幻想パラレル(古)   作:灰色平行線

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なんやかんや、慣れてくると
ポケ●ンのサン&ムーンのアニメも楽しみになってきました。


7話裏「転生者、佐藤壱人の記憶」
(1)佐藤壱人の普通の生活


モブキャラ。

 

村人A・通行人Aなどといったように、ちゃんとした名前を与えられないキャラクター。

モブとは英語で群衆・大衆・暴徒・野次馬の集まりなど、指導者のいない集まりを表す。

言ってしまえば彼らは背景の1つのあり、物語の舞台の道具でしかない存在なのだ。

多くの場合モブキャラというものには名前が与えられない。

そして、ただの背景である彼らはただの一般人としての設定すらない。

これはモブキャラのようでモブキャラでない。

一般人のようで一般人でない。

意味を成さない「普通」の言葉と共にあった転生者の物語。

今だけ彼を主人公とした過去の話。

 

・・・・・・・・・

 

幻想郷に来る前の佐藤壱人は周りから見れば「普通」という言葉がよく似合う少年だった。

だが、彼は別に世界を退屈だと思っていたワケでなければ世界に飽きてもいなかった。

クラスで仲間外れになることもなければ誰かにイジメられているワケでもない。

壱人自身が目立ちたくないと思えば絶対に目立つことはなかった。

テストの点数は必ず平均よりも少し上。

彼女はいないが友人は数人いて、それなりに学校生活も安定していた。

正直な話、壱人は今の生活にそれなりの満足感があった。

そんな彼にはある能力があった。

それは極端に目立たなくなり、人から気付かれにくくなる能力。

中学に入る頃には壱人は本能に近い部分で自身の能力を自覚し、使いこなしていた。

授業中に先生の気まぐれで指名されることもない。

テストの点数で注目されることもない。

嫌な仕事が自分に割り振られることもない。

実に平穏な中学校生活を壱人は手に入れていた。

ただ、そんな壱人も中学生。

多くの男子学生が心に秘める、所謂中二病の心というものもあった。

もしも突然学校にテロリストが攻めてきたら・・・なんてことを空想することもあった。

さすがに眼帯をつけてみたり腕に包帯を巻いてみたり、

ノートにどこからかパクってきた設定なんかを書いて魔導書を作るなんてことはしなかったが。

そんな軽い中二病だった壱人は、誰に明かすでもなく自身の能力をこう名付けた。

 

背景の存在(モブキャラクター)」と。

 

今にして思えば随分と恥ずかしい名前をつけたものだという思いと

もっとインパクトのある印象に残りやすい名前にしてもよかったんじゃないかという

2つの思いが壱人の中には残っている。

まあ、頭の中で考えるだけなら誰に迷惑がかかるわけでもなければ誰かに笑われることもない。

うっかり妄想を口に出してしまわなければの話であるが。

そんなわけで実に満足のいく素晴らしい「普通の生活」を送っていた壱人だったが、

そんな彼の生活はある日を境に変わることとなる。

 

・・・・・・・・・

 

「じゃあ、またなー」

「じゃあね」

その日も壱人はいつものように、時には能力を使って嫌なことからは逃げながら

本人の望む普通の生活を送っていた。

部活に入っていない壱人は中学校が終われば同じく部活に入っていない友達と一緒に帰る。

分かれ道で友達と別れ、1人になって家まで歩いていると、

自分とは違う制服の生徒達が数人、道端で犬に向かって石を投げて遊んでいた。

あの制服は近くの高校のモノだなと考えながら壱人は犬を見る。

首輪が付いていない所を見ると野良犬だろうか。

散々いじめられて相手に吠えるたり自力で逃げる気力や体力がもうないように見えた。

「・・・」

壱人はその様子を眺めながらなんとかして犬を助けられないか考えていた。

普通の中学生ならこんな時、人を呼ぶか見て見ぬ振りをするかのどちらかではないだろうか。

しかしながら、壱人は普通の中学生ではなかった。

別に人一倍正義感が強いという訳ではない。

ただ、壱人には「背景の存在(モブキャラクター)」という能力があった。

他の人にはない特別な能力を持っているという気持ちが

壱人に「自分ならあの犬を助けられるのではないか」という思いを抱かせるのだ。

そして能力を使う関係上、他の人に能力がバレないためにも

壱人は1人でやる必要があった。

だが、今の能力だけで高校生達から気付かれずに犬を助けることができるだろうか?

