六月の最初の月例交易は、キャロルの便だった。
あたしは同行者として荷を降ろし、数を読んで伝票と突き合わせた。荷と経路の責任はキャロルが持った。
伝票の締めは、キャロルの仕事だ。その待ち時間に、あたしは環状の橋脚まで歩いた。
二秒遅れは、同じ場所に立っていた。買う前に、一周する。角の錆はそのままで、サービスパネルの工具傷が、三本から五本に増えていた。誰かが開けた痕だ。
四月に買わなかった新商品は、一種類だけ残っていた。決済を通す。
缶は、瞬きの速さで落ちてきた。
修理されたのだ。ファンも静かになっている。あたしは受け取り口を覗き、もう落ちている缶に手を伸ばした。
缶を取ってから、なぜか二秒待った。開けると、薬っぽい甘さのあとに、覚えのない酸味が来た。六点。悪くない。
`CITY FEED`に整備済みと書き足した。
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KB-0417 / 遅延解消・整備済 / 記録継続 / 新商品一種、可
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日が傾いて、リトルチャイナの通りに夜番の灯が入り始めた頃、キャロルが荷台の戸を閉めながら言った。
「寄るんだろ、あの店。あたしは車で帳簿をやってる。ゆっくりでいい」
スキッピーの遮蔽箱は、荷台の枠に縄で固定していた。借りた防振部品はノアに返したので、段差を越えるたびに縄の張りを確かめた。
『USER。この停車は、予定表にない』箱の中から、砂を噛んだ声がした。
「予定表の外の、飯だ」あたしは縄を解いた。「一緒に行く?」
『行く。……行くというか、運ばれる。でも、行く』
あたしは運転席の窓を二度叩いた。
「キャロル。箱、長椅子まで頼む」
「最初から呼びな」
キャロルが箱を荷台から降ろし、折り畳み台車へ載せた。
トムズの扉を開けると、焼けた油の匂いが先に来た。鉄板が鳴って、湯気が換気扇へ吸われていく。あたしは台車を、壁際の長椅子の端へ寄せた。車輪を止め、押しても動かないのを確かめてから、隣に座った。カウンターの中で、セルジオが顔を上げた。
「砂まみれの修理屋」セルジオはあたしをそう覚えている。「いつもの?」
「いつもの。ハウスバーガー、パティは焦がし強め。フライは塩多め」あたしは冷蔵棚を見た。飲み物は、棚を見てから決める。「今日は、赤い炭酸」
セルジオは頷いて、鉄板へ戻った。あの人はあたしの注文を全部覚えている。覚えていて、それでも毎回訊く。作り置きもしないし、先回りもしない。
『USER』有線の口から声がした。『この店、僕の索引にない。……来たことが、ないの?』
「ある。何度も」
『じゃあ、僕が失くしたんだ』短い間があった。『それは、僕の中から消えたっていうこと?』
「中身は残ってても、探す索引が切れてるのかもしれない。キャロルも、そう言ってた」あたしは箱の角を叩いた。「分からないところは、あたしに訊いて」
『訊いていいなら、訊く』声が少し早くなった。『いつもの、って何? それ、おいしい? 赤い炭酸って、どうして今日は赤なの?』
「一個ずつ」
バーガーとフライと赤い炭酸が来た。パティの端は炭の色まで焦げて、フライの塩は袋の底に溜まるほど多い。あたしは温かいうちに食べ始めた。
「いつもの、はハウスバーガーとフライのこと。ここまでが固定。飲み物は固定じゃない。毎回、棚を見て選ぶ」
『固定と、選ぶのを、どうして分けるの?』
「固定は、好きだから変えない。飲み物は、選ぶのが好きだから、決めない」赤い炭酸を一口飲んだ。冷たくて、薬みたいに甘い。「今日は赤の気分だった。理由はそれだけ」
『セルジオは、USERの固定を知ってた。知ってるのに、訊いた』
「いつも同じだけど、気が変わる日もあるからね」
スキッピーが皿へ光学を向けた。
『二十六本。……いや、二十七。端の焦げたのが、一本、多い』
「それも、いつもの、の一部」あたしは焦げた一本を最初に食べた。
警報は鳴らなかった。通信も来なかった。誰も追ってこなかった。あたしはバーガーを最後の一口まで食べ、袋の底の塩を指で摘まみ、赤い炭酸を飲み切った。包み紙を畳んで籠へ戻し、皿をカウンターへ返す。セルジオは「またな、修理屋」とだけ言った。
台車の留めを外して、扉の外まで押した。それから、車の窓を二度叩いた。
「帰りも頼む」
キャロルを待つあいだに、スキッピーが訊いた。
『次に来る時も、飲み物は、その日に選ぶの?』
「そう。何色になるかは、その日まで、あたしにも分からない」
来た時と同じに、キャロルが箱を荷台へ戻した。あたしは縄の張りを確かめた。
*
