スクラップ・ララバイ - Cyberpunk2077   作:imamo

24 / 24
第24話 撃たない選択

 返事より先に、あたしは息を一つだけ数えた。吸って、吐く。その間、殻の中の声は待っていた。砂を噛んだ、今の声のままで。

 

「あたしの手では、戻さない」

 

『USER——』

 

「最後まで言わせて。あたしは、その改造をしない。大人しい側へ留めるのも、殺す側へ戻すのも、あんたの中身をあたしが決める仕事になる。そこには手を出さない」

 

『でも、今の僕じゃ間に合わない』声は震えなかった。乾いたまま、速くなった。『昔の僕なら迷わない。候補なら今でも出せる。連中の車。燃料の配管。構えてる全員。迷わない銃は役に立つ。役に立つ銃なら——』

 

 そこで声が、自分で止まった。並べた候補が、二人で何度も潰してきた種類のものだと、本人が気づく間だった。役に立たなければ、置いていかれる。そう数えている声だった。その数え方に、あたしから名前は付けなかった。付けていい持ち物じゃなかった。

 

「あたしが出せるのは、二つだけ」あたしは言った。「境界。あたしは、あんたの人格変更に手を貸さない。誰の注文でも、あんた本人の頼みでも。それから、提案。今のあんたのまま、二人で作った鍵を使う。一発ごとに、二人で。鍵の外では、撃たない範囲と、見えてる数の共有。……使うかどうかは、あんたが決めて」

 

『あの鍵は遅いよ。作ったから知ってる。一発ごとに閉じて、また最初からだ』

 

「遅いのは、知ってて作った」

 

 沈黙が来た。迷いのままなら、使わない。それも作った夜に二人で決めてある。あたしは急かさず、風が配管を細く鳴らすのを聞いていた。

 

『——使う』声が言った。『今の僕でやる。候補は僕が出す。危ないやつを出したら、拒否して』

 

「する。あんたも、あたしの危ないやつを拒否して」

 

『する。でも先に、鍵の外の仕事をやる。撃たない範囲——爺と、水槽と、燃料設備。見えてる数と向きを、家族の回線へ流す』

 

『受けた。車列へ流す』キャロルの声が細く返った。

 

『それと、一枚、こっちからも置く』キャロルが続けた。『あんたが会談で書き取った、原資と期限。あれを、連中が開けっ放しにしてる帯域へ流す。成功条件。期限は五月末日——あと数日。未達なら、残金は一エディも出ない。嘘は一行も足さない。向こうが自分の口で開示した事実を、原文のまま読み上げるだけだ』

 

「……本当のことは、銃より効く」煙草の匂いのする台詞が、勝手に口から出た。「流して」

 

 抑揚のない機械の読み上げが、レイスの帯域を一往復した。

 

 施設の中では、金の話がまだ割れ続けていた。読み上げが終わる頃には、割れ方が変わっていた。

 

「出るのか、出ないのか。それだけ答えろ」

 

「成功条件は未達。支払い事由は発生していない」

 

「なら、担保を貰っていく」

 

 レイスの一人が、封印ケースの方へ歩き出した。制止の声にも、歩みは止まらなかった。その銃身が持ち上がりかけた途中で、インデクサー側の護衛が一発だけ撃ち、ケースへ歩いていたレイスが砂の上へ崩れて動かなくなった。

 

 次の呼吸で、レイス側が撃ち返した。憎しみより勘定に近い、短い応射だった。回収側の一人が倒れて動かなくなり、もう一人が腕を押さえて配管の陰へ下がった。そこで双方が散り、撃ち合いは一度切れた。

 

 残ったレイスは引き金から身を引いて、回収側からも、あたしたちからも距離を取った。前金と残金の話が、弾の形で決裂しただけだった。誰の命令でもなかった。

 

『続ける』ソウルの声が回線に乗った。『回収だ。仕事は変えるな』

 

 施設の灯りが、生き残った投光器ごと外周へ振られ始めた。数を減らした回収側は、減った分だけ神経質になって、闇を光で埋めようとしていた。水槽の縁で、爺の頭がまだ起きているのが、光の端に見えた。まだ届く。まだ、数の内だ。

 

   *

 

