(前回の言葉が嘘にならなくてよかった)
(まだまだ続く)
永遠亭。
人里から見て妖怪の山と正反対の位置に「迷いの竹林」と呼ばれる場所がある。
その竹林の奥深くに隠れるように、永遠亭という屋敷は存在している。
その室内で想夢は目を覚ました。
「いっつぅ・・・」
起き上がろうとしたら、左腕に激痛が走った。
見てみると、左腕には包帯が巻いてあった。
「ああ、無茶しちゃダメよ?貴方、左腕の骨にヒビが入ってるんだから」
あれだけの戦いをしたのだ。怪我をしていて当然か。
「そういえば、患者って言いましたけど、ここは病院なんですか?」
想夢はゆっくりと上半身を起こして永琳に問いかけた。
どう見てもこの部屋は和室だし、自分がいるのはベッドではなく布団だ。
体を起こして気が付いたが、自分は病院での入院服を着ていたようだ。
「病院とは違うんだけど、同じようなものかな?
私は薬師をしていてね。私を尋ねて来る人も多いのよ」
永琳は質問に対して快く笑顔で答えてくれた。
「さて、ここはまあ病院だと思ってくれていいとして、
そんなことよりも気になっていることがあるんじゃないの?」
「気になっていること、ですか?」
「そう、例えば『どうして自分はここにいるのか?』とか
『東風谷早苗はどうしたのか?』とか『あれからどれくらいの時間がたったのか』とか?」
「・・・」
そう言えばそうだった。
何を呑気に「ここは病院ですか?」なんて聞いているのだ自分は。
いや大事なことだけども。
「その顔を見ると、『そう言えばそうだった』ってカンジかしら」
永琳が苦笑しながら言う。
そんなに分かりやすい顔をしていただろうかと、想夢は自分の顔を手でぺたぺたと触る。
「まず、貴方が倒れてから日付は変わってないわ。今は正午辺りかしらね?
それと、貴方と東風谷早苗をここまで運んだのは八雲紫よ」
「紫さんが?」
「ええ、不思議かしら?
あの妖怪は境界を操る。何があったのか知っていてもおかしくはないわ」
そう言われるとまあ、納得はできる。
「まあ、彼女が運んできたのだからお見舞いには来るでしょう。
その時にでも話してみるといいわ」
「はあ、分かりました。・・・・・・・・・ん?お見舞い?
あれ?僕ってもしかして入院するんですか?」
「そりゃそうでしょう。
あんなボロボロの状態でここに運ばれてすぐに帰れるわけないでしょう?」
とんでもない正論だった。
むしろ今までの戦いの方がおかしかったのか。
そんな話の途中、さっきのウサ耳少女がまた部屋に入ってきた。
「師匠、東風谷早苗も目が覚めたようです」
「そう、分かった。今から行くわ」
永琳はそう言うと、想夢の方を向いた。
「貴方も来なさい。話すことがあるんでしょう?」
・・・・・・・・・
早苗の病室の前。病室という書き方はおかしい気もするが、これでいこう。
想夢は永琳から廊下で待っているように言われていた。
「それじゃあ、私は行くから何かあった場合はこのボタンを押しなさい」
永琳が早苗の病室から出て来た。
「今話すべきことは話したから、あとは2人で話しなさい」
そう言って永琳はさっさとどこかへ行ってしまった。
廊下には想夢1人が残ってしまった。
「・・・」
扉をノックしようと思ったが、いったい何を話せばよいのか。
さっきの今で、正直気まずい。
そんなことを考えていると・・・。
「あ、あの・・・そこに誰かいるんですか?」
部屋の中から早苗の声がした。
「え、あ、いや・・・ソトニダレモイマセンヨ?」
「想夢さん?」
普通に返された。折角裏声だしたのに。
「あー・・・その、入っても、大丈夫、かな?」
「あ、はい、どうぞ」
しょうがないと腹をくくり、想夢は部屋の中に入る。
早苗は布団の中で上半身だけ起こしていた。
そして、想夢と同じように入院服を着ていた。
病院と同じようなものだと永琳は言っていたが、畳の和室であるこの部屋を見ていると、
やはり病院とは違うのだなと思う。
想夢は早苗のそばまで行き、そこに座る。
「・・・具合は、大丈夫?」
「まだ、体のいろんなトコが痛みます。特に、顔とか」
「なんか、ごめん・・・」
そんなに顔を殴っていたのだろうか・・・。
戦いに必死で正直、どこを攻撃したとかよく覚えていない。
「いえ、ちょっとからかっただけですので気にしないでください。
それに、真剣勝負だったわけですし、こうなることは覚悟していました」
「・・・」
「私、負けたんですね・・・」
「い、いや、アレはどっちかというと引き分けじゃないかなあ?
