まあいいか。
夢を見ていた。
久しぶりにこの夢を見た気がする。
見覚えのある喫茶店のような場所で、想夢は女性と話していた。
テーブルを間に挟んで向かい合う2人。
女性の前にはカップに入ったコーヒーが置かれていた。
「彼女は『人間が異変を起こすなら、私はその人間を殺してでも異変を止める』
って言ってました」
「そう、とてもあの子らしい答えね」
女性は笑っていた。
「あの人、本当に人間まで殺す気なんでしょうか?
正直、あの人が人間まで殺す姿なんて僕は見たくないです」
想夢の表情は暗い。
「大丈夫よ」
目の前の女性はコーヒーを飲んで苦そうにしながらも、笑顔でそう言った。
「あの子は優しいもの。
口じゃあ厳しいことも言うでしょうけど、本当はとても優しい心の持ち主だもの」
そう言う女性の顔は自信に満ち溢れている。
コーヒーに砂糖を何度も入れる動作が一緒でなければもっと様になっていただろうが。
・・・・・・・・・
7日目。
百々千代の件でゴタゴタしてしまい、結局昨日は帰れなかった。
そんな訳で今日、想夢は朝食の後すぐに帰る準備をしていた。
準備といっても大したことはしていない。
入院中に皆がお見舞いで持って来てくれた珍品・・・もとい、見舞いの品を袋に入れて
持ち帰るだけだ。
しかしながら、車が走っている外の世界ならともかく基本歩きで移動する幻想郷だと、
あまりに多い見舞いの品は持ち運びが不便でしかたない。
人生ゲームや漫画、ダンベルを持ったまま博麗神社まで歩くことを考えると気が滅入る。
霊夢や魔理沙のように空を飛べれば多少は楽なのだろうが、想夢にそんな力は無い。
「やっぱり歩くしかないか・・・はあ」
絶対に疲れるであろう未来にため息を吐いていると、
トントントンと部屋の戸を叩く音がした。
「あら、どなた?」
「何だその言い方・・・ボクだよ」
戸を開けて百々千代が入ってくる。
彼女はいつものように車椅子に座っていた。
「あれ?脚、動くようになったんじゃ・・・」
「何言ってんの、昨日ようやく動くようになった脚がそう簡単に元通りになんてならないって。
しばらくリハビリしてある程度まで回復するまでは今まで通り車椅子生活だよ」
永琳ならば脚を元に戻す薬を作ってしまいそうなモノだが、
リハビリすることが大事なのだろうか。
「それで、何か用?」
「ああ、君が帰る前に連れて行ってほしい所があるんだ」
「連れて行ってほしい所?」
「ああ」
首を傾げる想夢にニヤリと笑う百々千代。
それは、想夢が見慣れた演技のような笑顔だった。
・・・・・・・・・
百々千代の言った連れて行ってほしい所というのは、永遠亭のすぐ裏の、
他と変わりないただの竹林だった。
「あんまり遠くまで行くと迷っちゃうからねー。
ボク、まだこの竹林の地理を全部把握してるわけじゃないからさ。
必要な道を覚えるので精一杯」
そう言う百々千代の手にはスコップが握られていた。
日本工業規格という国家標準によると、
足をかける部分があるものをシャベル、ないものをスコップと呼ぶ。
しかし一般的には大きさで分けられており、
東日本では大きいものをスコップ、小さいものをシャベルと呼び、
西日本では大きいものをシャベル、小さいものをスコップと飛ぶ。
この小説でのスコップは大きいものを指すものとする。
ちなみに、シャベルは英語でスコップはオランダ語だが、それはこの小説とは何の関係もない。
「ちょっとここに穴を掘ってほしいんだ。小物が入るくらいの小さいのでいいからさ」
そう言って百々千代はスコップを想夢に渡す。
渡されたからには仕方ないと想夢はスコップで地面を掘り始めるが、
5回程堀ったところで百々千代からOKが出て、穴掘りはあっさり終わってしまった。
「それじゃ、次にこれを埋めてー」