 上では、ミッチのドローンが羽音を殺せる高さで円を描いていた。キャロルの回線は囁きの幅で開いたまま、短い数字で家族の位置を揃え続けた。キャシディは闇のいちばん濃いところから動かなかった。

 

 あたしは殻を支持から起こし、蓋の開いた箱の縁へ預けて、左腕で腹を支えた。右手は、肩を上げずに届く低さでグリップへ置いた。右肩は、最初から勘定に入れなかった。

 

『最初の候補』スキッピーの声は、囁きの幅まで絞られていた。『南側の投光器、一基。目的は、家族が渡る地面から光を剥ぐこと。それだけの一発』

 

 あたしは車の陰から首だけ出して、その一基を目で辿った。柱の根元に人はいない。爺の三十メートル線の外だ。燃料設備からも遠い。割れた破片が落ちるのは誰もいない砂の上で、外れた弾の行き先は施設の外壁だった。

 

「影響、見た。人なし。爺から遠い。燃料から遠い。外れても壁」

 

『同じものを見てる』

 

「承認する」

 

『承認するよ』

 

 撃った。反動は支えた左腕を抜けて、上がらない右肩の奥で鳴り、耳鳴りが一拍だけ膨らんだ。光の柱が一本、音より先に消えた。

 

 表示が一度だけ灯った。TWO-KEY: CLOSED。

 

『結果——暗くなったのは渡りの手前まで。ただし、この闇はうちの専用じゃない。向こうも同じ闇を使える』

 

 その闇の中を、パナムの側の影が低く移った。走らず、屈んだ速さで、家族が一列、渡りの手前へ溜まった。位置が変わった。それだけのための一発で、それだけが要る一発だった。

 

『次の候補を、新しく作る』囁きが続けた。『搬出口の駆動部。錆で固まってるやつ。目的は、水槽側へ届く道。爺の三十メートル線の外。周りに人はいない。燃料からも遠い。……先に言っておく。一発じゃ全部は開かない。たぶん、途中で止まる』

 

「途中でいい。残りは手がある」

 

 確かめた。駆動部の周りに人影はなく、破片は施設の内側の、誰もいない床へ落ちる。手順の残りは、もう身体が知っていた。見た。承認を重ねた。一発。

 

 二発目の反動は、分かっていても同じ場所へ来た。錆が悲鳴を上げ、搬出口の枠が斜めに滑って——半分で止まった。

 

```

 TWO-KEY: CLOSED。

```

 

『開いたのは半分。人が通るには足りない。それと、渡りの右手に射線が一本残ってる。ここから先は、鍵の仕事じゃない』

 

 ミッチだった。止まった枠に取り付いて、義手の左を掛け、身体ごと引いた。錆の悲鳴に、もっと嫌な音が混ざった。金属が金属から外れる音。枠は人ひとり分まで開いて、ミッチの左腕は肘から先が妙な角度に垂れた。

 

『義手だ』ミッチの声が、回線の向こうで悪態を挟んだ。『接合部だけだ。腕本体は無事だ。行け』

 

 開いた隙間へ、家族が入った。先頭はテディだった。角を回った瞬間、配管の陰から出てきた回収クルーの一人と正面からぶつかり、二人とも錆びた枠の上へ倒れ込んだ。湿った枝を折るような音がした。テディは右前腕を抱えて転がり、相手も肩から落ちて、武器を拾わずに這って下がった。

 

『テディ、そのまま動かすな。骨をやってるかもしれない』キャロルの声が言った。『順番を入れ替える。次』

 

 渡りの正面が、塞がれた。残った護衛の一人が、水槽への通り道を正面に見る位置へ入り、開いた隙間へ向けて撃ち始めた。家族の足が止まった。爺までの最後の距離が、その一挺で塞がれた。

 

『新しい候補』スキッピーの声は、乾いたままだった。『あの護衛の、膝。目的は、渡りを塞いでる銃を、立っていられなくすること。……先に全部言う。膝なら安全だ、なんて保証は僕にはできない。血は出る。骨は砕ける。失血で死ぬことだって、ある』

 

「分かってる」あたしは男の背後を見た。「今は駄目。後ろに水槽が重なってる。重なってる間は、拒否」

 

『待つ』

 

 待った。男が撃ちながら二歩、横へ移った。背後が錆びたタンクの腹だけになった。爺と重ならない。燃料と重ならない。それでも、人へ向く一発だった。そこだけは、どう数え直しても消えなかった。