奴らは石を投げて遊んでいる。つまり犬と奴らの間には数メートルの距離が開いているのだ。

いくら能力で気付かれにくいとはいえ、目の前で堂々と犬を助ければ流石に気付かれる。

壱人の能力は気付かれにくくなるだけで、決して他者から自分の姿が見えなくなる能力ではない。

せめて自分の能力奴らが視認できないくらい素早く動ける能力だったならば、

一瞬にして犬を抱いてその場を離れて助られるのに。

調子の良い、都合の良い考え方だとは思いつつも、純粋にそう思った。

その時だった。

 

壱人は自分の体に変化が生じるのを感じた。

 

頭の中に声が響く。

 

『いいだろう、お前に今日だけ【疾風の靴】の能力を貸してやろう』

 

その瞬間、壱人は自分の中に能力が宿る。

本能に近い何かが今の自分に出来ることを教えてくれる。

謎の声が言っていた「疾風の靴」という能力。

それは壱人が望んだ、「目にも停まらぬ速さで動ける能力」だ。

「これなら・・・!」

そこからの壱人の行動は素早かった。

力を込めて駆け出すと、その瞬間壱人は風となる。

そして保険をかけるように「背景の存在」で自分の存在感を薄くする。

高校生達が犬に石を投げようとするその瞬間、

壱人は高校生達はもちろん、助ける対象にすら気づかれずに犬を自分の腕の中へとすくい上げ、

スピードを落とさずにその場を離れる。

高校生達の投げた石は犬には当たらずそのまま道端に落ちる。

「あ?あの犬どこ行った?」

「ってか消えた?」

「は?ワケ分かんねーんだけど」

遠くから高校生達の戸惑う声やら文句やらが聞こえてくるが、そんなのを気にしてる暇はない。

早く犬を助けなければ。

犬は自分がいきなり知らない人の腕の中に移動していることに驚いているようだったが、

暴れて逃げる程の元気もなく、大人しくしている。

壱人はすぐに次の行動に移ることにする。

 

・・・・・・・・・

 

その後、犬を動物病院に預けて自宅に帰ってきた。

「お帰りー」

家に帰ると母親がニュースを見ていた。

壱人が家に帰ると彼の母親はいつもニュースを見ている。

「ただいま、今日の晩御飯何?」

「焼き鮭と肉団子。アンタも帰ってきたしそろそろ作るか」

そう言って母親はよっこらせと声を出しながら立ち上がる。

壱人が中学生になってから、母親は壱人が帰ってきたタイミングで晩御飯を作るようになった。

「ん?今日はいつもより遅いね?なんか寄り道でもしてた?」

「え?あー、うんちょっと本屋で立ち読みしてた」

能力のおかげで犬を見つけてからの移動時間はほとんど無いに等しい。

動物病院に時間をかけすぎたようだ。

壱人は適当な言い訳をでっちあげる。

「そう、あんま本屋の店員困らせんじゃないわよー?」

「うん、分かった」

母親ののんきな声に適当な返事を返しながら壱人は自室に戻る。

本屋は禿げ頭の気難しそうな爺さんが経営している。

立ち読みなんてしようものならすぐに爺さんが説教しにやって来るが、

壱人は能力のおかげで立ち読みが失敗したことはほとんどなかったりする。

まあ、この話は本筋には関係しないのでこれ以上語られることはないが。

 

・・・・・・・・・

 

壱人は自室でベッドに横になり、今日あったことを思い出し、考える。

ベッドの横の目覚まし時計が指す時刻は0時ちょっと前、日付の変わる数分前。

学校帰り手に入れたあの能力。「疾風の靴」といったか。

それは壱人が今まで持っていたものとは違うもの。

都合よく能力が目覚めてくれたおかげで壱人は犬を助けることができた。

そのことは素直に喜んでいいことだろう。

だが、能力が目覚める時に聞いたあの声が気になる。

 

お前に今日だけ疾風の靴を貸してやろう(・・・・・・)

 

貸してやるとは一体どういうことなのか。

今日だけとはどういうことなのか。

言葉通りにとらえるのであれば多分、そういうことなのだろうけど。

そう考えていると、時計の針が0時0分0秒を指した。

 

その瞬間、壱人の中で何かが抜け落ちたような感覚がした。

「!!」

突然の感覚に思わずベッドから起き上がる。

そして能力が目覚めた時と同じように、頭の中に声が響く。

『時間だ。約束通りに【疾風の靴】は返してもらうぞ』

「今の・・・!」

壱人は慌てて外に出て全速力で駆け出す。

しかし、あの時のように疾風のような目にも止まらぬ速さはでない。

出るのは少し運動不足の中学生の少年が出せる、決して速いとは言えぬスピードだった。

「・・・」

やはり能力は使えない。

言葉通り今日まで・・・今となっては昨日までの借り物の能力だったらしい。

しかし、そうなると壱人は一体誰から能力を借りているのか。

何故突然こんなことが起きたのか。

分からないことは多い。

しかし、今はシャワーを浴びて寝ることにしよう。

全力で走ったせいでまた汗をかいた壱人はそう思った。

 