百々千代は想夢に何かを渡す。
それは、腕時計だった。
時計は壊れている様で針は動かない。
「これは?」
「ボクの時計。もう動かないんだけどね」
百々千代は名残惜しそうに時計を見ていたが、首を横に振って時計を想夢に渡した。
「じゃ、埋めちゃって」
「いいの?」
「いいんだ。区切りをつけておきたいから。
その時計が動かなくなったのはずっと前のことだけど、
不老不死になったボクに似ている気がして捨てることも治すこともできずに部屋に置いてた。
だから、この時計を埋めてこの場所をボクの仮の墓にしようと思う。
区切りをつけて、心機一転、ただの人間としてこれからは生きられるように」
百々千代は笑っていた。いつものように演じているように笑っていた。
穴の中に時計を置いて、土で埋める。
そして埋めた土の上にそれなりの大きさの石を置いて墓っぽくした。
「これでいいの?」
「うん、これで、私もちゃんと生きていける気がする」
百々千代は優しく笑っていた。その笑顔はもう演じているようには見えなかった。
「もう、演技はおしまい。
正直、『私』よりも『ボク』に慣れちゃってちょっと恥ずかしいけどさ。
さ、戻ろう?」
百々千代に促されて想夢は車椅子を押す。
永遠亭に戻るまでの間、百々千代の耳には聞こえる音全てが規則正しく聞こえた。
車椅子の車輪が土の上を回る音、想夢の足音、自分の息、その全て。
それは、まるでカチコチと時計が時を刻む音の様だった。
・・・・・・・・・
「お帰りー、想夢にお客さんが来てるよー」
永遠亭の玄関まで戻って来たところでてゐと出会った。
「お客さん?」
「ま、会ってみればわかるよ。客室に通してあるからさ。
そいじゃ、あたしゃ出かけてくるねっと。
あの人イタズラに全然引っかからないから苦手なんだよなー・・・」
ぶつくさと何かを呟きながら、てゐは外に出て行ってしまった。
とりあえず百々千代を部屋に送り、お客さんがいるという客室に向かう。
そして客室の戸を開けると、
「いやー、やっぱり甘い羊羹には苦味のある緑茶が合うわねー」
満面の笑みで大きく口を開けて羊羹を食べる八雲紫がそこにいた。
ほっぺたに手を当てて「んー♪」と美味しそうな声をあげる姿はお菓子に喜ぶ子供みたいだ。
次の羊羹に手を伸ばそうとしたところで、紫は想夢が戸の前で呆然とこちらを見ていることに
気付いた。
「あら?想夢じゃない、お帰りなさい、羊羹あるわよ?」
しかし!八雲紫は動じない!
例え自分がハイテンションで羊羹を食べる姿を見られていても!!
妖怪の賢者はこの程度のことで恥ずかしがったり動揺したりはしないのだ!!!
「あの、その羊羹・・・僕がお見舞いに貰ったヤツでは?」
「あら?そうだったの?それは悪いことをしたわね」
大妖怪、八雲紫は決して動じない!
動じないが故になんだか腹が立つ!!
「それで、何か用事があったんでしょう?どうかしたんですか?」
若干の苛立ちを覚えながらも、とりあえず想夢は話を進める。
紫相手に口で勝てる気がしないからというのもあるが。
「貴方、今日で退院でしょう?
お見舞いもたくさん貰ったと思うし、帰りが大変だろうと思って迎えに来たのよ。
ホラ、私のスキマならどんな距離だってすぐだし」
「いいんですか?」
「ええ、もちろん。この八雲紫さんに任せなさい」
「分かりました。じゃあ羊羹はタクシー代ってことにしておきます」
「ふっふっふー、話が分かるじゃない♪」
想夢はもういろいろ諦めていた。
羊羹もツッコミも。
「ところで・・・」
そんな想夢に紫は問いかける。
「貴方、ちょっと変わった?」
「へ?さあ?自分じゃよく分かりません」
単純で短い質問ではあるが、答えの難しい質問だった。
自分を知っている人から見れば、自分は変わったようにみえるのだろうか?