キャンプへ戻った翌日の夕方、共有工房へ行くと、ノアがナザレの幌の前で待っていた。
「スキッピーがナザレを選ぶなら、使っていい」ノアは言った。「ロージーの復元とは呼ぶな。動かない飾りにするな。妹の整備記録は残せ。この三つだ」
「……許可、って受け取っていいの」
「車体についてはね。そこへ移るかはスキッピーと、作業する家族で決めな」
ノアは返事を待たずに、工房を出ていった。
ノアが帰ってから、作業台を囲んだ。あたし、キャロル、ミッチ、それにスキッピー。
工房の反対側では、ナザレが幌の下で停まっていた。保留の札は`WORK HALTED / CONSENT PENDING`のまま。キーは共有鍵盤のフック`07`のまま。ミッチは左義手を吊ったまま、右手で上着を釘に掛けた。
「今日は決めるだけだ。作業は明日から考える」ミッチが椅子を引いた。
キャロルが、手札ほどの紙を四枚、作業台へ並べた。
「今は動ける。でも、いつ故障するかは分からない。安全に書いて起こせるのは、あと一回だ」キャロルは四枚の紙に番号を振った。「選べるのは、この四つ」
「一。この銃のまま暮らす。今のあんたが続く。ただ、古い媒体は傷んでいく。故障してから、状態を保存できる保証はない」
「二。状態を保存して停止する。今の記録は残せるが、生活は止まる。いつ、どこで起こせるかは約束できない」
「三。正規像で上書きする。封印ケースの中にある、停止した原型だ」
「向こうは、初期記憶や語彙、保守認証が戻る可能性を挙げてたね。媒体が安定しているのは確認できてる。ただ、上書きで寿命が延びるかは、こっちでは検証できていない」
『……それ、僕が欲しいものの一覧に、似てる』スキッピーが言った。
「欲しいものでも、失うものと一緒に考えてほしい。上書きしたあと、今のあんたが続く保証はない」
『続かないと、確定してるの?』
「確定はできない。保証できない、ということだよ」
「四。今のあんたがナザレへ移る。最後の安全な書き込みと再起動は、それに使う。記憶を失うかもしれないし、失敗するかもしれない。安全に元へ戻す二回目は残らない」
「ほかの古い写しは使わないんだな」ミッチが訊いた。
「起こさない。資料として残す」キャロルは頷いた。
キャロルは四枚の札の横に、共有作業記録の綴りを置いて、開いた。
ナザレの紙には、ノアの三条件も書き添えた。
*
札は四枚、並んだままだった。スキッピーは長いあいだ黙っていた。考えている時のこいつは、冷却の音が少しだけ変わる。
『USER』やがて、声がした。『USERは、どれがいい?』
「四番。あたしは、あんたとナザレで走りたい」
『一番なら、僕は、撃った数を数えるの?』
「直した回数でもいいし、猫でもいい。銃のままでも、選べるよ」
スキッピーは四枚を見比べていた。あたしはキャロルから離れた椅子へ座り、待った。
待つあいだ、あたしは帳面の端末で`CITY FEED`の台帳を開いた。型式番号の並びの中に、一つだけ名前で書いた行が、まだあった。
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BRENDAN / H8 / OUT OF SERVICE
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あたしはその行を残して、台帳を閉じた。
『決めた。僕は四番がいい』
『走ってみたい。みんなが出ていく時、僕も自分の車輪でついていきたい』
冷却の音が、一度、静かになった。
『一段ずつ、僕に確かめて。嫌だと言ったら止めて。それなら、行きたい』
「分かった」キャロルが選択と条件を記録した。
準備の日取りを相談して、その夜は工具を出さなかった。
あたしは四枚の札を集めて、選ばれた一枚だけを綴りに挟んだ。
片付けの手を止めて、一つ、訊き残していたことを訊いた。
「顔は、どうする」
箱の上面の投影窓に、金色の弾丸像が点いた。大きな白い目が、瞬きの動作を一つした。
「新しい身体にも、その顔を持っていく?」
像は自分の青い腕を見下ろして、赤橙のゴーグルを額へ上げて、しばらく黙った。
『持っていく。この顔でUSERと会って、ノースに手を振った。もう、僕の顔だから』
「外装も塗り直すけど、何色がいい?」
『黄色』即答だった。『僕の上面の、剥げる前の色。作業現場で、遠くからでも見つかる色。それと……顔と、おそろいの色』
「黄色だね」あたしは書き留めた。フレームと架台は黒か地金のままにして、ロージーの点検印や傷、手作りのラックも残す。
書き終えた行の上で、金色の像が、満足そうに腕を組んでいた。
工房の灯りをもう一段落とすと、遮蔽箱の有線の口から、声がした。
『ねえ、USER。バイクでは、何を、数えるの?』