スクラップ・ララバイ - Cyberpunk2077 作:imamo
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RELAY NODE: NORTH
EMERGENCY TOKEN: VERIFIED
RELAY COST: VEHICLE SIGNATURE / CURRENT SECTOR
REQUIRED AUTHORIZATION: SELF
DECISION: PENDING
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RELAY WINDOW: REACHED
RELAY COST: ACCEPTED
REQUIRED AUTHORIZATION: SELF — GRANTED
LINK: OPEN
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『中継します。返信は不要です』
*
道は、白くなり始めていた。
夜明けにはまだ間のある暗さの中で、ヘッドライトの届く範囲だけが、細かい砂の粒で濁っていく。風向きが変わったのだ。空の際にわずかに滲んでいた薄い色は、いつの間にか砂の白に呑まれて、境目ごと消えていた。フロントガラスの縁では砂が細い線を作っては、車体の震えで崩れた。ワイパーを一度だけ動かして、あたしはやめた。拭ったところで、白は硝子じゃなく、空気のほうに混ざっている。
この車は、あたしの身体に合っていなかった。座席は、さっきまでここに座っていた男の脚に合わせたまま遠く、鏡の角度も男の背丈に合わせて高い。直したのは鏡だけだ。座席を直すには一度身体を捻る必要があって、右肩がそれを許さなかった。よその匂いの残る運転席で、あたしは借り物の位置へ、身体のほうを合わせていた。
アクセルは一定に保った。右腕を脇へ締め、肘から先でハンドルを保つ形は、もう身体が覚えていた。耳の奥の細い音は、いつから鳴っているのかを数えるのを、とうにやめた。数えても止まらないものを数えるほど、気力は余っていない。
喉が乾いていた。唾を飲んでも、飲んだ端から貼り付く乾き方だった。この車のどこを探しても水は出てこないだろうし、探すために停まる気もなかった。空腹は、乾きの後ろで大人しく順番を待っていた。順番が来るのは、合流地点に着いてからだ。
助手席の座面の窪みで、殻が段差のたびに小さく浮いた。あたしはそのたび左手を伸ばして、腹を押さえた。掌に、弱いが消えていない熱が返ってきた。
『USER。……今は、こっちで呼ぶ』
砂を噛んだ声が、囁きの音量で言った。
『信号の返事は、まだない』
「うん。あたしは走る」
『報告』声が少しだけ張った。『外の音は通ってる。風は強くなってる。近くの帯域にいる車は……後ろの、一台だけ』
『それと、天気は悪くなる側に読んでる。白いのが、増える』
「見えてる。増える前に、距離を稼ぐ」
バックミラーの奥には、二つの灯りがいた。ゲートを出た時から同じ、雇われたレイスの一台。詰まりも離れもしない距離のまま、白くなっていく砂塵の分だけ、輪郭が滲み始めていた。向こうも、この砂の中で無理に速度を上げる気はないらしい。焦る理由がないのだ。こっちが負傷した一人と、腕のない一挺だということを、連中はよく知っている。
確かめられるものだけを、順に確かめた。燃料の針。水温。左手の位置。殻の座り。鏡の中の二灯。それから、キャロルの段取りが指す地点——合流地点へ続く、この広くて均された道を降りないこと。停まらないこと。確かめられるものは、それで全部だった。
*
知らせは、音の側から先に来た。
スキッピーが通してくれる外の音の層に、規則正しい符丁の並びが割り込んだ。人の声じゃない。抑揚を全部削った、機械の読み上げだった。
『——受領。位置、一件。方向、一件。気象、一件。以上』
名乗りも、労いも、続きもなかった。
『家族の中継網だ』スキッピーが先に言った。『ノースじゃない。……受領確認だけ』
「うん」
分かっていて、あたしはハンドルの上の指を一本ずつ緩めて、握り直した。届いていた。送った瞬間のあたしたちの点と向きに、ノースが読んだ気象が一件、添えられていた。白い砂のことも、あの読みには入っていたのだろう。一回きりの小さい印が、家族の網のどこかに、確かに載っていた。
あの信号の宛先は、一つしかない。受けた後に運ぶか、黙って消すか、動かずにいるかは、最初から全部、向こうの取り分だった。運ばれていた。答えはそれで全部だ。引き換えに何を差し出したのか、あたしはたぶん半分も知らない。知らないまま、礼の言葉を頭の中で一度だけ組んで——送り先がないことを確かめてから、しまった。ああいう渡し方をした相手に、礼を追いかけさせるのは、たぶん違う。
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DECISION: RELAY
TRANSMITTED: POSITION / VECTOR / WEATHER
ACKNOWLEDGEMENT REQUESTED: NO
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LINK: CLOSED
CURRENT SECTOR: EXITING
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次に割り込んだのは、人の声だった。
