気がつくと、壱人は地面に座り込んでいた。
周りを見回して本当に異世界に来たのだと気付く。
歴史の教科書や時代劇で見るような昔の日本を思わせる街並み。
着物のような服を着て歩く人々。
少し上を見ると太陽が見える。お昼頃だろうか。思わず手で顔を覆う。
そうすると自分の服の袖が目に入るが、そこで壱人は違和感を覚えた。
自分の格好を見てみると、壱人は白いワイシャツ、青いネクタイ、紺色のブレザーという格好で
地面に座っていた。
「・・・学ランどこにいった!?」
思わず壱人は叫ぶ。
壱人の通っていた高校は学ランだ。ブレザーではない。
しかし、こんな格好で地面に座り、さらには突然叫ぶという行為。
正直に言って浮いている。
それなのに道行く人々はそんな壱人を気にするどころか見向きさえしない。
ちらりと一瞬でもこちらを向く人もいないところを見ると、
見て見ぬフリをしているというよりは、こちらに気づいていないようだった。
このままでは人に話しかけるのも難しい。
どうしようかと壱人が戸惑っていると、
(聞こえますか?神様です。今、貴方の心に直接呼びかけています)
突然、頭の中に声が響いてきた。
まるで、「キャッチ・アンド・リリース」で能力を得た時のように。
「うお、気持ち悪ッ!」
思わず声を出し、立ち上がる。
(あ、気持ち悪いって言った!折角君のために呼びかけてるってのにそれはないんでねーの?
あー傷ついたわー、超傷ついたわー、神様傷つけるとかマジ不敬罪だわー、ありえねーわー、
このまま神殺しいっちゃう?新たな世界作っちゃう?)
「・・・何の用ですか?」
(おっと壱人選手以外にもこれをスルー!今日の試合は荒れそうだぜ!
・・・とまあ冗談はこのくらいにしておいて、ちょっと君に伝え忘れたことがあったんでよ、
こうして神様ぱぅわーで心に呼びかけたってワケよ)
「伝え忘れたこと?」
(君さ、今周りの奴らに見向きもされてない・・・つーか認識されてないだろ?)
「!」
(伝え忘れたってーのはそのことなのよ。
君が死んだことによって君の能力にちょっと異常が起きちまってな。
死んだショックってゆーの?死んだことで精神に起きた異常が能力に起きたってカンジ?
まあ、大雑把に言うとそーゆーことなんだけどよ。
まず、「背景の存在」の能力が常に発動しっぱなしになっちまったのよ。
君が抱いてしまったヒーローに対する反抗心がそうさせてしまったんだと思う。
まあ、スイッチのオンとオフが逆になっちったって言えばいいかね?
普段意識して能力を使って影を薄くしていたものを、意識して影が薄い状態を介助しなけりゃ
ならない状態になったってワケよ)
「・・・能力に異常?」
神様の言葉を聞いて、とりあえず壱人は意識してみる。
自分の能力に対して電源を切るようなイメージを頭の中に浮かべる。
その瞬間、自分の中で何かが弱まるような感覚した。
それと同時に、壱人の周りの人が驚いたように、あるいは不思議そうにこちらを見る。
周りの人から見てみれば、いきなりその場に人が現れたような感覚なのだろう。
(と、まぁ君が能力を実感したところで次だが、
キャッチ・アンド・リリースの方はかなり弱体化してしまった。
心の奥で無意識の内に能力を使うことに抵抗を抱いてんのかもしんねーなー。
まあ、君はこの能力によって命を落としたようなモンだしな、仕方ねえか)
そう言われて壱人は自分が死ぬ前の風景を思い出す。
自分に向かって突っ込んでくる。
痛みを感じたのかどうかは分からない。即死だったのだろうか。
だが、どちらにせよ自分の死ぬ瞬間など気持ちの良いモノではない。
能力を使うことに抵抗感を抱いているという神様の言葉はきっと間違いではないのだろう。
(と、伝え忘れたことは大体こんなモンだ。
ああ、服装は俺からのプレゼントだから。気分だけでもブレザー高校を味わってくれい!
それとブレザーのポケットにサイフとお金入れといたぞ!転生初日から宿無しは嫌だろう!?
いざとなったらお金の力を使うんだ!)
