ツイてねぇ・・・。
お互い、手加減なんてするつもりはない。
相手が全力を出していることは、想夢も壱人も分かっている。
自分の全てを出しきって相手にぶつかっていることは、両者共に分かっている。
力を取り戻した壱人は、「曖昧にする程度の能力」を全力で振るう。
自分の存在を曖昧にして、どこにでもワープして、人間とは思えない力を振るう。
だが、それでも自分の芯は見失わない。自分が誰であるかは絶対に見失わない。
自分が目指したものは、決して見失わない。
そうして彼は想夢に向かってナイフを振るう。
そんな彼に対して想夢は刀を振るってナイフをはじく。
刃と刃がぶつかる度に、金属音が響き、火花が散る。
咲夜は、そんな2人を壁に寄りかかりながら見ていた。
不思議なことに、壱人の目には想夢の姿がなんだかブレて見える。
時々、想夢の姿が変わっているように見えるのだ。
もう、博麗の巫女服のような戦闘服ではなく、私服で戦っているはずなのに、
姿がブレる瞬間だけ、またあの巫女服を着ているようにも見えるのだ。
いや、巫女服だけではない。
青と白の執事服、黒と白のゴシック、紫と白の中華系、
壱人も咲夜も、そして恐らく、他の誰も見たことのない服装ばかりが見えてくる。
一体どういうことなのか。
想夢は自身の持つ全ての力を使って壱人に挑んでいる。
それは、戦っている壱人にはよく分かる。
壱人はずっと想夢が本当の力を隠していると思っていた。
博麗の巫女なんてのは仮の姿だと思っていた。
だからこそ、想夢が博麗の巫女を辞めると言った時、壱人は喜んだ。
だからこそ、想夢が咲夜の真似をしていると分かった時、壱人は失望した。
だが、今はどうだろう。
想夢が戦い方を変えた時、壱人はそれを咲夜の真似だと言った。
想夢は、それに対して否定しなかった。沈黙は肯定と受け取るというヤツだろう。
ならば、巫女服以外にも姿の変わった想夢はきっと誰かの真似をしているのだろう。
おそらく、執事服は咲夜の真似だろう。
色も似ているし、メイドと執事という関係から考えても咲夜以外には思いつかない。
実際、想夢は今でも咲夜と同じ「時間を操る程度の能力」を使えている。
彼はまだ、咲夜の真似を辞めていない。
だが壱人にはもう、そんなことはどうでもよかった。
ただ、目の前の敵を倒す。
余計なことなど考えている余裕などない。
辛くて、苦しくて、痛いハズなのに。
何も考えずに全力を出して戦っている今がとても心地良かった。
自分が正しいと信じて、突き進んでいくのはとても楽しかった。
・・・・・・・・・・
十六夜咲夜は考える。
戦っている壱人だけでなく観戦している彼女の目にも、想夢の姿はブレて見えていた。
そして、壱人と違って咲夜には考える余裕があった。
彼は、博麗想夢は、一体何者なのだろう。
想夢が咲夜の真似をしたことで、彼の博麗の巫女としての姿は嘘だと知った。
それでも「信じてほしい」と言われたからには、想夢が何をしでかそうとも、
咲夜は想夢を信じるつもりだ。
信じている。信じているが、その正体はやはり気になる。
そもそも壱人が「咲夜の真似」と表現したから真似という言葉を使っているが、
想夢のそれは、真似なんてレベルではない。
戦い方も、話し方も、仕草も、咲夜とほとんど変わらない。
姿さえ似せれば、咲夜が2人いると思われてしまう。
咲夜本人にはよく分からないが、壱人の反応を見る限りはそうなのだろう。
一瞬ブレて見える想夢の青と白の執事も、咲夜を意識したものだということは分かる。
だが、それ以外はどうだろう。
紫と白の中華系の服。この姿に心当たりのある者が1人いる。
八雲紫だ。彼女の服装に似ているのだ。
だが、黒と白のゴシックの方は分からない。
幻想郷の誰にも当てはまらない気もするし、想夢だけが知っている人物だろうか。
だが、咲夜が気になっているのはそっちではない。
1番疑問に思っているのは想夢が戦いになるといつも変身していた巫女服だ。
想夢の巫女服に似た戦闘服から、博麗霊夢らしさは感じなかった。
想夢が博麗の巫女でないならば、巫女服が博麗霊夢の真似でないのならば。
博麗想夢とは何者なのか。目の前で壱人と戦っている男は何者なのか。
分からないことばかりだ。
・・・・・・・・・