僕もすぐ気絶しちゃったワケだし」
「いえ、先に気を失ったのは私ですから、やはり私の負けです」
早苗が俯く。
下手なフォローはするべきではなかったようだ。
「想夢さん、戦う前に私が言った言葉、覚えてますか?」
「えっと、寂しさとかけじめとか・・・」
「はい、私が外の世界でまだ学校に通ってたころ、想夢さんにそっくりな先輩がいたんです。
もう会うことはないだろうって、幻想郷に来る前に覚悟は決めていたんです。
でも、幻想郷で想夢さんに出会って、先輩を思い出してしまった。
外の世界の友達を思い出してしまったんです。
だから、私は想夢さんを倒してもう1度、彼らを私の中から切り離そうとしました。
先輩は、弱かったから。周りが呆れるくらい、弱かったから。
だから私は、想夢さんを倒すことで『私は先輩を殺せるんだ。だから会うべきではない』と
思い込んで、私の思い出から切り離そうとしたんです。
ですが、それは失敗に終わってしまいました。
想夢さん、私はどうすればいいんでしょう?」
早苗は今にも沈んだ顔をしていた。
「あー・・・その・・・」
何を言えばいいのか、分からない。
そもそも自分は早苗の事情も心情も言われたことしか知らないのだ。
下手な言葉をかければ彼女は余計に辛くなるだけだろう。
妖夢に対して、正しい言葉を見つけられなかった時のように。
だが、
「上手いことも言えないし、上手い言葉も思いつかないんだけどさ」
想夢は口を開く。
この場で黙っていてはいけないような気がした。
このまま黙っていても、きっと八坂神奈子も、洩矢諏訪子も来てはくれないだろう。
西行寺幽々子が魂魄妖夢に声をかけたようにはいかないだろう。
「思ってみても、いいんじゃないかな?『また会おう』ってさ。
切り離せないんなら、全部切り離してしまうこともないと思うんだ。
そんなのは、寂しすぎる・・・。
だったら、少しでもいいから、希望を持ってみてもいいと思うんだ」
「ですが・・・。
私はもう幻想となった存在です。相手は私のことを忘れてるんですよ?」
「そうかもしれない。
だけど、強い想いは世界を隔てたって消えないものだよ。僕はそれを知っている。
だから、君も信じてほしい。まだ繋がりは消えてないって」
「・・・」
早苗の表情は変わらない。
ダメだ・・・。
自分の言葉では、早苗の心には響かない。
その時、早苗の枕の側に、何かあるのが見えた。
「早苗、これは?」
「え?」
枕の側にあったもの。それは、キャラクターのキーホルダーだった。
「これって、彼女の・・・」
「早苗?」
「・・・やっぱり、ダメだなあ。
先輩1人を切り離したって、他の皆が忘れることを許してくれないや」
早苗の表情はさっきまでの暗いものではなかった。
「想夢さん」
「うん?」
「どうやら、私の持っていた繋がりは、私が思っている以上に深かったようです」
「・・・そっか」
「私、頑張ってみます。頑張って奇跡、起こしてみます」
そう言って、早苗はキーホルダーを手に取る。
キーホルダーを見つめていると、「また、会えるよね?」と言われている気分になった。
「ええ、きっと・・・」
誰にも聞こえないように、早苗は呟いた。
・・・・・・・・・
「紫様」
その日の夜、紫が空を見ながら酒を飲んでいると、藍がやって来た。
「・・・藍、今度は本物のようね」
「本物?え?何のことですか?」
「いえ、こっちの話よ」
藍には文化祭の方に集中しろと命令を出していたので会うのは久しぶりだった。
しかも前回出会った藍はクロが化けていたモノだった。どうしても疑ってしまう。
「とりあえず、文化祭、お疲れ様」
「ありがとうございます」
「ねえ、藍。貴方、想夢と出会ってどう思った?」
「博麗想夢ですか?そうですね・・・強いて言うなら、
彼はデートなどの時に女性にリードしてもらいたいタイプなのでしょうか?」
「は?」
「いえ、わりと真剣な表情で『抱いてくれ』と言われましたので」
「フフ、そうなの?」
自分が求めていた答えではなかったが、大分面白い答えが聞けた。
やはり、自分の式はこうでなくては。
「あとは、厄介事に巻き込まれやすいタイプでしょうか?
