マキマVS藍染惣右介VS羂索 作:夢女
戦場というものは、常に不完全で混沌としている。
敵が一体、味方が一人。互いの手の内を完全に理解した上でチェスのように戦えるなら、どれほど計算が楽だろうか。
だが、現実はいつだって最悪な形で裏切る。
複数の敵、複数の味方。それぞれが異なる法則の能力を持ち、異なる目的で勝手に動く。そこにあるのは、物語のような綺麗な勝負ではない。ただの泥泥とした『混沌』だ。
だからこそ――強大すぎる力ほど、扱い方を一歩間違えれば、敵ではなく隣の味方を殺す凶器へと成り果てる。
俺は静かに戦場を観察していた。
コウモリの悪魔、ヒルの悪魔、そして世界融合の異物である改良型シースパイダー。
それらに対して、デンジ、パワー、レゼがそれぞれの間合いで別々に立ち回っている。
「くそっ! なんだよこのクモ、硬すぎんだろ!」
デンジがチェンソーを猛烈に振るうが、シースパイダーの分厚い装甲火線に火花を散らすだけで、決定打を与えられない。
「ぬぅ! 儂の槍が弾かれる!」
パワーが生成した血の質量兵器も、異世界の駆動システムを持つ機械脚に虚しく弾かれる。
「アゲハくん、これ普通の悪魔じゃないよ。動きが変!」
レゼが爆破の反動でバックステップを踏み、俺の隣へと着地した。その額には薄っすらと汗がにじんでいる。
「……ああ、わかっている」
俺は右手を固く握りしめた。手のひらの中心に、光すら歪める漆黒の波動が集う。
『暴王の月』。
すべてを喰らい、すべてを消滅させる、俺の最大最強のカード。
本来なら、ただこれを前方に解き放つだけでいい。敵に向けてぶっ放せば、それだけでこの場の混沌は一瞬で無へと帰す。
しかし、だからこそ危険なのだ。
力というものは、大きければ大きいほど正しいわけじゃない。炎は人に暖かさを与えるが、一歩間違えれば街を焼き尽くす。剣は愛する者を守るために鍛えられるが、同時に人を無差別に傷つける。
暴王の月の本質は、自動追尾する便利なビームではない。
その根底にあるのは、最も強いエネルギーに向かって貪欲に喰らいつく「飢えた獣」だ。だからこそ、俺は何度も調整を重ねてきた。
出力を落とし、デチューンを施し、精神負荷を減らすための制御プログラムを幾重にも追加してきた。
観察して、実行して、失敗して、また改良する。その血の滲むような反復だけが、力を「災害」から「技術」へと昇華させる。
だが、今の状況ではそれでも致命的に足りなかった。
この戦場には、暴王の月にとって「最高のご馳走」が多すぎるのだ。
「……使えない。このままじゃ、撃てないな」
ぽつりと呟いた俺に、レゼが鋭く視線を向けた。
「使えない? どうして。あれなら一発で片付くでしょ」
「暴王の月は、一定量以上のエネルギーを吸収すると内部で異常膨張を起こす。そして、周囲にある『一番デカいエネルギー源』を敵味方関係なく無差別に破壊・捕食する性質があるんだ」
俺は前衛で火花を散らす少年を見据える。
「特にデンジだ。あいつの腹の底にある『チェンソーの悪魔』の心臓は、暴王の月から見れば最高に美味そうなエサにしか見えない。敵を倒すために放った力が、味方を真っ先に喰い殺す」
「あ、やばっ」
レゼの鋭い悲鳴。
シースパイダーの巨大な機械脚が、思考に沈んでいたレゼの頭上へ向けて容赦なく振り下ろされる。
考える時間はない。俺は一瞬でPSIの肉体強化を最大展開し、地面を蹴った。
――ズガァァァン!!
