マキマVS藍染惣右介VS羂索 作:夢女
戦いにおいて、相手の能力を正確に理解することは勝利への絶対条件だ。
能力の性質、発動条件、弱点、そして限界。それらを完璧に分析して初めて、有効なカウンターが生まれる。
だが、数多の修羅場を潜り抜けてきた俺は知っている。本当に恐ろしい相手というものは、能力の性能そのものが高い人間ではない。「その能力を、戦術的にどう使えば最も効果的か」を恐ろしいほど冷徹に理解している人間だ。
目の前に立つ白い制服の滅却師――石田雨竜は、まさにその後者の極みに位置する男だった。
「……」
彼が再び、無駄のない美しい動作で霊子の弓を引き絞る。
俺はすぐさま、周囲に『暴王の月』を展開した。空間を削り取る漆黒の弾丸群。
本来ならばそれは敵を寸分の狂いもなく追尾し、喰らい、この世界から消し去るはずの絶対的な手札だ。だが、石田雨竜はその黒い星の動きを静かに観察していた。その眼鏡の奥の瞳は、焦るどころか、俺の力の「本質」を見切ったように微かに細められる。
――シューッ!
放たれた神聖滅矢の閃光。しかし、その矢の軌道は、俺の肉体でも、背後にいるレゼの方向でもなかった。誰もいない、夜の路地裏のどん詰まり――完全な見当違いの空間へと向けて、光の矢が撃ち抜かれたのだ。
「何を狙って――」
疑問が脳裏をよぎった瞬間、俺が展開していた『暴王の月・流星』が、意志を持ったように一斉に軌道を変えた。石田が放った、誰もいない空間を飛ぶ矢に向かって。
「……っ、そういうことか!」
暴王の月の本質は、本来の性質は高密度のエネルギー源を自発的に追尾し、喰らう。現在の制御は誰も巻き込まず、殺さないために、出力を弱めて戦闘補助能力へと変えた。
牙を抜いて扱いやすくしたからこそ、より高密度のエネルギー(石田の放った矢)に引っ張られるという根本的なプログラムを逆手に取られた。
「クソ」
石田雨竜は、俺が自分自身に課した「制御」という名の優しさを、そのまま俺を縛る罠へと変えてみせたのだ。
空中で霊子の矢を貪り喰った『流星』は、許容量を超えて激しく膨張し、そのまま制御限界を迎えて霧のように消滅した。
「……頭がいいな、チクショウ」
不本意ながら、俺の口から感嘆の呟きが漏れた。今の相殺は、単なる手札の潰し合いではない。石田は俺から「迎撃」という選択肢をピンポイントで奪い去ったのだ。
石田は弓を構えたまま、酷く静かな声で言った。
「君は、手加減をしているね」
「……何の話だ」
「本来ならば、その能力はもっと悍ましく、全てを無に帰すための破壊兵器なのだろう。触れたものを例外なく消滅させる力だ。……だが君は、それを必死に制御しようとしている。誰も巻き込まないように、誰も殺さないように。破壊力を高めるのではなく、むしろ『弱める方向』へと技術を進化させている」
胸の奥底に隠した泥臭い決意を、完全に透かされたような感覚に陥る。
「それは、君の性格そのものを表している。夜科アゲハ」
「勝手にプロファイリングするなよ。俺はそんな、お前が評価するような綺麗な人間じゃない」
俺は自嘲気味に笑った。
どれだけ失敗を繰り返しても、守れなかったものは山ほどある。救えずに消えていった奴らの顔が、今も脳裏に焼き付いている。だからこそ俺は学んだのだ。力がどれほど強大でも、制御できなければただの災厄だ。
炎は暖炉の中で燃えれば人を温めるが、一歩外へ出れば家を焼き尽くす。問題は炎の強さじゃない。扱う人間の意志だ。
石田はそこまで見抜いた上で、次の冷徹な一手を指した。
「だからこそ――君は、僕を殺せない」
嫌な予感が背筋を駆け上がった。
石田雨竜は、こともあろうに自分自身の足に向けて、光の弓を引き絞った。
――ズドォンッ!!