今日も東風谷早苗と戦ったようですし」
「そうね、彼はどういうワケか、いろいろなことに関わっているわ。
そして、これからも関わっていくでしょうね。博麗の巫女の運命ってヤツかしら」
「紫様?」
「・・・藍、今日、想夢は早苗と殴り合って倒したの。
これがどういうことか分かる?」
「・・・いえ?どういうことなんですか?」
藍が首を傾げる。
「想夢の持っている刀はね、想夢の力を引き出す媒体の役目もあるの。
つまり、想夢は刀を持つことによって自身の霊力や身体能力を強化しているの。
その彼が、刀を捨てて殴り合いで早苗を倒した。ここまで言えば分かるわね?」
「・・・それはつまり、博麗想夢は、能力を強化していない素の状態で、
神としての力を振るう東風谷早苗に勝ったということですか?」
「そう。お互いにボロボロだったとはいえ、想夢の力はここに来た当初よりも
大分強くなっている」
そう言って、紫はふう、と息を吐く。
「あんまり嬉しそうには見えませんね?」
「博麗の巫女が増えてくれたことは嬉しいわ。
彼を狙っている子がいなければ、もっと素直に喜べるんだけど」
「狙っている?そんな人が?」
「ええ、私もよぉく知っている・・・」
紫は星を見る。だが、その目に映っているのは本当に星なのか。
・・・・・・・・・
同時刻、永遠亭にて。
想夢は布団の中でぼうっとしていた。
あのあと、早苗と共に細かい検査を受けた。
大まかな検査は2人が気を失っている間にしていたらしい。
早苗の方は奇跡的に目立った怪我はしていなかった。
細かい傷はあるものの、早ければ明後日には完治し、帰れるらしい。
想夢の方は、腕の骨のヒビが治るまで入院することになった。
まあ、それに関しては気にしていない。
覚悟していたことだし、仕方ないことだ。
問題は別にある。
「いやあ、大変でしたね!」
「・・・なんでいるの?」
夜、トイレに行って部屋に戻ったらクロがいた。布団の横で座っていた。
クロは阿求の姿をしっていた。
部屋に戻った時に「お帰りなさーい!クロですよー!」なんて言われなければ
気が付かなかっただろう。
それにしても、会う度に別の人物の姿をとっている気がする。
「今回は純粋にお見舞いですよぅ!いやだなあ、もう!」
「・・・なんか性格変わってない?」
「阿求さんになりきってますからねぃ!」
「阿求もそんなキャラじゃないよ・・・」
「まあ、冗談はさておき、想夢さん」
「うん?」
クロの表情が変わる。
冗談を言っていただらしのない笑い顔から、何かを企む嫌な感じの笑い顔へ。
「また、強くなったんじゃないですか?」
「・・・そうかな?」
「ええ。願わくば、その調子でもっと強くなっていってもらいたいですね」
「なんだか、嫌な言い方だね」
「安心してくれていいですよ?
別に、今までの戦いが全部私の掌の上だったなんて言うつもりはありませんから。
私にそこまで考えられる程の頭はありません」
「それは、素直に安心していいのかな?」
「こういうときは、素直に安心していいんですよ?」
「君が相手じゃなければね」
「それは残念です」
お互いに軽口を叩く。まるで友人と会話をしている気分だ。
彼女は敵だというのに。
「それじゃあ、私はそろそろ帰ります。
体は大事にしなきゃダメですよ?死んでしまったら意味がありませんからね」
そう言ってクロは立ち上がる。
「あ、そうそう、想夢さん」
「ん?」
「早苗さんはきっと、またお友達と会えますよ。私が保証します」
なんでそのことを知っているのかと聞こうと思ったが、
事情を知っていなければそもそもこんなにも早くにお見舞いには来ないだろうと考え、
聞くのを止めた。
「私と想夢さんに繋がりがあるように、早苗さんと外の世界のお友達にも繋がりがあります。
それも、とびきり固く結ばれちゃって、ハサミで切ってもすぐ結び直しちゃうようなものが」
「・・・君との繋がりは君が勝手に結んでるだけだと思うけど」
「それでも、繋がりには変わりありませんよ。
いつか、私も貴方に告白するような日が来ます。思うじゃないですよ?断言です。
ですから、その時は、覚悟してくださいね?」
そう言って、影に沈むように、音もなく、クロは消えた。
「言いたいこと言って帰っちゃって・・・」
想夢は布団に横になる。
「繋がり、ねえ、まだ残ってるのかな・・・」
そう言った想夢の言葉は、1人きりの部屋に虚しく響くだけだった。