すんでのところでレゼを横抱きにして飛びのき、肉薄する機械脚を最小限の予備動作で受け流す。俺たちが一瞬前までいた地面が、木っ端微塵に爆ぜていた。
「……ふぅ、危機一髪だな」
「助かった……でも、本当にその黒い月は使えないの?」
レゼが俺の腕の中で、空中に浮かぶ黒い球体を見つめる。
「使えば殺せるが、お前たちを巻き込む」
俺は彼女を地面に下ろす。
必要なのは、暴王の月をこれ以上弱くすることじゃない。もっと破壊力を上げることでもない。
この複雑な戦況に『すべてを消す力』に、まったく新しい役割を与えることだ。
「……そうか。『それはそれ、これはこれ』、だ」
今ある問題(無差別捕食)を明確にし、解決方法をその場で構築する。何度もループの中で繰り返してきたことだ。なら、今ここでやれないはずがない。
「プログラマを追加する。多重分割制御」
俺の宣言と極小の黒い星々が生まれる。
「小型……!? 更に出力を減らしたの」
「ああ。全部を根こそぎ消す必要なんてない。必要な部分だけを、精密に『間引き』すればいい」
俺は戦場全体を見渡し、声を張り上げた。
「チェンソーマン! 右側からくるコウモリのを突け!」
「お、おう! よくわかんねぇけど任せろォ!」
「パワー! ヒルの悪魔の足元を血の枷で固定してくれ!」
「なんじゃお前!? 儂に命令するな!」
言葉上では否定しつつ二人が一斉に動き出す。バラバラだったピースが、一つの目的のために噛み合い始める。
「レゼ! 爆発でシースパイダーの重心を崩せるか?」
レゼは一瞬驚いたように、それから最高に不敵な笑みを浮かべた。
「もちろん。普通の女の子のデートを邪魔した罰、たっぷり受けてもらうから!」
レゼの放った大規模な爆破連撃がシースパイダーの姿勢を傾かせ、パワーの血の棘がヒルの悪魔を地面に縫い付け、デンジのチェンソーがコウモリの動きを制限する。
「よし――いけ」
俺の指先から、分割された漆黒の星々が正確無比なレーザーのように放たれた。だが、それは敵の命を奪うための軌道ではない。
――シュウゥゥッ。
不気味な消滅音と共に、コウモリの悪魔の『翼』だけが完全に削り取られる。
飛行能力を失った巨体が地面へ墜落する。続いて、ヒルの悪魔の肉体ではなく、その『再生を司るエネルギーの核』だけを黒い月がピンポイントで捕食する。そして自壊する。
肉体が再生を止め、デンジのチェンソーがその胴体を真っ二つに叩き割った。最後に、暴走するシースパイダーの『多脚の駆動ジェネレーター』だけを無慈悲に消滅させ、自身も追加した自壊プログラムにより消滅する。
巨大な機械蜘蛛は、ただの動かない鉄の塊へと変わり、その場に崩れ落ちた。
「な、なんだこれ……? 殺してねぇのに、敵がみんな動けなくなってやがる……」
「全部を消す必要はない。機動力を消せば十分だ。あと頼む」
俺はふぅ、と長い息を吐き出し、右手の黒い光を完全に消失させた。
レゼが歩み寄り、可笑しそうに目を細めた。
「あんな凄まじい力を持ってたら、全部まとめてドカンと吹き飛ばしたくならない?」
「昔の俺なら、そうしていたかもしれないな」
俺は苦笑しながら、静かに夜空を見上げた。
「力が強ければ、それだけで誰もが救えると思ってた。でも、世界はそんなに単純じゃない。強さのゴリ押しじゃ、絶対に届かない場所があるんだ」
「……」
「守るっていうのは」
俺は彼女の目を見て、はっきりと告げた。
「敵を全滅させることじゃない。その後に残しておくのを考える必要があるから、それを気をつけるのに苦労する”
レゼは少しだけ意外そうに目を見張り、それから、その言葉を心の奥の大切な引き出しにそっと仕舞い込むように、優しく、静かに微笑んだ。