Cyberpunk: スクラップ・ララバイ   作:imamo

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第25話 損害表

 

 六月に入っても、包帯を替える日が続いた。

 

 あの夜明けから数日が経った。あたしは損害表に日付を書き、キャロルの治療記録を開いた。旧回収契約の期限だった五月三十一日は、もう過ぎていた。

 

 炭を細く削って、一行目から書き始めた。

 

 治療区画は、朝のうちがいちばん静かだった。あたしは記録作業台へキャロルの治療記録を運び、包帯の交換記録、搬送先から届いた返答、弾薬の照合票を並べて、一行ずつ表へ移した。

 

 奥で爺さんが咳き込み、肋を押さえた。水を持っていってから、作業台へ戻った。

 

『撃った弾は三発。投光器、搬出口の駆動部、膝。全部、鍵の記録と数が合ってる』スキッピーが遮蔽箱の有線の口から言った。砂を噛んだ、いつもの声だった。

 

「合ってる」あたしは照合票に印を付けた。「三発。行き先も書く」

 

 武器庫の帳面も、最初の三十発から合わせた。カブキで三。`TWO-KEY`の試験で一。あの夜の救出で三。残り二十三。現場でキャロルと照合した数に合う。弾倉は武器庫へ返した。

 

 カブキの三発には、あの夜の搬送記録へ遅れて付いた返答も添えた。太腿を撃った男は、脚の手術を終えて、生きている。それ以上は教えられない、と診療所の認証が付いていた。

 

『……緑色は、やっぱり血を消さないね』

 

「うん。消さない」

 

 診療所の返答を、撃った時刻と止血、搬送の記録に添えた。

 

 カブキで追ってきた三人の雇い主は、まだ分からない。「回収関係者と推定」とだけ書き添えた。

 

 回収クルーの死者は二人。あたしへ銃口を向けた護衛を撃ったのはキャシディ。もう一人を撃ったのは、離反したレイスだった。

 

 負傷は三。レイスの応射で腕をやられた一人。ウェイ爺の救出線でテディと正面からぶつかった一人。それから、膝。

 

 膝の男については、搬送先から短い返答が届いていた。受け入れ、処置、生存。キャロルが自分の記録と突き合わせた。圧迫材を替えた回数、血が鈍るまでの時間、荷台へ載せた時刻。全部合っていた。

 

「生きてる」キャロルが言った。「搬送先が今朝、そう返してきた」

 

 あたしは「撃った」「止血して運んだ」を、同じ男の欄に書いた。最初の一字で炭の先が折れた。折れた先を払い、少し浅く握って書き直した。

 

 レイスは死者一。撃ったのはインデクサー側の護衛で、残りは離脱したまま戻らない。家族は死者なし。新しい負傷は、ミッチとテディの二人だけ。

 

 あたしの右肩と耳鳴りは、試験室で負った怪我として記録した。肩はまだ包帯を結ぶたびに痛み、静かな場所では耳鳴りが大きく聞こえた。

 

 ウェイ爺は、少しずつ水を飲めるようになっていた。起き上がる時は寝台の柵につかまり、咳をするたびに肋を押さえた。

 

「損害表かい」爺は掠れた声で言った。「おれは生きてる。それだけ先に書いとけ」

 

「書いた。いちばん上の、日付の次に」

 

 昼、炊事の鍋から人数分の温食が配られた。豆と保存肉の煮込みに、焦げ目の付いた平焼き。配って回ったのはエミリーで、あたしの器には、豆が多めに入っていた。三月の朝と、同じ盛りだった。

 

 あたしはポケットの小瓶から、炎の絵が六つ並んだやつを一滴だけ落として、一口目でむせた。

 

「毎回むせてるよね」

 

「毎回うまいんだよ」

 

 エミリーは声を上げて笑って、次の器を配りに行った。

 

