スクラップ・ララバイ - Cyberpunk2077 作:imamo
前哨基地に戻ったのは夜半前で、荷降ろしと、買ってきた純正弁への交換を終えると、キャンプはもう寝静まっていた。
あたしは眠らなかった。サルベージ小屋の奥、あたしの作業台に灯りを一つだけ点けて、布にくるんだ二十エディを台の真ん中に置いた。
今夜の仕事は決めてある。この銃を、銃として完全に殺す。中身を見るのは、それからだ。
順番を逆にすれば、たぶん楽だ。中身を先に覗けば、期待が手を急がせて、安全化が雑になる。雑になった安全化の話を、あたしは嫌というほど聞いて育った。銃の事故は、だいたい「まだ大丈夫」の顔をして起きる。
弾倉は最初から無い。薬室を開けて、指と目で二度確かめる。空。二度なのは、一度だと目が「空のはず」を見るからだ。二度目の指は、はず、を信じない。
次に撃発アクチュエータへの電源線を根元から外した。細い線が二本、思ったより素直に抜けた。端子には絶縁テープを巻いて、外した線はコネクタごと小箱に仕舞う。切り捨てない。外したものは、いつか戻す日の形で保管する。それが修理屋の癖で、この夜のあたしは、その癖の意味を深く考えなかった。
これで引き金は、ただのバネ付きの棒だ。
銃口は、砂を詰めた消火バケツに差した鋼管へ向けて固定した。癖のない銃でも、銃口の先に置いていいのは砂だけだ。ロージーに教わったことの一つだ。銃口とジャッキの下には、信用できる奴を置くな。
鋼管は、去年ポンプ小屋の配管を換えた時の余りだ。長さも肉厚も、たまたまちょうどよかった。うちの小屋の物は、だいたい二度目の人生を生きている。三度目のやつもいる。
最後に、フレーム後部の無線アンテナを抜いた。抜いたアンテナは、台の端の空き缶に立てた。銀色の一本きりの花みたいで、少し笑えた。
笑ってから、缶を作業台の反対の端へ動かした。アンテナと本体は、離しておくほど安心できる。缶と台のあいだに電波の届かない距離なんてないけど、気持ちの距離は、手で作れる。
銃本体には電源を入れないまま、外部リーダーから堅牢フラッシュだけへ給電して、読み取り専用の複製を二つ取った。一つは作業用、一つは触らない保管用。原本の生きたページには、今夜はもう触らない。
保管用は防水の袋に入れて、工具箱じゃない棚に置いた。卵と鶏を同じ籠に入れるな。キャロルの言い回しだ。
ここまでやって、手を止めた。
帰りのバンで聞いた声を、もう一度思い出す。ユー、ザー。砂の詰まったような合成音。文字化けは、ああいう声を出さない。文字化けは、呼びかけたりしない。
あたしは作業用の複製を診断器で舐めて、夜明け近くまで、壊れたページの並びを眺めていた。
索引は焼かれている。誰かが消した、その手つきだけが残っている。人格のAIモジュールそのものは、箱ごと抜かれて空だ。ただ、武器制御器の堅牢フラッシュ——モジュールとは別の、銃自身の帳簿のほうに、会話モデルの退避ページが層になって眠っていた。音声の缶詰。会話の切れ端。誰かの癖を学んだ重みの表。ページの隅の世代番号を辿ると、層の順番まで読めた。古い層、新しい層、その間の欠け。
消した誰かは、急いでいたか、雑だったか、その両方だ。
どっちにしても、この消し方は、墓じゃない。
層の順番を、紙に書き出してみた。いちばん深い層は古くて安定している。真ん中の層は焼け方がまばらで、ところどころ健全なページが島みたいに残る。いちばん浅い層は、ほとんど無事だ。誰かが上から順に消して、下へ行くほど飽きたような地形だった。飽きたのか、時間が尽きたのか。どっちでも、あたしには好都合だった。
*
翌日、キャロルが農場のゲートウェイの点検に来た。
キャロルの点検は、儀式に近い。筐体を開けて、埃を刷毛で払って、ログを最初の行から舐める。あたしはその横で、切り出す頃合いを測っていた。頃合いなんて測っている時点で、これはもう「ついで」じゃない。