神様がそう言った直後、ブツッと電話が切れるような音が聞こえた。
それっきり、神様の声は聞こえなくなった。
壱人はとりあえず、土の地面に座っていて汚れた制服の尻のあたりを払い、伸びをする。
ここから壱人の新しい人生が始まるのだ。
・・・・・・・・・
「お?ここ?ここは幻想郷の人里だよ。そう聞くってことはアンタ外来人か?」
「あー、外に帰りたいなら博麗神社に行けばええよ、巫女さんにたのべばイッパツよ!」
「あらーアンタよく見るとイイ男じゃない?アタシもあと10歳若ければねぇー」
神様との会話が終わった後、壱人はとりあえず情報を集めることにした。
普通の状態では誰もが壱人を「変わった人」だと認識してくれないので、
会話の際には意識して能力を解除しておく必要があったが、情報は簡単に集まった。
ここは幻想郷。
外の世界から結界で隔たれた忘れられし別の世界。
外の世界というのは壱人がいた世界とほとんど同じらしい。
そして、外の世界から幻想郷に迷い込んだ者を外来人と呼ぶらしい。
この幻想郷に住む者は、少なくとも壱人が目覚めたこの人里に住む人たちは
外来人に対して慣れている様だった。
「ここはどこですか?」「幻想郷とは何ですか?」と、
このような質問をするだけで人里の人たちは「ああ、コイツ外来人か」と認識する。
そして、相手が外来人だと分かると、快く幻想郷について説明してくれるのだった。
特に、人里に住む外来人から話を聞けたのが大きい。
おかげで外の世界についての情報を手に入れることができた。
正直、転生や異世界に寛容な世界でよかったと思う。
情報を集めた後は住む場所を探さなければならない。
博麗神社の巫女に頼めば外の世界に戻してくれるという話だが、壱人は外の世界の出身ではない。
それどころか異世界から神様に飛ばされたイレギュラーな存在だ。
そのため、壱人に帰る場所などないし、行くあても当然ない。
だからこそ、とにかく幻想郷の中で住める場所を見つけなくてはならない。
聞いた話によれば、幻想郷には人間の他に妖怪やら神様やらが住んでいるらしい。
神様はともかく、妖怪の方は時として人を襲うこともあるのだとか。
そして、そんな妖怪に襲われず、人間が最も安全に住めるのがこの人里の中なのだという。
ならばなんとかして人里の中に住まねばと、壱人の中に使命感のような感情が生まれた。
前の世界で戦いは十分に経験した。転生してまでまた戦いたくはない。
そんなワケで近くにいる人に話しかけ、現代における不動産会社のようなところを探す。
そうして見つかったのが人里の市役所のような所だった。不動産も兼ねているらしい。
そこで空き家を探すも、今日中に入れるような家は流石に見つからない。
仕方がないので今日は宿に泊まろうと、壱人はブレザーのポケットを探る。
すると、中から四角いサイフが出てきた。
中を開けて金額を数える。
「・・・いち、にい、3万円」
1人暮らしが1ヶ月に親からもらう仕送りのような金額だった。
少なくはない。決して少なくはないので、文句は言えないが。むしろ感謝するべきだろう。
お金は外の世界のモノも使えるらしいので、宿で部屋を予約するのに苦労はしなかった。
良い方向にも悪い方向にもどんどん進んでいく。
転生してまだ初日、数時間しか経っていないが、早くも新生活に不安を覚える壱人だった。
・・・・・・・・・
情報、住処、とくれば次に必要なモノは何だろうか。
答えは人それぞれだろうが、壱人の場合は「衣服」だった。
壱人には今着ているモノしかないのだ。
服は毎日着替えないといけないというのが一般的な日本人として育った壱人の考えである。
そんなワケで、壱人は現在服屋を探して歩いていた。
その最中、足に何か硬い物がぶつかり、前のめりに転んでしまう。
「おぉっと・・・!」
とりあえず立ち上がって服についた土を払う。
後ろだけでなく前も汚れてしまったと思いながら、何にぶつかったのかと振り向く。
しかし、そこには転ぶ原因になるようなものは1つもない。
地面に落ちている小石や木の葉は小さすぎる。
確かに何かに引っかかったような気がしたのだが、気のせいだったのだろうか。
そう思いながら、地面に落ちていた木の葉を1枚掴み取る。
その瞬間、木の葉が別の物体に姿を変えた。
それは水晶に屋根や飾りをつけたようなもので、木の葉の面影はどこにもない。
慌てて物体を落とさないように持ち直す。
「なんだコレ・・・?」
物体についている水晶はキラキラと明るく水色に輝いている。
そんな物体を眺めていると、またしても足に何かがぶつかったような感覚がした。
「ん?」
さっきとは違う、やわらかい感触に下を見てみると、そこには2匹のネズミがいた。
片方のネズミは壱人のズボンの裾をを引っ張っている。
もう片方のネズミは少し離れた所で壱人に向かってキィキィと鳴き声をあげていた。
その姿はまるでついて来いと言っているかのようで。
2匹のネズミはしばらくすると壱人から離れて走り出す。
それは獣の素早い走りではなく、あくまでも道案内をするような、ゆっくりとした走りだった。
壱人はその後を追いかける。
そのまま軽く走っていくと、妙なモノが見えた。
それは、1人の少女だった。少女は手に2本のダウジングロッドを持っていた。
だが、壱人は注目したのはそこではない。
少女の頭にある2つのネズミの耳だ。
生えているのか、それともつけているのか、人間の耳がある部分は髪に隠れていて分からない。
さらに、スカートからは灰色の尻尾まで出ている。
アレが妖怪なのだろうか。
2匹のネズミ少女の近くまで走ると、その周りをくるくると走り回る。
「ん?なんだ?見つかったのかい?」
その少女は親し気にネズミに話しかける。
ネズミのキィキィという鳴き声に何度か頷くと、今度はこちらを向いた。
「やあ、君がその宝塔を拾ってくれたんだね?」
「宝塔?」
「君がその手に持っているヤツだよ」
少女は壱人が手に持っている物体を指さす。
「君はどうやら知らないようだから説明すると、それは私のご主人の落とし物でね、
返してくれると嬉しいんだが」
「はあ、落とし物・・・ですか」
少し戸惑ったものの、壱人は少女が宝塔と呼んだ物体を少女に手渡す。
「ふむ、やけに素直に渡してくれたね?こう言っちゃあなんだが、疑わないのかい?