 ミッチは左義手を胸の前で吊っていた。接合部の交換部品はおよそ二週間待ちで、それまで左は飾りだった。テディは右前腕の添え木ごと三角巾で吊って、左手のスプーンを持て余していた。

 

「切ってくれ」ミッチが皿を寄越した。「頼むのは飯だけだ。ネジは頼まん」

 

「ネジは頼まれても回せない。単独の工房権、まだ止まってる」

 

「知ってる。だから飯だけだ」

 

 あたしは保存肉を一口の幅に切り、平焼きを手で千切れる大きさに裂いた。テディの分も同じにした。テディは礼を言いかけて、パナムに「食え。冷める」と遮られた。ウェイ爺の分は治療区画へ運ばれて、爺は半分起きた姿勢のまま、肋の許す速さで食った。

 

 自分の分は、温かいうちに食べ切った。豆は煮え過ぎで、平焼きは端が苦かった。うまかった。食べ終えると、ミッチの器とテディの器を集めて、自分の器と一緒に洗い場へ運んだ。三枚を砂で粗く擦り、配給の枠内の少ない水で流し、布で拭いて、棚の同じ段へ戻した。

 

   *

 

 午後、爺さんに店の被害を訊いた。

 

 橋の下の売り場も在庫も失い、仕入れ先との取引も切れていた。

 

「肋が塞がるまでは、ジャパンタウンの姪の家に厄介になる」爺は言った。「そのあとは、屋台のリヤカーからやり直しだ。歳を考えろと言うやつには、考えた結果だと答える」

 

「爺さんを探しに来た連中、あたしと銃を追ってたんだ。巻き込んで、ごめん」

 

「おれも中身を調べずに仕入れた。借金が溜まると、ろくな商いをしなくなる」爺さんは笑いかけ、肋を押さえた。「次の屋台は、よく見て買う。お前も見に来い」

 

「行く。見に行くよ」

 

 農場の東三列は、枯れたままだった。勝っても苗は起きない。枯れた株を抜き、土を篩にかけて残りの列へ回すかどうかは、まだ家族で決めていない。ソウルとパナムは、残った水の割り振りと、次の交易へ出せる分の組み直しを、升目の上でやり直していた。あたしは数字を読み上げる係だった。立会いのある仕事だから、まだあたしに残っている仕事だった。

 

 共有工房の壁際には、スコーピオン名義の救難箱が四つ、並んだままだった。あたしは一箱ずつ、封の帯と期限の札を確かめた。水の缶が四本。止血材。ヒューズ。シール材。落花生と糖蜜の携行食が四本。四箱とも同じで、欠けはなかった。

 

 救難箱を一般在庫へ戻せば、水は少し楽になる。それでも、この四箱は残すことにした。あたしは表に「救難箱四、別枠で維持」と書いた。

 

 期限の札を差し戻し、封の帯を締め直した。キャロルが台車を引き、あたしは左手で箱の向きを取って、四つとも壁際の同じ場所へ戻した。

 

 ノアへの返し物は、布の上でやった。ロージーの防振の座と、留め金具。救出の移動支持にだけ使った借り物で、ナザレには一度も付けていない。刷毛で砂を払い、金具の溝を針金で浚って、元の布へ包み直した。

 

 ノアは荷台の陰で受け取り、包みを開いて、部品を一つずつ確かめた。

 

「砂は落とした。壊れたところは、なかった」

 

「返った」ノアは布を畳んだ。ナザレの作業札には触れず、部品を持って帰った。

 

 工房も交易も、あたし一人ではまだ任せてもらえない。翌日の付き添いをミッチに頼み、予定表へ名前を入れた。

 

   *

 

 契約の確認は、レジーナから届いた記録で済んだ。

 

 銃の返却通知から、受取待ち、未回収、委託処分、カブキへの流出まで。記録の末尾には、銃殻と現在人格の差分を受け取っていないため、成功条件は満たされなかったとあった。

 