 

「影響、見た。後ろは錆の壁。爺と重ならない。……承認する」

 

『承認する』

 

 三発目の反動は、前の二発と同じ重さのはずだった。いちばん重かった。

 

 男が崩れて、悲鳴が錆の匂いの中に立った。長い悲鳴だった。機械の的は、悲鳴を上げない。上げるものを、あたしたちは撃った。承認を二人で分けても、重さは半分にならなかった。

 

```

 TWO-KEY: CLOSED。

```

 

『当たった。膝。出血が見えてる。USER、あれは処置がないと危ない』

 

「生かす。それも勘定のうちだ」

 

 言い終わる前に、視界の端で別の影が回った。倒れた男の側にいた護衛が、銃口をこちらへ——あたしへ向けた。あたしの承認も、スキッピーの承認も、間に合わない速さだった。

 

 乾いた一発が、車列の外から響いた。影は落ちて、動かなかった。

 

 闇のいちばん濃いところで、キャシディが銃口を下げるのが見えた。頷きもしなかった。自分の弾がどこへ行ったか、この場の誰よりよく知っている顔だった。あたしの肩代わりじゃない。あの人が背負う一発だ。

 

 施設の反対側で、エンジン音が一つ立ち上がった。レイスの車が、誰にも銃口を向けないまま、来た時とは別の暗がりへ抜けていった。残金の話は、死んだ一人と一緒に砂の上へ置き去りにされた。

 

 レイスは、もう残っていなかった。残った回収クルーは武器を置き、配管の陰で手を上げた。

 

 キャロルの目の前で弾倉を抜き、薬室を開けた。生きた一発を掌で受けて弾倉へ戻す。二十三発。声に出して照合し、弾倉はキャロルへ、銃殻は開いた箱へ戻した。

 

   *

 

 ウェイ爺の拘束は、手で外した。

 

 水槽の縁の留め具には、最後まで一発も使わなかった。パナムが留め具を起こし、家族の手が一つずつ外していった。あたしは左腕しか出せなかった。それでよかった。抱える側の手は、足りていた。

 

「……砂まみれ」掠れた声が言った。「遅い」

 

「値切った分。差し引いといて」

 

 乾いて割れた唇が、割れた形のまま少しだけ動いた。水は少しずつしか飲ませなかった。肋に触れると爺は顔をしかめた。ひびだろう、動かして確かめる場所じゃない、とキャロルが言った。脱水と、たぶん肋のひび。生きている。治ったわけじゃない。毛布ごと、家族の車の荷台へ運ばれていった。

 

 膝を撃たれた男のところへは、あたしとキャロルで行った。血は手袋越しでも熱く、押さえた布は数えるより速く重くなった。男は悪態をつき続けた。キャロルの止血で血の速さは少しずつ鈍り、あたしは布を替えて押さえ続けた。

 

「死なせない」キャロルが男に言った。「搬送に回す。黙って運ばれろ」

 

 悪態が細くなり、それでも切れないのを確かめながら、荷台へ載せた。悪態が続いている間は、生きている。

 

 ミッチは外れかけた義手を胸の前で吊り、それでも片手でドローンを回収していた。テディは添え木を当てられる間、悪態のかわりに謝り続けて、パナムに「折れたのはあんたのせいじゃない」と遮られていた。

 

 インデクサーは、封印ケースの脇から逃げなかった。撤退の車が動いたあとも、ケースの封を両手で押さえていたらしい。手首を縛られても、背筋は試験室で見たのと同じだった。あたしの顔を見て、同じ平坦さで言った。

 

「その個体は、監査を通らない」

 

 言い返す言葉なら、いくつも持っていた。全部、使わなかった。黙って、その顔を見返した。その先を数えるのは、今夜の仕事じゃなかった。

 

 封印ケースは、閉じたまま家族の車へ載った。キャロルが外側の状態だけを記録し、誰も開けなかった。灯りも、声も、出なかった。ただの硬い箱のまま、証拠として運ばれていった。

 

 ソウルが、輪の真ん中で短く数えた。回収クルーの死者が二人、負傷が三人。レイスの死者が一人、残りは離脱。家族は死者なし、ミッチの左義手の接合部と、テディの右前腕。爺は脱水と肋のひび。細かい表は帰ってからだ、とだけ言って、ソウルは車列へ向き直った。

