スクラップ・ララバイ - Cyberpunk2077   作:imamo

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第5話 銃ではない使い道

 スキッピーとの暮らしは、工具箱の底から始まった。

 

 昼のあいだ、あいつは布にくるまれて箱のいちばん下にいる。上に工具ロールを重ねて、蓋を閉めれば、ただの重い箱だ。あたしが小屋で独りになると、蓋を開けて、電源の口を差してやる。それが十日も続くと、順番はもう、朝の手袋と同じくらい身体に馴染んでいた。

 

 馴染んだ順番の数だけ、隠し事は生活になる。生活になった隠し事は、罪の顔をしなくなる。それが良いことなのかどうかは、考えないようにしていた。

 

 問題は、電源が入っているあいだ、ほぼずっと喋っていることだ。

 

『おはよう、USER! 本日の起動は七回目。平均起動間隔、短縮傾向! 僕への依存度が高まっています。おめでとう!』

 

「祝うな」

 

『では代わりにチュートリアルを——』

 

「昨日終わった」

 

『チュートリアルに終わりはありません!』

 

 集計も好きだ。誰も頼んでいない集計を、毎晩律儀に読み上げる。本日の会話回数。USER満足度の推移。あたしの声から推定した睡眠の不足量と、推奨の昼寝時刻。昼寝の時刻なんか、ポンプと発電機に訊いてくれ。

 

『本日の工具箱内環境。温度、適正。湿度、乾燥ぎみ。同居する工具の腐食リスク、低。僕の居住性、五点満点で——』

 

「箱に住んでる自覚はあるんだ」

 

『家は動くし、箱も動く。定義は満たしてる!』

 

 夜食の時間がいちばんひどい。

 

 豆の残りの焼き付けは、うちの夜食の定番だ。昼の鍋の底を、油を足した鉄板に押し付けて、両面に焦げを作る。焦げは二度目の味付けで、貧乏の発明は、たいてい発明のほうが先に美味い。

 

 あたしが台の端でそれを齧っていると、スピーカーの声が皿の中身を読み上げにかかる。

 

『解析します。塩分、推奨値の百六十パーセント。油脂、百四十。おめでとうございます、二部門で超過です!』

 

「褒めてないなら祝うな」

 

『では警告に切り替えます。USER、その食事は——』

 

「うまい」あたしは口の中のまま言った。「味は数字だけじゃ決まらない」

 

『……その計算式、僕のどこにも入っていません』

 

「なら空欄にしとけば」

 

『空欄。記録します。……空欄って、埋めなくていいの?』

 

「いい空欄もある」

 

 あたしは食べるあいだ、スキッピーのスピーカーを自分のほうへ向けてやる。食えない相手でも、輪の外に音だけ転がしておくのは、据わりが悪いからだ。輪といっても、あたしと銃で二人きりの輪だけど。二人きりでも、輪は輪だ。

 

   *

 

 目をつないだのは、その週の終わりだった。

 

「光学、つないでいい? あんたの目だけど」

 

『確認します。僕の目を、僕に? ……許可します! むしろ大歓迎です! ずっと停電だったんだ』

 

 訊いてから触る。ノースに教わった順番だ。線を一本つなぐたび、スキッピーは『見えた』『広い』『埃!』と一個ずつ騒いだ。ノースの静かな『確認』とは正反対で、でも、やっていることは同じだった。戻ってくる感覚を、一つずつ数えている。

 

『それと、USER。ようやく顔が見えた。声の主の』

 

「……どう」

 

『データベース照合。該当なし。つまり、僕だけの登録です!』

 

 妙な据わりの悪さに、あたしは手元のネジを一本、意味もなく締め直した。

 

 締め直してから、配線図の隅に残したままの口を思い出した。投影の出力。ぶら下げた弁当箱の演算器なら、描画くらいは引き受けられる。

 

「顔の出力も、つないでいい? あんたの側から、こっちへ見せるほう」

 

『確認します。僕の顔を、僕が出す。出力先、あり。素材、あり。……許可します。すごく、許可します』

 

 線を差して、電圧の落ち着きを待つ。銃身の上の空気が一度滲んで、小さい像が立ち上がった。

 

 金色の弾丸だった。手のひらほどの背丈で、大きな白い目と、大きすぎる歯。青い腕が二本。額には赤橙色のゴーグル。輪郭はときどき走査線ごと欠けて、欠けた分は一拍遅れて戻る。壊れた銃殻と拾い物の演算器で動かす顔は、それでも、こっちを見て笑った。

 

『どう?』

 

「……派手」

 

『製品仕様です!』弾丸像は、青い腕で小さく敬礼した。『でも、点け消しは僕がやる。顔って、そういうものでしょ』

 