閃光が彼の太ももを深く貫く。
あり得ない行動だった。戦闘の最中に、自らの機動力を自傷行為でドブに捨てるなど、通常の戦士なら絶対にあり得ない。だが、この男は違った。
彼は最初から「自分が無傷で勝つこと」など狙っていない。目的はただ一つ、俺の動きを完全に止めること。
「『完全反立』」
世界の結果が、因果を無視して反転する。
理解した瞬間、俺の両足に、肉肉しい組織が引き裂かれるような猛烈な激痛が走った。
「――ガッ、あァァッ!?」
脳の命令が断絶し、膝からボロ雑巾のように崩れ落ちる。立てない。
見れば、石田の足の傷は完全に消失し、代わりに俺の無傷だった両足が、深く抉られたように血を噴き出していた。
「僕の足の傷と、君の無傷だった足の状態を入れ替えた」
石田は淡々と言った。自分の肉体さえ戦術のパーツとして消費する、残酷なほどの合理性。
「君はそこで見ているといい。これ以上の抵抗は無意味だ。彼女は連れて行く」
「く、そ……っ!」
アスファルトに爪を立て、血を吐きながら立ち上がろうとする。だが、肉体が完全に拒絶反応を起こしていた。
俺のPSI(ライズ)は、一瞬の速度や反応、圧倒的な機動力に全てのステータスを振っている。
耐久力や超再生といった自己修復は専門外だ。もし俺が 回復系の能力者なら、この程度の事象の転移など笑い飛ばせただろうが、今の俺の足には、ただ「動けない」という残酷な現実だけが横たわっている。
「アゲハ……くんっ」
拘束されたレゼの、震える声が聞こえた。
その瞳には、恐怖と、そしてそれ以上に「諦めきれない光」が宿っていた。
腕を失い、最強の捕食者に捕らえられながらも、彼女はまだ、泥に塗れた俺を信じるような目で見ていた。
日常のくだらないやり取りや、戦場での奇妙な助け合い。そんな短い時間が、彼女の中に小さな希望を灯してしまったのだとしたら。
「必ず……」
俺は地面を睨みつけ、震える声で絞り出した。
「必ず、助ける。……待ってろ、レゼ」
情けない声だった。負け犬の遠吠えにしか聞こえない、根拠のない言葉だ。今の俺には、彼女を石田の腕から引き剥がす物理的な力はない。
だが。力がないから諦めるなんて、そんな簡単な選択はもう、とっくの昔にゴミ箱に捨ててきた。
現実を冷静に見ることは必要だ。だが、現実を見ることと、現実に膝を屈することは全く違う。俺は何度も失敗し、何度も届かなかった。それでも、手を伸ばし続けることだけをやめなかったから、今ここに生きている。
何でも一撃で解決し、誰も傷つけずにハッピーエンドへ導く全能の存在になりたかった。だが現実は自分の限界を誰よりも知っていて、血を流し、間違え、それでもなお「目の前の一人」のために泥水をすすって手を伸ばせる、ただの人間でありたかった。
「俺は世界を救うなんて高尚なことは言えない。だけどな……目の前の一人を見捨てるような人間にだけは、絶対になりたくないんだよ」
石田雨竜は俺を見下ろした。その表情に変化はなかったが、その眼鏡の奥の瞳には、ほんの少しだけ、俺の歪な生き方を理解したような色が浮かんでいた。
「……君の意志には敬意が産まれるが、その行動は愚かだ」
「ああ、なんとでも言えよ……っ!」
俺は答えない。ただ、激痛に悲鳴を上げる両足を引きずり、ちぎれかけたプライドと執念だけで、もう一度、石田雨竜の正面へと立ち上がった。