壱人はナイフを横に振るう。
想夢は刀を縦に振るう。
刃と刃がぶつかる瞬間、想夢の姿がブレて執事服になる。
想夢の姿が変わるとほぼ同時に想夢の姿が消え、壱人のナイフは空を斬る。
壱人はそのままナイフを横に振るう勢いで後ろに半回転する。
そこには、刀を振り下ろす想夢の姿があった。
ナイフと刀がぶつかる。
「よく分かったね、後ろだって!」
「十六夜咲夜の戦い方は調べてありますからね!」
持っている武器をお互いに押し込み、押され返すようにして2人はそれぞれ後ろに下がる。
「まだです!」
一瞬、お互い顔を見つめるが、すぐに壱人が走り出す。
すると今度は、想夢の姿が紫と白の中華系の服にブレた。
想夢は壱人に向かって刀を投げる。
刀はくるくると回転しながら、とてつもない勢いで壱人に向かってくる。
刀が回転していることもあり、壱人はナイフで防ぐのは難しいと判断して刀を横に躱す。
一連の動きの中でも視界に想夢は映しておく。
横目に想夢の姿が青と白の執事服にブレるのが見え、想夢の姿が消える。
次の瞬間、壱人の近くに現れた想夢は飛んでいる刀を掴み、
同時に紫と白の中華系の服にブレながら刀を振るう。
壱人はなんとかナイフで刀を受け止めるが、さっきと比べ想夢の刀はあまりにも重い。
身体能力を強化していなければ、あっという間に潰されてしまいそうだ。
「八雲紫と・・・十六夜咲夜の合わせ技・・・!!」
「紫さんの『境界を操る程度の能力』ってさ、空間を歪ませたりするだけじゃなくて
こういう使い方もできるのさ。」
全ての物事には「境界」がある物事を分ける線がある。
八雲紫の能力である「境界を操る程度の能力」は文字通り、分け目の線を操る能力だ。
ならば、それは自身の身体能力にも使えるのではないか。
人間の体は、100%の力を発揮できるようには作られていない。
簡単に言ってしまえばリミッターが存在するのだ。
それは、力を引き出せる範囲を限定しているということだ。
ならば、その範囲を広げたならばどうだろう。
人間の身体能力は強化される。
想夢がやったのはそういうことだ。
そして、元の身体能力が高ければ、強化される身体能力も高くなる。
能力を数値にした時、50の能力が75になった時、100の能力は150になるように、
元々の能力が高いほど、能力の上がる量も上がった後の数値も高くなる。
想夢は異変の解決者だ。今まで何度も戦いをしてきた人間だ。
それも真正面からぶつかり合う戦い方でだ。
妖怪には劣っていても、想夢の身体能力は決して低くはない。
刀を押し付ける力にナイフで耐えながら、壱人は確信する。
戦いを見ている咲夜も同じ確信を持った。
博麗想夢はこちらの知らない八雲紫を知っている。
そもそも、八雲紫の戦い方を真似できる訳がないのだ。
決して想夢の力が弱いからとかそういう理由ではない。
想夢が幻想郷にやって来てから、紫は1度も戦っていない。
能力を使ったことはあっても、彼女の戦いを想夢は見たことがない。
咲夜の真似を見る限りでは、戦い方もほとんど完璧に真似していた。
それが紫の時は自己流で戦っているなんてことは考えにくい。
ならば何故、想夢が紫の真似をすることができるのか。
答えとしては、想夢が別の八雲紫の戦い方を知っているからと考えるのが自然だろう。
恐らくは別世界、所謂並行世界、パラレルワールドの八雲紫。
そもそも八雲紫の存在自体がパラレルワールドの塊のようなものだ。
境界を操り、スキマであらゆる場所を繋げる。
紫のスキマは現実だけでなく、絵の中、夢の中、物語の中、幻想だって繋げられる。
外の世界でネットをちょっと調べれば、二次創作やネット小説なんていくらでも出てくる。
そんな世界にだって、彼女のスキマは届くのだ。
二次創作とは言ってしまえばパラレルワールドのようなもの。
二次創作の数だけパラレルワールドが存在すると言ってもいい。
ならば、そんなパラレルワールドにもう1人の自分がいてもおかしくはない。
もう1人の博麗想夢、もう1人の佐藤壱人、もう1人の十六夜咲夜。
もう1人の八雲紫がいようとも、何もおかしくはない。
そんなもう1人の八雲紫の真似を、想夢はしている。
それは、博麗想夢自身がパラレルワールドから来たという推理に繋がってしまう。