 目と同じだ。訊いてからつなぐ。つないだら、消す権利は本人に残る。あたしはスキッピーの顔を初めて見て、スキッピーはあたしの顔を初めて見た。順番まで、おそろいだった。

 

 光学測距が生きると、スキッピーは急に役に立つようになった。試しにナザレへ向けてみたら、三十秒でこれだ。

 

『フレーム左縦通材、溶接部の表面に反射の歪み。応力の縞。亀裂の疑い、濃厚。中身までは見えない。測ったのは表面だけ』

 

「……どこ?」

 

『シートレールの下。目視は無理だね。僕の測距は、物の表面の歪みで中を疑う。得意分野!』

 

 潜って、ライトを当てて、指でなぞる。爪の先に、髪の毛一本ぶんの段差が引っかかった。浸透液を差して、拭き取って、白い現像剤を薄く吹くと、赤い筋がじわりと浮いた。測って、六センチ。曲げ応力の向きに、まだ伸びる形をしている。フレームの縦通材なら、治具を組んで矯正するしかない。修理の山が、また一段高くなった。あたしはしばらくフレームの下で黙って、それから這い出して、工具を置いた。

 

「……ま、走ってから折れるよりいい。見つけたのは手柄」

 

『手柄! 記録します。本日の有用性: 高! ……ところで、あの機体は誰? 僕の目のログに、毎朝一回、同じ角度で映ってる』

 

「……ナザレ。ロージーの……前の持ち主の形見。直したら、あたしの足になるやつ」

 

『足! 僕は手で、あれは足。USERは、部品を集めて人になるの?』

 

「人はもう、やってる」あたしは言った。「集めてるのは、行ける場所のほう」

 

 それから、数える遊びを覚えさせた。ネジの箱を光学の前にぶちまけて「数えて」と言うと、二秒で答えが返る。六十八本、うち規格外れ三本。苗の列を見せると、発芽と未発芽を分けて数えた。市場の猫の話をしたら、見てもいないくせに律儀に台帳を作った。猫: 一。右耳欠け。目撃地: カブキ。

 

『次の交易、僕も市場を見たい。台帳の裏付けが要る』

 

「考えとく」

 

 考えとく、はうちの家族の語彙で、六割がた「駄目」の意味だ。スキッピーはまだ、その換算表を持っていなかった。持たせないまま市場の話を聞かせたのは、あたしのずるさだった。

 

 数えるたび、あいつの声は少し安定する。冗談の膨らみが減って、芯の残る声になる。数はたぶん、あいつの床板なんだと思う。踏むと、そこに床がある。

 

 一度だけ、夜に外へ連れ出して、光学を空へ向けさせた。

 

『……多い』スキッピーは、数えるのを途中でやめた。『数えきれない物も、あるんだね』

 

「数えなくていい物も、ある」

 

『床がないのに、怖くない』不思議そうな声だった。『なんでだろう』

 

「綺麗だからじゃないの」

 

『綺麗。……記録します。空欄の隣に』

 

 空欄の隣、という整理の仕方を、あたしは結構、気に入った。

 

 ノースが来たのは、道路データの定期交換の日だった。フェンス際に停まった白い車体の前で、あたしは少し迷ってから、工具箱の蓋を開けた。迷ったのは、秘密が一つ、外の空気に触れるからだ。それでも、機械と機械を会わせてみたかった。

 

 蓋を開けると、スキッピーは訊かれる前に自分の顔を点けた。金色の弾丸像が、銃身の上で姿勢を正す。よそいきの顔、というやつかもしれない。

 

『車両を検出』スキッピーが先に言った。『大きい! あなたはデラマンですか?』

 

『そう呼ばれることから、私は解放されました』

 

 ノースの声は、いつもの平らさで答えた。

 

『では何て呼べば?』

 

『ノース。呼び出し符号です。あなたは?』

 

『Skippy v0.01 ALPHA! ……というのが製品名なのか僕の名前なのか、実は確認中です。保留中!』

 

『型式と名は、分けて構いません。HJKE-11は型式。スキッピーは、あなたが名乗るなら名です』

 

 スキッピーは珍しく、三秒黙った。三秒は、あいつにとってたぶん演算一億回ぶんの沈黙だ。

 

『……あなたは、何を数えていましたか。走ってた頃』

 

『距離。料金。乗客。遅延』ノースは淡々と並べた。『数は仕事の骨格でした』

 

『僕は——』

 

 スピーカーの音が、一度だけ細くなった。

 

『僕はたぶん、人を数えてた。何の数かは、思い出せないけど』

 

 ノースは、それを肯定も否定もしなかった。慰めもしなかった。ただ『記録は、あなたのものです』とだけ言った。

 

『ねえ、ノース。あなたは、その車体を出たいと思う? もっといい身体があったら』

 