・・・・・・・・・

 

「行ってきます」

「いってらっしゃい」

次の日。母親の声を背に受けながら壱人はいつものように学校へと向かう。

途中で少し走ってみたりするが、当然のように疾風の靴の能力は発動しない。

そんなことをしながら学校へ向かっている途中でという大きな子供の泣き声が聞こえてきた。

「うわああぁああぁぁあーん!!」

見れば、少し離れたところで小さな男の子が泣いていて、それを母親らしき人物が慰めている。

「ほら、みゃーちゃん、泣かないの」

「だっで!だっで!ぶーぜーん!!」

辺りを探してみれば、近くの木に真っ赤な風船が引っかかっているではないか。

最近は家庭でもあんな風に浮く風船が作れるんだなと思いつつ、

どうにかしてあの風船をとれないかと考える。

普通にとってやるにも壱人は木登りなんてできない。

この状況をどうにかできる能力でもあれば。

昨日のこともあり、ついそんな風に思ってしまった。

その瞬間、

 

「いいだろう、お前に今日だけ【重力操作】の能力を貸してやろう」

 

壱人に新たな能力が目覚める。

(これなら・・・!)

壱人は木に近づいて重力を操ろうと心の中で思う。

そうすると壱人の体がゆっくりと浮いていく。

そのまま木に手をかけ、あたかも木を登っているように見せながら上へと進んでいく。

風船をとって重力を操作しながら木からおりる。

もちろん、周りの人間からは普通に木を降りているように見えるよう気をつけながら。

「はいこれ」

泣いている子供に風船を渡してやる。

「ありがとう!」

「本当にありがとうございました。みゃーちゃん、良かったわねえ」

みゃーちゃんはお母さんと一緒に手を繋いで行ってしまった。

「・・・まさか本当に能力が目覚めるとは」

親子の背中を見送りながら、壱人は今の出来事について考えていた。

2日続けて望んだ能力が手に入っている。

さっき頭に響いた声の内容からして、この能力もいつまでも使えるというわけではないようだが。

段々と今の状況について分かってきた気がする。

それにしても・・・。

「・・・みゃーちゃんって、どんな名前だ?」

そんなことを考えながら、壱人は学校に向かった。

 

・・・・・・・・・

 

その日の昼休み。

学校のグラウンドではワイシャツの中学生達がサッカーをしている。

窓際の席の壱人はその様子を、2階の教室から頬杖をついて見ていた。

よく見てみれば壱人と同じクラスの生徒もいる。

「次の時間確か体育だよね?よくあんなに動けるなあ・・・」

「あんだけ動いて授業でも無駄に騒ぐんだろ?ホントすげーな運動部って」

壱人の呟きに隣に立っている友達が軽く笑う。

そんな風にいつもと変わらない昼休みだと思われていたその時、

サッカー中の生徒の1人が足を滑らせたのか、蹴ったボールが見当違いの方向に飛んで行った。

蹴り損ないにしてはボールは勢いよく飛んで行き、高く上がっている。

そしてボールの飛んで行った先には、花壇の手入れをしている生徒がいた。

(このままじゃ落ちたボールが花壇にいる生徒にぶつかる・・・!)

上からその様子を見ていた壱人は、心の中で念じてボールの周りの重力を操る。

するとボールはぐにゃりと軌道を曲げてグラウンドの中へと戻っていった。

「何だ今の!?」

「すげー!魔球じゃん魔球!」

「消える魔球ならぬ戻る魔球ってヤツ!?」

「それサッカーで使えるの?」

本来起こるはずのないボールの動きにサッカーをしていた生徒やサッカーを見ていた生徒、

たまたま校庭に出ていた生徒など、それを目撃した生徒達から様々な声が上がる。

「すっげーなー!今の見たかよオイ!」

壱人の友達も興奮した様子で外を見ている。

「ああ、確かにすごかった。すごかったけど、とりあえず更衣室行って話そう?

そろそろ行かないと授業間に合わなくなるし」

「ああそうか、それじゃー行くかー」

そう言って友達は体育着お入れた袋を取りに行く。

壱人も席から立って体育着を取りに行く。

その途中でふと窓の方を向けば、外はまだざわついているようだった。

壱人の重力操作によって、ボールが生徒に当たることは避けられた。

だが、それが壱人のおかげだと知る者はいないし、壱人に感謝するものもいない。

やったのは小さいことだったかもしれない。

だが、彼は確かに1人の生徒を救ったのだ。

誰にも知られず、こっそりひっそりと人を助ける。

まるで影のヒーローのようだ。

 

それはそれでカッコイイなと、友達と体育館に向かいながら壱人は思うのだった。

 

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