 

 降伏した回収側の生存者は、武装を解いた。負傷者は搬送へ回し、歩ける者には水を持たせて施設から退去させた。インデクサーだけは、輪の審査へ送るため拘束を続けた。

 

 夜明けが、砂の白を薄い灰色へ変え始めていた。あたしは荷台の縁で、蓋の開いた箱の横に座っていた。右肩は上がらないまま、耳鳴りは鳴ったままだった。三発分の反動が、まだ骨のどこかで順番を待っている気がした。

 

『USER。いつもの内部表示から、一つ』

 

「読んで」

 

『今夜の負荷で、媒体の安全余裕が下がった。正式な診断じゃない。僕が自分の計器を読んだだけの、暫定』

 

「うん」

 

『今は動ける。移動もできる。でも、次に安全な状態を書いて、この僕をもう一度起こせるのは——たぶん、あと一回だ』

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

サイバーパンク:ジャンク・アルケミー(作者:たこ焼き 龍月)(原作:Cyberpunk2077 )

『Cyberpunk 2077』の世界に転生した元ゲーマーの少女・ニッカ▼ 命がゴミより軽いディストピア都市「ナイトシティ」から逃げるため、彼女はバッドランズの廃車置き場に引きこもり、静かに暮らすことを誓う▼ 生き延びるために始めたのは、前世のゲーム知識(最適化裏技)を使ったガラクタいじり▼ しかし、本人が「ただの部品調整」と思っている技術は、軍用規…


総合評価:690/評価:7.05/連載:19話/更新日時:2026年08月16日(日) 00:00 小説情報

Good Luck , Raccoon City 【第二部始動】(作者:持麻呂)(原作:バイオハザード)

とにかく自意識の消失という死を受け入れたくなかったVは、蜂の巣にされて死ぬかもしれないという矛盾を抱えながら、単身アラサカタワーに乗り込んだ。▼なんとか《神輿》に辿り着いたものの、ジャックインした瞬間に意識を失ってしまう。▼気付いた時には知らない街のゴミ捨て場にひっくり返っており、職質を受ける始末。▼一先ず死ぬ危機から逃れられたので、今はスローライフを楽しも…


総合評価:3259/評価:8.96/連載:32話/更新日時:2026年07月05日(日) 12:00 小説情報

噂によると / Legend Has It [CP2077 × NIKKE](作者:Narrenschiff)(原作:勝利の女神:NIKKE)

噂とは、語る者の手を離れ、独り歩きを始めるものだ。▼伝説とは、語り終えた後にこそ、輝くものだ。▼巨大企業が国家を凌駕する未来都市・ナイトシティ。▼傭兵Vとロッカーボーイ兼テロリストのジョニーは、街のエッジを共に駆ける相棒として、数え切れない仕事をこなしてきた。▼──やがてその男が、目を覚ました。彼は何も持っていなかった。▼地上を追われた人類が、地下都市『アー…


総合評価:664/評価:9.05/連載:23話/更新日時:2026年07月09日(木) 19:00 小説情報

CyberPunk: EDGE CASE(作者:エネーロ)(原作:Cyberpunk2077)

目が覚めたらそこは最悪の街だったーーー▼ふと気づくと2020年代のナイト・シティ。▼体は時代錯誤(2077)のクロームまみれ。能力はMOD基準。▼企業にバレたら実験動物よろしく解剖コース。▼生き残る道を探しながら、ジョニー達と関わっていくことになる奮闘劇。▼本作品は設定作成、本文一部にAIを利用しています。▼


総合評価:3358/評価:8.88/連載:28話/更新日時:2026年07月30日(木) 00:00 小説情報

TS転生したら小鳥遊ホシノだったので青春を………Q.誰?お前?A.エーテリアスです(作者:如月トッポ)(原作:ゼンレスゾーンゼロ)

ある日、少年だった人物は見知らぬところで目を覚ました、▼よく見てみるとなんとブルアカの小鳥遊ホシノに転生していた!?▼けれど、転生先はブルアカでは無いようで……▼色々ちぐはぐすぎるこの主人公はこの終末世界でどう生きるのか………


総合評価:3158/評価:7.92/連載:12話/更新日時:2026年08月01日(土) 20:41 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>