六月の半ば。インデクサーの二度目の審査で、決まったのは条件付きの追放だった。
読み上げはソウルがやった。家族の縄張りへ近づかないこと。水と私物は返すこと。家族の便で、街道の中立地帯まで送ること。
「異議は」
「ない。条件は、記録された」
インデクサーは、試験室で見たのと同じ背筋で、送りの車に乗った。乗る前に一度だけ、荷台の縄の緩みを目で拾って——直せる立場にないことを思い出したみたいに、視線だけで通り過ぎた。あの平らな声を聞いたのは、それが最後だった。拘束の区画は、もう空だった。
送りの車を見送って、あたしたちは共有工房へ戻った。
キャロルが、前に決めた作業条件を読み上げた。スキッピーが自分の希望と合っていることを確かめ、開始に必要な許可も揃った。
記録の余白に、「スキッピーはまだ怖い。それでも、輪で決めたことには従う」と書いてあった。無記名だったが、水の帳面で見慣れた言い回しだった。あたしはそのまま残した。
許可の記録が済むまで、誰も幌に触れなかった。記録を閉じてから、あたしはナザレの`WORK HALTED / CONSENT PENDING`の札を外した。捨てずに、綴りへ挟んだ。
機械の準備に三日使った。固定台を据え、工房裏の柵で試験区画を囲う。出力を抑え、人間が直接ブレーキを掛けられるようにした。
演算器の架台と配線材は共有在庫から、車体の不足部品は月例便で揃えた。家族が持ち寄ってくれた部品も、出所と一緒に記録した。
止めてあった車体側の仕事も、同じ三日に再開した。前にミッチと組んだ治具でフレームの歪みを戻し、亀裂を補修した。浸透検査をやり直して、赤い筋が出ないことまで、二人で読んだ。
曲がったフロントフォークは互換品へ替えた。焼けたハーネスを引き直して、別調達にしていた六軸IMUを載せ、車体基準へ較正した。燃料系はタンクと配管を洗った。噴射器を清掃して、シールとフィルタを交換した。
ミッチは左義手の部品がまだ届かず、右手だけで参加した。あたしの右肩は、三週間で日常生活に困らない程度には治っていた。耳鳴りは静かな場所で残ったが、作業の音は聞き分けられた。
片手でできる票の照合と、水平の読み上げと、声に出す確認はミッチが引き受けた。あたしは肩より下の細かい作業。頭より上と、重い引き上げは、キャロルと吊り具へ回した。
出力とブレーキを確かめ、駆動の補助を止める操作も試した。車体の準備が済むまで、スキッピーは箱で待っていた。
右のグリップは、やっぱり緩んでいた。内側から先に減った握りを外す。整備記録を開くと、前に読んだロージーの字があった。右グリップ、また緩めた。毎回やる。いい加減学べ、あたし。
あたしは緩みを締め直した。内側から減った摩耗の跡と、あの書き込みは残した。
外装は本人が選んだ黄色へ塗り替えた。ロージーの継ぎ当てのあるパネルは外して番号を振り、整備記録と一緒に保管した。
フレームとアンダーガード、架台は黒と地金のまま。タンク裏の点検印や、シート下の傷も残っている。外装の黄色が乾くと、スキッピーが何度も光学をそちらへ向けた。
車両の制御は、発砲専用の`TWO-KEY`とは別に組んだ。あたしがブレーキを掛ければ、スキッピーの駆動補助より先に効く。
準備が終わった夕方、あたしは遮蔽箱の前へ座った。
「最後に、もう一回だけ渡す。始めたら、やり直しはない。移った先で欠けたものは、戻らない。始める前なら、まだ戻れる」
冷却の音が、少しだけ変わった。考えている音だ。
『確認。開始に同意しても、それは全部への同意じゃない。一段ごとに、僕が、進む、って言う。言わなかったら、止まる』
「そう」
『なら、始めることに同意する。僕の言葉で。僕は、ナザレへ行く』それから、こいつは付け足した。『移行用の限定アクセスは、僕が開く。今回だけ』
「訂正が細かい」
『大事なところだけ、細かくしてる』
*
残数の表示は、最後まで`1 REMAINING`だった。
キャロルが手順を読み、ミッチが右手で票を押さえ、あたしが線を見て、スキッピーが『いい』と言った。最後の安全な状態書き込みが走り、再起動が一度だけかかって、表示は`0 REMAINING`に変わった。数字は、それきり動かない。
ナザレには、車体の感覚をあいつの形式に変換する、走行系から隔離した実行層を先に組んであった。
持っていったのは、今のスキッピーを指す署名と状態。銃の反射は殻へ置いていく。ナザレで起きた時、銃側の稼働資格は失効し、移行に使った状態は、起こせる二人目として残さなかった。
古い写しや三重のバックアップ、原型は、起動させず資料として保管した。
沈黙のあと、最初に繋いだのは音だった。
『……聞こえる。換気扇。USERの呼吸。それと、誰かのお腹の音』
「あたしじゃない」
「おれでもない」ミッチが言った。まあ、三人の誰かではあった。
『音は、これでいい。過不足なし。次へ、進んでいい』
前の視界。後ろの視界。
『広い。照準の窓より、ずっと広い。後ろが見えるのは、変な感じだね。首がないのに、振り向いてるみたいだ』