『——ユキ。聞こえるか』
細い声だった。砂嵐の帯域の隙間へ、針を通すみたいにして届く、キャロルの声だった。途中で二度、砂に削られて薄くなり、そのたびに戻ってきた。
『回線が細い。短く返せ』
「聞こえてる」思ったより、自分の声が掠れた。咳を一つ挟んで、言い直した。「ユキ。走行中」
『こっちが受け取ったのは、送信時点の位置と向き、それにノースが添えた天気だ。今のあんたは、こっちからは見えてない。だから、短く状況を言え』
「遮蔽の試験施設は出た。移送に使うはずだった車で、広い道を合流地点へ向かってる。スキッピーは今の声で喋ってる。あたしは右肩が上がらない。耳鳴りも残ってる。運転は、できてる」
『ほかは』
「水と飯が、ない。それだけ。あと、後ろに一台。交換の夜と同じ、雇われのレイス。前照灯二つ。距離は保ってる」
『インデクサーは』
「先に出た。停まったままの初期の像を、封印のケースごと積んで……交換に使った古い処理施設へ戻った。ケースは閉じたままだ。声も灯りも出してない。それから——」
喉の乾きに、言葉が一度引っ掛かった。
「ウェイ爺が、まだあそこにいる。水槽の側に残された。今どうしてるかは、確認できてない」
細い回線の向こうで、キャロルが短く息を吸ったのが分かった。
『分かった。全部、輪へ運ぶ』
「キャロル」言ってしまうことにした。黙ったまま道を曲がるより、言って止められるほうが安い。「古い処理施設は、この道の途中から逸れれば届く。近いんだ。ウェイ爺だけでも、様子を——」
『戻るな』
声は細いままで、少しも揺れなかった。
『一人で戻るな、ユキ。交換の夜の前に、輪の全員で決めたことだ。数が揃ってから行く。爺のことも、ケースのことも、諦めるとは誰も言ってない。順番の話をしてる』
「……分かってる」
『なら、言葉じゃなく道で答えろ』キャロルは畳みかけなかった。ただ、次を置いた。『先行が一台、もう合流地点へ動いてる。北側から入る。あんたの側から見えるのは、前照灯が二つ。この砂の中で、それ以外の灯りが寄ってきたら、うちのじゃない。……合流地点で拾う。停まるな。来い』
「行く」あたしは言った。「合流地点へ行く。逸れない」
『通信はここまで。着く手前で、もう一度だけつなぐ』
回線は、細いまま切れた。長話のできる帯域は最初からなかったし、たぶん、必要でもなかった。掠れた声の名残で、喉がまた一段乾いた。あたしはアクセルを一定に保ったまま、合流の線の上に車体を置き続けた。言葉じゃなく、道で。返事の仕方は、もう決まっていた。
*
分岐は、言ったそばから来た。
白く濁った視界の先で道が割れる気配がして、スキッピーが先に読み上げた。
『右に、窪地伝いの……近道に見える砂地。古い処理施設の方角へ、寄っていく』
「見えてる」
右へ逸れれば、古い処理施設へ寄る。ハンドルの中で右手がわずかに重くなるのが、自分でも分かった。爺の乾いた唇と、睨むのをやめない目は、思い出そうとしなくても勝手に出てくる。
あたしは曲がらなかった。キャロルに返したとおり、車体を広い道の続きに乗せたまま、分かれ口の前を通り過ぎた。右手の重さは、しばらく残った。残ったままで、よかった。衝動は消えないし、無理に消す必要もない。握ったまま、使わないでおくだけだ。
夜明けは近いはずなのに、明るくなるより先に、世界は白くなっていった。ヘッドライトの意味は薄れていったが、消さなかった。こっちも、向こうから数えられる二つの灯りでいたほうがいい。
前方の白の奥に灯りが滲んだのは、その少し後だった。
二つ。まだ点というより、砂塵に溶けた二つの暈だった。現れては薄れ、薄れては、さっきより少しだけ濃くなって戻ってくる。
『前方、灯り二つ』スキッピーが数えた。『こっちへ進んでくる。入ってくる向きは、北寄り。……キャロルの言った、先行の入りと合う』
「合うのは、向きと数だ。まだ確認じゃない」言いながら、あたしのつま先はアクセルの上で迷い始めていた。「……このまま寄せて、あの灯りへ直行する。どう」
『却下していい? 合図は、まだない。向きが合うだけの灯りへ寄るには、この視界は白すぎる。それに、寄れば決めた線から外れる』
「却下でいい」
『なら、残るのは一つ。決めた線に乗ったまま、速度を保つ』
「それでいく。緩めれば、後ろが詰める。向こうが本当に先行なら、どのみち合流地点で重なる」
段差が続いて、殻が座面で二度浮いた。左手で押さえるたび、右肩が釣り合いを取ろうとして、奥から鈍い熱を返した。喉の乾きは、もう痛みに近い場所まで来ていた。それでも手足は動いた。動くうちは、数に入れていい。
『前、まだ遠い。後ろ、少し近い』スキッピーが小さく言った。『……数えてるだけ。提案じゃない』
「うん。数えてて。あたしは走る」
前の二灯は、白の奥でゆっくりと灯りの形になっていった。キャロルの示した向きから、キャロルの言った数で。それでもあたしは、もう少しの間だけ、あれを「たぶん家族」のままにしておくことにした。確かめるのは、届く距離まで来てからでいい。この白の中では、早すぎる確信のほうが、砂より滑る。
バックミラーの中では、後ろの二灯が少しだけ大きくなっていた。砂に滲んで、割れず、増えず、二つのまま。
あたしはアクセルを緩めなかった。
前から、二つ。後ろから、二つ。
四つの灯りは白の中で二つと二つに分かれたまま、どちらも、あたしたちへ近づいていた。