以前の彼ならば、実はパラレルワールドの博麗の巫女だったと言うだろう。
だが、彼はもう、博麗の巫女ではない。
その姿は偽物だと、仮初だと、嘘だとバラしてしまった。
もはや博麗想夢という名前すら怪しくなってしまったが、
それでも他に呼び名がない以上、壱人も咲夜も、彼を「想夢」と呼ぶしかない。
想夢と壱人、お互いに身体能力を強化したしている状態での戦いは、より一層激しさを増した。
壱人が自身の立ち位置を曖昧にしてワープすれば、想夢は時を止めて疑似的にワープする。
壱人がありったけの力でナイフを振るえば、想夢も全身全霊で刀を振るう。
2人の勝負はもはや泥沼のようだった。
ひたすら動いて、避けて、攻撃してを繰り返すその戦いは、ただ体力だけを消耗していく。
相手から受けた傷は体力の消耗をどんどん加速させていく。
想夢も壱人も限界が近い。
それでも、止める訳にはいかなかった。
想夢は刀を構える。何度も強く振るって手が痛いが、無理矢理構える。
壱人もナイフを構える。何度も強く握って手はボロボロだが、気にしないフリをして構える。
「「!!!!!」」
自分がどんな声をあげているのかも分からぬままに、2人は同時に走り出す。
何も考えず、全力で振った刀とナイフがぶつかる。
刃に霊力を込めたその1撃。2人の霊力がぶつかり合って小さな爆発が起こる。
防ぐことも受け流すこともできず、爆発の衝撃で2人とも大きく後ろに吹っ飛んでしまう。
受け身をとることもできずに床に倒れ、武器が手から離れる。
なんとか立ち上がるも、武器をとりに行く余裕もない。
拳を握っても、上手く力が入らない。
それでも、また走り出す。
武器も取らずに、力無い拳を握って走る。歯を食いしばって走る。
そして、2人の頭が、激突した。
短く、鈍い音が鳴る。
「・・・くそっ・・・ま・・・だ・・・」
しばらくして、壱人は力無く床に倒れた。
「はぁ・・・はぁ・・・」
想夢は荒く息を吐く。
体がふらつく。
それでも、想夢は倒れない。
倒れる訳にはいかない。
歯を食いしばり、ももに手を置き、膝や肘をガクガク振るわせながらも、想夢は立ち続ける。
「まだ、いけると、思ったんだけどなァ・・・」
壱人の悔しそうな声が部屋に響く。
異変は、終わった。
・・・・・・・・・
幻想郷にあるどこかの屋敷の一室で、八雲藍は今回の異変について考えていた。
「天邪鬼が異変を企んだ時は弱者と強者の立場をひっくり返すことを目的にしていた・・・。
あの時は異変を起こしたのも力を得たのも妖怪達で、今回はどちらも人間達か・・・
不思議なものだ。平和な世界を作ろうとする意志が異変に繋がるとは・・・」
テーブルの前に座って考えながら麦茶を飲む。
そうしていると、部屋の戸が開けられる。
この屋敷は八雲紫が自宅として使っており、マヨヒガとはまた別の場所にある。
そのため、屋敷の場所は紫の式である藍や紫の友人である幽々子など、
紫に近い、あるいは紫と親しい者しか場所を知らない。
その紫は現在冬眠中であるため、藍はてっきり幽々子がやってきたのだと思った。
「幽々子様?どうかしました・・・ってえぇ!?」
振り返って藍は目を丸くする。
戸を開けて部屋に入って来たのは、選択肢から除外したばかりの紫だったのだから。
「紫様!?随分早く目覚めましたね?」
「ええ、ちょっと気になることがあってね、寝てられなくなったのよ・・・」
そう言う紫の表情は、怒っているようにも、悲しんでいるようにも見えた。
「藍、貴方は気付かなかった?」
「ええと・・・何をでしょう?」
「いえ、気付かなかったのならいいわ。・・・ちょっと出かけてくるわね?」
「えっ?紫様?」
スキマを使って紫は部屋から消える。
その時、紫が何を考えていたのか、藍には分からなかった。
・・・・・・・・・
おまけ。
スキマで博麗神社にやって来た紫は何かを焼いているような音を聞いた。
音のする方へ向かうと、台所で幽々子がフライパン片手に料理をしていた。
「ゆ・・・幽々子?」
「あら、紫?冬眠してると思ってたけど、もしかしてトイレ?」
「トイレで博麗神社には来ないわよ・・・。それより、何してるの?」
「ハンバーグ作ってるの。料理は久々だけど上手くできそうだわぁ」
「え?ここ博麗神社よね?勝手に食材使って大丈夫?」