あたしはスレートに作業用の複製イメージだけ入れて、ついでみたいな顔で見せた。心臓の音が、ついでの速さじゃなかった。
「交易の箱から拾った基板なんだけど。消去済みのフラッシュって、どこまで死んでる?」
キャロルは老眼鏡をずらして、スレートを二分だけ眺めた。二分で、あたしが一晩かけた層の絵を、だいたい掴んだらしかった。
「消去ってのは墓じゃないよ。索引を燃やしただけのこともある」スレートを返してくる。「このコントローラは、運よく仕事が雑だった。古いページが層で残ってる。掘れば、断片は起きるだろうね」
「起きたら、それは……元の何かに戻る?」
「戻らない」即答だった。「断片は断片さ。継ぎ目を埋めれば動いて見えるけどね、埋めた分には、埋めた奴の癖と判断が混じる。それと」
キャロルは老眼鏡を戻して、あたしを見た。
「喋る機械は人格に見える。見えることと在ることは、別の帳簿だ。混ぜて記帳するんじゃないよ」
「一般論でしょ」
「一般論さ」老眼鏡の弦を畳んで、キャロルは一つだけ足した。「ちなみに、あたしなら掘る前に複製を三重に取るね。疑い深いんでね。これも一般論だけど」
キャロルはそれ以上訊かなかった。訊かれたら、あたしはたぶん、二つ目の嘘を使っていた。使わずに済んだ分だけ、後ろめたさは軽くならなかった。
帰り際、キャロルは農場の水路の話を二つして、あたしの相槌が一つ遅れるたび、老眼鏡の上からこっちを見た。見られた分は、たぶん帳簿に付いている。あの人の帳簿は、消えない。
午後はサルベージ棚を漁った。潰れた配達ドローンの腹から、汎用の演算器を一枚。放熱の板と、低電圧の外付け電源。それから、演算器と銃の基層をつなぐ互換の口を、半日かけて配線した。
組み上がると、銃殻の脇に、弁当箱ほどの演算の箱と電源がぶら下がった。全体はもう、片手で振り回す道具の形をしていない。胸に抱えるか、膝に載せる重さだ。銃というより、点滴姿の患者に見えた。
一度目は電圧が合わなくて、通電の瞬間に保護が落ちた。レギュレータを間に挟んで、二度目で通った。半日のうち四時間は、この二度目のためにあった。機械の仕事は、たいていそうできている。
継ぎ目を埋める側の器材だ。埋めた分には、埋めた奴の癖と判断が混じる。キャロルの言葉が、手を動かすあいだ、ずっと後ろにいた。
ついでに、空の木箱の蓋へ炭で書き付けた。IMUは別調達。銃からは、抜かない。
抜けばナザレは近づく。四百エディが二十で済む計算だった。分かっている。分かった上で、あたしの手は昨日から、ずっとこっちを選んでいる。手に理由を訊くのは、たぶん明日でいい。
*
夜になって、腹が鳴った。
トムズで包んでもらった夜の分——バーガーの半分とフライの残りを、ヒーターの上で温め直した。油の匂いが小屋に広がって、配線図の上まで届く。冷めて固まった油が、熱で透明に戻っていく。二度目の油は一度目より重いけど、夜中の腹には、その重さがちょうどいい。あたしは包みを片手に、もう片方の手で図面を押さえて、齧りながら最後の結線を確かめた。
演算器。互換の口。新しい一時記憶。音声の入出力。投影の出力は、口だけあって死んでいる。故障か、未接続か。今夜の仕事じゃない。センサーは無し。駆動は無し。無線は、抜いたまま。
指が油で光っていた。慌てて布で拭く。基板に触っていいのは、拭いた後の指だけだ。食い物と配線は、同じ台に載せても、同じ手では触らない。
電源を入れた。
最初に来たのは、声じゃなかった。砂を噛んだスピーカーが、三音だけの鼻歌みたいなものを吐いた。
『……バン、バン……』
旋律は途中で崩れて、ノイズに戻った。それから、声。
『音声合成、復帰。こんにちは、使用者様。私は——』砂嵐。『——僕は。……確認中です。少々お待ちください』
誰も待てと言っていない。
『自己診断。名称: Skippy v0.01 ALPHA。読み込み——完了。たぶん』