視界を増やすたびにスキッピーへ確かめ、キャロルが数値を読み、ミッチが作業票を進めた。
傾き。車輪の回転の感覚。
『回ってないのに、回れるって分かるの、不思議だ』
駆動の応答。制動。そこで、スキッピーは初めて保留した。
『待って。ブレーキの感じが、まだ遠い。掴んでから、次へ進みたい』
あたしは手を止めた。スキッピーが制動の応答を何度か確かめ、『掴んだ。次へ』と言ってから、操舵の補助をつないだ。
感覚の合間に、キャロルが残存記録から検索の索引を組み直していった。
「残ってる記憶が読めるようにする。消えたものは、これでは戻せないよ」キャロルは画面の進み具合を確かめた。
固定台の上で全部の系統を確かめてから、閉じた区画へ出した。歩く速さほどの、限定の試走。
三周目の緩い曲がりで、ナザレは倒れた。
傾きを戻そうとして補正しすぎ、反対へ傾いた。あたしも足を出すのが遅れた。歩くほどの速度で、車体が横へ倒れる。塗ったばかりのカウルと、あたしの前腕に、一筋ずつ傷が付いた。
『……ごめん。多すぎると思って直したら、直した分が、多すぎた』
「あたしも初めての単車で、同じ転び方をした」嘘じゃなかった。「補正の癖は、転んでから覚えるやつだ。焦らない」
あたしとキャロルで身体と車体を確かめた。起こすのは梁のチェーンブロックだ。吊り帯を掛け、あたしが左手で鎖を引き、キャロルが接地を見た。ミッチは右手で転倒を記録し、水平になったところで合図した。
再起動はせず、動かしたまま補正量を下げた。駆動の応答から、もう一度確かめる。
二度目の試走は、倒れなかった。曲がりで補正が一拍遅れ、停止線を半車体ぶん過ぎて止まった。完全な較正には遠いし、公道へ出る許可は誰も出していない。それでも、決めた周回を、最後まで走り切った。
*
日が落ちてから、残った記憶を確かめた。
キャロルが索引を辿ると、戦闘ログは全域が読めなくなっていた。カブキで五十になった前後も含まれていた。
あの傭兵に拾われる前の初期記憶も失われていた。ダニッシュの顔も声も、取り出せなかった。
『歌ってたことは覚えてる。でも、音が出ない』スキッピーが言った。
鼻歌の正確な波形も、消えていた。
最初に起きた夜から、四十九の数字を見つけた夜までの生の音声も残らなかった。何があったかは辿れるのに、『僕はスキッピー。たぶん』と言った声は、もう再生できない。
「探せる場所は、全部調べた」キャロルが言った。
あたしは頷いた。初めて聞いた夜の声を、しばらく思い出していた。
猫と苗を数えた記録、鍵を設計したこと、原型との統合を断ったことは残っていた。`CITY FEED`を見た履歴から、スキッピーはあの二秒遅れの頁を出した。
『登録名への索引も、引き直せてる』スキッピーが言った。『USERの登録名まで、届く。でも』
「でも?」
『最初の夜、どんな声だったかは思い出せない。名前は読めるのに』
「今より、ずっと途切れてたよ」
『今より? それでチュートリアルやったの?』
「やった。止めてもやめなかった」
ナザレの稼働が安定しているのを確かめてから、あたしは作業台の上の、空になったHJKE-11の銃殻の前に立った。
「空の殻は、撃てなくして証拠に残そうと思う。いい?」
少しの間があった。
『うん。空のまま、残して』
キャロルが銃殻を処置し、発砲できないことを確かめた。あたしは作業票の番号を読み、封印が終わるまで立ち会った。
ミッチが、封をした銃殻を見て、それからナザレを見た。
「二度目の葬式で、一度目の誕生日だな」
ミッチは作業票を閉じ、夕食の鍋を取りに行った。
擦り傷を手当てし、工具を戻してから、ナザレのそばで飯にした。温め直した豆の煮込みと固いパン。スキッピーが、皿を覗き込むようにカメラを動かした。
『それ、熱い? どのくらい? USERの言う、うまい、は、塩の話? 温度の話?』
「両方。今日のは、温度が七割」
『記録した。温度、七割。……根拠は、あとで疑う』
飯のあと、メーター脇の投影器をつないだ。走る感覚が落ち着いてから顔を戻す、とスキッピーが決めていた。
線がつながると、金色の弾丸像が、タンクの上の空気に立ち上がった。銃身の上より、少しだけ高い位置。大きな白い目が、自分の新しい黄色い身体をゆっくり見下ろして、それから、あたしたちを順に見た。
『……うん』
像は青い腕を組み、しばらく新しい身体を眺めていた。
新しく付けた走行計を、試走の記録から切り替えた。これから仕事で走る距離を、ゼロから数え始める。古い殺害カウンターは接続していない。
『USER。バイクで何を数えるのか、って訊いたの、覚えてる?』
「覚えてる」
『まだ決めてない。でも、今日から数えられる。それが、答えの半分』
灯りを絞った工房で、三人ぶんの影のあいだに、影を持たない金色の小さな像と、六つのゼロが点いていた。
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