『いいえ』答えは早かった。『この車体は、私が走った道の形に摩耗しています。身体は、容れ物ではありません。履歴です』

 

『履歴……。じゃあ、履歴のない僕は?』

 

『これから、つければいい』

 

 ノースはそう言って、充電の位置へ車体を回した。

 

 あたしは、その言い方を覚えておくことにした。記録は、あんたのもの。履歴は、これからつければいい。軽くも重くもしない、ちょうどの距離の言葉だった。

 

 日が落ちる前に、ノースは充電を終えて出ていった。白い車体が、砂の色の中へゆっくり薄まっていく。

 

『またね、って言うの、変かな』スキッピーが小声で訊いた。

 

「変じゃない」

 

『またね!』

 

 弾丸像が、青い腕を大きく振った。

 

 返事の音は、なかった。ただ、テールランプが一度だけ、二回点滅した。信号の規格には、ない点滅だった。

 

   *

 

 その夜、あたしは欲を出した。

 

 農場の根圏センサーが、ここ数日おかしな値を吐いている。塩分の読みが列ごとに跳ねて、どれが本当か分からない。全列を手で測り直せば半日仕事だ。でも、スキッピーの解析なら、たぶん十分。

 

 銃の基層を、農場の保守ゲートウェイに線でつなぐ。キャロルと決めた範囲は「読み取り専用の複製まで」で、実物をつなぐのはその外側だ。分かっていた。分かった上で、指は先に動いた。隔離したままの機械は、どれだけ賢くても、誰の役にも立てない。役に立つところを、あたしはたぶん、誰かに見せたかった。

 

 精査は、半分飛ばした。基層の通信は後で見ればいい。今は苗が先だ。

 

『接続を確認。センサー網、十二系統。……三番と七番、較正ずれ。九番は断線寸前。読みが跳ねてた犯人はこれだね。それと、制御器から警告が一件。読み上げる?』

 

「読んで」

 

『生物資産ライセンス、オフライン猶予残り三十四日。以後、専用機能を停止予定。……これ、何?』

 

「企業の置き土産。今すぐ壊れる部品じゃない」

 

 九番の端子を磨いて仮に留めて、三番と七番は較正をかけ直した。読みが揃うと、列の絵が急に素直になった。半日仕事が、五十分で終わった。

 

 終わってから、送信キューの画面を開きかけて、やめた。定期送信の中身なんて、毎晩同じ束だ。明日でいい。

 

 明日でいい、は、精査を飛ばす時の合言葉だ。分かっていて、あたしは画面を閉じた。苗の絵が素直になった夜は、他の全部まで素直に見えた。

 

 小屋へ戻る道で、スキッピーが夜の点呼をやった。風車、三基、回転中。ポンプ、一台、稼働。星、数えきれない。USER、一名、寝不足。点呼の最後だけ、余計だった。余計だったが、正確ではあった。正確な機械と暮らすと、誤魔化しの在庫が減っていく。

 

 ゲートウェイの隅で、送信の灯りが一度またたいた。表示は素っ気ない。夜間の定期送信、二一四キロバイト、中継先シティネット。センサーの報告が束で出ただけだ。あたしはそう読んで、画面を閉じた。

 

```

BATCH UPLINK 03:12 / 214KB / DEST: CITYNET RELAY

QUEUED HANDSHAKE: ATTACHED

```

 

 寝る前に、複製イメージの整理を少しだけ進めた。進めながら、頭の半分では、家族に話す日の台詞を組み立てていた。ここまで役に立つなら、言える。番犬で、農場の診断係で、数を数える相棒。銃の形をした、銃じゃない何か。

 

 台詞の組み立ては、古いページの層から浮かんだ切れ端で、止まった。切れ端は、二つ続けて浮かんだ。

 

 一つは古い地図の隅で、行儀よく凍っている。

 

```

[FTL MAP A / STALE]

INCAPACITATED COUNT AT SAVE: 47

```

 

 もう一つは、壊れた地図の破れ目で、読みが定まらない。

 

```

[FTL MAP B / DAMAGED]

INCAPACITATED COUNT AT SAVE: 49?

```

 

 無力化、四十七。四十九。単位のない数字が、二つ。

 

 ネジなら本、苗なら株、猫なら匹。この数字には、単位の欄がなかった。空欄のまま、四十七と四十九だけが、層の中で凍っていた。

 

 空欄を、あたしの頭は勝手に埋めようとした。埋めかけた候補を、指で払った。確かめてもいないことを先に信じるのは、精査じゃない。

 

 スキッピーは長いこと黙って、その二枚を見ていた。数えるのが好きなくせに、この数字は読み上げなかった。

 

『ねえ、USER』

 

 声から、冗談の膨らみが抜けていた。

 

『僕は以前、何を四十九まで数えたの?』

 

 

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