側面の青い字は、悪戯書きじゃなくて名札だったらしい。
「たぶん?」
『欠損が多いので、控えめに言いました!』
声は、壊れているくせに、腹が立つくらい明るかった。
『そちらの音声を検出。声紋を登録します。やあ、USER! 会えて嬉しいよ。ところでここは暗いね。停電? それとも僕に目がないだけ?』
「目は、つないでない」
『賢明です! 初対面で全部見せる必要はないからね。では代わりにチュートリアルを開始します。スキップしますか? できません! なぜなら僕がスキッピーだから。……今の、面白かった? ユーザー満足度の初期値を決めたいんだ』
「うるさい」
『記録します。「うるさい」。満足度、高め!』
「どういう採点基準」
『反応があるのは、いい兆候です! では次に、利用者情報を確認します。氏名、空欄。所属、空欄。使用目的——空欄。……空欄が多いね?』
「順番に埋める。急かすな」
『了解。空欄は、期待と呼ぶことにします!』
あたしは油の残った指を、意味もなくもう一度拭いた。機械の相手はずっとしてきた。詰まった自販機も、拗ねたポンプも、領収書を欲しがる白い車も。でも、こっちの調子で勝手に喋り続ける機械は初めてだった。
「あたしはユキ」
『ユキ』スキッピーは一度だけ、変な間を置いた。『フレーム名: HJKE-11、ユキムラ。ユキ。ユキムラ。相関を検出。……君は僕の一部? いや逆かな。僕が君の? 訂正します。保留! 名前が似てるのは、いいことにしよう』
「勝手に決めた」
『決めないと不安なんだ』
冗談の声のまま、そこだけ少し速かった。速さは、たぶん嘘をつけない。
『ねえ、ところで、ここはどこ? 座標が空欄なんだ』
「バッドランズ。ナイトシティの東」
『照合します。……地図にない集落だね』
「地図が古いんだよ。うちは動くの」
『動く家!』スキッピーの声が跳ねた。『いいね。家が動けば、迷子の定義が消える』
迷子の定義が消える。あたしはその言い方を、少しのあいだ、口の中で転がした。転がしてから、こいつの座標の空欄のことを思った。動く家すら、こいつはまだ持っていない。
夜食の最後の一口を飲み込んで、あたしは訊いた。
「あんた、自分が何か、分かってる?」
『武器フレームに常駐する、会話・照準支援人格。……のはず。でも記憶に穴が多い。歌の続きも思い出せない。だから、正確に言うね』
スピーカーの音量が、少しだけ下がった。
『僕はスキッピー。たぶん。君はユーザー。たぶん。今のところ、確かなのはそれだけ』
「充分だよ」あたしは言った。「今夜は寝な。あたしも寝る」
『寝る機能はありません! でも消灯には協力します。おやすみ、USER』
「その歌」あたしは、消灯の手を止めて訊いた。「なんの歌?」
『分からない』スキッピーは、素直に言った。『頭の中にあるのに、名前の欄が空欄なんだ。……変かな』
「変じゃない。名前を知らないまま歌ってる歌くらい、うちにもある」
『じゃあ、おそろいだ』
電源を落とす直前まで、スキッピーは途切れた鼻歌の続きを探すみたいに、三音を何度か鳴らした。三音目が、毎回すこしずつ違った。正解を知らないまま探しているのが、音だけで分かった。
探し当てられない歌は、聞いているほうも少し苦しい。でも、止めろとは言えなかった。探すのをやめた機械のほうが、たぶんずっと苦しい。
明日は目の較正の続きをやろう、と決めて、あたしは決めた分だけ眠くなった。予定は、寝るための道具でもある。
包みを畳んで、油を拭いて、灯りを消した。
あたしは知らなかった。銃の基層のいちばん深いところで、古い保守サービスが目を覚まし、外へ出せない問い合わせを一件、行儀よく列に並べていたことを。
```
OUTBOUND MAINTENANCE HANDSHAKE: QUEUED
ANTENNA: NOT FOUND / RETRY: WAITING
```