い処理施設の方角へ、寄っていく』

 

「見えてる」

 

 右へ逸れれば、古い処理施設へ寄る。ハンドルの中で右手がわずかに重くなるのが、自分でも分かった。爺の乾いた唇と、睨むのをやめない目は、思い出そうとしなくても勝手に出てくる。

 

 あたしは曲がらなかった。右へ分かれる道を横目に見て、広い道を走り続けた。

 

 夜明けは近いはずなのに、明るくなるより先に、世界は白くなっていった。ヘッドライトの意味は薄れていったが、消さなかった。こっちも、向こうから数えられる二つの灯りでいたほうがいい。

 

 前方の白の奥に灯りが滲んだのは、その少し後だった。

 

 二つ。まだ点というより、砂塵に溶けた二つの暈だった。現れては薄れ、薄れては、さっきより少しだけ濃くなって戻ってくる。

 

『前方、灯り二つ』スキッピーが数えた。『こっちへ進んでくる。入ってくる向きは、北寄り。……キャロルの言った、先行の入りと合う』

 

「二つ、北から。先行かな」

 

『まだ合図がない。このまま行こう』

 

「分かった」

 

 アクセルを一定に保った。窪地で拾う、とキャロルは言った。

 

 段差でスキッピーが浮いた。左手で押さえると、ハンドルを支える右肩が痛んだ。次の段差を避け、平らな轍へ戻った。

 

『前、まだ遠い。後ろ、少し近い』スキッピーが小さく言った。『……数えてるだけ。提案じゃない』

 

「うん。数えてて。あたしは走る」

 

 前の灯りが濃くなってきた。窪地が近い。キャロルの声を待ちながら、あたしは道を外れないようハンドルを握った。

 

 バックミラーの中では、後ろの二灯が少しだけ大きくなっていた。砂に滲んで、割れず、増えず、二つのまま。

 

 あたしはアクセルを緩めなかった。

 

 前から、二つ。後ろから、二つ。

 

 四つの灯りは白の中で二つと二つに分かれたまま、どちらも、あたしたちへ近づいていた。

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