 期限切れの通知も付いていた。

 

```

CONTRACT: EXPIRED

SUCCESS CONDITIONS: NOT MET

SUCCESS PAYMENT: NOT RELEASED

LEGACY RECOVERY CREDENTIAL: EXPIRED

```

 

 前金は戻らないが、成功残金は支払われず、旧回収資格も失効した。

 

 通話の一本は、ダコタからだった。

 

『レイスの残金を、バッドランズ側で仲介する気はない。うちの口は閉じた。それだけだ』

 

 あたしは通話記録を添えた。

 

 炭で黒くなった指を拭き、立ち上がった。

 

 封印ケースは証拠の保管棚へ移した。キャロルが封を調べ、あたしが番号を読み上げた。中の停止像には電源を入れず、そのまま保管する。

 

 インデクサーは、輪が決めた区画で生存拘束のままだった。監督はキャシディとパナムが交替で持ち、七日ごとに輪で審査する。審査は二回まで。二回目で、条件付きの追放か、どこかへの引き渡しかを必ず決め、決まった条件は本人にも読み上げる。期限のない拘束を、うちの帳面には作らない。

 

 提示された氏名と、未確認の項目を記録に残した。

 

```

提示名: MARA VENN

本人確認: 未了

資格: 未検証

委託元: 不明

```

 

 ノース宛の礼状は、途中まで書きかけてあった。

 

 家族の受信口に、返信不能の一方向パケットが一つ届いていた。返信経路の欄は、最初から潰してあった。中身は手順書じゃなかった。古い、生のログだった。ノースがいつか、自分の全部のセンサーを一度に繋ぎ戻した時の。

 

```

SENSOR RESTORE: ALL CHANNELS

INPUT: SATURATED

ROLLBACK: FAILED

EMERGENCY STOP: TRIGGERED

```

 

 全センサーを一度につないで過負荷を起こし、巻き戻しにも失敗した記録だった。あたしはナザレの準備資料へ挟んだ。

 

 救難中継で車体署名と移動区画を晒してから、ノースは姿を見せていない。届いたログにも、現在地や行き先はなかった。

 

 礼状の下書きを閉じた。机の端には、初めて修理した時の領収書の控えが残っていた。

 

 夜になっても、スキッピーの診断だけが残っていた。

 

 共有工房の灯りを絞った頃、有線の口からスキッピーが言った。

 

『USER。僕の診断も、やっておこう。暫定のままじゃ、次を決められない』

 

「いいの」

 

『僕の口だ。僕が開ける。……キャロル、いる?』

 

「いる」キャロルが作業台の向かいへ座った。「外部接続は全部切る。有線の読み取りだけ。書き込みはしない」

 

 外部接続を切ると、スキッピーが診断口を開いた。キャロルが有線で読み取りを始め、あたしは画面を見た。書き込みも再起動も行わず、結果が出た。

 

```

CONTINUOUS OPERATION: AVAILABLE

CALENDAR FAILURE DATE: UNKNOWN

SAFE STATE WRITE / RESTART: 1 REMAINING

```

 

『閉じる』スキッピーが言い、診断口が内側から閉じた。キャロルが有線の口と権限の表を照合して、閉鎖確認、と記録した。

 

『読むよ』声は、砂を噛んだいつもの声のままだった。『一行目。僕は、今は普通に動ける。移動もできる。二行目。暦の上でいつ壊れるかは、分からない。明日かもしれないし、ずっと先かもしれない。これは誰にも読めない。三行目——』

 

「安全に書いて、もう一度起こせるのは、あと一回」

 

『そう。使えばゼロ。使わなければ、一回のまま。……今夜は、使わない』

 

「今夜は、使わない」あたしは頷いた。

 

 あたしは三行を、損害表の最後へそのまま写した。表示の上では、一行目と二行目は、読み終わると普通の光へ戻った。三行目だけが、戻らなかった。

 

 `SAFE STATE WRITE / RESTART: 1 REMAINING`。

 

 その一行だけが、灯りを絞った工房の中で、赤く、点滅し続けていた。

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