例えば私が嘘をついていて、この宝塔を売り捌こうとしているとか。
君が宝塔について知らないのなら、宝塔の持ち主についても知らないハズだが?」
「そうしたら、無理矢理奪い取るぐらいはしそうですし・・・妖怪相手に勝てませんし」
今の能力の状態で戦うなど、ましてや、転生初日から戦うなど、壱人は考えたくもなかった。
壱人の言葉を聞いた少女はきょとんとしていたが、
その後すぐに込み上げるモノを抑えきれないといった具合に笑い出した。
「・・・ふ、ふふふ、あっははは!本当に君は素直だな!なんだか可愛らしくなってきたよ!
相手を怖がっているくせに、本音はしっかり言葉にするとは恐れ入ったよ!
うん、君とは仲良くなれそうだ。君はええと・・・ああ、そういえば自己紹介がまだだったね。
私はナズーリン、君の名前を聞かせてくれないかい?」
「佐藤壱人・・・です」
「うんうん、佐藤君だな、今はちょっと急いでいるのでこのお礼は後日改めてするとしよう。
それではまた会える日を楽しみにしているよ」
そう言ってナズーリンと名乗った少女は、尻尾の先にかけているカゴにネズミを乗せて
行ってしまった。
壱人はしばらくその後ろ姿を眺めながら、ふと、自分の能力が発動していることに気付いた。
突然のことで、能力を解除することを忘れていたらしい。
ならば、なぜあのネズミは壱人を見つけられたのだろうか。
野生の鋭い感覚というヤツだろうか。
それとも、彼女らの探し物を持っていたために影があまり薄くなっていなかったのか。
前の世界では化け物相手にも効いていた「背景の存在」だったが、
こちらの世界の妖怪には効きづらいのだろうか。
いろいろと考えを出してみるが、答えは浮かばない。
仕方がないので壱人は頭の中で疑問と考えを保留にして、
当初の目的通り服屋を目指すことにした。
・・・・・・・・・
転生2日目。
今日はどうしようか、何か他に必要な物はあっただろうかと考えながら、
壱人は宿を出て朝の人里を散歩する。
その途中のことだった。
「やあ、また会ったね」
そんな声と共に後ろから肩をポンと叩かれる。
振り向くとそこには、昨日のネズミとナズーリンが立っていた。
「ナズーリン・・・さん?」
「『また会える日を楽しみにしている』なんてセリフを吐きながら昨日の今日で会い来るとは、
コイツもしかしてちょっとヤバイ人?って言いたそうな顔をしているね」
「流石にそこまでは思ってません」
「近いことを思っているのは否定しないんだな。うんうん、素直なのはいいことだ」
「それで、今日はどんなご用件で?」
1人で勝手に納得したように頷いているナズーリンに壱人が問いかけると、
彼女は「ああそうだった」と思い出したように手を叩いた。
「昨日のお礼を兼ねて、君には私のご主人に会ってもらおうと思ってね」
「ご、ご主人様に?」
「ああ、ついでってワケじゃないけど、君を命蓮寺にご案内しよう」
妖怪であるナズーリンのご主人様。
より強力な妖怪とかだったりするのだろうか。
それとも妖怪以上にヤバイ人が出てくるのだろうか。
どちらにせよ、嫌な予感しかしなかった。
壱人の転生生活は、早くも不穏な空気を漂わせていた。