「見た目や性格、雰囲気が変わったとかじゃないのよね・・・。
うーん、私でもなんて言えばいいのかちょっと分からないわ。
ごめんなさい、忘れて」
「はあ・・・」
それっきり、紫は何かを質問することはなかった。
ただただ羊羹を食べ続けた。
「いや、あの少しは遠慮してくれません?」
「え?何か言った?」
「いえ、何も・・・」
・・・・・・・・・
「あら、お帰りなさい」
永遠亭から博麗神社までスキマで連れて行ってもらい、
紫と別れ神社の中に入ると霊夢が部屋で羊羹を食べながらお茶を飲んでいた。
流行っているのだろうか。
「あれ?想夢あんた何か変わった?」
「・・・そんなに変わったように見えるの?」
紫にも同じことを言われたが、本当に何か変わったのだろうか?
正直に言うと自覚がない。
鏡でも見た方がいいのかしら?
「見た目や性格、雰囲気が変わったとかじゃなくって・・・」
その後のセリフまで紫と同じだった。
「こう言っちゃなんだけど、カンなのよね。
帰って来たあんたを見て『あれ?なんか違う・・・?』って。
もしかしてあんた永琳に変な薬でも飲まされたんじゃないでしょうね?」
「いやいやいや・・・」
「まあでも、何もないならないでいいわ。
そっちの方が問題も起きなくて私も楽ができていいもの」
霊夢は呑気に羊羹を食べながら笑っていた。
しかし想夢は知っている。
博麗の巫女の勘はよく当たるということを。
それこそ占いに使えないのが残念に思えるレベルで。
本当に何も起きなければいいなと、想夢は心の中で願うのだった。
・・・・・・・・・
その日の夜。
月に照らされた庭を縁側で眺めながら紫は考えていた。
想夢の何が変わったのか。
彼女が想夢を迎えに行った時、客室で会った想夢は違っていた。
初めて想夢と出会ったあの日と、紅魔館での事件が解決したあの日と、
決定的に違う何かがあった。
紫はそう確信している。
だが、何が違うのか、その答えが見つからない。
もうすぐ本格的な冬が来る。
そうなれば自分は冬眠に入り、今よりも動ける時間が少なくなるだろう。
今はまだ問題ない。
幻想郷を揺るがすような事件は起きていない。
何か企んでいる者はいるようだが、それも神経質に気にする程のことでもない。
「藍」
「ここに」
紫が呼ぶと、最初からそこにいたかのように藍が傍に現れる。
「もしものことがあった場合は貴方に任せるわ。
必要なら幽々子を頼りなさい、いいわね?」
「分かりました」
紫は月を見上げる。
いつも見慣れたはずの月が、今日はやけに冷たく光っているように見えた。
・・・・・・・・・
「おじちゃん!この時計ちょーだい!」
その小さな少女は人里の小物屋で買い物をしていた。
その手には黒い腕時計が握られている。
腕時計くらいの大きさの時計ならこの小物屋でも売っているのだ。
「お、嬢ちゃん良い趣味してんなァ!」
小物屋のオジサンは豪快に笑う。
「えへへー・・・あ、そうだ!
おじちゃん、この時計を入れる箱とか袋とかない?」
「お、なんだ!?誰かへの贈り物か!?嬢ちゃん、そんなに小さいのに想い人でもいるのか!?」
「えっへっへー♪」
「はへー・・・最近の子供ってなァ進んでるんだなー・・・」
感心したような呆けたような顔をするオジサンに少女はくすくすと笑う。
「あっはっはー!面白い顔ー!
本当はね、お兄ちゃんのお祝いなの!」
「ほぉー!兄妹仲睦まじくていいねえ!
よっしゃ!そんじゃあおっちゃんが贈り物にピッタリの箱を用意してやらァ!」
「わーい!」
小物屋で買い物を済ませた少女は箱に入った時計を大事に持ちながら歩いていた。
「ふふ・・うふふ・・・うふふふふ・・・そうだね、お祝いだもんねー?」
その少女の話し方は、先程の小物屋での純粋そうな子供のそれではなかった。
もっとドロドロとしたような、真っ黒な何か。
「お祝い・・・そう、お祝い・・・やっと時が進み始めたお祝いだもん、ねえ?」
少女の言葉を聞く者はいない。
誰もただの少女1人など、気にしない。
そして、誰も気にしないままに、少女はただ歩いてどこかへと消えてしまった。